43話 予期せぬ来訪者
「ただいまー……」
誰もいない自宅に帰り着くと、静まり返った部屋がやけに広く感じられた。
いつかお別れが来るとわかっていたのに、どうしてもっとちゃんとした別れ方ができなかったんだろう。
いや、違うか……。いつかお別れが来るとわかっていたからこそ、考えないようにしてきたんだ。
考えてしまったら、きっと辛くなるだけだって、わかっていたから。
「……全然手が動かないや」
パソコンを開いたはいいものの、なかなか集中できなかった。明日までに一区切り話を書き切ってほしいと不束さんに言われているのに、非常にまずい状況だ。
それでも、上手く頭が回らない。最近買ったディスクチェアでクルクル回りながら、ぼんやりと天井の染みを眺めていた。
「ポメッコは今頃、魔王軍と戦っているのかなぁ……」
なんでだろう。自然とポメッコの顔が思い浮かんできた。……自分は今、寂しいのかな。それとも、もっと何かしてあげればよかったなって、後悔しているのかな。
「……ポメッコ」
無意識に口からその名前が漏れていた。
そりゃあさ、別れた翌日くらいまでは、妙な喪失感と虚しさを感じてたよ。でもさすがに数日も経ったら、案外すんなり立ち直れたんだ。
最近は、来月から放送される新作アニメが待ちどおしい! なんて、考えられるくらいには……。
「……まっ、なんだかんでせいぜいしましたよ」
意味もなく立ち上がり、小さな独房みたいな部屋をあてもなく歩き回る。
「元々私って、一人でいる方が気楽なタイプだし……」
意味もなく、キッチンの棚を適当に開け閉めしたりして——
「毎日夜まで騒いで、すごくうるさかったしね……」
喉が渇いているわけじゃないけど、意味もなく水道の水を飲む——
「寝たいのに全然寝かしてくれなかったり……」
意味もなく、床へ大の字になった。
見慣れた天井のシミを、一つ一つ意味もなく数えていく——
「急に来て、嵐みたいに去っていってさ。本当に、傍迷惑なちびすけだったなぁ……」
シミを数えすぎて、頭がおかしくなったのかな……。
なんか、急に涙が溢れてきたんですけど。
「……本当に、めんどうくさいやつだったよ。いつも一言余計だったし」
そんな小さな不満も、いなくなってしまえば寂しさへと変わってしまう。
胸にぽっかり穴が空いてしまったような、妙な喪失感を感じる。
その穴は時間が経つほど大きくなり、虚しさだけが胸を満たしていった。ずーっと続いてしまいそうな、喉の奥が苦しくなるくらいの虚しさが。
とうとう耐えきれず、真っ暗な部屋の中で膝を抱えながら縮こまった。
目の奥が焼けるように熱くなって、涙が止まらなくなった。
つい口の中を噛んでしまい、血の味が広がる。……そういえばこの味、前にも感じたことあったなぁ。
あっ、そっか……。
「……そうじゃん。あそこに連れてってあげればよかったのに」
マグロ……。
回らないお寿司屋さん、結局連れてってあげられなかった。
約束したのになぁ。
「……ポメッコもあの時、それを言いかけてたのかな」
どこか行きたいところはないかと尋ねた時、最初に『回らないお寿司屋さんに行きたい』って、言いかけていたのかもしれない。
どうして気づいてあげられなかったんだろう。お金の心配をして、気を遣ってくれたのかなぁ。
「……最後の最後で、変な気を利かせないでよ。……バカ」
こんなことなら、もっとわがままを聞いてあげればよかった。今さらそんなこと思ったって、もう遅いけど……。
ピンポーン——!
「……?」
そんな時、唐突にインターフォンが鳴った。
涙を袖で拭い、玄関へと向かう。
覗き穴から外の人物を確認してみた。そこにいたのは——
「え……王塚君?」
どうして彼がこのタイミングで……? とりあえず、一度ドアを開けてやろう。
「……何? どうしたの王塚君?」
「いや……花守に話さなきゃならないことがあって」
王塚君は、顔に影がかかったような暗い表情をしていた。彼のバックを飾るように、暗い曇り空が彼の姿を陰らせていた。ゴロゴロ雷の音がしていて、もうそろそろ雨が降り出しそうな予感。
「とりあえず、入って……」
明るい笑顔を絶やさない普段の彼とは打って変わり、今日は随分と覇気がない。
この妙な怪しい様子に警戒を覚えながらも、話を聞くために中へ入れてやった。
「はい、お茶」
「……さんきゅー」
ちゃぶ台にお茶を置いてやる。
「…………」
「…………」
ちゃぶ台を挟み二人で座ったところで、自然と妙な沈黙が流れた。壁にかけられた時計の秒針が、チクタクチクタク——と、鮮明に聞こえてくる。
「……連絡もなしに、何しにきたの? ちなみに、ポメッコならもういないけど」
「うん、知ってる」
「……え?」
どういうことだろう。ポメッコが家から出て行ったことは、王塚君にはまだ話していないのに。
「ずっと、花守に隠してたことがあるんだ……」
「え、何? ……怖いんですけど」
奇妙なこの時間に、変な寒気がした。
「俺、取り返しのつかないこと……やっちゃった」
チクタクチクタク——もはや、何の音も耳に入らなくなる。
「何が? どういうこと?」
声を強めて、話を急かした。
すると、彼はとうとう打ち明けた——
「俺、異世界から来たって言ったら……笑う?」
「…………」
時が止まったように、静かな沈黙が流れた——。




