22話 怖い怖い
「お、お待ちになって!? まだお話ししたいことがたくさん——」
「こっちも忙しいので。では!」
必死に呼び止める城ヶ崎にかまわず、ポメッコを連れて部屋を出ようとした。
これ以上ここにいると、どんなリスクがあるかわかったもんじゃない。早いとこ逃げよう。
「そんな、この前紹介してた小説のお話とか、もっとしたかったのに……」
残念そうに溢された、城ヶ崎の呟き。
それを聞いて、幸果の足が止まった。
「……前に紹介してた、小説?」
城ヶ崎に向き直り、そう尋ねる。
「この前紹介していた『プリンセスメモリー』という作品ですわ! 実はわたくし、ずっと前からファンですの! そしたら、ポメッコちゃんがレビューしていたのを拝見して、わたくしたち価値観まで一緒なんだなって、もう感激で感激で!」
『プリンセスメモリー』って、自分の書いたやつですやん。
え、この人、ポメッコが紹介する前から読んでたってこと? ……もしや、古参ファンの方ですか?
「お話がとっても素敵ですわよねぇ。中でもわたくし、リューク様が最推しですの! っマジで癖に刺さると言いますか!」
「その小説、幸果ちゃんが書い——っむ!?」
ポメッコが口走りかけたので、咄嗟に口を押さえた。
いやでも、ちょっといろいろ聞いてみたい。
「あの、ちなみにその作品、城ヶ崎さん的にはどう思いますか? もう少し詳しくお聞きしたいです」
ド直球かつ少し踏み込んだ質問だけど、聞かずにはいられない。なんてったって、初めて出会えたリアルなファンだもの。こんな貴重な機会は滅多にない。
「そうですわねぇ。まず言いますと、文章の拙さや情景描写の甘さはあると思います。まだ書きき慣れていないのだろうなと、読んでいて感じますし。あと、状況を伝えるための情報が少ないように思いますわ。たまに、今はどこにいて誰と話しているのだろうと、わからない時がありますから」
「……はぁ。……そうですか」
なんか、急に心を抉られたんですけど。
しかも全部図星というか、自分でも薄々感じていたところだから、なおさらダメージがでかい。
自分から聞いておいてなんだけど、やっぱり聞くんじゃなかっ——
「しかーし! そんなこと気にならないくらい、ストーリーとキャラクターが素晴らしいんです! 甘々なラブコメ要素にドキドキしますし、早く書籍化してほしいと何度夢見たことか!」
「へえっ!? そ、そうですかねぇ……?」
下げられたと思ったら急に上げてくれた。そんなに絶賛してくれるとは思わなかったから、つい口角が上がってニヤけてしまう。
今の自分、大丈夫かな? 顔、キモくなってない?
「あ、あの! ちなみに一番お気に入りのシーンとかありますか!?」
さっきまでの帰りたいオーラから一変して、幸果はすぐさま部屋に戻った。
もっと城ヶ崎と話がしたい。今はそんな欲望でいっぱいだ。
「もしかして花守さんも『プリメモ』のファンなのですか!?」
「は、はい。そんなところです!」
ファンというか作者です。
「ぎゃぁぁぁぁー! ほほ、本当ですか!? 初めて生でお会いしましたわ! あの作品のファンの人と! ぜひぜひ語り合いましょう! あっ、ちなみに地雷とかあったら遠慮なく教えてくださいまし!」
勢いがすげぇ。鼻息を荒らしながら、幸果の手を強く握る城ヶ崎。
それ以降、彼女は自分の小説をベタ褒めしてくれた。今までコメントでしか得られなかった賞賛も、こうして直接聞かせてもらうと、またさらに嬉しさを感じた。
しかも城ヶ崎は、自分と好きなお話のジャンルが非常に似ていて、とても馬が合った。
なんだろう、なんか久しぶりに楽しいって気持ちになれた気がする。
それから話を続けるに連れ、城ヶ崎の作品愛は加速していった。
やがて、独自で導き出したキャラクターの考察の話へと進んでいく——
「わたくし思うんです。リューク様とアシュリーちゃんの暮らす国って、実はとある国をモデルにしているんじゃないかって。風景描写やお城の外観がまさにその国の景色と似通っていましてね。それでその国、昔から王子が二十歳を過ぎると、本人の身近で一番年齢が近しい女性を姫に迎えるという文化がありまして。作中のリューク様とアシュリーちゃんも年齢は公開さていませんが二人の生い立ちや境遇から逆算するにちょうどその国の文化の適応年齢と一致するんです。これはつまり、そのうちその文化の話が出されて、二人は名実ともに結ばれるということを示唆しているのではと考えていまして——!」
すいません、そこまで考えてないです。
その代わりすごい愛を感じました。ありがとうございます。なんというか、自分が描く身として甘かったなと痛感します。え、そんな発想するの? みたいな、自分では思いつかなかった設定もあったりして。
読者って、読みのプロなんだなと。
「あっ……申し訳ありません花守さん……。お恥ずかしいですが、ちょっとお手洗いに行ってきますわ」
「あ、はい。どうぞ行ってらっしゃい」
むずむずと恥ずかしそうに、そそくさと部屋を出て行った。
それを確認して、お菓子を食べていたポメッコにすぐさま向き直る。
「ねぇ、ポメッコ。城ヶ崎に私が作者だって言って!」
「え、なんで?」
「なんでもいいから」
正体をバラしてチヤホヤされたいという、激しい承認欲求に襲われてしまった。ポメッコの肩を押さえ、強く揺さぶりながら頼む。
「さっきは口を押さえて止めたのにぃ」
「いいから! それとなく言って! もう全部バラしちゃっていいから!」
「よくわかんないけど、幸果ちゃんの頼みなら、わかった!」
「よし、いい子!」
素直なポメッコ、大好きだよ。
普段なら絶対自分の素性やプライベートのことなんて明かしたくないけど、今は話が別だ。もう全部曝け出して、めっちゃ讃えられてチヤホヤされたい!
そう思いながら、自己肯定感を上げようとする幸果。あまりにべた褒めされて嬉しかったのか、普段よりも判断力とガードが緩んでいるようだ。
「お待たせしました! ささ、早くお話の続きをいたしましょう!」
やがて城ヶ崎が戻ってきて、トークも再開された。このキャラのどこが好きかとか、一番好きなシーンの話をしたりして、大層盛り上がった。
時々ポメッコに「早く言って!」とテレパシーを送るように目配せをするが、お菓子に夢中で任務を忘れている様子。何してんのほんとに!
「やっぱり、作者の主様はきっと女性ですわよねぇ」
「え、そんなことわかるんですか?」
「わかりますとも! なんかこう、乙女心を的確に理解しているというか、作中のあの細かい女性の心情や仕草もリアルですし! あんなの女性でないと描けませんもの!」
乙女心……。そう言われるとちょっと恥ずかしくなってきちゃう。
まあそれは置いておいて、すごい推察力だ。まさか文章だけで性別を当てるとは。
内心やばい人だって馬鹿にしてたけど、意外と頭良かったりするのかも。
「はうぁ、一度でいいからお会いしたいわぁ。きっとお上品で、可愛らしい方なんでしょうねぇ。まるで少女漫画に出てくるヒロインのような、才色兼備な完全無欠の美少女! わたくしはそう確信しております!」
「は、はははっ……。そ、それはどうでしょうかね……」
やば、そこまで言われると正体バラすの恥ずくなってきた。
城ヶ崎が思い描く人物像とはかなり程遠いから。あんまりガッカリされたくない。
でも、やっぱりバラしたい! バラしてその憧れをすべて注いでほしい!
「わたくしの生き甲斐を与えてくれた人。なんて愛しいのかしら。わたくしの傍でずっと小説を書いて、一番初めにわたくしに読ませてほしい!」
というか早く暴露してよポメッコ! さっきからお菓子食べてばっかだし。いやもう、自分で言っちゃおうかな。……うん、もう自分で言っちゃおう。
「あの、城ヶ崎さん。恥ずかしくて言い出しづらかったんだけど、実は私——」
「ああ、もういっそのこと思いっきり抱きついて身体中を撫で回したいですわぁ。あわよくば家にお招きして、監禁して、一生そばに置いておきたい。鎖で手首を拘束して、逃げられないようにして……一生わたくしのものに——」
「…………え」
「こんなこと表立って言えませんけど、その時のために、地下に監禁場を作っておりますの。防音だから声も響きませんしね」
「……か、監禁場?」
聞き間違いかな? うん、きっとそうだ。
いやでも、城ヶ崎の顔がだんだん黒くなっていくような。
なんか、不敵な笑みが妙に怖い。
「作品を読むだけじゃもの足らない。主様をわたくしのそばに置いて、名実共に一つにならなくては。そうすれば、わたくしは本当の意味で『プリンセスメモリー』と……主様と一つに——」
「……あ、あの城ヶ崎さん? ち、ちょっと深呼吸しません?」
「ふふふ……。これ、内緒にしてくださいね?」
「…………」
よし、帰ろう! なんか身の危険を感じました。どうやら彼女は、異常なまでもの狂愛者だったみたい。
嬉しい気持ちが恐怖に押し負けてしまった。
「はぁ、おいしかった!」
ポメッコもちょうどお菓子を食べ終わったみたいだ。
というか、全部一人でたえらげたんかい。
「よしポメッコ、じゃあ帰ろっか!」
「あっ、お姉ちゃん! 実は幸果ちゃんがその小説を書いて——」
「どわあぁぁぁぁぁぁぁぁー!」
死に物狂いでその口を押さえた。
「もう、なんなのさ!」
「状況が変わったの! お願いだからやっぱ黙ってて! えぐいことになるから!」
絶対にバラすなと、小声でポメッコに強く訴えた。バレたら自分の人生は終わりだ。城ヶ崎家の財力を舐めちゃいけない。絶対に冗談抜きで、マジで自分を監禁してきそうで怖い!
「……どうされましたか?」
「ひっ!? なんでもない、なんでもありませんから!」
不思議そうに首を傾げる城ヶ崎。それでも、とにかく全身全霊をかけて誤魔化した。一刻も早くこの場から去らないと。
「もう帰ります! お邪魔しました!」
頭を何度も下げながら、ポメッコを抱きかかえて部屋を出ようとした。
もごもごと何か言いたそうなポメッコの口を押さえながら、部屋のドアノブに手をかける。
「そんなぁ! まだ話し足りませんわ! ポメッコちゃんとももっとお話を!」
「ちょっと急用ができちゃって! また来ますから!」
「え、また来てくださるのですか!?」
耳が割れんばかりに大声を上げる城ヶ崎。口を手で押さえながら、幸果の再来宣言に感極まっていた。
「来ます来ます! だから今日のところは帰らせてください! お願いします!」
「そうですか、残念ですけど仕方がありませんね。では、絶対にまたいらしてくださいね!」
「はい! もちろんですとも!」
嘘です。絶対来ません。
そんな心のうちを隠しながら、満面の笑顔で部屋を出た。
もう二度と来ないと心に決めながら——。
「あら、そうですわ。私も同じようなお話の小説を書いているので、よろしければ読んでみてください! 『キラキラレディ』というペンネームで活動していまして……」
また足が止まった。その聞き慣れたペンネームに、しばし脳みそを回す……。
あっ——
「あれアンタだったんかい!」
あまりの衝撃に、思わず強めな声が出てしまった。




