17話 帰宅
そこそこ楽しかった時間も、そろそろ終わりだ。
だんだん日も暮れてきて、幸果たちは名残惜しくも園内を出た。
「いやぁ、楽しかったねぃ! パーク内のレストランもおいしかったし!」
「めちゃんこ高かったけどね……。おかげで給料日までもやし生活ですよ……」
遊園地内のレストランってあんなに高いのものなのか。お腹が空いて気軽に入ったら、まさかの一品三千円とか。……いったいどんなトラップだ。
メニュー表を見た時の衝撃は今でも忘れられない。思い出すだけで手の震えが再発してきちゃうよ。
「でもでも、おいしかったね! 特にハンバーグとか!」
「肉厚エグかったもんね。たしかにあれは涎が出るほど美味しかったなぁ。あんな豪華な料理初めて食べたよ」
最寄駅を降りた後は、真っ直ぐアパートに帰った。遊園地を満喫した後の高揚を噛み締めながらの帰宅である。
すると、隣の玄関先で見知った顔を見かけた。
「あら幸果ちゃん、こんばんは」
「あっ、どうもこんばんは」
赤池の奥さんだ。ちょうど部屋の鍵を鍵穴にさして入ろうとしていたところらしい。
手に下げたパンパンに膨れ上がったビニール袋から察するに、おそらく買い物帰りなんだろう。
「あら、その子は?」
奥さんが幸果の隣に立つポメッコに目を向けた。そうか、赤池さんはポメッコと会うのは初めてか。
「あぁ、この子は——」
「はじめまして! 僕はポメッコ! ポナペティア王国からやって来た王子だよ!」
ポメッコが胸を張りながら、声高々に自己紹介。あれだけ遊んだ後なのに、本当に元気だねぇ。
「あははっ、そういう遊びの設定なんですよ。私今、親戚の子を預かってまして。最近は二人で暮らしているんです」
「あら、そうだったのね。最近部屋が騒がしいからお友達かと思ってたけど、親戚の子だったのねぇ」
あちゃー、やっぱり聞こえてましたか。
うちのアパートは壁が薄いからなぁ。そんな気はしていたけど。なんかすいません。
「す、すみません。うるさくしてしまって……」
「あらいいのよ。このくらいの歳の男の子は元気があってなんぼなんだから」
「お気遣いありがとうございます……。以後気をつけますね」
なんていい人なんだろう。でも、その優しさに罪悪感で心が痛くなった。
今度からはポメッコに、部屋に防壁魔法でも張ってもらおうかな。そうすれば、少しは防音になるでしょ。
「あっ、そうだわ。ちょっと待っててね」
そう言うと、赤根さんは部屋に入って何かを持って来てくれた。両手には大きな鍋が握られている。
「さっき晩御飯に作ったんだけど、ちょっと作りすぎちゃったの。良かったら二人でいただいてくれないかしら」
「え、いやいや! そんなの悪いですよ」
鍋いっぱいに入れられたシチュー。たしかに奥さんと旦那さんの分を一回二回掬った跡があるけど、それでもかなりの量だ。
こんな上等な食料をもらうのは気が引ける。
幸果の性格も手伝い、これにはいつも通り遠慮した。
「え、いいの? やった、お婆ちゃんありがとう!」
その他方で、遠慮なしにそれを受け取ったのがポメッコだ。
嬉しそうに満面の笑みで鍋をもらい、頭の上に乗せて器用にバランスをとって見せた。サーカスかよ……。
「ちょっと勝手に……!」
「いいのよ幸果ちゃん。育ち盛りなんだから、その子のためにも受け取ってちょうだい」
「えーっと……その……」
さすがにこうなると、強引に拒むのは憚れる。それは逆に失礼すぎるもの。
「……はい、ではお言葉に甘えて。ありがとうございます」
幸果は素直に頭を下げて、しぶしぶ受け入れた。あとで何かお返ししないとなぁ、なんて考えながら。
そのまま赤池さんと別れ、幸果とポメッコは自室に戻った。部屋に入るなり、ポメッコは貰った鍋を振り回して大はしゃぎ。
「わーい、今日はシチューだー!」
「……あのさ、何でもかんでも人に物もらっちゃダメだよ? 中にはその恩義を利用して、後に何か要求してくる悪い人だっているんだから」
まさにその通りである。獅子神に借金をしていた時もそうだ。返済日を少し待ってほしいと頼むと、最初はすんなりと承諾してくれた。
でも後になって、法外な利子を突きつけられたのだ。それはもう恐ろしい額を。
「そんなほいほい人を信じちゃうと、いつか怖ーい人に捕まっちゃうかもよぉ?」
「魔法使えるし大丈夫だよ」
「……マジレスしないでよ」
若くして過酷な日々を送ってきたからかな。そういうトラウマも相待って、いつしか幸果の中で人の優しさを疑う癖が身についてしまった。
父にしても獅子神にせよ、もう人に騙されるのはごめんだ。
「幸果ちゃんはなんでも人を悪く疑いすぎなんだよ。騙そうなんてしてないって」
やれやれと言わんばかりに、ため息をつくポメッコ。
そんなことはわかってるよ。自分が悪い方向に考え過ぎなんだって、ちゃんとわかってる。
でも、人の優しさに甘えて、騙されて痛い目を見るくらいなら、最初から施しなんて受けないほうがいい。自分は一人でも充分やっていけるんだから。
劣悪な環境下で育った幸果には、そんな捻くれた考えが定着してしまっていた。
「……わ、わかってるよ。ほら、早くシチュー食べるよ」
「はーい!」
ポメッコの火魔法でコンロを灯し、鍋に入ったシチューを温める。おかげで光熱費を節約できて万々歳。
いい具合に温まったのなら、床に腰を下ろして、二人で各々お皿にシチューを盛って食べた。
「……毒とか入ってないよね」
などと、自分でも嫌になるほど不躾に疑う幸果。
でも、気にせず美味しそうに食べるポメッコを見て、自分も素直にスプーンを口に運んだ。
まあ何かあっても、最悪ポメッコの回復魔法でどうにかなるでしょ。というスタンスでいく。
なんてったって、うちの同居人は異世界の王子なんだから。
そうして食事を終えたのなら、お次は入浴タイムだ。
「さっ、早く入ってリフレッシュしよっと……」
普段と打って変わって、今日はめちゃめちゃ体を動かした。もう身体中汗ダラダラだよ。
下着なんかも、汗がびっしょり染み付いている。そのため、肌にねっちゃりと密着して気持ちが悪い。
さっさとシャワーでこの絡みついた不快感を洗い流したいよ。
「ほくもはあくおふほにはえりはい(僕も早くお風呂に入りたい)!」
洗面脱衣所で服を脱いでいた傍、ポメッコが洗面所で歯磨きをしていた。
「……歯磨きするの早いね。てか、歯磨きしながら喋るな」
「はっへ、たべははとははひはきしはいとふちのはかひもひわるひはん(だって、食べた後は歯磨きしないと口の中気持ち悪いじゃん)!」
「いやわからんわからん。何言ってか全然わからん!」
たぶん、食後は早く歯を磨かないと気持ちが悪いタイプなのかも。いるよねそういう人。
ポメッコの場合は王族だからなぁ。いや、それは別に関係ないか。
「というか、たまには一緒に入る? お風呂」
淡々と服を脱ぎながら、気軽な気持ちで提案した幸果。
でもポメッコは、体をびくつかせて慌てたようにそれを拒んだ。
「い、いやいい! 一人で入るから! 一人で入りたいの!」
「……そう? まあなんでもいいんだけど」
普段の甘えん坊ムーブとは打って変わり、意外にも頑なに遠慮するポメッコ。
何をそんなに照れてんだこの子は。普段はあんなに抱きついてくるくせに、よくわからないやつだ。
個人的には一緒に入った方が水道代を節約できるから有難いんだけどなぁ。
「じゃあ、私先に入るからね」
服を脱ぎ終え、さっさとシャワー室に入る。
ポメッコの魔法があるとはいえ、流石にお風呂の水まで魔法に頼っていると効率が悪い。そのため、普段の入浴時は普通にシャワーを使っている。
いくら節約のためとはいえ、入浴の時間までねちねち魔法を使うのはストレスだから。
あらかたお風呂も済ませ、その後は各々作業に移った。幸果は小説の執筆。ポメッコは動画配信。これももはや日常と化した光景である。
幸果は自身のページを開き、カタカタとキーボードを叩いて書いていく。
相変わらず本日も『キラキラレディ』が熱烈なコメントを残してくれていた。『今回は主人公のアシュリーちゃんの神回でしたわね! 竜族の兵たちに襲われかけたアシュリーちゃんを助けに来たリューク様メロすぎです! リューク様の定期的な供給ありがとうございます! 今日も私は生きていけますわ!』といったような内容が、この後の文にもつらつらと綴られていた。
その熱烈すぎる文量に、少し恐怖を感じてしまうほどだ。
まあ、嬉しいことには変わりないけどね。
そんなこんなで、ひとまずその日は終えられた。




