30話 変な編集者さん
数日後、近くの喫茶店へと足を運んだ。今日は待ちに待った、編集者さんと会う日だ。
待ち合わせ場所となっている近所の喫茶店。そこの端にあるボックス席に、幸果はちょこんと座っていた。
いやもう、心臓バクバクです。緊張しすぎて汗が止まらないよ。
「どんな人かなぁ、楽しみだねぃ!」
「どっちかというと、緊張するかなぁ」
隣にはポメッコが座っている。
え、いやいやなんで? 来ちゃダメでしょ! ってツッコミたい気持ちはお察しします。
「ねぇポメッコ。何度も言うけど、編集者の人が来たら声を出さないでね?」
「わかってるよ、大人しくしてるって。なんてったって、王子なんだからねぃ!」
なら安心だね! とはならないよ。そう言って、今までも問題起こしまくりだったからさ。
前科が多すぎるんだよ、キミは。
「不安だなぁ……」
「文句があるなら連れてこなきゃよかったじゃない!」
「それはそうだけど……」
僕も一緒に行きたい! と興味本位でついてきたポメッコ。本来なら断るべきなんだけど、幸果も一人で心細かったので、許可した次第。
もちろん、ポメッコの姿は認識阻害魔法(幸果以外の人間から見えなくする魔法)で消した状態になっている。
こういう時、魔法って本当に便利だよね。自分も一個くらい何か覚えたいなぁ。
え、魔力もないんだからお前には無理だろって? ……ですよねぇ。
「……あっ」
抹茶オレに口をつけている間に、店のドアが開かれた。姿を現したのは、黒いスーツを着込んだ綺麗な女性。気づくや否や、こちらに向かって歩を進めてきた。
「すみません、花守さんでよろしいでしょうか?」
先方は幸果の顔を見て、そう尋ねてきた。
「は、はい。私が花守です!」
「はじめまして! 株式会社——からやって参りました、不束凜々です! 本日はお忙しい中お時間を作っていただきありがとうございます!」
不束さんが深々と頭を下げる。電話越しで聞いたように、相変わらず溌剌とした声だ。
店内だから声は抑えているものの、その明るい笑顔と芯の通った声から、仕事に対して凄まじい熱量を感じた。
「こちらこそ、こんな貴重な機会をいただいて光栄です。本日は、よろしくお願いします!」
丁寧に手入れされた美しい黒髪ロングストレート。できるキャリウーマンって感じの出立ちだ。
身長も女性にしては高いように見える。百六十センチ後半はありそうだ。
同性の自分でも見惚れてしまうほど、綺麗な女性だった。
「綺麗な人だねぃ!」
「うん、そうだね」
不束さんに聞かれぬよう、細々とポメッコに返事を返す。認識阻害魔法は姿を消せても、声までは消さないみたいだから要注意。怪しまれないよう気をつけないとね。
「花守さん、今十六歳で一人暮らしをされているんでしたっけ? 若いのに苦労なさっているのですねぇ」
「いえ、そんな大したことでは」
「いえいえ、とても立派ですよ。誰にでもできることではありませんから」
寄り添うような優しい言葉が心に沁みる。会ってまだ数分だけど、すでにこの人のことが大好きになった。優しいお姉ちゃんができた気分だ。ヤクザの怖い人に脅されたりもしたんですぅ……とか言って、同情されて甘やかされたい衝動にかられちゃう。
いや、さすがにそんなことは言わないよ? 図々しいもん。
「まあでも、最近は生活も安定してきたんですよ」
「あら、そうなのですか?」
何となしに、隣にいるちびすけに目を向けた。口も達者でトラブルばかり起こすけど、今の生活を送れているのはこの子のおかげなのだ。……今度、アイスでも買ってあげよ。
「おかげで貯金もできるようになって、最近は生死を彷徨うようなことはなくなりました」
「ぶっ! せ、せいしって……!」
「……はい?」
なんかこの人、急に吹き出したんですけど。……どした?
「……失礼しました。どうかお気になさらないでください」
「は、はぁ……」
よくわかんないけど、気にしないでと言われたんだし、気にしないでおこう。気を取り直して会話再開だ。
「今回花守さんの書かれた『プリンセスメモリー』は、書籍化したら絶対売れると見越しています! 私としても最近読んだ作品の中で一番どハマりしていまして!」
「いえいえそんな、大袈裟ですよ」
とりあえず謙虚に取り繕うけど、内心はめっちゃデレデレ状態。あんまり褒められちゃうと、城ヶ崎の時みたいにまたネガティブ思考になりかねない。
編集者相手に後ろ向きな態度はとれないし、照れ臭い気持ちを必死に押さえ込んだ。
それからも、不束さんからのヨイショは止まらなかった。一ファンだとも言ってくれて、終始ベタ褒めフィーバーだ。
「この調子で、これからも作品を投稿していっていただけたらと思います! 他の作品もすべて一読しましたが、文章表現も上達していっていますし、今後のクオリティにも期待ができますね!」
「ありがとうございます。たしかに、まだ精巧さにかけますので……これからももっと勉強していけたらと」
「ぶっ! せ、せいこうって……!」
おい、また吹き出したぞ。
何かおかしなこと言ったかな?
まさか、顔に何かついているとかじゃないよね!?
「私、どこか変でしょうか?」
「そんな滅相もありません! お気になさらないでください!」
いや、お気にするよ。二回目だよ、二回目! 何かやらかしたかなって不安になるじゃん!
「ちなみに花守さん、今書かれている『プリンセスメモリー』なのですが、今どれくらい書き溜めていますでしょうか?」
「えっと……一応完結までは書き終えていまして、あと二、三十話くらいあったと思います」
「それは素晴らしいことですね! 完結までが楽しみです!」
「ありがとうございます」
「あとですね、一冊分……つまり十万文字の文量を書き終えるのに、普段はどれくらい時間をかけていますか? だいたいで構いませんので」
「そうですねぇ……作品によりけりなんですけど、だいたい四、五ヶ月くらいですかね。まあ、最近はたまたま時間があったので、今までより早く書き終えたんですけど……」
「ぶーっ! た、たまたま……くくっ」
「さっきからなんなんですか!? めっちゃ吹き出してますけど!?」
とうとう身を乗り出してしまった。いや、もうしょうがなくない? さすがにツッコまずにはいられないって!
「も、申し訳ありません! どうかお気になさらないでくださ——」
「気にしますって! 何かあるんなら言ってください!」
強めな口調で言ってしまった。それが結果的に功を成したのか、不束さんは少し恥ずかしそうにしながらも、わけを話してくれた。
「あの……実はですね。私、昔からめっぽう下ネタに弱いと言いますか。その、大好きなんです……!」
「し、下ネタ……?」
「幸果ちゃん、下ネタってなあに?」
隣からポメッコに尋ねられた。返答に困ったけど、こんなちびっ子に説明するわけにもいかない。
「子供は覚えなくていいの」
「えー、ケチー。まあいいや、あとでネットで調べよっと!」
「絶対にやめなさい」
ポメッコとくだらない話をしていた傍、目の前で不束さんが頬を赤らめていた。
「私、学生の頃からこうなんです。真面目な話をしている時も、下のワードを耳にするだけで吹き出してしまって!」
「そ、そうですか……」
よくわからないけど、この人が残念な人だということはわかった。
えっ、この人がこれから担当になるんだよね? これって確定事項ですか? ……あらそうですか。
なんか、早速気が思いやられてきたんですけど。
「普段は大丈夫なのですが、花守さんのように若くて可愛らしい子が下ネタを連発するものだから、おかしくなってしまいまして、ふふっ……!」
不束さんは顔を手で隠しながら、必死に笑いを堪えていた。体をプルプル震わせながらの物言いだ。どうやらツボに入ってしまったみたい。
「別に、下ネタなんて言ってないんですけど。……えっ何、やばい人?」
「滅相もありません! これでも普段はちゃんとしてますから! ちょっとツボに入っちゃってるだけなんで! そこは疑わないでください!」
胸を張りながらそう主張してきた。この一瞬のやりとりで、憧れのお姉さんから変なお姉さんへとイメージダウンしてしまった。残念なことにね。
こんな人でも大手出版社に勤めているというのだから、大人社会というのはよくわからない。
というか、なんでこんな変な人とばかり出会うんだろう。身体からそういう人を惹きつけるフェルモンでも出てるのかな?
「さっ、気を取り直して話を再開しましょう!」
「ちょっと切り替え早すぎません!? 私まだ話しについて行けてないんですけど!」
「ぶっ! つ、突き! 突きぃ……!」
「もうええて!」
その後は、半端強引に話し合いを再開した。これから作品を投稿する上での細かい会話のやり取りが行われ、今後は新しい作品を投稿する際に、簡単なものでいいのでプロットを出してほしいと言われた。
そうしてある程度話し合いが終わって、本日は解散となった。
「これからよろしくお願いしますね花守さん! 一緒に文芸の世界を一変させるような超大作を作りましょう!」
「は、はい! こちらこそよろしくお願いします!」
この凄まじい熱量は本物だと思うけど、下ネタの部分が残念だよ。
「では、今後のことはまた追って連絡させていただきますね! 本日は貴重なお時間をいただきありがとうございました!」
「はい、ありがとうございました!」
そんなこんなで、この日は解散となった。
まあ、ちょっと変わった人ではあった。でも、せっかく担当になってくれたのだ。あれこれ考えずに、この人に嫌われないようしっかり向き合っていきたいと思う。




