23話 またいらしてね
豪邸の門前。わざわざ外に出て、城ヶ崎がお見送りをしてくれた。
外はもう、すっかり夕暮れだ。
「感激ですわ! まさか主様が花守さん……いや、花守様だったなんて!」
「そ、そんな。大袈裟ですよ……」
なんだかんだで、城ヶ崎に正体がバレてしまった。
というか、自ら正体をバラしてしまった。まさか『キラキラレディ』が城ヶ崎だったなんて。
ずっと応援してくれていた熱烈なファンに、さすがに嘘はつけないよ。
「文章表現やキャラクターの個性が素敵で、いつも楽しく読ませてもらってます!」
さっきから手を握ってずっと離してくれない。というか手が痛い、痛いよ! 力強すぎ!
「ぜひまたお家にいらしてください! 美味しいお菓子もご用意いたしますので!」
「は、はい……恐縮です」
「あっ、あと——」
城ヶ崎は幸果に顔を寄せ、甘い声で耳元に囁いた——
「……わたくし、実は女の子もいけちゃう口なんです。ですから、気が向いたらいつでもお相手いたしますわね。ぬ、し、さ、ま」
「…………ご、ご遠慮しておきます」
心なしか、耳元から下半身にかけて熱を帯びていくのを感じた。妙にムラつきを覚えてしまったのは、心の中だけにとどめておこう。
「ではお二人とも、また遠慮なくいらしてください! 城ヶ崎家一同いつでも歓迎いたしますので!」
城ヶ崎は声を張りながら、メイドさんたちと一緒に見送ってくれた。監禁さえしないんなら、またお邪魔してもいいんだけどなぁ。……そこがちょっと怖い。
「またねー! 面白くて声の大きいお姉ちゃーん!」
「お、お邪魔しましたー!」
そんなこんなで、この日は城ヶ崎と別れ、無事にそのまま帰ることができた。「今度また来ます!」と社交辞令で言ったけど、城ヶ崎は「絶対に約束ですわよ!?」と、絶対に逃すまいと連絡先の交換を申し出てきた。
上手い逃げ道も見つからなかったから、つい流れで交換してしまったけど。
まあ、何かあったらその時に考えよう。自分の隣には、小さいけど異世界の王子がいるんだから。
おかしなことをしようものなら、ポメちゃんに一発、家に雷を打ち込んでもらおう。え、さすがにそれはやりすぎ? ……あらそうですか。
「やっぱり僕らの家はちっちゃいねぇ!」
「そうだね。なんか落差がすごいよ」
自宅アパートに戻る頃には、お外はすっかり夜だった。
すると、ちょうど部屋の前で赤池夫妻と鉢合わせる。なんか、毎回タイミングいいよね。なんで?
「おや、幸果ちゃんにポメッコくん。こんばんは」
「あらほんとだわ、こんばんは」
「こんばんは!」
「こんばんは」
いつも通り変わり映えしない挨拶を交わす。赤池さんたちは、どうやら買い物帰りだったみたい。手にスーパーのビニール袋をさげているから。
「そうだわ。良かったらこれ食べて? 昨日ちょっと作りすぎちゃって」
奥さんが部屋から大きな鍋を持ってきた。中にはカレーのルーがぱんぱんに入っている。
「そんな、この前もらったばかりですし、そう何度もいただくわけには……」
「わーい! カレーだーい!」
拒む幸果とは対照的に、嬉しそうにそれを受け取るポメッコ。
「ちょっと、また勝手に」
「だって僕、カレー好きなんだもん!」
「いいのよ幸果ちゃん。どのみち私たちじゃ食べきれないから」
いつも通り優しい微笑みをする奥さん。それは旦那さんも同様だった。
「若い子はたっくさん食べにゃねぇ。遠慮せずもらっとくれ」
「……ありがとうございます」
こうももらってばかりいると、さすがに頭が上がらなくなってくる。是が非でも何かお返ししなければと思うけど、きっと赤池さんは受け取ってくれないしなぁ。困ったもんだ。
「人間、助けあって生きていかなくちゃね」
奥さんは幸果の頭を優しく撫でた。見上の人に頭を撫でられるのは、思っていたよりも心地のいいものだった。
歳上の人からこんなふうに頭を撫でられたのはいつぶりだろう。お母さんには、撫でられたことなかったなぁ。お父さんも、小学生以来撫でてくれたことなんてなかったし。
「……失礼します」
そう言って、ポメッコを連れて部屋に戻った。ドアを閉めてもたれかかりながら、さっきの言葉を思い返す。
「助け合って生きていく、か……」
そんな考え方、今までしたことなかったなぁ。そんな発想すらなかった。一人で生きていけるように、毎日頑張らなくちゃって思っていた。
でも普通の人たちは、周りの人に頼って助けて、そういう生き方をするものなんだろうか。
「どうしたの? 何か浸るような顔しちゃって」
「なんでもない。さっ、早くカレー食べよ」
ポメッコの火魔法のお世話になり、カレーを温めて食についた。
「今日の茶髪のお姉ちゃん、面白いし良い人だったね!」
「そう……だね」
食卓では、さっきの城ヶ崎の話になった。ポメッコのセリフには、一応肯定はしておいた。まあ、良い人ではあるんだろう。
でもいろいろと拗らせているし、近寄りたいかと言われれば近寄りたくない。というかたぶん、もう会うこともないと思う。
だって行くつもりないし。
「ん? なんかスマホ鳴ったよ?」
ポメッコに指摘されて、ちゃぶ台の上に置いてあったスマホに目を向ける。画面にはメールの通知が……って、城ヶ崎やないかい!
「噂をすれば、早速きたか……」
恐る恐る通知を開く。『今日は会えて光栄でしたわ! また遊びにいらしてね!』とのこと。
「また来てねだって! ねぇねぇ、次いつ遊びに行く!?」
「いやぁ、そのうち暇ができたらねぇ……」
あまり乗り気じゃない自分とは対照的に、ポメッコは行く気満々だ。勘弁してくれほんとに。
とりあえず適当に『もちろん!』と社交辞令のメールを返しておく。
そうしたら、数秒も経たないうちにスタンプが返ってきた。ゴリラがドラミングしながら歓喜するイラストだ。……何これ?
「お友達ができてよかったね!」
「……友達になった覚えはないけどね」
思えば、誰かとまともにメールのやり取りをしたのは初めてだ。
なんだか不思議な気持ちになる。友達とのメールなんて、学生時代に一度もやった覚えがなかったから。
「次いついく!? 明日? 明後日?」
「早いよ! そんなしょっちゅうお邪魔したら迷惑でしょ」
「えー、早く行きたーい! 次はマカロン食べさせてくれるって約束したもん!」
「絶対それが目的だよね。この食いしん坊! というかポメッコが全部たえらげたせいで、私は一個も食べれなかったんだからね!?」
「どうせ幸果ちゃんは警戒して食べないじゃないの」
「くっ、……まあそうだけど」
「幸果ちゃんの初めてのお友達なんだし、もっと仲良くなれたらいいと思うな!」
「勝手に友達認定しないでよ。というか、私に友達いないって勝手に決めつけないで?」
「いるの?」
「いないけど!」
友達なんて皆無だ。貧乏な身の上、小学生の頃はお風呂にも入れず、周りから臭いだのなんだの病原菌扱いされたものだ。……いるわけがない。
でも、だからかな。ふと今日のことを思い返してみると、同世代の子とあんなふうに話せたのは新鮮だった。
自分の生命に危機を感じることは多々あったけど、実際何かされたわけでもないし。
終わりよければすべてよしとは、良く言ったものだけどね。
まあとにかく、たしかに悪くはなかった……。
「ねぇねぇ、決めちゃおうよ! いつ行く!?」
「うーん。バイトがお休みの時かな。あと、私の気分にもよる」
「なにそれぇ……」
まあ、気が向いたら行ってみてもいいかな。あと念のため次行った時は、監禁場の撤去を申し出よう。それのあるなしで家に行く怖さが半減されるから。




