46話 みんなのおかげ
城ヶ崎が教えてくれた位置情報を頼りに、目的地までやってきた。鹿島さんが原付をどこかに止めている間、幸果は目的の場所まで走り出す。
そこは、車が行き交う大きな橋の上だった。周囲に付けられたライトにより、橋の上は夜でも明るかった。オレンジ色のほんのりとした灯りだ。
その橋の鉄骨の上に、王塚魔人はいた。
「王塚君!」
橋に設けられた車道の横にある歩道を走り、王塚君のもとまで向かう。でも——
「来るな!」
こちらに気づいた彼は、すぐに大声を上げた。
それを聞いて、自身も足を止めてしまう。これ以上近づけば、王塚君は本当に飛び降りてしまいそうだから。
「俺はもういいんだ! 自分のしたことの恐ろしさに潰されそうなんだ! 死んで償うしないんだよ!」
橋の下は川だ。とはいえ、かなりの高さがある。ここから飛び降りたら、水面はコンクリート化するだろう。確実に死んでしまう。
「待って、早まらないで! きっと大丈夫だから!」
「なにが大丈夫なんだよ!」
王塚君は、こちらの話を聞かずに飛び降りた——
「待って!——」
咄嗟に足が前に出て、王塚君に手を伸ばした。
すると、幸運も幸運。なんとかギリギリで、彼の手を掴むことができた。
鉄骨から腕を下に伸ばし、自身の手は王塚君の手を握りしめている。
「ぐ、ぐぅ……」
ギリギリセーフ……ではあるけど、やっぱりピンチには変わりない! 同世代の男の子を一人で掴み上げるのは無理だ。というか、このままだと自分も一緒に落ちちゃうよ!
「何やってんだ花守、離せよ! お前まで落ちるぞ!」
「そう思うんなら早く上がってきてよ! 魔法かなんかでさ!」
元魔族なら、人間に生まれ変わった今でも何かしら魔法は使えるはず……。
「俺は異世界を渡る魔法しか使えない。他は指に火をつけたりとか、それくらいしかできないんだ!」
期待した私がバカだった。
「何それぇ……!」
「いいから、俺のことはほっとけって! そもそもお前、こんなことする柄じゃないだろ!」
「……たしかにね」
本当にそうだよ、間違いない。私は、何があっても自分が最優先の人間だ。
他人のことなんて二の次……というか、どうでもいい。
「王塚君の言う通りだよ。私は、誰かのために体を張るような人間じゃない。自分さえ幸せになれればそれでいいって、ずっとそう思ってた! 一人ぼっちでもいいんだって……」
バイトして、コツコツ借金を返す。その合間に少しずつ小説を書いて、いつか小説家として生活ができたらいいなぁって、そんな夢を見ながら生きてきた。
そんな夢があったから、どんなに辛くても今までやってこれたのだ。私には、他に何も要らなかった。
好きな小説を書いて、ご飯を食べる。それだけで十分やっていける。……はずだった。
「でも、やっぱり辛かったの。本当に、このままずっと一人なのかなって、不安だった。誰かに助けてほしいって、心のどこかでそう望んでたの!」
一人で頑張るのは怖くて、誰も信じてない夢を一人で信じるのが怖くて、何度も胸の奥がきゅーっと締め付けられた。
それでも、思い起こされるのはいつも、父と獅子神の顔だった。
「でも、やっぱり傷つくのが怖かった。誰かを信じて、裏切られるのが」
だから、もう今のままでいいって思うようにした。現状に満足しようとした。
自分が良ければそれでいい。今が一番、自分の幸せなんだって。
自分が幸せならって、ずっとそう考えてきた。あの子と出会うまでは……。
「でも、ポメッコが教えてくれたの!」
いつも人と関わるのを拒んでいた私を、まっすぐな目で引っ張ってくれた。
「人と関わるのは、そんなに悪いものじゃないんだって。今まで痛い目にあうのが怖くて、ずっと人と関わるのを避けてきた。でも、誰かと話すようになって、友達ができて、楽しくて、幸せだなって思えるようになった」
「……花守」
「あなたが死んだら、私は悲しい! だから生きて!」
手がもう限界だ。力が入らない。このままじゃ、落ちちゃう。
「花守さん!」
と、横から別の手が伸ばされた。
鹿島さんだ。その手が、王塚君の腕を掴む。
「ぐう、う……!」
でもやっぱり、二人だけの力じゃ持ち上げられない。あと、もうちょっとなのに。
そんなところへ、横からさらに、別の腕が伸ばされた。
「お待たせしました花守さん!」
「城ヶ崎さん……」
城ヶ崎だ。連絡どおり、急いで駆けつけてくれたのだろう。
三人で踏ん張りながら、一斉に腕を引っ張り上げる。そしてとうとう、王塚君を引き上げることができた。
「はぁ、はぁ……」
みんな息切れが激しい。こんなに直接的に死を感じたのは初めてだ。
「……来てくれてありがとう、鹿島さん、城ヶ崎さん」
「まっ、後輩のピンチだからね」
「花守さんがご無事で何よりですわ!」
本当に助かった。一人じゃ、きっとあのまま死んでいたかもしれない。一人でできることなんて、きっとほんの僅かなものなのだろう。
いざという時に、助けてくれる仲間がいる。きっとそれが、幸せというものなのかもしれない。
「花守、俺……」
涙を流す王塚君を、私はぎゅーっと抱きしめた。
「大丈夫、あなたは生きてていい」
「……でも俺は」
「ポメッコは、絶対に誰も死なせないから。そういうやつだから!」
そんなこと言ったところで、なら大丈夫か! とはならないだろう。でも、ここは私だけが持っている、ポメッコとの信頼なのだ。
誰よりも平和主義なあいつは、魔族も人も、誰も死なさずに争いを止める。なぜだか、そんな確信があるのだ。
「だから、大丈夫。大丈夫だから」
「……花守」
やがてヘリやら警察が駆けつけてきた。たぶん、城ヶ崎が召集したのかもしれない。
王塚君は一度、警察に保護された。きっと、これでもう大丈夫だろう。
人は脆くて弱い。でも、それを全部ぶち壊すだけの強さを持っているのだ。それは、私が身をもって知っている。
全部、ポメッコが教えてくれたことだから。
そうして、私たちも警察に事情聴取を受けた。
これにて、事態は収束した。
次回で最終回です。




