21話 豪華なお部屋
犯罪者予備軍こと謎の女子校生に連れられ、幸果たちは彼女の自宅へとやってきた。
「わぁ、すごいデカいね! 僕たちのボロアパートとは大違いだよ!」
目前に広がる家を見上げるや否や、うちのポメは目を輝かせていた。ボロいって言うな!
「……本当にお嬢様だったんだ」
「あら、そんな大層なものじゃないですわよ」
幸果の発言に謙遜する女子校生。でも実際は、その大きな家を眺めるだけで、マジのお嬢様なんだということが窺えた。彼女の家は、それはもうお金持ち感満載の大きな豪邸だ。
もはや家というか、お屋敷に近い外観をしている。屋敷本体は、学校の体育館二倍分くらいの面積がありそうだ。
いやこれ、豪邸だけの話ね? それにプラスして、豪邸を囲うように緑豊かなお庭も広がっている。なんか池もあるし、偉そうな人の石像もあるぞ。
いや、偉そうって悪口じゃないからね? 偉大そうって意味だから。
「ささっ、どうぞ遠慮なさらずにお入りください!」
圧倒されていた幸果を知る由もなく、女子校生は自宅の中へと招いた。こんな豪邸に貧乏人の自分が入っていいのかと、変な罪悪感を覚えてしまう。
その他方、なんの遠慮もなく楽しそうに入っていくのがポメッコだ。王子ということで家がそもそもお城だからか、はしゃぎはするものの圧倒はされてない様子。
ポメッコからすればこんな家、見慣れたものなのかもしれない。
せいぜい、子爵とか伯爵レベルの屋敷に映っていることだろう。
「わぁ、中も広ーい! 僕たちのお家とは正反対だねぃ!」
「……いちいち私の家と比較するのやめてくれない?」
女子校生に促され、家の中へと入った。豪華絢爛な玄関に圧倒される。自身の人生を鑑みても、これほど縁遠いものはないと思った。
わざわざ出迎えてくれたメイドの人を見てもそうだ。自分の家に仕えてくれる人がいるとか、どういう生活なの。違和感を感じざる負えない。
まるで別世界に来たような感覚だよ。
「ここが私の部屋ですわ! どうぞどうぞ入ってください!」
招かれた女子校生の部屋も、これまた豪勢だ。
というか、自分たちの暮らしている部屋より断然広い。1Kアパート六つ分くらいの広さはある。
「すごーい! ベッドも大きい! なんかいい匂いもするねぃ!」
「たしかに、甘い匂いがするね。というかベッドでか! 四人くらい寝れるんじゃん!」
人様の部屋に入って早々、部屋の内装をでかい声で称すのも失礼だ。でも、もはやそれも忘れてしまうほど素敵だった。間取りもなかなか贅沢だ。
こうして見ると、自分の部屋が刑務所の牢屋に思えて悲しくなる。私、何か悪いことしましたかね?
床に敷かれた絨毯もとてもふわふわしている。実際に軽く足を乗せてみても、毛足がしっかりしていて艶々だ。これ、布団に使いたいからちょうだい?
「さあさあ、遠慮なくお座りになって?」
促されるがまま、自分たちは絨毯の上に腰を下ろした。そして、あらためて周囲を見渡す。
やっぱりどれも高そうなものばかりだ。茶色いタンスとか、アンティークぽくてとても可愛い。
……まるでお姫様が暮らす部屋みたい。もしこの家に若い年上のイケメン執事が居ようもんなら、嫉妬と羨ましさで泣きたくなるよ。いや、いるんだろうなぁきっと。……羨ましいぜ。
「来てくださり本当にありがとうございます! 感激ですわぁ!」
「はぁ、どうも……」
「あっ、すみません。申し遅れましたわ! わたくし、城ヶ崎麗華と申します! 以後お見知りおきを」
正座をしながら、女子校生はお上品に頭を下げた。それに倣い、自分たちも自己紹介。
「私は、花守幸果です。で、こっちが……もう知ってると思いますけど——」
「ポメッコだよ! いつも動画見てくれてありがと!」
「きゃふんっ! そそそ、そんな滅相もない!
ぽぽ、ポメッコちゃんにありがとうって言われた! ……ぐふふふ!」
気色悪い笑い方をしないでください。見てくれが可憐なことも手伝い、その中身とのギャップがとにかく甚だしい。
どうやらこの人、ガチのポメラーみたいだ。
そうこうしている間に、部屋のドアにノックがされた。その向こうから、所作の整った綺麗な声が届けられる。
「失礼します。お嬢様」
「あら、シーナかしら? いいわよ入ってきて」
城ヶ崎の返事を聞いて、部屋に人が入ってきた。さっき玄関でお出迎えしてくれたメイドさんだ。手にはお菓子とティーカップを入れたトレイを持っている。
綺麗に手入れされたロングストレート。大学生くらいの綺麗な女性だ。
いや、なんなら実際大学生なのかもしれない。
そのお上品でお淑やかな印象は、歩き方や落ち着いた言葉遣いなど、細かい動作からよく伝わってきた。
いいなぁ。うちにも一人くらい、こんな可愛いメイドさんがほしい。まあ、自分には一生無理だろうけど。
「お菓子をお持ちいたしました」
「ありがとう、ご苦労様」
お菓子の盛られたお皿と紅茶の入ったティーカップ。それを目の前の小さな机に置いてくれた。
おまけにメイドさんは、律儀に会釈をして部屋を出た。細かい所作がほんと美しくて、ちょっとかっこいいまである。
同性ながら惚れ惚れしちゃうよ。
「すごい豪華なお家に住んでるんですね」
「あらあら、大したことありませんわ。家が広いと、何をするにも大変ですもの。お食事の時だって、長い階段を登り降りしなくてはいけませんし」
たしかにそれは大変かも。
この部屋は三階だ。食事部屋は一階にあるらしいから、向かうのにも時間がかかりそう。
でも、それも幸果にとっては嫌味にしか聞こえなかった。
部屋は狭いより広いことに越したことはない。そうでしょ!
……まあこれも、貧乏人の考え方なのかもしれないけどね。
「はははっ、それは大変そうですねぇ……」
とりあえず愛想笑いでもしとこ。
それから、城ヶ崎にいろいろと話を聞いた。予想通り、ここらで有名なお嬢様名門校、青蘭女学園に通っているらしい。すでに察する通り、かなりのお嬢様みたいだ。
なんでも、父親が城ヶ崎製薬の社長さんらしいのだ。
「じょ、城ヶ崎製薬って、あの有名な!?」
耳馴染みのある会社名に、思わず声が出た。
城ヶ崎製薬っていうと、よくCMで見るあの有名会社じゃないですか。薬局といえば城ヶ崎製薬、ってくらいの。
街を歩いていても、よくお店の看板を目にする。なんなら自分も目薬とか買う時、よく利用させてもらってます。
「ふふっ、そんな大したものではございませんわ。有名といっても、最近売れ行きが悪いですし」
「いやいや、それでも全然大手じゃないですか! すごすぎますよ!」
どうりでこんな豪邸に住めるわけだ。端的に言うと、やっぱり超絶お金持ちじゃないの。
「このクッキーおいしいねぃ! 何枚でも食べれちゃうよ!」
その他方、出されたお菓子をばくばくと食べ漁るのがうちのポメだ。城ヶ崎の話なんて一ミリも入っていないっぽい。
にしてもなんて意地汚いんだろう。口元にチョコレート付いちゃってるよ。あー、しかも床にクッキーの食べかすポロポロこぼしてるし。
……この子、本当に国の王子ですか? 作法もクソもないじゃないの。
「こら、人の家なんだからもっと気を使いなさい! あと床にこぼしすぎ!」
「あっ、ほんとだ! なんてこったい!」
「ふふふ、そんなにお気になさらないで? お招きしたのはわたくしですし、ポメッコちゃんが来てくれただけでも幸せですから」
なんてできたお嬢様なんだ。
……いや、そんなことはないか。実際自分たちは、半端強引に家に連れてこられたわけだし。
何より、製薬会社のご令嬢があんな易々と土下座する時点でいろいろ頭がおかしい。
「わたくし、昔から小さくて可愛いものに目がないんです。それで最近、ポメッコちゃんの動画を見つけまして。それからもう、すぐに大好きになってしまったんです! もうなんというか、愛おしくてしゃーない! あどけない喋り方とかおっちょこちょいなとことか、ご飯食べて美味しそうにリスみたいに頬膨らませてにっこり笑うとことか、もうたまんなくてたまんなくて!」
「わ、わかりましたから落ち着いて!」
城ヶ崎のポメッコに対する愛は本物らしい。興奮しすぎて、途中口調おかしかったし。
「わたくしもポメラニアンを飼っているんですけど、その子がまるで擬人化したようで可愛らしくって……」
なんか独特な言い回しをするなこの人。
ポメッコを見つめながらとろけた顔をする城ヶ崎。完全に目がいっている。なんか怖いよ。
「そこまで言われると照れちゃうなぁ。にしてもこのクッキーおいしいねぃ!」
「ポメッコ、ちょっと食べ過ぎ……」
「あぁーん! お菓子を美味しそうにお食べになるポメ様も尊いぃ……。ぐっ、なんか、なんか涙が溢れてぇ……!」
歯を食いしばりながら涙を流しだしたぞ。おまけにこうべを垂らして手を合わせながら、神を讃えるかのように拝み出した。
そのお嬢様らしからぬ素振りに、思わず引いてしまう。この人にとって、ポメッコってなんなんだ。神様か何かですか?
「あの! よろしければ、もう一度だけ握手してくださらないかしら!?」
城ヶ崎は嬉々としてポメッコに迫り、鼻息を荒らしながら懇願した。その血走った目から、かなりの興奮状態にあることがわかる。
こっちとしては、少し危機感を覚えた。
でも、これを気にせず「いいともぉ!」と応じるのが異世界王子だ。
城ヶ崎はそれ良しとし、ポメッコの手を強く握る。そして、ぶんぶんと手を縦に振りまくった。
……ポメッコは、なんで嫌がらないんだろう。
自分以外の人間に触れられるのを許すなんて、なんだか嫉妬してしまう。
代わりに、気安くポメッコに触れた城ヶ崎には苛立ちを覚えた。
端的にいうと……殺意? かな。
「きゃわー! し、幸せぇぇぇぇー!」
あらためて触れられてよほど嬉しかったのか、城ヶ崎はまたも発狂しだした。
いちいちうるさいし、毎回ビクッとしちゃうからやめてほしい。せめて叫ぶ前に、今叫びます! みたいに一言言ってほしい。
「あのあの、よろしければ写真とかもお願いします! あとハグも!」
この女、調子に乗って次々と要求してきたな。自分の欲望に忠実すぎる。
でも、さすがに写真はやめてもらおう。気にしすぎかもしれないけど、念には念を入れてね。
「あの、すみません。写真はやめてください。SNSに投稿とかされると、身バレとか住所特定が怖いので」
「そんなことしませんわ! ずぇっったいにSNSに上げたりしませんから! 個人的に拝むだけにとどめますから!」
いやぁ、あなたのこと信用できないんだよねぇ。なんてったって、無理やり家まで連行するような人だよ? やばい人には違いないと思うから。
「すみません。ちょっと信用できないです」
「お金ならいくらでも払いますからぁ!」
なんかめっちゃ泣きついてきたんですけど……。
自身の服にしがみついて、全然離れてくれない。というか、涙と鼻水すごいな! 服とかにつけないで!?
「百万、いや五百万出しますからぁ!」
「ごっ、五百万!?」
その額を耳にすると、さすがに心が揺らいでしまう。
いや、ダメだダメだ!
やっぱりダメだ。お金を介したやりとりは碌なことにならないと、自分は身をもって知っている。
何より、自分はお金に目が眩むほど卑しい人間じゃないよ!
「ダメったらダメです! というかいい加減離れて!?」
「幸果ちゃんがダメって言うなら、僕もダメ!」
ポメッコも手でバッテンを作り、幸果の主張を肯定してくれた。あぁ、よかった。こんなわけのわからないイカれた女じゃなくて、ちゃんと自分の味方をしてくれた。おかげでさっきの嫉妬ともやもやが晴れたよ。
「でしたらせめてハグをぉぉぉぉ!」
「……わ、わかりましたよ。それくらいなら、別にいいですよ」
「やったー! ポメッコちゃぁんー!」
幸果の許可を得て、城ヶ崎は飛びつくようにポメッコを抱きしめた。ポメッコのぷにぷにのほっぺに、嬉しそうに頬をすりすり擦り合わせる。
なんだろう、この気持ちは。これが彼女を寝取られ時の彼氏の気持ちなのかな。めっちゃモヤモヤするというか、全身から脂が込み上げてくるように気持ちが悪くなる。
今まで自分だけの特別だったものが、何処の馬の骨かもわからないやつに共有されてしまったような感じ。はっきり言って、すごい嫌だ。
「はい、終わり! そろそろ離れてくださいぃぃ……!」
ポメッコに張り付いた城ヶ崎を無理やり引き離そうとしたけど、全然剥がれない。なんちゅう力だよこの人! まるでなかなか開かない瓶の蓋と格闘している気分だよ……!
「はあぁ、やっと剥がせた……」
「あはーん、負けたましたわー!」
何が、負けましたわー! だ。
とにかく、長きにわたる闘いは幸果の勝利となった。もう早いとこ帰ろう、疲れた。こんなところに長居しても、いいことなんてなさそうだし。
「すみません、そろそろお暇します。ほら、帰るよポメッコ」
「えぇ、もう少し居ようよぉ! お菓子だってまだ食べ終わってないのにぃ!」
「わがまま言わないの!」
「今日の幸果ちゃんこわーい」
「花守さん怖ーい、ですわー」
ポメッコの顔に顔を並ばせて、幸果に上目遣いをする城ヶ崎。
なんか、ふつうにイラっとした。
「いいから、行くよ!」
「はーい……」
「お、お待ちになって!? まだお話ししたいことがたくさん——」
「こっちも忙しいので。では!」
必死に呼び止める城ヶ崎にかまわず、ポメッコを連れて部屋を出ようとした。
これ以上ここにいると、どんなリスクがあるかわかったもんじゃない。早いとこ逃げよう。
「そんな、この前紹介してた小説のお話とか、もっとしたかったのに……」
残念そうに溢された、城ヶ崎の呟き。
それを聞いて、幸果の足が止まった。




