第2話 飯盒炊飯と野生生物
レンタカーのワンボックスを借り、キャンプ場へ向かう道中。エンジンの微振動と、山の湿った風が車内を満たしている。
数年前の家族旅行やキャンプの記憶を必死に手繰り寄せて語りかけるも、後部座席に座る子どもたちの返事は「そんなの覚えてない」と素っ気ない。
バックミラー越しに見える息子と娘の表情からは、昔話への興味は一切感じられず、俺はそれ以上言葉を続けられなかった。
そんなギクシャクした空気のまま、俺たちはキャンプ場へと到着した。
今回は移動や設営の負担を減らすため、キャンプ用のギアはすべて現地のレンタルで済ませ、家族との会話に重点を置くことにした。
それから暫くして夕暮れの冷気が立ち込め始める中、久しぶりの飯盒炊飯に悪戦苦闘する俺。
白煙とともに米の焦げる甘酸っぱい匂いが漂う。
傍らでは折りたたみ椅子に腰掛けた子供たちはスマホとにらめっこだ。
恐るべし、現代の電波状況といったところか。
「ふふっ、相変わらず手際が悪いわね。貸してみなさいよ」
焦げ臭い煙にむせる俺を見て、妻の沙織がクスリと笑った。昔のように並んで火加減を調整しながら飯を炊くうちに、妻の硬かった表情が少しずつ柔らいでいくのが分かった。
だが、子供たちとの距離は縮められないまま、やがて漆黒の夜が訪れる。
静まり返った木々のざわめきと静かな寝息に囲まれながら、ランタンを消したテントの中で俺はひとり思考を巡らせた。
(慌てることはない。キャンプは三泊四日の予定だ。一日目で沙織とは少し打ち解けることができた。あと三日。家族の絆を再生させるチャンスもあるはずだ……)
かすかな土の匂いに包まれながら、不安と微かな期待を胸に、俺は眠りに就いた。
深夜、高原の心地よかったひんやりとした空気がすっと消える。ぬるっと暑気とも、湿気ともつかない異様な空気が肌にまとわりつくように満ちる。あまりの寝苦しさに、俺は目を覚したが、長距離運転の疲れに抗えず、再び深い眠りへと沈んでいった。
どれぐらい眠ったのだろうか、今度は身体を揺すられて俺は目を覚ました。
薄いナイロン生地のテント越し注ぐ月明かりが、今はやけに力強い。
影がくっきりと浮かび上がるほどの明るさのお陰で、テント内の状況がはっきりと目に入った。どうやら家族三人が車座になって俺の周りに集まっているようだ。
その張り詰めたいつにない雰囲気に、俺は直感から小声で問う。
「どうかしたのか?」
俺が目を覚ましたことに、明らかにほっとする三人。沙織が震える声で小声で答えた。
「何かが外にいるみたいなの……」
「えっ?」
妻の発言に驚きつつ、耳を澄ませて外の気配を探る。確かに物音がする。
荒い息遣いと、ザッザッと地面を叩く重量感のある硬い足音。この感じからして人ではあるまい。ただ一つ分かるのは間違いなくデカい。
ただのしがない会社員の俺でも地鳴りのような音と、振動――そして、そいつが発する皮膚が粟立つような圧倒的な強者の気配を感じ取ることができた。
(なんだ……このプレッシャーは……野生動物……ってのは、こんなに圧力を放つものなのか?)
辺りを歩き回るその気配は、食料探しているようだ。幸いテント内に食物はない。




