第15話沙織ステータス
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
◇ステータス個人:能力値◇
名前:中伊達 沙織
41歳
職業:未設定/非認証 レベル:1
HP : 45
MP : 60
力 : 17
体力 : 24
素早さ : 27
器用さ : 30
賢さ : 22
運 : 29
攻撃力 : 42
防御力 : 45+5
武器 なし
防具 E 異世界の服+2
防具 E 異世界の靴+3
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
高原を吹き抜ける冷たい風が、ガサガサと背の高い草むらを揺らす。
いつ正体不明の危険が迫るか分からない空気の中、瑞葉がスケッチブックにカリカリと鉛筆を走らせる音だけがかすかに響いていた。
瑞葉は沙織の背中にぴったり身を寄せたまま、不安を押し込めるように手元の作業に集中している。
俺のステータスを瑞葉が書き写し終わるのを待って、表示された沙織のステータスを確認する。
目の前に浮かぶ自分の控えめな数値を見つめながら、沙織は不安そうに己の細い手先を握りしめていた。
ずっと家庭を守ってきてくれた妻だが、この容赦のない異世界においては自分の非力さを突きつけられたように感じているのかもしれない。
海外のキャンプ場ならいざ知らず、ここには病院も薬もないのだから、数値の低さはダイレクトに生存の不安に繋がる。
俺の漠然とした感覚だが、沙織と俺の能力は男女差はあるものの、平均すれば比較的に似通っているように思う。いわゆる似た者夫婦というやつだ。レベル差は8つ、数値差は6能力の平均で出すと46.83と24.83だ。……ということは。
「1回のレベルアップあたり、2.753だね」
「あぁ、……そうだな。俺も暗算は得意なほうだが、さすがに若さの差か早いなぁ。そうなると最高値255は微妙かな」
間髪入れずに答えを出した息子の頭の回転の早さに、胸の奥で感心すると同時に、どこか寂しさがこみ上げる。
家を空けがちで、いつの間にかこんなにも頼もしく成長していた息子の姿を、俺はちゃんと見てやれていなかったのだ。
(今日1日で何回後悔しているんだ俺は……グジグジ、グジグジ、自分のことながら本当に呆れるな)
優翔は静かに周囲の風の音に耳を澄ませながらも、俺たちの会話を的確に拾って脳内で計算を巡らせている。
優翔が言った通り単純に考えて、レベルアップ時の能力の平均上昇値が2.75であれば俺の能力値は255を越え300に近付く計算になる。まぁ単純にいくとは限らないが……。
「全く似た者親子ね。あなたたちは計算のスピードでも張り合っているの?」
沙織の言葉に、優翔の耳が少し赤くなる。俺もなぜだか少し汗ばむのを感じた。
(無意識に対抗していたんだろうか?)
「そうなるとレベル99で能力の最高値が255オーバー、下手をしたら999の可能性も出てくるね」
微妙な雰囲気を歯牙にもかけず、沙織のステータスを書き終えた瑞葉が沙織の腰に絡みつきながら感想を口にする。
俺と優翔がその言葉に頷く。
「まぁレベル9でこの能力値じゃ、たとえレベル99まで順調に成長したとしても、俺の能力値は300を超えるのが関の山だなぁ」
「「「……」」」
家族の間に微妙な沈黙が生まれる。
ネームのキャラ。響きとしては悪くないが 、要は主人公や主要キャラにはなれない能力ってことだ。
今朝方追い払った姿も見ぬ獣でさえ、家族全員が明確な命の危機を感じた。
何がどうなったかは分からないが、その敵を俺が倒したと表示が出た。
圧倒的な捕食者の圧を感じた見えざる敵。その討伐により俺のレベルは一気に9まで上がった。
だが逆の見方をすればあれほどの強敵を倒してもレベルは9しか上がらなかった。
その結果から導き出されるのは、化け物級の圧を持った深夜の来訪者でさえ、この世界では大した強さではないということだ。
この先あれ以上の凶悪な魔物が現れた時、主要キャラでもない俺の能力で家族を守りきれるのだろうか――そんな現実的な不安が、冷たい風とともに俺の背筋を凍らせる。
優翔は気まずげに視線を外して、家族をかばうように俺とは反対側で辺りを警戒している。そんな微妙な空気を気に留めない末娘は平常運転だ。家族の静寂など気に留めず口を開く。
「う〜ん。もしこの世界の設定がド◯クエ基準なら能力値が255を越えていれば充分なんじゃないの? カンストした勇者や賢者と戦う気なの? 普通にゲーム中の魔王だったら能力値200越えのメンバーが5人いれば余裕で討伐できるからねぇ」
「えっ?、それなら昔のド◯クエと変わらないじゃないか」
「そうなのね」
戸惑う俺と沙織を尻目に子供達は話を進める。
「そうか。そうだったな。僕は余りゲームをやり込むタイプじゃないから忘れてた。僕がゲームをクリアした時のレベルも確かパーティー平均でLv50半ばぐらいだったかな。勿論、平均能力値は200も無かったはずだよ。それでも何とかクリアできたからね」
「そういうこと。お兄ちゃんって実生活では慎重なのに、ゲームは意外にイケイケだったんだね。でも私の友達もレベル60ぐらいでクリアしちゃう人か多かったよ。能力値999なんて、アイテムやイベントをこなしてカンストを目指す『廃人』ぐらいしかできないよ」
「『廃人』か、それは何となく聞いたことがあるな」
記憶の端で聞き覚えのある言葉に俺は何度も頷いた。沈みかけていた雰囲気を一変させる娘の言葉に、胸のつかえが少しだけ下りる。恐怖や不安を跳ね返そうとする瑞葉なりの強がりなのだろうが、瑞葉の明るさには本当に救われる。
「それよりもお母さんのスキルも見てみようよ」
平常運転の瑞葉の発言に皆から笑いが漏れる。
「そうだな」
俺は沙織のステータスのページをめくることにした。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
◇ステータス:スキル/加護◇
名前:中伊達家 沙織
41歳
戦闘スキル
発現なし
魔法スキル
発現なし
生活スキル
発現なし
ユニークスキル
★★★★天恵の癒し……全ての治癒魔法を修めることができる。治癒魔法の習得のスピードが200%アップ。治療効果が50%アップ。MP の消費が50%ダウン
加護
※※※※※※※※※※
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
全員の意識が沙織に発現したユニークスキルに注がれているのがわかる。
高原に置き去られた俺たちにとって、ユニークスキル『天恵の癒やし』はかなり有用なものになることは間違いない。
それにしても凄そうなスキルだ。万が一怪我を負ったときのリスクを思えば、これ以上ないほどの希望の光と言えた。医者も薬もないこの極限状態において、これほど現実的に心強い防衛手段はない。それにしても、このぶっ壊れ補正は異常だ。
これではまるで……。
「お母さん、凄いよ! 聖女! 聖女様設定なんじゃない。ねぇ、お兄ちゃん?」
「聖女かどうかは分からないけど、現状では有難いスキルだとは思うよ。父さんも、そう思うだろ?」
「あぁ。かなり有用なスキルになりそうだな。聖女かどうかは判断できないが……」
「もう! これだから男の人は! 聖女様よ、勇者の逆張りの主人公キャラじゃない。お父さんのほぼモブ設定のネームドキャラとは、月とスッポンじゃない!」
愛娘から中々に辛辣な評価を受ける。
ほぼモブ設定…って、ショックのあまり他のことが気に掛かる。
(今どきの中学生でも使うんだな、「月とスッポン」……)
一人ヒートアップする瑞葉の姿を、周囲への警戒を怠らないようにチラッと確認しながらそんなことを考えていると。
「聖女なんて嫌よ、面倒くさい」
沙織のにべもないひと言が炸裂した。
ファンタジーの主人公やヒロインといった大層な役目を背負わされるのは御免で、ただ現実的な応急手当の道具として家族のケガを治し、全員無事に帰りたいだけだという、現実主義な妻らしい本音が透けて見えた。
「でもお母さん、聖女なんて素敵じゃない」
尚も瑞葉は言い募るが、冷たい風がそよそよと吹き抜ける広大な平原の真ん中で、俺たちは少しだけお互いの顔を見合わせ、かすかな苦笑いを交わした。
身の置かれた危険な状況は何も変わっていないはずなのに、不器用ながらも声を掛け合うことで、家族間の目に見えない距離が、ほんの少しずつ縮まっているのを俺は感じていた。




