第1話 家族キャンプ、見知らぬ景色
第1章は設定 重視でかなり 地味かもしれません。第2章からはレベル上げや拠点 製作DIYなど、少しは賑やかに楽しく無双できると思いますので しばらくお待ちください。
何分、素人でございますので誤字達のご指摘 からストーリーのご指南までよろしくお願いします。
テントの隙間から差し込む光に覚悟を決め、俺は外へ踏み出した。
そこで真っ先に視界に飛び込んできたのは、無惨にもぐちゃぐちゃに変形してしまった鉄製の食糧保管庫だ。
それはいい、予想通りだ。
だがその先がイレギュラーだ。目に入るはずの景色、見慣れた日本のキャンプ場は、何処にもなかった。
広大な高原の向こうに広がるのは、見たこともない巨大な紫の樹木の森。空を見上げれば、ふたつの太陽が異彩の大地を煌々と照らし出していた。
そして、俺の視界の端でこれまで経験したことのない点滅を続ける謎のシステムウィンドウ。
あまりの異常事態に立ち尽くす俺の傍らで、家族たちが息を呑む気配が静かに伝わってきた。
俺は必死に混乱を抑え込み、自分自身に言い聞かせるように言葉を絞り出した。
「どうやら俺たちは、異世界転移に巻き込まれたみたいだな」
父親である俺の発言を、長男の優翔は無視することなく、最低限ではあるが反応する。
「そうみたいだね。……かったるい」
言葉こそ、いつもの冷めた調子だったが、その横顔からは完全に血の気が失せ、紙のように蒼白だった。
いつもならポケットの奥深くにぞんざいに突っ込んでいるはずの両手は、いつでも動けるようポケットの縁に浅く引っ掛けられ、生地を噛み潰すように固く握りしめられている。白くなった拳の関節と、強張った顎のライン。
だるそうに振る舞いつつも、全身の筋肉が限界まで張り詰めているのを俺は見逃さなかった。
兄に続くように、妹の瑞葉も俺の言葉を無視することなく同調する。
「あ〜あ、だからスマホが圏外なんだ。強制デジタルデトックスとか、異世界マジ死ぬ」
普段通りの若者言葉を口にする瑞葉だが、その声は今にも途切れそうなほど小さく震えていた。
両手で握りしめたスマホの画面には、微かな手汗が滲んでいた。ふたりとも、底知れない恐怖を必死に「いつもの自分」を演じることで誤魔化そうとしているのだ。
今の状況が理解できない妻の沙織が、声を大きくする。
「あなたたちは、この状況がわかってるの!? 『イセ、カイテンイ』ってなんなの? 何が起こっているの!?」
「お母さん、『異世界転移』よ。なんで知らないのよ……面倒い」
「異世界転移っていうのは……」
溢れ出しそうな焦燥感を懸命に押し殺して、あえて面倒くさそうに妻への説明を始める息子と娘の姿を見ながら、俺はなぜこんな事態になったのかを思い返していた。
長男の優翔が希望の私立高校に入学して、ほっとしたのも束の間。いわゆる『サイレント反抗期』が始まり、父親である俺にも母親にも一切心を開かなくなった。
中学1年の長女、瑞葉はゲームやSNSに夢中で、家族と話すことは極端に少なくなった。
分不相応にも子どもふたりを私立の中高へ通わせたシワ寄せは、容赦なく夫婦の生活を圧迫した。共働きでフル稼働するギリギリの日常の中で、沙織との会話もいつしか消えていった。
必死に走り続けてきた俺がふと立ち止まった時、家族の歯車はすでに大きく軋み、ひとつの屋根の下でただすれ違うだけの他人に成り下がっていた。
――昔は、違った。
五、六年前、子どもたちがまだ幼かった頃。
転職前で休みこそ少なかったが大企業に勤めていたので懐には少しゆとりがあり、休日のたびに小さなコンパクトカーに荷物を限界まで詰め込んで、旅行や遊園地などに出かけたものだ。
数ある思い出の中でもキャンプは特別で、飯盒で炊いて底が真っ黒に焦げたご飯や、瑞葉が「辛いー!」と言いながら口の周りを黄色くして食べた安物のカレー。
小さな手で一生懸命にペグを打ち込もうとして、自分の指を叩いて泣きべそをかいた優翔。「パパ、すごい!」と、テントを組み立てる俺を尊敬の目で見上げてくれていたあの瞳。思い出すべてが眩しく輝いていた。
「ちょっとあなた、手伝ってよ」
なんて言いながら、嬉しそうに笑っていた沙織の顔。
あの頃のキャンプには、間違いなく温かい「家族の笑顔」が存在していたのだ。
それが、今やどうだ。
熱帯夜のリビング。外気温が30℃を下回らない異常気象の夜に、エアコンの効いた部屋に集まる四人。久しぶりに家族全員が揃った休日だというのに、俺はかける言葉すら見つからなかった。
仲が良いから四人がリビングに集まったわけではない。単なる『電気代節約』のために皆が同じ場所の空気を吸っているだけだ。沈黙が続き、互いへの興味もない。
冷え切った家族関係に強い危機感を募らせた俺は、妻の沙織に無理を言ってみんなをキャンプに連れ出す提案をした。
「今更遅いんじゃないの」という子供たちの冷ややかな目線や、予算やスケジュールを気にする妻の乗り気でない反応の中、父親の強権を発動する。俺のかたくなな態度に少し面食らった皆は、不承不承ながらもキャンプに行くことを了承した。
(時代遅れの父親の強権なんて、あと何度聞いてもらえるか……これが最後の悪足掻きかもしれないんだ)
そんな訳で、強い覚悟を持って、俺は有給を取得する決意をした。
俺が転職したのは、典型的なグレー企業だった。「国策事業」「世界的なブーム」と世間が騒ぎ立てていた頃、転職求人票には『高年収確約! 業績連動ボーナス年間6ヶ月以上! 成長産業で安定の未来を!』なんて景気のいい煽り文句が躍っていた。
だが蓋を開けてみれば、待っていたのは地獄のシ◯コンサイクルと、業界特有の酷い歪みだった。
昇給はほぼ無く、ボーナスでの利益還元のからくりに、この時皆がようやく気が付く。
好景気時は、大企業からの無茶な「短納期絶対厳守」の圧力を受け、24時間365日ラインを回すための残業と休日出勤の嵐。
歩留まり向上の為の改善要求という名の丸投げに追われ続けた。
しかも労働基準監督署の目を気にする経営陣によって、それらはすべて『社員の自主的な裁量』という体にされていた。
ブラックな拘束時間、しっかりと払われるホワイト手当、ぐるぐる混ざってグレー企業だ。
「休日取得率100%を目指せ」「ワークライフバランスが大切だ」――上からはそんな御題目ばかりが聞こえてくる。
それでも好景気の時は、まだましだった。転職直後でも大企業に勤めていた時以上の収入だけは確保出来ていた。
だが市況がひとたび冷え込むと、状況は一変した。手のひらを返したように「在庫調整」「目標未達」を理由にボーナスは即座にゼロ査定。酷使され続けた現場の同僚達は蜘蛛の子を散らすように姿を消した。
残るのは一部の管理職と俺のような設計職だけだ。
「世界の最先端を支える仕事だ」と綺麗なオフィスや生産ラインを誇りはするが、短納期や過剰なコストダウンを強いられたサプライチェーンはガタガタで、設備もボロボロだ。人員もサイクル毎に入れ替わり、熟練工などはほんの一握り。スカスカのハリボテだ。
そうして磨耗した社員が力尽きて会社を去ると「最近の若者は根性がない」だの、「育つ前に諦める」だのと上から目線で嘆いてみせる。
自分たちの経営計画の甘さを「世界市場の動向」「現場の努力不足」にすり替えるその手口だけは、確かに世界最高水準の手際レベルだった。
未だに日本製品神話にすがりつき、現場の改善なんて考えてもいないのだから反吐が出る。
そんな反吐が出るお偉いさんの言葉を、大企業の派閥争いで心が病んでいた俺は鵜呑みにしてしまった。当時の俺に会えたなら殴って病院送りにしてでもそんな選択は止めさせるのだが。
そんなわけで、ブラック大企業に勤めていた俺からすれば、グレー企業への転職は若干の拘束時間の短縮は出来たものの、給料は減少し、小遣いを減らし、趣味を減らし、スキマバイトを入れるといった典型的な転職失敗――異世界転生を経ずにハードモード突入というやつだった。
その社内で「責任逃れ」という異色の才能で生き残った管理職に対して、有給届を提出した時のやり取りが脳裏をよぎる。
「有給は社員の権利だしね、リフレッシュや体調管理は大切なことだからね。もちろん取得してもらって構わないよ。
――仕事が回っていれば何の問題もないんだよ。周りの後輩や仲間に負担がかかったりしてないかな? 大丈夫かな?
――仕事はそれで回っていくかな? あんまり若い子に負担をかけるのもね。年長者としてどうなんだろうね?
――若い子が辞めちゃわないかな? どうだろう君の裁量で調整は出来ているのかな?」
などと釘を刺しているのか、抜いているのか分からない事を言う上司。
社員を守る気など微塵もない会社の中を何十年と泳ぎ切ってきた上司の常套句だ。覚悟のない人間の言葉など、所詮こんなものかと心の中で吐き捨て、俺は珍しく断固とした態度で有給届を押し通したのだった。
その翌日、レンタカーのワンボックスを借り、俺たちは異世界転移の発生地であるキャンプ場へ向かった。




