第一話 「めっちゃ平和じゃん。」
時の流れは速く、カロリアにやってきて早くも十日ほどが経とうとしている。
それというのも、国王夫妻と対面し歌鈴が次期女王様となった翌日から早速、そのために必要な勉強をするため家庭教師が付けられたのである。暇を持て余した一日目とは一転、とても忙しくなった。
わたし達は忙しいものの、国の情勢はわたし達の生活の変化ほど激動していない。それどころか、
「……めっちゃ平和じゃん。」
「コラそこ、つまらなそうに言わない。」
一応、形として歌鈴にツッコミは入れたものの、わたしも同意見だった。
このカロリアという国、概要や現状を聞いている限り、現代日本にさえ引けを取らない程の平和な世界なのだ。
単位とかが色々違うので地球とはっきり比べられないんだけど、この国の面積はおそらく日本より少し狭いくらい。どちらかというと南北に長く、南側と東側は海に開けていて、王都アルクスは南北のほぼ中央あたりの東海岸線沿いにある。内陸側に国境を接している国がいくつかあるが、大半との現時点の関係はまあ良好。というのも、侵略戦争を禁止する同盟にこの世界のほとんどの国が加盟しているのに加え、カロリアは永世中立国の立場を取っているのだという。その為に国防はかなりしっかりしてる。治安もまずまず。資源に富んだ土地ではないので加工貿易の国。立憲君主政、と。
わたしのノートには、こんな内容の記述が延々と(ただし日本語で)並んでいた。知りたい事はまだまだ山ほどあって、面白い。
「もうやだ……学校卒業したのにこんなとこでお勉強することになると思わなかった……」
一方の歌鈴は三日目からずっとこの状態。
家庭教師の授業内容は、礼儀作法と基本的な読み書き、国についての知識もろもろ。知識の方は、高校みたいな地理と政経を中心とした授業が毎日二、三時間ずつ続く。
わたしは別に強制されなかったけど、歌鈴たっての希望とわたしの好奇心という辺りで利害が一致したので、一緒に勉強している。人生で初めて、双子で机を並べているわけだ。
「永世中立国なのに、軍隊あるの?」
「リンちゃんそもそも永世中立国ってどんなのか分かってる?」
「中立……何処とも戦争をしないってことじゃないの?」
「そうじゃないんだなこれが。」
歌鈴は授業後、毎日欠かさずわたしの部屋にやってくる。世界史と政経で大学を受験し、未だに学生で勉強の習慣のあるわたしの方が、自慢じゃないが歌鈴よりも圧倒的に理解が早いのだ。「歌鈴たっての希望」だった所以はここにある。
つまりその日の内容をわたしが理解し、まとめて、歌鈴に教えているのだ。歌鈴は同じ内容の授業を繰り返して不十分な所を無くし、わたしは人に教えるためにまとめ直すことで理解を整理している。時には、わかりやすくするため、日本を含む地球の知識を引っ張り出して例を上げることもある。塾講師アルバイトの経験がこんな所で活かされるとは思っていなかったわ。
「なるほどねー。」
中立国についての出来る限り丁寧な説明を終えると、歌鈴が唸った。
「しみじみ、スーちゃんがいてくれてよかったわ。あたし一人じゃダメダメよ、バート先生の言ってる事よく分かんないんだもん。」
「何言ってんのよ。」
家庭教師バート先生の説明も、決して解りにくくはない。ただ、事実を並べ立てて「これはそういうことになっているのだ」という言い方をするので、因果関係を知りたくて「なんで?」を連発する歌鈴に閉口し、歌鈴の尋ね方もまずくて一向に通じ合わない状態になってしまっているだけなのだ。そこを交通整理するのが目下わたしの役目ということになっている。わたしにも全部わかるわけじゃないし、苦手な事もあるんだけどね。
「もっとも今言った内容はスイスについてだから、この世界じゃ多少違うかも知れないけど。」
「ん、ざっくり把握出来ればオッケーでしょ。」
歌鈴はノートを閉じて、ぐーっと上体を逸らし伸びをした。丁度いいタイミングでノックの音がする。
「カリン様、スズカ様、御夕食の支度が整っております。」
「はい、今参ります。」
毎日のディナーはおじい様とおばあ様と歌鈴とわたし、家族皆で共にしようということになっていた。渡り廊下を通っておじい様とおばあ様の住まう《白光宮》という白壁の美しい建物に向かう。
ちなみにアルクス城は丘の上にあり、敷地の中にいくつかの建物が集まっている。公式の場などがある《虹ノ宮》を城全体の中心に、城門と広場がある東側が城の正面となる。城門から見て虹ノ宮の真後ろにあるのが白光宮、別名「王宮」。わたしと歌鈴の居室その他があるのは《緑ノ宮》、最近は「王女宮」とも呼ばれ、白光宮の南隣にある。白光宮と同じく白壁なんだけど、建物自体が庭園と林に囲まれていてとにかく自然豊かなのでこう呼ばれているらしい。他の建物は行ったことがないのでまだまだ知らない場所ばかりで、下手に動くと迷子になりそう。
「おばあ様、おじい様、失礼致します。」
声を掛けて食堂に入ると、久しぶりに四人全員そろった。お二人は公務がお忙しいので、なかなか一緒にいられる時間も少ない。いつものように話しながら食事会が始まり、少し経った頃、切り出したのはおじい様だった。
「そろそろ、カリンを次期女王として国民にお披露目したいと考えているのだが。」




