第三話 「すごい……ファンタジーだわ。」
広場に集まる人々のざわめきが聞こえてくるような気がした。
「ちょっとお、スーちゃんってば大丈夫?」
「大丈夫……じゃ、ないかもしれない。」
わたしのひきつった表情を見て、歌鈴は大袈裟に溜息をついた。
「知らなかったわ、スーちゃんがこんなにあがり症だったなんて。よくそんなので演劇サークル入ってたね。」
「わたしとしては、まったく緊張してないリンちゃんの方が信じられないよ。」
そう言い返しながら、わたしは深呼吸を繰り返していた。大丈夫、いざ本番になれば却って肝が据わってしまうのは経験上わかってるから。何とかなる自信はある。
バルコニーへと続く大きな窓はまだ閉まっていて、見えるのはただ色硝子越しの陽射しだけ。霧の多い潤季が終わり暑季に入った季節を、これでもかと知らしめるような良い天気だ。窓辺に近い椅子に腰かけた国王夫妻は、こちらの様子を少し気にしながらも何やら楽しそうに話している。その周りに控えるたくさんの召使いさんたち。その中に、ロブくんの姿もあった。この世界に来て初めて話した人。
「今からでも何かお飲物をお持ちしましょうか。」
「ありがとう、でも大丈夫です。」
歌鈴やキャシーさんと話しているうちにどんどん落ち着いてきた。ほおら、もう大丈夫。笑顔を見せたわたしを覗き込む歌鈴のくりんとした瞳が、陽光を映しているためか、柔らかな薄茶色に輝いて見える。
「そろそろお時間です。」
ロブくんが声を掛け、国王夫妻が立ち上がった。おばあ様がこちらに微笑みかけ、頷く。わたしと歌鈴も頷き返し、二人ならんでおじい様とおばあ様の後ろへ続く。
ステンドグラスに彩られた大窓が開け放たれた。
眼下に広がる人々の波。わあっと湧き起こるざわめき。国王夫妻がバルコニーの突端まで進み出て、王様がすっと手を挙げると、ざわめきの波が引いていく。壮観。威厳ってやつだなあ。国王はそのよく通る声で、国民に語りかける。
「我が国の親愛なる民たちよ。この良き日に、我が娘フェリシアの血を引く娘たちを皆に紹介できることを喜ばしく思う。さあ、カリン、スズカ、これへ。」
わたし達は軽く礼をし、顔を伏せたままバルコニーを進む。顔を上げて、その目に飛び込んできた光景に、息を呑んだ。
「なに、これ……!?」
「すごい……!」
広場をうめつくす、人。日本で暮らしている時はお目にかかれなかった、様々な人がいた。色とりどりの肌、色とりどりの髪、瞳。しかしそれ以上に様々だったのは、その人々の「姿」そのもの。
頭にネコやウサギのような耳が立っている者。イヌのように鼻面がつき出している者。尻尾がはえている者。手や足、顔以外ほとんどが体毛に覆われている者。羽毛を持ち、腕が翼のようになっている者。周りの群衆より頭一つ出る巨体を持つ者もいれば、人ごみに埋もれてしまいそうな小柄な者もいる。もちろん、見慣れた普通の人間の姿をしている者もたくさん……。
「すごい……ファンタジーだわ。」
わたしはすっかり、その光景に魅せられていた。わたしの知らない人々が住む世界、わたしの知らない暮らしが、文化が、歴史があるに違いない。それを、知りたい。是非知りたい。
と、隣から震える手がわたしの手に縋り付き、ギュッと握り締めた。歌鈴だ。
「……い、」
歌鈴は痛いほどの力で私の手を握りながら、目を見開いていた。喉の奥から絞り出すように、微かな声が言う。
「こわい……スーちゃん、怖い。あたし怖い。」
「大丈夫。大丈夫よ。」
何がこんなに歌鈴を怖がらせているのか、正直わたしには全く分からなかった。けど、とりあえず手を固く握り返してそう言った。仲良く肩を組んで軽く前へ押しやるようなふりをして、震える背中をさすってやる。少し落ち着きを取り戻したらしく笑顔を見せた歌鈴の、わたしが握っているのと逆の手を、おじい様が優しく取って前へと導いた。
「我が孫娘、カリン=フェル=カロリアを、この国の王位継承者とする。」
再び湧き起こる歓声と拍手。その音は長いことやむことはなく、民衆は熱狂的な視線でこちらを見上げている。その光景は美しく、やっぱりちょっと怖いような勢いを持っていた。




