第六話 「何をやったっていいんだ。」
「スズカ様、失礼致します。」
こんこんこんと三度叩かれたノックの音に、わたしはやっと我に返った。あ、ノックが三回なのはうちの世界の欧州文化と同じなのね。ちなみに日本で一般的な二回のノックは外国では失礼にあたる場合が多いので注意すること。これ、豆知識。外国行ったことなかったけど。
そんなこと考えつつはーいと返事をしたら、入ってきたのはアサムさんだった。
「アサムさん、どうかされましたか?」
「いえ……先程、カリン様と渡り廊下でお会いした際、何やらいたくご心配されている様子でしたので、もしやスズカ様の件ではと思いまして。」
何故分かった。エスパーかこの人は。
「慣れない環境でお困りの事や、気分が宜しくない事もおありでしょう。私で良ければ、お話お伺いしますよ。」
ああ、そうか。この人も「経験者」なんだ。
しかもアサムさんは完全に事故。わたし達みたいに、すぐに状況が説明される事もなかっただろう。何より、言葉が通じない、何も分からない中にたった一人。存在意義云々で悩んでるわたしなど甘えた話である。そもそも、存在意義がある方が稀なのだ。
「たいしたことありません。」
強がりなんかではなく、本心からそう言った。そう、わたしには与えられた役目なんてない。だから、何をやったっていいんだ。
「わたし、色々考えてたんです。役目を背負ったリンちゃんのために、そして何より自分のために、ここで何が出来るのか。」
アイデンティティーなんかで悩むなんて、アホらしい。わたしらしくないね。何やったっていいって思った瞬間、自分でもびっくりするくらい肩の力が抜けた。まずは、やること探さなくっちゃね!
「折角だから、まずは自分のやりたいことやってみたいと思ったんですけど……ワガママ言っちゃって、大丈夫でしょうか。」
わたしがちょっとだけビビりながらそう言うと、アサムさんはにっこりと笑った。
「勿論です、スズカ様。なにせ貴女様はこの国の王と女王が目の中に入れても痛くない孫娘、一国の姫君なのですよ。姫様お一人のワガママくらい叶えられなくて、国の騎士として如何します。」
何この頼もしさ。何このイケメン。
女の子の黄色い歓声の幻聴が聞こえてしまいそうな気がして、わたしは思わず頭を抱えた。これは勝てない。この人、日本に行ったらモテるぞ絶対。本物の男性以上にモテるぞ。
「そんなこと言っておいて、もしわたしがとんでもないワガママ言ったらどうするんです?」
「それはもちろん、国を揺るがすような内容などであった場合には、いくら姫様の仰せといえどお受けできません。しかし、スズカ様はそんな事をおっしゃる方ではないでしょう。」
だーかーらー、その信用されてる感じに弱いんだよわたしは。ハートを掴まれそう。ってかもう掴まれてる。女性向けゲームとか少女漫画にありそうなシチュエーションよね。惜しむらくは、この目の前の騎士が同性だってことだけ。
「姫君のワガママがどんなものだか、試しにおっしゃってみてください。必ずや叶えてご覧に入れましょう。」
ワガママのハードルが上がりすぎて、たいしたことない小さいワガママが言いづらくなりました。半分は自分の所為だけど。でも、「姫君のワガママ」の定番じゃないかな、これなら。
「わたし、町に行きたいんです。身分とか隠して、もうお披露目で顔晒しちゃったからそれもできるだけ隠して、お忍びってやつで。」
我ながら、なんて発想がベタなんだろうとは思う。
「町に、ですか?」
「はい。町に行きたい理由は二つあります。一つは、この世界を見てみたいっていう単純な好奇心。もう一つは、異世界から来たわたしだからこそ見つかるかもしれない、国民のためのアイディア探し。」
わたしに出来ることを探すにしたって、どういう事が必要とされるか分かんなきゃ、考えようがないからね。どうせなら、わたしが今までに勉強してきたことや生きてきた世界を役立てたい。そして今、わたしはやろうと思えばそれができる場所にいる。現代日本で学生だった頃には考えられなかった、「国」というものが動かせる場所に。
「大学で、途中までだけど福祉と社会と人のことを勉強していたんです。だから、活かさなきゃ勿体無い。」
父子家庭で、経済的にそんな余裕がある方じゃなかった。そんな中で行かせてもらった大学、無駄になんか出来ない。そうです、わたしは貧乏性です。
「……分かりました。国王様のお許しを頂かなければはっきりとは申せません。しかし、私のできる限りのお手伝いは致しましょう。皆とも調整をし、メイドたちの協力も仰ぎ、スズカ様の身の安全を全力でお守り致します。お任せ下さい。」
アサムさんはそう言って、優しく笑った。妹のワガママを聞く姉のような、あたたかくて頼もしい笑顔だった。




