↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/47

3話 ボランティア

「はい、じゃあね。ばいばい」


 翌日の早朝、ポメッコを家から追い出した。


 いや、そう言うと聞こえが悪いけど、ちゃんと抱っこして優しくだからね? そこはどうか誤解しないでほしい。


「いやだぁ! ずっとお姉ちゃんの家にいたい! 一人でなんて生きていけないよぉ!」


「だったらもう国に帰れ!」


 相変わらず駄々をこねてくるクソガキ。王子といえど所詮は八歳児か。


「とにかく私は今日忙しいから。じゃあね!」


 切り捨てるようにそう言って、部屋の鍵を閉めて自宅を発った。これ以上わけのわからんガキに付き合うのはごめんだ。


「ちぇっ、なんだい! いいもん! 僕は一人でもやっていけるもん! お姉ちゃんのブース!」


 ポメッコは舌をべーっと突き出し、全力のあっかんべーを披露してくる。


 ……あ、今ので思った。やっぱり一発くらいデコピンをかましておけばよかったな、と。


「うるさい! さっさと行かんかい!」


「ひぃっ!」


 思いっきり怒鳴ると、ポメッコは肩をビクッと震わせた。


 情けない声を上げたかと思うと、そのまま脱兎のごとく駆け出していく。


 小さな背中はあっという間に角を曲がり、姿を消した。


「……やれやれ、やっと行ったか」


 ようやく静かになった。これで心置きなく今日の予定に集中できる。


 まったく、朝から余計な体力を使わせてくれたよ。

 幸果は肩を軽く回しながら、目的地へと向かって歩き始めた。


「……まったく」


 そうして向かったのは、自宅近くにある大きな公園だった。


 園内は木々が青々と茂り、ブランコや広場、ぐるりと一周できるウォーキングコースまで整備されている。朝日を浴びた芝生は美しく輝いていて、いかにも「健康的な平日です」と言わんばかりの景色だ。


 もっとも、まだ朝早いこともあって人影はまばらだった。


 ──幸果たち、ボランティア団体を除いては。


「はい、皆さま。朝早くからお集まりいただきありがとうございます。本日も街を綺麗にしていきましょう!」


 ボランティア委員会の人の元気いっぱいな挨拶が終わると、参加者たちは一斉に散っていく。


 さてさて、今日ものらりくらりと頑張りますか。幸果は小さなビニール袋とトングを片手に、公園内をゆっくり歩き始めた。


 空き缶、タバコの吸い殻、お菓子の袋。一つ見つけては拾い、また歩いて、見つけては拾う。


 一週間に一度の恒例行事とはいえ、これを朝九時から正午まで三時間ぶっ通しでやるのだから、正直なところ結構しんどい。


 ……まあ、それでも参加する理由はちゃんとある。


「はーい、終了でーす! 皆さん、今日もお疲れ様でしたー!」


 その一言を聞いた瞬間、幸果は心の中でガッツポーズを決めた。


 よし、メインイベントだ。


 このボランティアでは毎回、参加者にお弁当が一つ支給される。


 ぶっちゃけると、幸果が毎週欠かさず参加している最大の理由はこれだった。


 綺麗事を並べるつもりはない。


 腹は、正義より先に減るのだよ。


「今日はしゃけ弁か」


 受け取った弁当を見つめながら、小さく頬を緩める。


 これを六回に分けて食べれば、およそ三日は持つ。バイトでもらう廃棄パンと並び、この弁当は幸果の家計を支える大切な戦力だった。まさに命綱である。


「お疲れ様、幸果ちゃん」


 ベンチに腰掛け、バイトまでの時間を潰していると、聞き慣れた優しい声がした。


「あ、どうも……こんにちは」


 顔を上げると、そこには同じアパートの隣室に住む赤池夫妻が立っていた。


 二人も毎回ボランティアに参加していて、最近は何かと声をかけてくれる。


 昔から顔見知りではあったものの、以前は挨拶を交わす程度の関係だった。


 それが変わったのは、数か月前。父が首を吊って亡くなってからだった。


 それ以来、二人は何かと幸果を気遣ってくれている。


「今日も来てくれてありがとう。若いのに偉いねぇ」


「いやいや、そんなことないですよ」


 旦那さんの屈託のない笑顔が胸に刺さる。まさか『弁当目当てです』なんて口が裂けても言えない。


 こういうときは社交スマイル。幸果は慣れたように愛想笑いを浮かべた。


「これ、よかったら幸果ちゃんに」


 奥さんが差し出したのは、お弁当が二つ。きっと夫婦それぞれに配られたものだろう。


「一人になって何かと大変でしょう? 少しでも力になれたらって」


 二人は本当に優しい笑顔だった。だからこそ、だからこそ受け取れなかった。


「いや、大丈夫です!」


 幸果は慌てて両手を振る。


「私、ちゃんとバイトもしてますし! 生活もそんなに困ってませんから!」


「でも……」


「あっ! もうバイトの時間だ! すみません、行かなきゃ!」


 スマホを取り出し、画面を見るふりをする幸果。半ば逃げるように立ち上がった。


「お気持ちだけ受け取ります! 本当にありがとうございます!」


 頭を下げ、そのまま足早に公園を後にする。


 人に借りを作るのが怖かった。


 施しを受けることも、誰かに頼ることも、どうしても苦手だった。


 きっとそれは、今の苦しい生活だけが理由じゃない。


 父の最後——。


 あの頃に刻まれた傷が、今でも心のどこかに残っているのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。