↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/47

5話 小さな王子様

 幸果の家は、いわゆる貧乏というやつだった。


 会社が倒産して、酒に溺れた始めた父に呆れた母は、自分を置いて家を出ていったのだ。


 それからは父と二人で暮らしてきたけど、父は心を入れ替えてバイトと借金をしながら自分を養ってくれた。


 でも、いくら親といえど所詮は一人の人間だった。自分が高校生になってすぐ、父は死んだ。


 自殺だった。


 おかげで高校も、入学早々に退学する羽目になった。とにかく生きるために、お金を稼がなくちゃならないから。


「……お父さんのばーか」


 獅子神と別れたあと、夜道を死人のようにふらふらと歩いていた。


 父は借金をしていたと言ったけど、その借りていたところがよくなかったのだ。


 借りていた場所は組事務所、いわゆるヤクザだった。


 さっきの白髪の目立つエロジジイがそう。


「明日までに二十七万とか、そんなの無茶だよ……」


 三十万なんて大金がどんなものか、幸果には到底イメージがつかない。それだけあったら、近所にある高級焼肉店にも行けるのかな。一人でなら、どこか遠くへ旅行にだって行けるかもしれない。


「…………」


 お金の重さは誰よりも知っているつもりだ。でも、三十万という大金になると、急にお金というものがわからなくなってくる。お金ってなんだろう。どうしてみんなお金を稼ぐんだろう。


 借金がないなら、ちょっと働いてその日生きられる額を稼ぐだけでいいじゃないの。少なくとも、自分はそう思う。食べて寝て、毎日怖い人に取り立てられる恐怖を感じることもない。


 そんな平凡で、普通の生活ができればそれでいいのに。


「……夜逃げ」


 ふいにそんなワードが頭をよぎった。……でも、やっぱりそれも難しいよね。


 今の自分は何も持っていない。そう遠くには逃げられないし、ちょっと逃げたくらいじゃ、あのジジイはどこまでも追ってきそうだもん。


 それに関しては、長く取り立てられた経験から容易に想像がつく。あのジジイ、意外と執念深いんだよ。


「……終わってる」


 お金を払わなかったら、自分は明日どうなるのか。考えるだけでもゾッとする。


 ……本当に終わってるよ。クソみたいな絶望的状況下、まさに崖っぷちだ。


 でもだからといって、人生を全て放り出して、死んでしまおうなんて決断できるほど、悲観的にはなれなかった。


 まだ自分の中に、死にたくないという気持ちがどこかにあるのだ。


 街灯に照らされた歩道をとぼとぼ歩き、やがて自宅アパートに着いた。


「あっ、お姉ちゃんおかえりなさい!」


「……なんでいるの」


 自宅玄関のドア前。そこには見知ったチビがいた。今朝のやりとりはどこにいったのやら、何食わぬ顔でお出迎えしてきた。


「やっぱり行くとこなくってさ。警察に声かけられるし犬に吠えられるしで、心が折れちゃったの」


「なら自分の世界に帰りなって。……キミは、私と違って居場所があるじゃん。あったかいお家があるんでしょ? ……なんでわざわざ私んとこに戻ってくるのさ」


「だって、お姉ちゃん優しいもん! 僕にパンくれたし!」


 軽快な口調でそう言うポメッコ。幸果は深いため息をつきながら、チビすけを無視して部屋に入った。今はこんなガキンチョに付き合っている場合じゃない。頭が痛くなる。


「ねぇねぇ、なんでそんなに元気ないの?」


「……うるさい。静かにして」


 部屋に入るなり、すぐさまスマホの口座アプリで残高を確認する。そこから、向こうしばらくの生活費を差し引き計算。


 計算して計算して計算して計算して——


「ダメだ……。出せても一万が限界……」


 わかっていたことだけど、二十七万も出せるわけがない。この部屋の家賃だって安くないんだから。


 ならもう、本当に逃げるしかないのかな? いや、それもやっぱり厳しいよね。


 ……なら、今自分にできることは——


「ねぇってばー。ちょっとはかまってよー」


 自分の肩を揺するポメッコをシカトし、幸果は弾かれるように家を飛び出した。その足で銀行に駆け込み、手数料を払って一万……いや、二万円札を引き出す。


 そうして、息切れして喉から血の味を感じながら、幸果はダッシュで獅子神の元へ向かった。こういうのは、できるだけ早い方がいいんだよ——。


「……あの、すみません」


「おっ、なになに幸果ちゃん。やっぱり覚悟決めた感じぃ?」


 部屋に入ると、獅子神がにたぁと嫌な笑みを向けてきた。


「すみません。これ……」


 幸果は握りしめたなけなしの二万円を、獅子神の座るテーブルに置く。


「……これで、今月は許してください。お願いします!」


 そして、幸果は床に手をつき、頭を下げた。


 ——土下座だ。


 これが、今の幸果にできる精一杯の誠意の見せ方だった。このくらいしか、この場を回避する術が見つからなかった。短い人生で初めての土下座。それでも、生き延びるためにはやるしかない。


 屈辱を抑えるように、砕けんばかりに歯を食いしばる。こんないたいけな少女の土下座は、見ていて痛々しいものがある。


 でも獅子神は、これを見ても全く意に介さなかった。


「そっかぁ、じゃあ仕方ないねぇ……」


 獅子神は地に頭をつける幸果に歩み寄る。そして、強引に髪を引っ張り上げ、無理やり顔を上げさせた。


「やっぱり、身体で頑張ってもらおっか」


「…………」


 あぁ、結局こうなるんだ。こんなんで許されるわけないってわかってたけど、やっぱりダメだった。


 泣きながら引き出した二万円も、自分の気持ちも尊厳も押し殺した初めての土下座も。全部無駄に終わっちゃった。


「ほら、いいからさっさと立て!」


「っ……!」


 獅子神が、幸果の服を剥ぎ取ろうと衣服に手をかけた。


 ……もう、ダメだ。


 そんな諦めの言葉が頭をよぎる。


 と、その時だった——。


「わっ! なんだ!?」


 突如、窓ガラスがパリンッ! と壮大な音と共に突き破られた。中にいた一同が皆、窓へ反射的に目を向ける。


 外から何かが入ってきたのだ。颯爽と侵入してきた黒くて小さいそれを見て、最初は鷹か何かかと思った。


「おい、なんだ!」


 でも違った。それは、自身もよく知っているガキンチョ——


「お姉ちゃん、大丈夫!?」


「——キミは」


 ポメッコだ。


「銃構えろ!」


 その場にいたスーツ共が、ポメッコに向けて銃を構え出した。この緊急時に慌てる気持ちはわかるけどさ、子供相手になんて外道な……。


 すると男たちは容赦なく、本当に発砲し出した。でもどういうわけか、銃弾はポメッコに当たらない。


「ふん、そんなの効かないもんねぃ」


 ポメッコの周りにバリアでも張られているかのように、放たれた銃弾がことごとく弾き返されていく。


「なんだこのガキは!」「他の組の回しもんか!?」


 ヤクザたちはわけもわからず狼狽えていた。無理もない。こんな非現実的なファンタジー現象、初見でついていけるわけがない。実際、自分も最初はそうだったもん。


「くそったれ、ぐわっ!」


 混乱するヤクザたちを待たずに、ポメッコは手から雷電を放ち、数名の男たちを関電させた。残りの輩にも、手から炎や水の弾丸を放ち見事に命中。全員華麗に……いや、半端力尽くで気絶させてみせた。


 残るは幸果の腕を掴む獅子神だけだ。


「なんだ貴様! 餓鬼だからってタダで済むと思って——」


「おじちゃん、お姉ちゃんから離れてよ」


 ポメッコは睨むように顔を顰め、幸果を掴む獅子神に手を向けた。そして、容赦なく顔面に水のビームを放つ。


「げぼぉあっ!」


 あまりの威力に、地に押し飛ばされた獅子神。幸果は慌てて脈の確認をする。


 ……よかった、息はある。


 貧乏者にプラスして、殺人者の肩書きまで負うのはごめんだもんね。


「お姉ちゃん大丈夫!? 怪我とかない!?」


 さっきまでの怖い顔つきはどこへやら、ポメッコはすぐに顔を緩めて、幸果の元に駆け寄った。心配そうな顔をして、幸果の顔を覗き込む。


「……お姉ちゃん、震えてるよ?」


「…………」


 なんかもう、いろいろありすぎて疲れちゃった……。でも今は、なんかすごく……。


「う、うぅ……」


 助かった……。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁん! 怖かったよぉぉぉぉ!」


 今までどんなに泣きたくなっても我慢できたのに。泣かずにちゃんとやってこれたのに。


 こんな小さな子供の前で泣いてしまうなんて、我ながらほんとに情けない……。


「よしよし。大丈夫大丈夫」


 泣き喚く姿に引きもせず、少年はその小さな手で、幸果の頭を優しく撫でた。


 今はただ、この小さな手に縋っていたい……。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。