44話 むかーし昔
今から何百年も前の話。こことは違う別の世界で、魔族と人間は争いあっていた。
しかし何年も時が経ち、世代が移ろうと共に魔族も変わった。邪心は薄れ、その時代の魔王は人間と和睦を結びたいと願うようになる。
そうして魔族たちは人間と和平を結ぼうと、当時一番盛えていたポナペティア王国という国に手紙を送り、和睦を結びたいと申し出た。
当時のポナペティアの王はそれを承諾し、魔王一人のみを城に招いた。
しかしポナペティアの王は、魔王を城の門に潜らせた瞬間、背後から槍を突き刺し、首を切り落として殺した。騙し討ちである。
興味本位でこっそりついてきていた、一人の魔族の子は、その人間の王を責めたてた。だが、人間の王はどこまでも無慈悲であり残酷だった。まだ七歳にも満たないその子供を、魔族というだけで斬り殺したのだ——。
「まあ、その魔族の子供ってのが、俺だ。それで、人間の王に殺された魔王が、当時の俺の親父」
「…………」
キッチンに立ち、湯沸かしポットでお湯を沸かしていた。幸果は湯気がたちのぼるのを、ただ無心に眺めている。
その傍で、ちゃぶ台から離れることなく、王塚魔人は話していた。
「俺の自慢の親父だった。強くて、度胸があって、ガキの頃からの俺の憧れだった。……何よりさ、めちゃくちゃまっすぐで、優しい人だったんだよ。曲がったことなんて絶対しない人でさ。まあ、魔族だから人じゃねぇけど……」
ポットのお湯が沸いた。マグカップを棚から二つ取り出し、コーヒーの粉を入れた。お湯をコップに注ぎ、スプーンで軽く混ぜる。
「俺がこの世界で生まれてから……六歳ぐらいからかなぁ。朧げにだけど、ちょっとずつ魔族だった前世の記憶を取り戻していってさ。中学生になったあたりで、全部思い出せた。俺、魔族だったなって」
マグカップをちゃぶ台に置き、自身もそっと腰を下ろした。
でも、王塚君と目を合わせられなかった。自身の視線はずっと下がったままだ。唐突に明かされた真実に、まだ気持ちがついていけていない。
今はただ、そんな微妙な心境を嗜めるように、コーヒーの匂いを嗅いでいた。
「コーヒー、ありがとな」
「……いいから、続きを聞かせてよ」
マグカップに口をつけた王塚君は、またすぐに話し出してくれた。
「思い出してもなお悔しかったよ、親父が騙し討ちにあったこと。でも、いつまでも引きずっていても仕方がないから、もう全部忘れて、第二の人生は思いっきり楽しく生きようって決めたんだ。でも……」
拳を強く握りしめ、王塚君は話した。
「太郎……いや、ポナペティアの現王子と遊園地で出会ってから、ちょっとずつ変わっちゃったんだ。わかるもんだなぁ、ちょっと話しただけで。なんとなく、太郎が異世界人だって気づいたよ。最初はもちろん、気のせいだとは思ったけどさ」
そうか……。だから、あんなにポメッコと話したがっていたのか。わけを聞いた今なら、すべてに納得がいった。
「太郎の……あいつの楽しそうな顔を見るたびに、胸の奥がムカムカした。……やっぱ忘れられなかったし、許せなかった。人間が、親父を殺したこと」
「……」
俯きながら、王塚君は声を震わせていた。憎しみがこもった、必死に怒りを堪えたような声だ。
「太郎にキレてもしょうがないって、わかってんだよ。でもその気持ちと、やっぱポナペティアの王族が許せないって気持ちが頭でごちゃついてさ。それで、気づいたら最近あっちの世界に戻ってて。俺、今でも異世界を渡る転移魔法とかは使えるから」
「……」
「それから魔族たちのところに行って、みんなに知らせたんだ。ポナペティア王国は、王子が不在で統制がとれていないから、今が攻めるチャンスだって。本当は、こんなことダメだって思ってた。でも……」
王塚君は、顔を上げた。目にはうっすらと涙が溢れている。泣き笑いのような、くしゃりとした儚げな笑顔だった——
「やっぱ、許せなかった……。親父の仇を、とりたかったんだよ」
「……」
その無理やり笑ったような、悲しい微笑みを向けられて、幸果は何も言えなくなった。
いや、何も言えてないのは、さっきからずっとだ。何を言っても言葉のナイフになってしまいそうで、上手く口を開けないのだ。
「……でも、すぐに後悔した。バカだよな、本当に」
少しずつ、彼の声が掠れていった。
「俺のやったことは、ポナペティアの王がやったことと変わらない。俺は、親父の威厳を汚してしまったんだ。自分が嫌になった。今の両親にも、学校の友達にも、もう合わせる顔がない。魔族に王国を襲わせた時点で、俺はもう人殺しなんだ」
「……王塚君」
「俺はもう、生きてちゃダメな人間なんだ——」
「やめて」
咄嗟に、声が出た。自分でも驚くくらいの、冷たい槍のような声だ。
「あなたのやったことは、たしかに許されない。おかげでポメッコは異世界に帰っちゃったし、命懸けの戦いが今も起きてるんだから」
「……ああ、そうだな」
王塚君は、苦しそうに肩を縮こまらせた。……違う、こんな説教じみた正義をぶつけたいわけじゃないんだ。
「……でもね、王塚君」
彼の震えた手をそっと握り、まっすぐに目を見た。
「人間も魔族も、きっと一緒なんだよ。みんな何かを恨んで、復讐したくて、だから争いが起きるんだと思う」
「……何が言いたいんだよ」
「ごめん、私も何が言いたいのか。上手くは言えないんだけど、でも……」
「……」
「あなたが、全部悪いわけじゃない。あなたの気持ちは理解できる。だから、その……」
言いたいことが、上手くまとまらない。
でも、あれこれ考えたってしょうがない。言いたいことを、一言で言うんだ。
私はただ——
「自分を責めないで……?」
「……」
あぁ、なんでこんな安っぽいことしか言えないんだろう。責めないでほしいからなんだというのか。
というか何が、あなたの気持ちは理解できるだ。
親に捨てられたくせに……。
「……ありがとう、花守」
握られた手をそっと離して、王塚君はゆっくりと立ち上がった。
「好きな人に励まされるのって、やっぱ嬉しいな」
「……」
思いもよらないタイミングで、告白された気分だ。……これ、返事とかしなきゃいけない感じかな?
「話を聞いてくれて嬉しかった。ありがとな。……じゃあ、俺はもう帰るわ」
「……う、うん」
王塚君はそう言って、玄関に向かう。そしてそのまま、ドアを開けて外に出た。
「……ごめんな、せっかく励ましてくれたのに」
「……」
王塚君は最後にそう言い残し、涙を流しながら微笑んだ。ドアが閉められ、そのまま彼は部屋を出ていった。
いったい、最後の言葉はどういう意味だったんだろう。
「……まさかね」
嫌な予感がした。夏なのに、妙な寒気がした。考えすぎだとは思いつつも、咄嗟に部屋のドアを開けて、彼の名前を呼んだ。
「王塚君!」
でも、もう遅かった。玄関の外には、すでに彼の姿はなかった。
空はすでに真っ暗だ。夜の闇が、なんだか妙に恐ろしく感じた。
「王塚君……」
急いで部屋を飛び出して、王塚君のあとを追いかけた。
さっきの彼の顔には、見覚えがある。すべてをあきらめたような顔……。
お父さんが最後に向けた顔と重なった。すべてを投げ出そうとする人の顔だ。
「大丈夫、きっと考えすぎだよ。でも……」
勘違いならそれでいい。でも、とにかく今は走り続けよう。
もうこれ以上、誰かが離れていくのはごめんだ。




