10話 異世界王子、ネット配信始めました!
外はもう、すっかり夜だ。歩を進めるうちに、やがて自宅アパートに到着した。すると自宅の隣の玄関先に、見知った顔を見つけた。
「あら幸果ちゃん。こんばんは」
「どうも、こんばんは」
赤池夫妻と鉢合わせた。急でびっくりしたけど、人当たりのいい笑顔で挨拶をする。どうやら自身と同じく、今しがた帰宅したところみたいだ。二人で散歩でもしてたのかな。
「あっ、そうだ。これよかったらもらってくれない?」
奥さんが差し出したのは白いビニール袋。中にはミカンがパンパンに詰められていた。
「今日ご近所の友人にお裾分けしてもらったんだよ。でも、わしらじゃ食べきれんから」
「……いやぁ」
旦那さんの言葉に、幸果は言葉が詰まってしまう。お父さんが亡くなってから一人暮らしになった自身を気にかけての行いだとは思う。
でも、その純粋な厚意を素直に受け取れないのが幸果だった。
「ありがとうございます。でも、お気持ちだけ受け取っておきます。最近親戚が食料を届けてくれて、早く食べ切らないといけないので」
せっかく言ってくれているのに、自分でも申し訳ないなと思う。
でも、他人からの施しや厚意を受け取らないのが、幸果の座右の銘なのだ。
お父さんに帰ってくると嘘をつかれたおかげで、自分は借金を負うことになった。人は信用するに値しないんだよ。
赤池さんに限ってそんなことはないとわかっている。考えすぎだとわかっているよ。それでも、呪いのように人を信じられないんだ。
あとでその恩を引き合いに出して、何か要求されるのではと恐れてしまう。今までのヤクザとのやり取りが、まさにそんな感じだったから。
「でも……」
「お気遣いありがとうございます。そのミカンは赤池さんでいただいてください。では」
失礼だと承知しながらも、頭を何度も下げて部屋へと入った。たぶん、特に論理的な理由はない。幸果は、人からの恩恵を真っ向から受け取れない体質になってしまったのだ。
「おかえりなさいお姉ちゃん!」
「ただいま……」
家に帰るとうちのポメがお出迎え。今朝幸果が貸した子供の頃のお下がりである白いパーカーを着ている。サイズもぴったりでなによりです。
しかしなんだろう。しばらく一人だったからだろうか。家に帰って誰かが迎えてくれることに、なんとも言えない新鮮味を感じた。
「……あのさ、今さらだけど、そのお姉ちゃんって呼び方やめてくれない? 言われ慣れてないからむず痒くなるのよ」
「そう? なら、幸果ちゃんで!」
「うん、そっちの方がいいね」
別にどうでもいいことだけど、これから長く同居することを考えれば、少しでも楽な呼び方をされた方がいい。
お姉ちゃんとか、言い慣れて無さ過ぎてなんか寒い。
「……というか、さっきから何をしてるの?」
幸果は、台所でさっき買って来た食材を炒め出す。
その傍で、ポメッコはデスクチェアを土台にし、幸果のパソコンをカタカタとやっていた。パソコンに関しては、ちょっと調べものするくらいなら使っていいよと事前に言っている。
「あ、これ? ちょっと調べものしてたの」
「何を調べてたの?」
買って来た少ない食材で作ったレバニラ炒め。一つの皿に乗っけたそれを小さなちゃぶ台に置く。二人で二口ずつ食べれば終わってしまう量だけど、次の給料日までは辛抱だ。
今朝の負い目を感じているからか、これにはポメも文句は言わない。
「ふふん、実はね。僕、ミーチューバーになろうと思ってるんだ!」
「はいぃ……?」
人差し指を天井に掲げらながらの宣言。いったい何を言っているんだこのちびすけは。
「何を言い出すかと思えば……」
「本気だもん! 僕、絶対なるもん!」
呆れていた幸果だが、どうやらポメは本気みたいだ。
ミーチューブ。世界中で流行している動画共有サービスだ。不特定多数の人間が好きな動画を投稿してシェアできるサービスで、場合によっては収入を得ることも可能なのだとか。
「幸果ちゃん、よくミーチューブっていうアプリをスマホで見てるでしょ? それ見てたら僕も興味が出てきちゃってさ! 幸果ちゃんが出かけている間にネットで調べたんだよ!」
「ふーん。それで、ちゃんとわかったの?」
「うん! なんかねなんかね、遊ぶだけでお金がもらえるらしいの!」
馬鹿野郎。なんちゅう典型的で大胆な誤解をしてるんだ、うちのポメは。
「誰よそんなバカ情報流してる人は!」
「ひょっとこチャンネルのパンパン隊長だよ!」
「誰!? 絶対まともな人じゃない!」
昨今のネット社会。出されている情報が全て正しいとは限らないということをポメッコに教えないと。
この子純粋だから、自分と違って疑うってことをしないんだもの。すぐに何でも信じちゃうから。
「それでね、早速今日チャンネル作って、何個か動画を投稿してみたの!」
「そう、……え?」
嫌な予感がした。全身にとてつもない寒気が襲う。
「ちょっと待て! ポメッコのチャンネル何?」
「ポメッコチャンネル!」
まんまかよ。いや、そんなことはどうでもいい!
すぐさまパソコンに手をつけた。ミーチューブでマイページに表示されたポメッコチャンネルを開く。
ポメッコが語ったように、そこにはすでに二、三個ほど動画が投稿されていた。その動画に記されたタイトルに頭がふらつく……。
『異世界から来た王子なのですが、お金が欲しいので、魔法を使っていっちょバズってみようと思います!』
なんか異世界系ラノベみたいなタイトルだな……。
それをクリックして内容を確認。
すると案の定、ポメッコが軽快な語り口で、存分に魔法を使っている動画が流れた。この部屋の中で火や水をバシャバシャと出し、宴会芸みたいなことをやっている。「いつもより多めに出しておりまーす!」とか言ってるところが、幸果のイラつきに拍車をかけた。煽ってんのかこの野郎。
「どうどう? けっこういい感じに撮れてると思うんだけど!」
傍で体を揺らしてくるポメッコ。
動画には、ポメッコの顔もがっつり映っている。隠すことなく、モザイクも無しだ。
……これは、さすがにやばいよ。
「何してんの! こんなバカみたいに魔法使った動画出したら、世界中に広まって大変なことになるじゃない!」
「え、何かまずいの……?」
ポメッコは何がいけないのか分かってない様子だ。これはあとでしっかり、ネットリテラシーのなんたるかを教えてやらないと。
とりあえず動画はすぐに消しておいた。幸い、数少ない視聴者達はAIか何かと勘違いしていて、それほど騒ぎにはならなさそうだ。
「ねぇポメッコ、あんまり動画や人前で無闇に魔法を使っちゃだめだよ」
「えー、なんでー?」
「さっきも言ったけど、大騒ぎになるから。この世界で魔法は架空の代物だから、バレたら大変なことになるの!」
「うーん、難しい世の中だなぁ……。まあでも、幸果ちゃんが言うならそうする!」
素直だし、返事だけは一丁前なんだよなぁ。どこまで信用していいのかわからないけど。
「あと、部屋はあまり映さないでね。顔はまあ、まだいいとして。住所特定とか怖いから。撮影する時は壁をバックにして」
「ラジャー!」
そもそも、できればネット投稿とかやめて欲しいのが本音だ。でも、前までの生活から抜け出せたのはポメッコのおかげだし、あまりこれもダメあれもダメと言うのも心が痛む。




