31話 温泉に行かない?
「さっきの編集者の人、ちょっと変な人だったねぃ!」
「うん……そうだね。まあ、いい人ではあったけど」
うん、いい人ではあったよね。わざわざ自分の担当になってくれた人なんだから。少しは擁護させていただこう。
ちょっと変わってるってだけだよね。ただ、初対面の人に下ネタにつぼって笑ってしまう失礼なところがあるだけでね。
というか、あの人の私生活とか気になってきたなぁ。失礼だけど、日常的にそういう卑猥な動画とか見漁ってそう。いや、マジで失礼だけどね!?
「にしても、思っていたより早く終わったなぁ。バイト休んじゃったけど、これなら全然シフト入れられたよ」
「ならさならさ、今から温泉にでも行かない? 幸果ちゃんずっと行きたがってたし!」
「急だねぇ。今から? 流石にそれは厳しいでしょ。近くに温泉とかないし」
「大丈夫! 僕が空を飛んで連れていってあげるから!」
「あっ、そっか。そんなのもありか」
ポメッコが魔術を使えるの、たまに忘れかけちゃうんだよねぇ。さっきまで認識阻害使ってたけどさ。
「幸果ちゃんが前に行きたいって言ってから、ネットで調べたの! 県を跨いだところに有名な温泉街があるから、そこに行こう! 書籍化祝いに連れていってあげる!」
「いいの? じゃあ、お願いしようかな。温泉行ってみたかったし」
「じゃあ決まり! さっ、僕が抱っこしてあげるねぃ!」
「え、ちょっと……わっ!」
返事をするより先に、身体がぐらりと揺れた。気づけば小さなポメッコの腕に身体がおさまり、お姫様抱っこ状態。
ちょっと待って、ここ街中だよ!? 自分は今、こんな小さな子供に抱っこされている。側から見れば、かなり情けない格好じゃない!?
「ちょ、下ろしてポメッコ! 周りに見られたらやばいって! さすがに恥ずい!」
「大丈夫だよ! 幸果ちゃんにも認識阻害かけたから! 僕たちの姿は周りには見えていないよ!」
「そ、そうなの……?」
嘘だったら承知しねぇぞ、と恐る恐る周囲を見渡した。
たしかに、こんな滑稽な格好を披露しているのに、誰も自分たちに目を止めない。いや、違うよ? 別にやばいやつだと思われてあえて無視されてるとかじゃないから! シンプルに自分たちの姿が他の人には見えていないってことだから!
どうやら自分たちは、文字通り完全な透明人間になったみたいだ。
「舌を噛まないように気をつけてねぃ! よし、じゃあいっくよー!」
ポメッコが膝を曲げて、幸果を抱えながら大きくジャンプした。
それを始まりとして、ポメッコは大空に飛び立った。飛び上がる時の上からの風圧が凄まじい。でも、ポメッコにしがみついて、なんとか難を逃れた。
「すっごい……本当に空飛んでる!」
下に目を向けると、人がまるでゴミのよう——ゴホンゴホンッ! 豆粒サイズに見えた。自分たちが住む見慣れた街並みが、眼下で壮大に広がっている。
以前乗った観覧車から見た景色とは、また違った感覚だ。なんというか、すごく非現実的というか、神秘的に映る。
「落ちないようしっかり掴まっててねぃ!」
そう言われて、小さな身体にしっかりしがみつく。
それと同時に、ポメッコはまるでジェット機のような勢いで、目的地までビューンと飛び立った。




