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41話 センチメンタルだわ

「じゃあね、幸果ちゃん」


「……うん」


 その日の夜、夕食を済ませてアパートの外に出た。街灯で照らされた住宅路を進み、人気のない公園へと赴く。


 すると、木の木陰から見知らぬ男性が姿を現した。


「お待ちしておりました、ポメッコ王子」


 黒のスーツを着込んだ、執事っぽい出立ちをした老紳士。そんな男が片膝をつけ、ポメッコの前で頭を下げる。


 ……この人、ポメッコのなんなんだろう。ボディガード的な人かな?


「待たせて済まないね、ハーネス」


 ハーネスっていうんですか。いやまあ、正直あんまり興味はないんだけど。


「あ、紹介するね幸果ちゃん。この者はハーネス・ジャルダック。僕に昔から使えてくれている執事さ。で、ハーネス、この人が前に伝えたこの世界の恩人、幸果ちゃんだよ」


「……はじめまして、花守幸果です。うわっ!?」


 ハーネスという男は、すぐさま幸果の前に跪いた。


「お会いできて大変恐縮でございます、幸果殿。王子を救っていただき、本当にありがとうございました!」


「そんな、大袈裟ですよ! 私の方が助けてもらってばかりで——」


「このご恩は、いつか必ずお返しいたします!」


「話聞いて!?」


 異世界人って、みんな人の話を最後まで聞かないのかな? そういう風習みたいなのがあるんだろうか。


「ちなみに、僕の未来の姫君だよ!」


「なんと! いつの間にそんなことに!」


「違いますよ!? 何勝手に婚約させちゃってんの!」


 ジョークなのか、それともガチであったのか。ポメッコの宣言にはヒヤヒヤさせられた。


 王子の妻か……。うーん、悪くない話だけど、相手が年下というのがひっかかりどころだ。


 自分、年上のイケメンがタイプなものでね。


 というかそれ以前に、こんなお転婆者と生涯を共にするのは御免仕りたい。


「では王子、そろそろ」


「……そうだね」


 ハーネスさんの言葉で、空気が一変した。


 ああ、そっか。もう行っちゃうんだ……。


「お二人とも、お下がりください」


 ハーネスさんに言われて、二歩ほど後ろに下がった。


 すると、何やらブツブツと詠唱を唱え始める。


 やがて目の前が光だし、大きな魔法陣が出現した。


「……すご、魔法陣だ」


 今まで空を飛んだり火を出したりと、ポメッコの魔法は腐るほど見てきた。でも、今のように魔法陣を目にするのは今回が初めてだ。


 なんというか、今までで一番、ザ・異世界ファンタジーって感じがする。まるで夢を見ている気分だ。肌にびりびりと小さな興奮が湧き立ってくる。


「では王子、参りましょう」


「……うん」


 ポメッコは少し前に出る。そして、こちらへゆっくりと振り返った。


「……幸果ちゃん、今までありがとねぃ!」


「……なんで泣きそうなの」


 ポメッコの目に、うっすらと涙が溢れていた。


「僕ね、幸果ちゃんと一緒にいれて幸せだった。この世界に来れて良かった、ほんっとーに幸せ!」


「……ポメッコ」


「……ごめんね、何もお返しできなくて」


 それは、こっちのセリフだ。結局、何もしてあげられなかった……。


「でも一つだけ心配なのは……幸果ちゃんが、一人でちゃんとやっていけるのかなってことかな」


「……」


 おちょくるような、いたずらっぽい笑顔。その目からは、やっぱり涙が流れている。


 あぁ、やばい。私まで泣くわけにはいかない。……堪えるんだ。


「……幸果ちゃん?」


 足を少しだけ前に動かし、膝をついてポメッコに顔を近づけた。そして、ポッケに入れていたハンカチを取り出し、目についた雫をそっと拭いてやる。


「……バカね、王子様がこんなことで泣いちゃだめじゃない」


「……」


 顔を綺麗にして、ポメッコの顔をじっと見つめた。


 毎日見てきた小さな顔。抱きしめるだけで全てを包めてしまう小さな身体。


 全部が愛おしくて……生意気で、可愛くて、……大好きで。


「……ポメッコ」


「……」


 私の小さな王子様を、そっと身体によせて抱きしめた。


「……私も、今までありがとう。あなたのおかげで、私……ちょっとだけ変われた気がするの。人と関わるのが、頼るのが、話すのが、怖くないって思えるようになれたの」


 泣かないって決めたのに、やっぱり堪えきれなかった。目から雫がツーと流れていく。


 でも最後は、笑顔でお見送りしたい。


「私はもう、一人でも大丈夫。だから……」


 ポメッコの目を見て、強く言った。


「ポメッコは、私のことなんか気にせず、しっかり自分の役目を果たして! あなたなら大丈夫! だって、私を救ってくれた王子様なんだから!」


 柄にもないことを言ってしまった。我ながら、なんてくさいことを言っちゃったんだろう。


 なんだか恥ずかしくなってきた。本当に自分の口から出たのかと、疑ってしまうくらいだ。


「はははっ。ありがとう幸果ちゃん……。そうだねぃ!」


 ポメッコの目から涙が消えて、勇ましいような、それでいていつも見てきた笑顔に戻った。


 それでこそ、うちのポメッコだ!


「きっといつか、生きて戻ってくるよ! その時は、幸果ちゃんの出した小説を読むからねぃ!」


「楽しみにしてなさいよ! 私も頑張るから! だからポメッコも、しっかりやんなさいよ!」


 魔法陣に身体をつけて、ゆっくりと中に入っていくポメッコ——。


 そして最後に……。


「もし生きて国を守り抜いて、またこの世界にもどったら、その時は幸果ちゃんをお嫁さんにしてあげるから!」


「フラグ立つからやめて!? そういうこと言うの!」


 お嫁さんか……。嬉しいような、ちょっと困るような……。まあでも、また元気な顔を見せてくれたのなら、それで充分だ。


 なんだか子供の長旅を見送る母の気分になった気分だ。いや、知らんけど。


「じゃあね、幸果ちゃん!」


 その言葉と共に、ポメッコとハーネスさんは魔法陣の光とともに消えていった。


 ……残されたのは、夜の月明かりに照らされた自身のみ。


「……ありがとね、ポメッコ」


 たくさんの幸せをありがとう。なんて、ドラマくさいセリフを夜空に吐いてしまう。


 我ながらなんて痛々しいのだろう。でも、これは全部、自分の本音なんだよね。


 なんか今、すっごいセンチメンタルだわ……。


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