9話 こんにちは、ストーカーさん
バイトを終え次第、同じフロアの隣に設けられたスーパーへ足を運んだ。お昼にうちのポメがやらかしたから、その食料調達をしなくちゃならない。
この時間帯はちょうど値引シールが貼られるから、是が非でも安く食料を確保する腹づもりであります!
「じー……」
やってきたのは食品コーナー。貧乏な未成年者の経済事情を考えれば、お弁当やお惣菜なんて買ってられない。極力生肉やお野菜といった、比較的安価に購入できるものをターゲットにする。
生のお肉が並べられたエリアを、ワゴンに隠れてじーっと見つめていた。もうすぐ半額シールを貼ってくれるおばちゃんが来るはずだ。それまで、獲物を狙う鷹の如くじーっと睨みつけないとね。側から見たら完全に不審者だけど。
「えっ、花守……?」
「……え?」
突如後方から届けられた低い声。嫌な予感がした。だって、聞き覚えのある声だから……。
「うおぉ! やっぱ花守じゃん!」
「げっ、王塚魔人……」
あぁ……やっぱこいつか。
そこには、ついこの間まで同じクラスだった元同級生がいた。
「そんな苦い顔すんなよ。一応同級生なんだから傷つくだろ!」
「いや、私はもう学校辞めましたけど」
「敬語やめて!? なんか距離感じるから!」
相変わらずいちいち声がでかいやつだねぇ。茶色い短髪をした、俳優にもなれそうな二枚目風イケメン。実際女子からもモテるし、いいやつなんだけど、幸果は逆に鬱陶しく思っていた。だってこいつ、うざいくらいに自分に絡んでくるから。
王塚君は、俗に言う陽キャというやつだ。日陰者の貧乏な自身とは対極的な世界の住人。そんな人がどうして自分みたいな人間に絡んでくるのか、甚だ疑問だ。
まさかとは思うけど、この人も目の前の生肉を狙っているわけじゃないよね?
今は制服である夏服を着ているから、たぶん学校帰りなんだと思う。
自身が学校を辞めてこうして日常を生きている間にも、他の同世代の子達は変わらず学校に通っているのだ。そう考えたら、なんだか不思議な気分になる。
「……王塚君、何でこんなところにいるの?」
「何で迷惑そうな顔をするのさ。近所なんだから当たり前じゃん」
心底おかしそうに笑い出す王塚君。なんかこいつに笑われるとイラッとするわ。
「ていうか、急に高校辞めてびっくりしたぜ。ずっと心配してたんだぞ」
「余計なお世話……。そもそも、王塚君とは中学と高校がたまたま同じだっただけでしょ」
彼とは中学からの付き合いだけど、ただのクラスメイトに過ぎない。別に大して仲がいいわけでもない。
まあ、たまに話すことはあったけど、それも全部彼が一方的に絡んできただけですから。
「冷たいなぁ。それでも知り合いだろ。心配して何が悪いんだよ」
「それはそうだけど……」
「でも、引っ越したわけじゃなかったんだな。てか、家どこなん?」
何でこいつに住所を曝け出さなくちゃならないんだ。
こいつ、中学の時からこうなんだよなぁ。
何かと深掘りしたような質問をしてくるんだよ。「昨日何時に寝た?」とか「いつも何時くらいに風呂入んの?」とか、もはやどういう意図で聞いてきてんのかわからないレベルのやつ。
それが主に、幸果が彼に距離を置く理由だ。端的に言って、ただのストーカーだ。なんなら幸果も内心でそう呼んでいる。
「王塚君には関係ないでしょ」
「まあ、そうだけど……。ていうか、こんなとこで立ち止まって何してんの?」
また質問かい……。質問ばっかしてくる男ってなんか嫌だよね。ストーカーみたいで。まあ、こいつはもはやそうなんだけど。
「……別に何もしてないけど」
半額シール待ちだなんて、そんな卑しいこと口が裂けても言えない。JKではなくなったけど、中身は十六歳の女子なのだ。自分にだってプライドはある。
「いやいや、何もしてねぇのにこんなとこ立ってたら不審者じゃん。ははは、やばいよそれは」
うるせぇよストーカー。お前みたいな変態に言われたくない。その顔に蹴り入れんぞこら!
「まあなんだ、困ったことがあるんなら何でも言ってくれ。マジで何でもしてやるから」
めっちゃグイグイくるな……。ここまでになると本格的に気色悪くて、顔を顰めずにはいられない。さすがはストーカー君だよ。
「何それ……」
まあでも、昔学校で幸果がいじめられていた時、真っ先に気づいて助けてくれたのは彼だった。
女子トイレでクラスの女子たちに金をたかられていたところを、王塚君が割り込んで止めてくれたのだ。……この際、女子トイレに入った点は目をつぶりましょう。
とにかく、別に彼のことが大嫌いなわけじゃない。まあ、そのあと購買でパンを奢ってやったからおあいこだけどね。
「わかったから、早くどっか行って」
「わーったわーった。じゃあな、また会おうぜ」
また会う気なんてさらさらないわ。とりあえず、これで王塚君の目を気にせずターゲットを狙える。
ややもすると半額シールが貼られ、無事にお肉を確保できた。その後も安くなった食品たちをいくつか購入していく。
そうした長時間にわたる格闘の末、ようやく帰路につくことができた。




