最終話 これが私の幸せ
あれから数年が経った。今思い起こせば、すべてが懐かしく思えてくる。王塚君の飛び降りを阻止したり、やばいお嬢様の家に連れられたり、バイトの先輩に怒られたり、ヤクザに借金をしていたり……。
そして、異世界からやってきたちび王子と二人暮らしをしていたこと。あの頃は、なんだかんだで楽しかった。
まあ、いろいろと大変なこともありましたけどね。
「花守さん、原稿の進捗はいかがでしょうか?」
都内に建てられたタワーマンション。その五階に位置する部屋に、花守幸果は住んでいた。
「ひとまず、仮として完成はしました。ただ、もう少しだけ修正を行いたいなと思っていまして……」
部屋のリビングにて、幸果は机の上にパソコンを広げて話していた。画面には執筆が終了した小説が映し出されている。
そして目の前には、担当編集者の不束さんが座っている。
「わかりました、全然大丈夫です! 締め切りまで時間はありますから!」
「ありがとうございます。誠心誠意、頑張らせていただきます」
「ぶっ! せ、誠心……せいしって……!」
「……いい加減下ネタ克服しましょうよ」
あれから小説家になった幸果は、引き続き不束さんと作品を作っていた。でも、何年経っても不束さんは相変わらずです。
現在の幸果は、二十四歳。もうすっかり大人、社会人だ。小説家としてそれなりの知名度を獲得し、バリバリと作品を生み出し続けている。
そして……、
「幸果ー! お久しぶりですわー!」
「おー、麗華!」
城ヶ崎との関係も変わらずだった。あの頃と同じく、仲良くオタク話を交わす親友だ。
「ニュースで見たよ。最近大変みたいじゃん」
自宅マンションの近所にある喫茶店で、久しぶりに城ヶ崎と話していた。彼女はあれから城ヶ崎製薬の本格的な幹部になり、毎日忙しくしている。
お互い仕事の忙しさゆえに、会えるのは数ヶ月に一度くらいだ。
「そうなんですぅ。社員が顧客の個人情報を外部に漏らしてしまいまして、今対処に追われてるところなんですよ……」
「うわぁ、きついね……」
けっこうグロそうな案件だ。大手会社なだけに、そのダメージはかなり大きそう。世間からの信頼にも関わるだろうから。
そうして久しぶりの再会を終え、城ヶ崎とお別れとなった。次に会えるのは二ヶ月後くらいになりそうだ。社会人って、本当に辛い。
「ただいまー」
誰もいないに自宅マンションに帰り、そのままソファにバタンキュー。あぁ、早く仕事をしないといけないのに、なかなか体が動かない……。
と、ぼーっと目を瞑っていたその時——
「わっ! 何!?」
突如目の前が光だし、部屋の中は真っ白な輝きに包まれた。
やがて光は治って、ゆっくりと目を見開く。そこには……。
「久しぶり、幸果ちゃん」
「……いや、誰?」
知らない男の人が立っていた。銀色の短髪に、青を基調とした西洋チックな服を着込んでいる。スマートかつ、がっしりとした体格。それに加えて、めっちゃイケメンだ。俳優とかにいそうな二枚目イケメン。にっこりとこちらへ向ける微笑みに、危うく心を持っていかれそうになる。
……え、怖。……誰?
「ちょっとひどいなぁ! わかんないの!?」
「はははっ、冗談冗談。……ポメッコでしょ?」
なーんて、イタズラがすぎたか。わかるよ。どれだけ大きくなったって、私にはわかる。
「もう、いじわる!」
「ごめんごめん」
ポメッコはすっかり、大人に成長していた。大人といっても、高校生くらいかな? 服越しでもわかるほどに、ごつごつした筋肉質な腕。おまけに顔も二枚目イケメンときたもんだ。いい男に成長しましたなぁ。
「戻ってきてくれたんだね、ポメッコ」
「もっちろん! ずーっと幸果ちゃんに会いたくてしょうがなかったんだから!」
声もだいぶ低くなっていて、すっかり男性の声になっていた。
私の知らないところで、きっといろんな苦難を乗り越えてきたんだろうなと思えてくる。
「王国は守られたよ。魔族も人も、誰も死なせちゃいない。というか、和睦を結んだんだ。魔族たちと」
「さっすが。それでこそ私のポメッコだよ」
「ねぇ、もっと褒めてよぉ」
「すごいすごい」
ポメッコがしゃがんで頭を差し出したので、手を当てて撫でてあげた。昔は、撫でる時にポメッコがしゃがむなんてことはなかったのに、なんだか少しだけ感慨深い思いになった。
それと同時に、なんとも言えない寂しさを感じた。
「王塚お兄ちゃんのこと、魔族から聞いたよ」
「……そうだったんだ」
まあ、なんとなくそんな気はしてた。
「今度、ちゃんと謝らないとね」
「……怒ってないの? その……国を滅ぼされかけたのに」
恐る恐る、ポメッコに尋ねた。恨んでいても仕方がないかもしれない。でも、どうか彼の気持ちもわかってほしいと願いながら。
「怒ってないよ。むしろ、僕たちの先祖が申し訳ないことをしてしまったこと、謝罪したいと思ってる。いつか、そのうちまたお話しがしたいなぁ」
「……そっか」
よかった。それを聞いて安心した。王塚君だって、今は気を取り直して映画監督になるという夢を叶えたんだ。それなのに、また話を蒸し返すのはかわいそうだ。まあ彼自身も、ポメッコがこの世界に帰ってきたら、ちゃんと謝りたいって言ってたけど。
何より、自分の大好きな人たちが歪み合うなんて嫌だもの。
「それはそうと、幸果ちゃん」
「……何?」
改まった顔で、ポメッコはこちらを見つめた。なんか、すごい真面目な顔だ。なになに? ちょっと怖いよ。
「約束したよね。僕が無事に帰ったら、結婚しようって」
「え、してないでしょ」
「えぇぇぇぇー!?」
なんで驚くんですか……。いや、してないよね? 別にそんな約束。あなたが一方的にそう宣言してましたけど、私はするなんて一言も言ってないからね?
「なんだよぉ! せっかく頑張って帰ってきたのにぃ!」
「それとこれとは話が別だよ。というか、久しぶりに会うとカッコよくなってたから、ちょっとドキッとはしたけど」
「じゃあいいじゃん! 僕と結婚してください! 一生王家として何不自由ない幸せな暮らしを約束するから!」
「ちょ、やめてよ!」
必死に懇願して、とうとう土下座までし始めたぞ。王子の土下座は見たくなかった。というか、正直ちょっと引いてます。
「ポメッコは私にとって、なんだろうなぁ……」
「幸果ちゃんにとって?」
「弟みたいなもの……かな?」
「お、弟……?」
きょとんと、目を点にするポメッコ。何を言ってんだい、君は? みたいな顔で、首を傾げている。
「だから、今さら異性として見れないんだよね」
「なんだよそれー! ちくしょー!」
頭を床につけながら、拳をばこばこと地に叩いていた。……あとで床の傷代請求しよ。
「……まっ、なんとなくわかってたけどね。幸果ちゃん、今充分幸せでしょ?」
「わかる? まあ、幸せだね」
「そんな顔をしてるもん」
うん、そうだね。たしかに幸せだ。友達もいて、自分の好きな仕事をして。なにより、ポメッコとまた再会できたことが、すでに何よりの幸せだから。
「だから、結婚はできません。ごめんなさい」
「ははは……わかったよ」
ポメッコは立ち上がり、にこっと微笑んだ。あぁ、懐かしい。どんなに大きくなったって、ポメッコの笑った顔は何も変わってない。
その事実が、私の中にしまっていた思い出を優しく呼び覚ましてくれる。
「じゃあさ、あそこに行こうよ。行き損ねてたやつ。これは約束してないとは言わせないよ?」
「あぁ、あれね。なんとなくわかったかも」
「よし、じゃあ今すぐ出発だーい!」
「ちょっと待って。せっかくならさ、城ヶ崎や王塚君も誘おうよ。その……あんまり暗い空気にはさせたくないけど。でも、やっぱり再会の喜びは、みんなで分かち合いたいから」
「そうだね。よし、決まりだ!」
そうと決まれば、すぐに電話でお店に予約を入れないとね。あと、王塚君や城ヶ崎にもお誘いの電話を入れよう。
初めて行く、回らないお寿司屋さん——。いったいどんな味がするんだろう。なんだか楽しみになってきた。ポメッコや王塚君とも、たくさん話したいことがあるしね。
きっと、こういう他愛ない小さな幸せが、人生を豊かにしていってくれるんだろう。
最後まで読んでいただきありがとうございました!




