39話 お別れ
「わたくし感激しましたわ! 花火自体はパーティでよく見ますが、夏祭りの花火は一味違いますわね! なんというか、観客を楽しませようとする熱意が伝わってきました!」
「めっちゃ真面目な感想だねぇ。まあ、たしかに面白かったね。私もうるっときちゃったもん」
花火の打ち上げが終了し、楽しい時間はあっという間に幕を閉じた。
その後は城ヶ崎がスーパーボール掬いをやりたいとはしゃいでいたので、それに付き合った。
三人並んで一回ずつプレイしたけど、ゲットしたのは幸果が五個、ポメッコが七個、そして城ヶ崎が二個という、なんとも不憫な結果となった。一番はしゃいでいた人が二個とか、悲しいにもほどがあるよ。
まあ、本人は楽しそうにしていたけどね。
「今日は本当に楽しかったですわね」
賑わっていたお祭りもそろそろお開きとなった。幸果たちも、人の波に流れるように帰路につく。
「そうだね。お祭りもけっこういいもんだったよ」
「僕も楽しかったよ。いい思い出ができて良かった」
「あらもう、ポメッコちゃんたらなんて可愛いんでしょう! お姉さんがぎゅーってしてあげますぅ!」
「ははっ、苦しいよお姉ちゃあん」
ポメッコを抱き寄せる城ヶ崎。
……なんだろう。見慣れたいつもの光景なのに、ポメッコの笑顔に違和感を覚えた。楽しそうに笑っていることに違いはない。でも今日は、どこか名残惜しそうな寂しい笑顔にも見えた。
まあ、夜の暗がりでそう見えているだけかもしれないけど。
「今日はありがとうございました! お二人のおかげで素敵な時間を過ごせましたわ!」
やがて、城ヶ崎家の人たちと待ち合わせていた、近くの駐車場までやってきた。
城ヶ崎とはそこでお別れとなる。
「私も楽しかったよ。またね」
「お姉ちゃんばいばーい」
城ヶ崎は召使いの人が用意してくれた車に乗り込み、手を振りながら帰っていった。浴衣に関しては、また後日返しに行かせてもらうことになった。
自宅まで送ると言ってくれたけど、それほど距離があるわけではないので、それは遠慮しておいた。というか、夜道を歩くのは嫌いじゃない。個人的に歩きたい気分だったのだ。
「なんか、急にしんみりしてきたね。さっきまであんなに盛り上がってたのに」
その後、幸果とポメッコは二人で帰りの夜道を歩いた。
人気の少ない静かな歩道を歩いていると、不思議と寂しげな気分になる。
さっきまでは鬱陶しいくらいだったお祭りの喧騒と人混みも、急に消えてしまうとしめやかな寂しさを感じる。周囲から今聞こえるのは、虫の囀りだけだ。
これをプラス思考に考えると、エモいという気持ちになるのだろうか。
「そうだねぃ……。まっ、幸果ちゃんが隣にいるから、僕はそんなに寂しくないけど」
「まあたしかに、これがもし一人だったらもっと寂しかったかもね」
夜って不思議だ。静かなだけなのに、どこかしんとした寂しさを感じるから。
そんな思いに浸っていた最中、見覚えのあるビルが目に入った。
「……獅子神の事務所だ」
この建物の前に立つたびに、毎回吐き出しそうなほどの恐怖を感じていたのを思い出す。それが今では、通り過ぎても恐怖に囚われるようなことはない。懐かしくもさえ感じる。
こんなふうになれたのも、全部ポメッコのおかげだ。
「あっ、ここは……」
それからまたしばらく歩くと、いつぞやの河川敷が目に見えた。初めてポメッコと会った、あの河原だ。
「ねぇ、ちょっと寄らない?」
「ん? いいけど」
ポメッコに促され、幸果は河川敷に腰を下ろした。
月明かりが反射する川を眺めながら、出会ったあの頃を思い出す——
「ポメッコがあの川から流れてきて、最初は汚い鞄かと思ったよ」
「失礼だなぁ、鞄だなんて」
「だって、まさか人が流れてくるとは思わないじゃん。しかも子供だし」
懐かしいもんだ。当時はただ頭のおかしな子供にしか思ってなかったし、しつこく付き纏ってきて鬱陶しいくらいだった。
それが今じゃ、二人で同居しているなんて。なんというか、違和感も甚だしいよね。
「私さ、正直今まで、ずっと辛かったんだ。自分の人生を何回呪ったかもわからない」
気づけば、不思議とそんな言葉が口から漏れていた。人に本音なんて吐いたことないのに。
「でも、小説家になる夢があったから頑張ってこれた。それさえ叶えば、私の人生全部大勝ちだって……」
「……うん」
ぽつぽつと言葉が溢れ出てくる。たぶん、今の自分はすごくダサい。こんな子供に弱音を吐くなんてさ。
「でも、やっぱり本当はずっと苦しかったの」
……それでも、どうしても誰かに聞いて欲しかった。ずっと、ずっと——。
「ずっと、どうして自分がこんな目にって思ってた。私、なんか悪いことしたのかなって。別に私じゃなくてもいいじゃんって、ずっと不満だった」
「……うん」
「他にもっとクソみたいな人なんていっぱいいるのに……なんで私が、って……。私を捨てたお父さんやお母さんのことも、何度も呪った……」
両親が嫌いかどうかと聞かれたら、嫌いだ。もしも他の家に生まれていたら、きっと……もっと普通の生活ができていたんだと思う。今だって、普通に学校に通えていたかもしれない。
……でも、名前にわざわざ「幸せ」って文字を入れたくらいだ。きっと、お母さんやお父さんだって、最初は自分を大切に思ってくれてたんだと思う。
……だからこそ、ずるい。恨みたくても、ちゃんと恨みきれない。
子供って本当に残酷だよね。どんな仕打ちを受けて、どれだけ憎んでも、心の底では親のことが大好きなんだから。
「でもね、ポメッコのおかげで今は幸せなんだ」
「……え? 僕の?」
「そうだよ」
隣にちょこんと座るポメッコに顔を向けると、自然と笑顔になれた。
「昔のことなんて全部どうでも良く思えるくらい、最近はそんなに悪くないんだ。……ありがとね」
「……はは、それは良かった」
ポメッコは泣き笑いのように、そっと微笑んだ。柄にもなく、寒いことを言ってしまったと思う。でも、こういう時じゃないと自分の本音なんて言えないんだから、仕方がないでしょ。心の中で、羞恥を誤魔化すように勝手に言い訳を述べた。
そしてしばらく、二人の間に沈黙が流れる。
「……あのね、幸果ちゃん」
「……なに?」
ポメッコが幸果の前に立ち上がり、意を決するように打ち明けた。
「もう、帰らなくちゃいけなくなっちゃった」
「…………」
唐突に、全身の体温が下がったのを感じた。左胸に、つんと指を突き刺されたような痛みを覚える。
急すぎる宣言に、頭の整理がおいつかなかった。
「帰るって、元の世界に……?」
「……うん」
ポメッコは続けた。
「国がさ、魔王に攻められて大変なんだって。……だから、もう戻らないと」
……なにそれ、ちょっと急すぎない? あっ、でも……そっか。
「……だから今日、ずっと元気がなかったんだ」
「ははは……ごめんね、上手く笑えてなくて……」
「…………」
泣き笑いのような、くしゃりとした笑顔。
ポメッコが、こんな顔をするなんて。
胸の奥がキュッとなる。どうして、もっと早く気づいてあげられなかったんだろう。
「……いつ、帰っちゃうの?」
「……明日かな」
「早すぎるよ。もうちょっとここにいても……」
「……」
「……いや、ごめん。……そうだよね、国のピンチだもんね」
責めるような言い方はよそう。
それよりも、今は前向きな話をするべきだ。
「……でもさ、またそのうち帰ってくるんだよね?」
「……わからない」
「……え」
「そうすぐには戻れないんだ。もし仮に戻れたとしても、数年先の話になるかも」
「……そんな」
数年先……。漠然としてるけど、話を聞く限り、少なくとも五、六年はかかるだろう。その頃には、自分は一体どうなっているのか。まるで想像がつかない。
もしかしたら、最悪もう二度と会えないなんてことも……。というか、ポメッコの命だって保証されているわけじゃない。
「……もう、会えないの?」
「……どうかなぁ。約束はできないねぃ」
どうして、そんな悲しい顔をするの。ポメッコは、そんな顔しなかったじゃない。
「…………」
いや、わかってる。今一番辛いのは、ポメッコなんだって。国が大変で、お父さんまで倒れて、自分のせいだって追い込まれているのだろう。
これ以上ポメッコを困らせられない。いろいろ不満というか、思うところはあるけど、仕方がないことなんだよね。
受け入れるしか、ないんだよね……。
「わかったよ、ポメッコ」
「……ありがとう」
満月が、真っ黒な夜空にぽつんと浮かんでいた。もう、会えないのかな。
その後、自宅アパートに向けて足を動かし、帰宅した。それからは本当に普段通りだった。一人ずつお風呂に入って、歯磨きをして、布団を敷いて寝る。
ただいつもと違ったのは、その間に一度も会話がなかったことだ。
「…………」
真っ暗で手狭な六畳一間。小さな一枚の布団のなかで、毛布も被らず二人で横になっていた。でも、自然と背中を合わせる形になり、顔が合うことはない。
……別に、ポメッコのことが嫌いになったわけじゃない。なるわけがない。でも、なんとなく合わせずらかった。
急な打ち明けに、頭の整理が追いついていないのだ。
でも、最後が本当にこれでいいのかな……。
「幸果ちゃん」
背中越しから、暖かな身体がそっと抱きついてきた。
「大好き」
「……」
身体の正面をポメッコに向け、小さな身体をギュッと抱きしめる——。
「……私も」




