32話 やって来ました、温泉街!
というわけでやって来ました、温泉街! 空から山をいくつも超え、北へ進んだ先にようやく辿り着いた。ここは日本でも有名な温泉街で、他国からも観光客がたくさんやってくるのだとか。
現に、辺りを見渡すたびに、視界には高確率で外国の人が映る。
「ここは露天風呂があって、景色が素敵だって有名だよ」
「幸果ちゃんが言うならここにしよう!」
「オッケー」
そう言って、目の前の温泉施設に足を踏み入れた。ここは家族風呂があったので、せっかくだからと二人でそれに入った。最初は一緒に入るのを嫌がっていたポメッコだけど、せっかくのお祝いなのだしと一緒に入ることに。
料金を払って、さっそく入場。脱衣所で服を脱いで、身体を隠すようにタオルを巻いた。脱衣所にいたその間は、終始ポメッコがやけに背中を向けていたのが印象的だった。照れてんのかな? 可愛いところもあるなぁと思いつつも、逆にこっちまで気まずくなるからやめてほしい。
「わーい! 早く入ろう!」
そうして入る準備ができたのなら、ようやく洗い場に入場だ。
「待ってポメッコ、まずは掛け湯! あと先に身体を洗わないと」
「えぇー、ここ家族風呂だよ? 僕たちしかいないんだし、別にいいんじゃない?」
「そういう問題じゃないの。マナーだから」
「はーい」
湯船に浸かる前に、まずは掛け湯に向かった。お湯をすくうための湯桶を手に取り、先にポメッコに説明してあげる。
「いいポメッコ? 掛け湯をする時は、先に胴体からお湯をかけちゃダメだからね。最初はこうやって、心臓から遠い足先から順にお湯をかけるの」
「ふーん」
「これには理由があって、急激な血圧の上昇を防ぐ役割があるんだけど——」
「幸果ちゃん、ネットの知識を自慢げに話さないでよ。僕もそれくらい知ってるもん!」
そ、そんな言い方はないでしょ。せっかく説明してあげてるのに!
「べ、別に自慢げに話してないし! マナーを言ってるだけだし!」
「いいから早く入ろうよー。僕もう掛け湯済ましたし、先に行くねぃ!」
「あっ、いつの間に……!」
ちゃっちゃと掛け湯を終わらせて、ポメッコの後に続いた。先にある扉を開けると、見晴らしのいい広々とした露天風呂に出た。
そうして、足から全身にかけてゆっくりとお湯に浸かる。
「おぉー……極楽ぅ……」
「はははっ、幸果ちゃんおじさんみたいな声が出てるよ!」
「うるさいなぁ、せっかく気持ちがいいんだから茶化さないでくれる?」
ポメッコが隣にやってきて、一緒にお風呂に浸かった。広々としたお風呂で二人並んでまったりタイムだ。
あぁ、初めての温泉、控えめに言って最高じゃないですか。家の狭苦しいお風呂とはわけが違うよ。
「うわぁ、すごい綺麗だねぃ!」
「そうだねぇ……。こんな景色、初めて見たよ」
目の前は緑溢れる山と、どこまでも壮大な海が合わさり、見事な絶景となっていた。
その景色を彩るように、空に浮かぶ夕日が綺麗に輝いている。それが風景をより神秘的に表していた。
眺めているだけで、心の中の黒い部分が少しずつ浄化されていくようだ。なんだか心地がいい。
「ねぇ幸果ちゃん、今幸せ?」
幸せ……か。あらためて考えるとすごい難しい言葉だよね。
「幸せだよ。温泉なんて初めて浸かれたし」
「そうじゃなくてさ……。今、生きてて幸せ?」
「ふっ、どうしたの急に。……そうだなぁ」
真っ赤な夕陽を眺めながら、ふと浸るように考えた。幸せって何でしょうね、哲学かよ。
まあ、でも……。
「幸せといえば、幸せかなぁ……。最近笑える回数も増えてきたなって、思うしね」
それだけは間違いなかった。ポメッコがこの世界に来なければ、自分は今だに借金を返すだけの日々を送っていたと思う。
いや、もしかするともっと酷い目にあわされていたかもしれない。
それが今は夕陽を眺めながら温泉に浸かっているんだ。小説家の兆しも見えて、友達……もできた。これを幸せと呼ばずしてどう呼べばいいのか。自分には、他の言葉が思いつかない。
「なら、僕の目標達成だ!」
ポメッコはにこりと笑った。ほんと、なんだかんだで愛おしいやつだ。
「うわっ! なになに、幸果ちゃん!?」
ポメッコをそばにそっと抱き寄せて膝の上に座らせた。背後からぎゅっと抱きしめる。
小さな身体の感触を肌で感じた。
「……ポメッコのおかげ。ありがとね」
「さ、幸果ちゃん、苦しいよぉ……」
恥ずかしそうに顔を赤らめるポメッコ。王子のくせに、滑稽ですなぁ。
でも、今はそんなことは言うまい。
「私さ、人生を変えるなんて創作の中だけの話だと思ってた。でも、人生って意外と変えられるものなのかもね。まあ、全部ポメッコのおかげだけどさ」
「ふふーん、そりゃあそうさ! なんてったって僕はポナペティア王国の王子なんだからねぃ!」
「はいはい」
もう何回も聞いたよそれ。でも、異世界の王子様と暮らすだなんて、こんなファンタジーチックな生活を送っている自分が、なんだか誇らしく思えた。
もう充分素敵な人生だよ。
でも、人の欲というのは厄介なもので、満たされれば満たされるほど、もっともっとって次々と欲が湧いてきちゃうんだよね。
「私さ、他にもやりたいことがたくさんあるんだ。今度はさ、前に言ってた回らないお寿司を食べに行こうね」
「うん、行きたい! 約束だよ!」
約束って、なんかいいよね。
その後も、幸果とポメッコはしばらく夕陽を眺めて過ごした。
願わくば、こんな他愛ない幸せがいつまでも続きますように。
いや、こういうくさい言葉はよそう。バッドエンドへのフラグになったら嫌だもんね。




