20話 緊急警戒、お金持ちお嬢様!
それから一週間後。幸果の小説は瞬く間に拡散され、PV数が爆発的に伸びた。
昨夜にチラッと確認したら、週間ランキングにも乗っていたくらいだ。
初めてのことだから、幸果もしばらく開いた口が塞がらなかった。
「おめでとう幸果ちゃん! やる時はやる幸果ちゃんだと思ってたよ!」
広報活動のお礼として、ポメッコにお寿司をご馳走することに。
そうして訪れた近所の回転寿司屋さん。ポメッコは回ってきた玉子のネタを次から次へと口に運んでいく。
「ありがとう。でも、ポメッコが拡散してくれたからだよ。私の力ってわけじゃ……」
「素直じゃないなぁ。幸果ちゃんの作品の出来がよかったからだよぉ。じゃないと、ここまで評価されないって」
「……そうかなぁ」
「そうそう!」
ポメッコが広めてから、コメントやいいねの数が激的に増えた。
内容も『こんな神作があったとは』『普通におもろい笑。ヒロインのアシュリーちゃん好きだわ』『ポメくんが紹介してたからきたけど、ポメくん抜きにしてもめっちゃ好きになった。これから追います!』などと、絶賛するものばかり。
ポメッコのおかげもあるんだろうけど、何より幸果のひたむきな活動が芽を出した結果である。
「あっ、幸果ちゃんのマグロがきたよ!」
「わっ、ほんとだ」
レーンから流れてきたマグロ寿司。気づいた時にはすでに通り過ぎようとしていた。
お寿司屋さんなんて初めて来たから、ちょっとシステムがよくわからない。
「えちょっ、これ取っていいんだっけ!?」
「いいんだよ。早く取らないと行っちゃうよ!」
とりあえず、お皿をつまんで持ち上げた。
そうしている間に後ろからどんどんお皿が流れてくるから、急かされているみたいでめっちゃ焦る。
モタモタしながらも、急いで机にマグロを置いた。
「こ、これがマグロ……。初めて生で見た……」
目の前に置かれた真っ赤な物体。脂でとろとろになっているじゃないの。天井の照明光が反射して、キラキラと輝いている。
なんて美味しそうなんだ。これを本当に食べてもいいのかと、変な罪悪感を覚えてしまう。
「で、では……いただきます」
震える手を押さえながら、未知の食物に手をつけた。
そして、恐る恐る口に突っ込む——
「ゴリうまっ! 何これ、これがマグロ!?」
口の中に電気が走ったような衝撃だ。
初めて食べたマグロの味は、一言で言うと鉄の味だ。噛むたびに未知の世界が広がった。
舌の上で濃厚にとろける脂の甘味も合わさって、文字通りほっぺが落ちそうになる。
それを感じれば感じるほど、口の中が幸せになった。
世の人間たちはこんなものを食べているのか。
底辺の自分とは、住む世界が違うなぁ。
「玉子もおいしいよ!」
「さっきからそればっかりじゃん。せっかく連れてきたんだから他のも食べなよ」
「だってぇ、さっきマグロ食べたけど変な味がしたんだもん。なんか血の味がした。おいしいのかよくわかんない!」
「お子ちゃまだねぇ。この味の良さがわからないとは」
「次ハンバーグ食べたーい!」
「話聞けよ」
にしてもお寿司屋さんって、意外といろんなネタがあるなぁ。
てっきり、魚類物だけかと思っていたよ。
ハンバーグとか、はたしてこれはお寿司なのか?
他にもラーメンとかコーヒーもあるし。……お寿司屋さんも客層増やすために大変なんだろうなぁ。
「次は大トロいっちゃおうかなぁ」
「そういえばネットで見たんだけど、回らないお寿司っていうのもあるらしいよ? 今度行ってみようよ!」
流れてきたハンバーグを頬張るポメッコ。
回らないお寿司、たしかに存在は知っているけど……。
「ちゃんと調べた? ああいうのは時価っていうのがあって、すごく高いんだよ」
「時価ってなぁに?」
「……いや、それは私もよくわかんないけど」
「幸果ちゃんもちゃんと調べてないじゃん!」
……とりあえず、時価のお店は高い。みたいな認識でいる。
まあなんにせよ、回らないお寿司はどこもお高い。自分みたいなみずぼらしい人間が行く場所じゃないよ。
「じゃあお金貯めてさ、いつか行こうよ、回らないお寿司屋さん!」
はて、それはいつの話になるんだろうねぇ。
でも、最近は何かと手取りが増えたし、この調子ならあながち夢物語じゃないように思う。
「そうだねぇ……。もうちょっと余裕ができたら、一回くらい行ってみたいね」
「ほんと!? じゃあ約束! 絶対行こうね!」
「はいはい、約束——」
「ぎゃああああぁぁぁぁー!」
すると突然、横から壮絶な悲鳴が届けられた。いや、悲鳴というか発狂に近かった気もする。
幸果の危機感知が警笛を鳴らし、思わず顔がそちらへ向いた。
「びくったぁ! な、何ですかあなた……!」
幸果が戸惑いながら尋ねた先、そこには発狂の主と思われる女の子がいた。制服を着用しているし、高校生かな? 全身真っ白なセーラー服が、なんとも恍惚的で惚れ惚れする。
しかも着用している本人もなかなかの美貌じゃないの。丁寧に手入れされた茶髪ロングに、ぱっちりと開かれた大きなお目々。じっくり眺めていると、同性の自分でもうっかり見惚れてしまいそう。
ちょっと待って、この制服知ってるぞ。
たしか、この近辺で有名なお嬢様学校——青蘭女学園じゃん。
「あわ、あわわ、あな、あなたはもしや……ぽ、ポメッコちゃん!?」
女の子はプルプルと震えていた。見た感じ、かなりの興奮状態にあるみたい。
「そうだよ?」と馬鹿正直に答えたポメッコ。そんなちびすけに「こらっ!」とデコピンをかました。
知らない人に素性を明かすなって言ったのに!
……いや、言ってはないか。
「わ、わたくし! あなたの大ファンですの! いつも動画見てますわ! お会いできて光栄ですぅ!」
なんだこの人、ポメラーかよ。急に悲鳴を出して亜逆の果てには大ファンですとか、初対面で失礼じゃない? まずは騒がしたことに謝罪が欲しいところだよ。
「あの! よろしければ握手して下さらないかしら!?」
畳み掛けるようにずかずかと迫ってきた。言葉をかけようにも入る隙がない。もう完全に不審者認識なんだけど、女の子は気にせずでかい声で話している。
あの、ここ一応お店の中ですよ? もはやそれを忘れるほどに取り乱しているみたいだ。
「いいよ!」
「きゃぁーっ! ありがとうございますぅ!」
「ちょっと、また勝手に……!」
「いいじゃん握手くらい!」
ポメッコは嫌な顔もせず、初対面の怪しい女の手を握った。優しさ故の無邪気さというか、本当に人を疑わない子だなぁ。
そのうち痛い目を見ないといいけど。
「うへへへ、感激ぃー!」
やばいやばい、よだれ出てるって! しかも手握ったままめっちゃブンブン縦に振ってるよ。ポメッコもよく笑顔で受け止めきれるなぁ……。
「あの、あなたそろそろやめ——」
「あっ、そうだ! よかったらこの後お家へいらっしゃらない!? 美味しいお菓子もたくさんありますから! 全身全霊でおもてなしさせてください!」
行くわけあるか。こんな強引な距離の縮め方初めてだわ。ドン引きだよ。
この人、絶対関わっちゃダメな人だ。
「いいの? 行く行く! いいよね幸果ちゃん!?」
「ダメに決まってるでしょ!」
何でいいと思った? 絶対ダメでしょ! やばい匂いしかしないって!
普段は歳の割に大人びた一面があるのに、こういう時は子供っぽいんだよなぁ。いや、普通の子供でもこんな易々とついて行かないわ!
「知らない人についてっちゃいけません! ほら、もうおうち帰るよ!」
「えー、幸果ちゃんも一緒に来てくれたらいいじゃーん」
「よくない! というか、私が行きたくないの!」
「遠慮なさらずに! お姉様も大歓迎ですわ!」
「遠慮とかじゃないから! 真剣に行きたくないの!」
危機感知センサーがビンビンに反応した。絶対関わっちゃいけない人間だよ。
でも、先方の熱は冷めることを知らない。
「いらしてくれたら、城ヶ崎家の一流シェフたちが渾身の料理をご馳走します!」
そんなこと言ったって、警戒心の強い自身には逆効果だ。その料理の中に怪しい薬とか入ってるんでしょ? 睡眠薬とかそういうやつ。
「あんまりしつこいと警察を呼びますよ?」
「ノープロブレムですわ! わたくし、警察の方とはお友達ですので!」
おいおい、また意味不明なことを言い始めたよ。それ言う人だいたい頭おかしいんだよね。
好きな芸人さんもそう言ってたし。
「お願いします! 一生のお願いです、来てください! わたくしの生きがいなんですぅ!」
とうとう土下座をしだしたぞ。何この人、やばすぎだよ。顔を引き攣らさずにはいられない。
「わかりました、わかりましたから落ち着いて!」
頭を上げるよう必死に頼んだ。そろそろお店の人が来て騒ぎになりそうだもん。さっきから周囲のお客に奇異な視線を向けられているし。
今がお昼時で、まだ人も少ないのが幸いだった。おかげで、まだ大事には発展していない。
「じゃあ、来ていただけるんですか!?」
「…………はい」
そうして、かなり強引に家へと招かれる羽目になった。
隙を見て逃げ出すことも考えたけど、この女子校生はかなり面倒なタイプのオタクだと思われる。そのため、下手に逆らえば何をされるかわかったもんじゃない。
だから、ここは従った方が無難だと判断した。
警戒心はあったけど、最悪ポメッコの魔法でどうにか切り抜けられると思う。用心しながら、形だけでも向かうこととした。




