19話 広報
その日もいつも通りバイトが終了し、そそくさと帰宅までの道につく。
今日は鹿島さん……いや、ショタコンパイセンの長話に付き合って疲れてしまった。
本業より先輩の話を聞く方に労力を使うって、なんだよこれ。
そんなこんなで、自宅アパートに着く。
すると、赤池さんとこの奥さんと鉢合わせた。
どうやら、ちょうど部屋を出たところみたいだ。
「こんにちは赤池さん」
「あら幸果ちゃん、おかえりなさい」
「お出かけですか?」
「ええ、ちょっと買い物にね。この時間帯はいつも半額セールをやるから」
そうだった、完全に忘れてた。帰ったらすぐに行こうって決めてたのに。
「あっ、そういえばそうでしたね」
いつもなら忘れるわけがないのに、今日は珍しく抜け落ちていた。
ショタコンパイセン、略してショタパイの畳み掛けるような長話で、思考力が落ちていたのかもしれない。
まあ、今日はもういいか。とにかく疲れたし、来週に回そう。
「そうだ、シチューのお鍋返しますね」
幸果は思い出したように、一度部屋へと戻った。
そして、空になったシチューを持ってきて奥さんにお返しした。
「ありがとうございました。とても美味しかったです。弟も大満足でした」
「あらあら、そう言ってもらえると作り甲斐あるわねぇ。いつも夫と二人だから、そうやって喜んでくれる人がいると嬉しいわぁ」
「……あの、よかったらこれ、受け取ってくれませんか?」
そう言って幸果は、手提げ鞄から菓子パンをいくつか出した。
本日バイトで調達した廃棄のパンだ。
また何かお返ししなければと思っていたのでちょうどいい。
「あらあら、ありがとうねぇ。でも、大丈夫よ。気持ちは嬉しいけど、これは弟くんと二人で食べなさい」
「いや、でもっ!」
「あなたたちはまだ若いんだから、たくさん食べないと。お鍋は余っちゃっただけだから、そんなに気を使わないで?」
そこまで言われてしまったら、幸果も思うようにお返しできなくなる。ここで強引に渡すのは、なんだか違う気もした。
「……わかりました。なんか、ありがとうございます」
複雑な気持ちになった。人から一方的な施しを受けないという、自身に課したルール。
それが思うようにいかなくなると、なんだか不安になってくる。
今までは上手く断れたのに、最近はことごとく突破されてしまうのだ。
「では、失礼します」
「はい、またね」
奥さんに一礼してから、幸果は自宅の中へ戻った。
思い返せば、ポメッコが来てから周りの人たちと距離が縮まったような気がする。鹿島さんにしても赤池さんにしてもそうだ。
これが良いことなのか悪いことなのかわからないけど、今まで関わりを拒んでいた分モヤモヤする。
新しいバイトに入って、慣れない職場に緊張するような感覚だ。
でも、以前よりも悪くない日常であることは、幸果も薄々感じていた。
「ただいま、ポメッコ」
「おかえりなさい、幸果ちゃん!」
部屋に入ると、ポメッコが晩御飯の支度をしてくれていた。食事の準備は当番制になっていて、今日はポメッコがご飯を作る日だ。
「へいおまち!」
ラーメン屋の大将みたいな気迫でカレーライスを出してきた。といってもレトルトだけど。
二人で机に集まったのなら、手を合わせていただきます。
美味そうにカレーを食べるポメッコの傍、幸果はスプーンを口に運びながら小説のマイページを確認していた。
評価や閲覧数は相変わらず芳しくない。というか、前より若干減ってるじゃないの。
「『キラキラレディ』……。あなただけだよ、私の作品の良さをわかってくれるのは」
このユーザーだけは、今日も律儀に熱烈なコメントをくれていた。
短編小説並みの熱い分量にはさすがに引いたけど、この愛のこもったメッセージが幸果のやる気に繋がっていることは確かだった。
それを眺めながら、幸果はニヤけが止まらない。
「食事中にスマホ触ったらお行儀悪いんだよぉ?」
「っ……、すいません」
正論を宿した歳下の説教に、幸果は素直に肩を縮こまらせる。
するとポメッコは、もぐもぐカレーを食べながら幸果に声をかけた。
「そういえば、最近また小説の閲覧数減ってきたね」
「いちいち言わないでくれる? けっこう思いやられてるんだから」
『キラキラレディ』に傷を癒してもらっていたところなのに、また傷口を広げられた。
ほんとにこのチビは毎回余計なことばかり言う。
「幸果ちゃんの小説、文章表現とかストーリー構成もちゃんとしてるし、面白いと思うんだけどなぁ。昔からコツコツ頑張って書いてきたんだろうなっていうのが伝わって、僕は好きだよ?」
「あのさぁ、落としてあげるスタイルやめてくれない? 気持ちがグニャッてなるから。いや嬉しいけども!」
「僕的にはただ単純に作品を広められてないのが原因だと思うなぁ。あっ、そうだ! それなら僕のチャンネルで広報するよ!」
「……ポメッコのチャンネルで?」
たしかにポメッコのコンテンツ力なら、それなりに読者も集まりそうだ。
いやでも、それをしてもらうと本当に頭が上がらなくなりそうで抵抗を覚える。
「いいわよ。最近助けられっぱなしだし、そこまでしてもらうのは……」
「いいじゃない! 僕は幸果ちゃんを笑顔にするためならなんだってやるよ!」
「……そんなできた彼氏みたいなこと言わないでよ」
なんか歳下の子にそういう言い方をされると気恥ずかしくなる。これが歳上のイケメン大学生ならどれだけ耳が幸せになったことか。
「シックスでさっそく広報活動しとくね!」
「シックスまでやってるんだ。だいぶSNS使いこなしてるね」
ポメッコに流されるがままに、幸果の作品はSNSアプリ「シックス」で広報された。
この異世界王子、仕事の速さと決断力が凄まじい。




