3話 ボランティア
「はい、じゃあね。ばいばい」
翌日の早朝、ポメッコを家から追い出した。
いや、そう言うと聞こえが悪いけど、ちゃんと抱っこして優しくだからね? そこはどうか誤解しないでほしい。
「いやだぁ! ずっとお姉ちゃんの家にいたい! 一人でなんて生きていけないよぉ!」
「だったらもう国に帰れ!」
相変わらず駄々をこねてくるクソガキ。王子といえど所詮は八歳児か。
「とにかく私は今日忙しいから。じゃあね!」
切り捨てるようにそう言って、部屋の鍵を閉めて自宅を発った。これ以上わけのわからんガキに付き合うのはごめんだ。
「ちぇっ、なんだい! いいもん! 僕は一人でもやっていけるもん! お姉ちゃんのブース!」
ポメッコは舌をべーっと突き出し、全力のあっかんべーを披露してくる。
……あ、今ので思った。やっぱり一発くらいデコピンをかましておけばよかったな、と。
「うるさい! さっさと行かんかい!」
「ひぃっ!」
思いっきり怒鳴ると、ポメッコは肩をビクッと震わせた。
情けない声を上げたかと思うと、そのまま脱兎のごとく駆け出していく。
小さな背中はあっという間に角を曲がり、姿を消した。
「……やれやれ、やっと行ったか」
ようやく静かになった。これで心置きなく今日の予定に集中できる。
まったく、朝から余計な体力を使わせてくれたよ。
幸果は肩を軽く回しながら、目的地へと向かって歩き始めた。
「……まったく」
そうして向かったのは、自宅近くにある大きな公園だった。
園内は木々が青々と茂り、ブランコや広場、ぐるりと一周できるウォーキングコースまで整備されている。朝日を浴びた芝生は美しく輝いていて、いかにも「健康的な平日です」と言わんばかりの景色だ。
もっとも、まだ朝早いこともあって人影はまばらだった。
──幸果たち、ボランティア団体を除いては。
「はい、皆さま。朝早くからお集まりいただきありがとうございます。本日も街を綺麗にしていきましょう!」
ボランティア委員会の人の元気いっぱいな挨拶が終わると、参加者たちは一斉に散っていく。
さてさて、今日ものらりくらりと頑張りますか。幸果は小さなビニール袋とトングを片手に、公園内をゆっくり歩き始めた。
空き缶、タバコの吸い殻、お菓子の袋。一つ見つけては拾い、また歩いて、見つけては拾う。
一週間に一度の恒例行事とはいえ、これを朝九時から正午まで三時間ぶっ通しでやるのだから、正直なところ結構しんどい。
……まあ、それでも参加する理由はちゃんとある。
「はーい、終了でーす! 皆さん、今日もお疲れ様でしたー!」
その一言を聞いた瞬間、幸果は心の中でガッツポーズを決めた。
よし、メインイベントだ。
このボランティアでは毎回、参加者にお弁当が一つ支給される。
ぶっちゃけると、幸果が毎週欠かさず参加している最大の理由はこれだった。
綺麗事を並べるつもりはない。
腹は、正義より先に減るのだよ。
「今日はしゃけ弁か」
受け取った弁当を見つめながら、小さく頬を緩める。
これを六回に分けて食べれば、およそ三日は持つ。バイトでもらう廃棄パンと並び、この弁当は幸果の家計を支える大切な戦力だった。まさに命綱である。
「お疲れ様、幸果ちゃん」
ベンチに腰掛け、バイトまでの時間を潰していると、聞き慣れた優しい声がした。
「あ、どうも……こんにちは」
顔を上げると、そこには同じアパートの隣室に住む赤池夫妻が立っていた。
二人も毎回ボランティアに参加していて、最近は何かと声をかけてくれる。
昔から顔見知りではあったものの、以前は挨拶を交わす程度の関係だった。
それが変わったのは、数か月前。父が首を吊って亡くなってからだった。
それ以来、二人は何かと幸果を気遣ってくれている。
「今日も来てくれてありがとう。若いのに偉いねぇ」
「いやいや、そんなことないですよ」
旦那さんの屈託のない笑顔が胸に刺さる。まさか『弁当目当てです』なんて口が裂けても言えない。
こういうときは社交スマイル。幸果は慣れたように愛想笑いを浮かべた。
「これ、よかったら幸果ちゃんに」
奥さんが差し出したのは、お弁当が二つ。きっと夫婦それぞれに配られたものだろう。
「一人になって何かと大変でしょう? 少しでも力になれたらって」
二人は本当に優しい笑顔だった。だからこそ、だからこそ受け取れなかった。
「いや、大丈夫です!」
幸果は慌てて両手を振る。
「私、ちゃんとバイトもしてますし! 生活もそんなに困ってませんから!」
「でも……」
「あっ! もうバイトの時間だ! すみません、行かなきゃ!」
スマホを取り出し、画面を見るふりをする幸果。半ば逃げるように立ち上がった。
「お気持ちだけ受け取ります! 本当にありがとうございます!」
頭を下げ、そのまま足早に公園を後にする。
人に借りを作るのが怖かった。
施しを受けることも、誰かに頼ることも、どうしても苦手だった。
きっとそれは、今の苦しい生活だけが理由じゃない。
父の最後——。
あの頃に刻まれた傷が、今でも心のどこかに残っているのだ。




