第11話 報連相とパーティー登録
皆が落ち着いたのを見計らって、俺は提案をした。
「今見える表示の中に、パーティーメンバーっていう項目があって、今は『1/6』って表示されているよ。取り敢えず瑞葉をメンバー登録出来るか試してみたいんだが…皆はどう思う?」
「危険はないの? 瑞葉の代わりに、私が代われないのかしら?」
沙織が不安そうにそう口にした瞬間――。
「【沙織からパーティー申請が出ています】』って表示が出たよ」
「えっ?!」
「……なるほど、そういうことか」
驚く沙織とは対照的に、優翔は冷や汗を浮かべながらも冷静に頷いた。その直後に新たな通知が表示された。内容は【優翔からパーティー申請が出ています】だった。
「優翔からも来たよ、申請が」
「これではっきりしたね。頭の中で『父さんと組む』って強く意識すれば申請が届くんだ。それでどうするの?」
「うん。この先が気になるね」
「?」
優翔の言葉に妹は頷き、母は戸惑う。
「父さん、まさかこのまま放置する気じゃないよね?」
優翔の言葉には明らかな苛立ちと焦りが混じっていた。
「優翔、どうしてそんなに焦っているんだ?」
俺が問いかけると、優翔は周囲の草むらを鋭く睨みつけながら捲し立てた。
「どうしてって! 僕と瑞葉と……3人が認識しているなら、早く行動を起こすべきだよ! この瞬間にも魔物が現れるかも知れないんだよ!」
その叫びと同調するように、辺りを冷たい風が吹き抜け、遠くの木々がざわめいた。草むらの奥からは『グゴォー』と聞いたこともない不気味な鳴き声が風に乗って聞こえてくる。
昨夜の記憶が蘇り全員の身体が強張る。瑞葉は怯えて沙織にしがみつき、沙織もその肩を抱き寄せながら「なにか大きな動物かしら……」と蒼白な顔で周囲を見渡した。
見渡す限りに色とりどりの草木が茂る異界の高原は幻想的でとても美しい。だがグレートボアの討伐表示が出た以上、どこから凶悪な猛獣が飛び出してくるか分からない死と隣り合わせの空間なのだ。
異世界転移。ゲームや本の中の出来事だったものが刻々と現実味を帯びていく。
歳の割には大人びている優翔は異世界転移を現実として受け入れた。
現実を受け入れてしまえば、周りの全てが危険に見えてくる。
だからこそ、さっきまでとは別人のように焦るのだろう。
だが、このままコミュニケーションをおざなりにしては、それこそ後々取り返しが付かないことになると俺は知っている。
仕事にかまけて会話を怠り、家庭内に目に見えない壁を作ってしまった過ちを、この異界の地で繰り返す訳にはいかない。
「優翔の焦る気持ちは分かる。だがな、焦って意思疎通を怠るのが一番危険なんだ。社会では『報告・連絡・相談』を合わせて『ホウレンソウ』と呼ぶんだが、俺はこれを家族間でも徹底したい」
「……こんな状況で、そんな仕事みたいなこと?」
「仕事じゃない、生き残るためだ。一つの連絡ミス、一つの勝手な判断が全員の死につながる。だからどんな小さな違和感でも言葉にしてほしいんだ」
社会に出れば基本の基本である『ホウレンソウ』だが、出来ていない人間は会社内にも結構いる。入社間もない新人どころか、ベテラン社員や上司にさえ結構な割合で存在するのだ。
そして最悪なのが役員や社長でさえも、そういった人間があまたいるということだ。
「現場に任せている」と言う経営陣と、「上は話を聞いてくれない」と嘆く現場。最低限の基本である『ホウレンソウ』すら、まとも機能しない会社。そこでは、追い詰められた人間は黙り込み、限界を迎えては自滅していく。いわゆる『チンゲンサイ(沈黙する・限界まで言わない・最後まで我慢して済ませる)』だ。
組織の不全で誰かを追い詰める愚行は、会社であれば経営陣が、家庭であれば親が、責任を怠っている証拠だ。
見知らぬ異世界で家族をそんな悲劇に遭わせないためにも、俺は『報連相』を徹底させるつもりだ。
「……わかったよ。文句を言わずに話を聞けばいいんだろ」
俺の真剣さが伝わったのか、優翔は少し視線を泳がせながらも小さくだが頷いた。瑞葉の方に目をやると不安そうに俺たちを見つめていた。
「よくわかんないけど、見聞きしたり、思ったことをお父さんとお母さんとお兄ちゃんに話せばいいのね?」
「まぁ、そういうことだな」
「わかったよ」
「私も分かりました」
瑞葉と共に沙織も頷いてくれた。システムの意味合いよりも、「家族全員でコミュニケーションを取る」という現実的なルールとして受け入れてくれたようだ。
その後俺たちは車座になり、互いに正面の人間の背後を警戒しながら、今後について話し合った。
「よし。じゃあ本題だ。なぜ俺がパーティー登録を躊躇しているか分かるか?」
俺の問いかけに、優翔が真っ先に答える。
「メリットとデメリットが分からないからだろ? ゲームなら経験値の共有とかがあるけど……」
「その通りだ。この際、メリットは後で考察するとして、デメリットは何だと思う、沙織?」
「デメリット? ……正直わからないわ。うーん登録したら、二度と解除(脱退)できなくなること……別行動が難しくなることかしら?」
「正解だ。俺もパーティーを組んだ時のデメリットやリスクは正直、今の段階ではわからない。だからパーティーの登録と解除が出来るかだけは、検証しておきたいんだ」
「デメリットに、……リスクのわからない事を子供達にさせるなんて出来ないわ。やっぱり私がメンバー登録するわ」
力強く俺を見る妻の言葉に首を振る。
「それはダメだよ」
「どうして?」
「万が一、メンバー登録に何か不具合があれば両親二人が抜けた状態で子供達を異世界に残すことにもなりかねない。となれば、俺と瑞葉、君と優翔のペアでの行動が一番だ」
「そんな…」
「……」
「……」
皆、俺の考えに言葉を失う。
最悪の場合、片親が残った子供を守って生き残る――俺の言動が、そんな過酷な現実の気配を否応なく感じさせたからだろう。それでも俺の考えは変わらない。
「まずは俺と瑞葉でメンバー登録を行う。瑞葉のメンバー登録が解除できた時点で個別にメンバー登録するつもりだ。それで問題がなければ全員の登録を行う」
「わかった……頼むよ、父さん」
優翔の言葉に頷き、俺は視界に浮かぶ【瑞葉からのパーティー申請を許可しますか】の問いの【はい】に意識を集中させた。




