38話 夏祭り
ふと、目を覚ました——。
上手く言えないけど、妙な胸騒ぎがしたからだ。
幸果は目をこすりながら、夜中にベッドから身を起こした。夏なのに肌寒い。なんだろうこの妙な寒気は——
あっ、ちげーわ。エアコンの冷房だった。……たいへんお騒がせいたしました。
「……みんなは?」
それはさておき、異変があることに違いはなかった。同じベッドで寝ていたはずのポメッコと城ヶ崎の姿が見当たらない。……なんで?
「っざけんじゃないですわよ……! 作品の良さと美を理解できない猿が! ちゃんと原作読んでねぇだろこのバーカ!」
「…………」
城ヶ崎、発見。というか、床に降りてぶつぶつと一人でキレ散らかしている。……何やってんのこの人。
「大した頭も持ち合わせてないくせに生意気こいてんじゃねーぞ! テメェどうせ低学歴のニートだろ!? まず自分の人生見つめ直してからもの言えバーカ!」
暗い部屋で一人、スマホに指をぽちぽち叩きつきながら、罵声を浴びせているお嬢様。
あぁ、なんとなく状況が呑めたかも。側から様子を窺うに、ネットで推し漫画のアンチたちと壮絶なリプ合戦を繰り広げているようだ。
いろいろと拗らせてんなぁこの人……。
「……見なかったことにしよ」
話しかけると面倒くさそうだし、ベッドに寝転がりそっと目を閉じた。そういえば、ポメッコの姿も見えないけど、どうしたんだろう。トイレかな?
「……たぶん、トイレだよね」
まあ、たぶんそうでしょ。というか、また眠くなってきた。思考が上手く働かないし、早く寝よ……。
*
「わぁ、とても賑わっていますわねぇ」
翌日の夜、幸果たちは約束通り近所の夏祭りへとやって来た。城ヶ崎の家で、浴衣に着替えてからの到着だ。
あたりはもうすっかり夜だけど、屋台が立ち並ぶ会場は、提灯や街灯でとても明るかった。
「わたくし感激ですわ! お祭りとは、こんなにも心揺さぶるものだったのですね!」
「うん、私も見てるだけで楽しくなってきたよ」
「そうだねぃ」
そういえば家を出る時に、召使いの人がお供すると申し出ていた。でも城ヶ崎は「お祭りは自分たちの足で行くから楽しいの!」と言って断っていたけど、よかったのかな?
製薬会社の娘なのに、万一のことがあったら心配だ。まあ、ポメッコの魔法もあるんだし、大丈夫だろうとは思うけど。
「……」
というか、たぶんボディガード的な人たちが近くに隠れていると思う。気のせいかもだけど、さっきから木や電柱の影から気配を感じるんだよね。
「花守さん、浴衣姿も素敵ですわぁ。惚れ惚れしてしまいますぅ」
「ありがとう。でもこれ城ヶ崎さんが貸してくれたやつだし」
お互い初の夏祭りデビューということで、幸果と城ヶ崎は浴衣を着て行こうとなった。
でも当然ながら、幸果は浴衣など持ち合わせていない。そのため、城ヶ崎がぜひにと浴衣を貸してくれたのだ。
赤い花の刺繍が施された青い浴衣は、本当に可愛らしい。幸果自身もすごく気に入っていた。至り尽せりな城ヶ崎に、頭が上がらなくなる一方だけど。
「浴衣のお返しに、何か奢るね」
「いいんですか!? 花守さんから……ぬ、主様からのご厚意、感激ですわ! 大変恐縮ですぅー!」
「わ、わかったから落ち着いて!? 周りの人見てるから!」
そういう城ヶ崎は、金色の金魚の刺繍が入った桃色の浴衣を着用している。可愛らしいというより、お上品な印象のあるデザインだ。
大人っぽくて可憐な城ヶ崎によく似合っている。まあ、中身は全然大人じゃないんだけどね。
「正直言うと私、一度浴衣を着てみたかったんだ。ありがとう城ヶ崎さん」
「いえいえ、その浴衣は着物業界の中でもトップクラスの一品ですから。それを花守さんに着ていただけて嬉しいです!」
「えちょ、待っ、聞いてないんだけど! 何、そんなすごいやつなのこれ!?」
「はい! 城ヶ崎家が花守さんのために取り寄せた特注品です!」
なんとなーくお高いんだろうなぁ、とは思っていた。でもまさか、業界クラスの話になってくるなんて……。なんかすごい怖い。札束をそのまま巻いているような気分だよ。
「ま、マジか……」
自然と人目を気にしてしまう。裏組織のスナイパーとかに狙われてたりしないよね……?
「気に入ってくだされば良いのですが」
「気に入るもなにも! ……いや、その、ありがとうございます。……ありがたく着せていただきます」
もう考えるのはよそう。考えるほど頭がふらついてしまうから。それよりも、今は楽しまないと!
「……というかポメッコ、今朝から全然元気ないじゃん。どうしたの? 具合悪い?」
「えっ!? そ、そうかな?」
「そうですわねぇ。なんだか、口数が少ないような気がします」
城ヶ崎もそう言っているんだ。勘違いじゃなかったみたい。
というか実際に、朝から声をかけても上の空だったのだ。昨日までは元気いっぱいだったから、余計心配になる。
「そんなことないよ、別に僕はいつも通りだよ!」
「そう……? ならいいんだけど」
まあ、本人がそう言うなら、そういうことにした方がいいのかもしれない。
ちなみにポメッコは、今回浴衣を着用していなくて、いつもの私服姿だ。理由はシンプル、合うサイズがなかったから。
というか、本人があまり乗り気じゃなかったからだ。そんなわけで、自然と私服に落ち着いた。
いつもなら進んで着たがりそうなものだから、なんとも違和感を覚える。これがポメッコへの心配に拍車をかけた。
やっぱり、どう考えても様子が変だよ。
あまり追求しすぎてもよくないだろうし、内心気にかけながら歩くとしよう。
「どうする? 花火が打ち上がるまで時間があるけど」
「では、それまで屋台を見てまわりましょう! 美味しいものが食べたいですわね!」
「そうだね、何を食べようかな」
たしかに、さっきから美味しそうな匂いがそこらへんを漂っている。焼きそばとか食べてみたい。あとで近くにいったら買ってみようかな。
「あっ! わたくし綿飴が食べたいですわ! お二人とも、早く並びましょう!」
「わっ、ちょっと狭いんだから引っ張らないでよ!」
幸果とポメッコの手を掴んで、城ヶ崎は駆け出した。彼女の要望に従い、そのまま綿飴屋さんに向かう。城ヶ崎は綿飴を食べるのが初めてらしい。自分も初めてだけど。
「やっと買えたよ……」
それから数分ほど並んで綿飴を買った。口に当てるだけで、綿が口元を覆い尽くした。その不思議な感覚は新鮮で、食べるのが面白い。口周りに甘い味がして、頭の中がふわふわする。
城ヶ崎に綿飴を買ってあげると「家宝にします……」とそれを受け取り、一度も舐めずに持ち続けていた。……いや食べて!? 普通に溶けちゃうから!
「あっ、次はあそこに行ってみたいです!」
城ヶ崎はにこやかな顔でそう言った。これといった目的がない幸果は、先導する城ヶ崎についていく。
その後は、金魚掬いやイカ焼き、たこ焼きに射的、りんご飴など、色んな屋台を見て回った。
そうこうしている間に、とうとう一発目の花火が、ドカーン! と打ち上がる。
「幸果ちゃん、花火上がっちゃったよ」
「本当じゃん! ちゃんと見たかったのに見逃しちゃった!」
屋台巡りがあまりに楽しくて、花火の時間をすっかり忘れていた。
「お二人とも、急ぎますわよ! やはり花火は絶好なポジションで見るべきです!」
「うん、急ごう……って早! 足早っ!」
城ヶ崎の走りが速すぎて、一瞬のうちに距離ができてしまった。あの人、どんだけ花火楽しみだったんだよ。
「行こう、幸果ちゃん!」
ポメッコに促され、幸果も慌てて土手へと向かった。でも、着いた頃にはもう遅い。周囲はすでに、人でごった返していた。
本来なら花火が上がる前に場所取りをするのがセオリーだもの。幸果たちの行動が遅かったのだ。
「どうしよう、もう座れるところがないね」
「そうですわね……。こうなったら、城ヶ崎財閥の特殊敷地奪還部隊の出動を要請して、この人混みを一掃するしかありません!」
なんか物騒なこと言い始めたぞこの人。しかも顔がマジだ、本気で実行しそう。
というか敷地奪還部隊ってなんですか。いつ使うのそれ?
「城ヶ崎さんやめて? なんか世間体がよろしくない気がするから」
「花守さんたら、なんとお優しい! なんと慈悲深い! さすがは仁義の女神ですわ! そこに惹かれるぅ、憧れますぅ!」
「いや、常識の倫理観だと思いますけど……」
とりあえず、少しでもいい所を見つけよう。人混みを避けながら、地道に場所を探した。
「幸果ちゃん、ここなら三人座れそうだよ」
「おっ、いいじゃん。ありがとうポメッコ」
土手を下りた川付近は人が少なく、まだギリギリ三人座れる場所があった。人混みに混ざりながら、三人並んで芝生にそっと腰を下ろした。ちょっと狭かったから、ポメッコは膝の上に座らせる。
背後から小さな身体を包み込めるほどのジャストフィット。体温が温かくて心地がいい。まあ、夏だけどね。
城ヶ崎からは羨ましそうな視線を向けられたけど。……ちょっと落ち着かない。
「ほらポメッコ、上がったよ!」
そうこうしている間にも花火が上がった。赤い玉がひゅるるるーと音をたてながら空に上がり、パーンと火花を散らした。真っ赤な火花が暗い夜空で弾かれて、とても綺麗だ。
これが花火……思っていたよりも素敵じゃないか。こんな綺麗なものがあったのかと、柄にもなく感動を覚えた。
「本当だぁ、たーまやー!」
「ふふふっ。ポメッコちゃんたら、よくそんなの知っていますわね」
「ネットで調べたんだぃ」
「またネットかい」
花火は休む間もなく、立て続けに打ち上げられていった。空に金魚の絵が浮かんだり、今流行りのアニメキャラが浮かんだりと、随分と粋なパフォーマンスを見せてくれた。




