16話 嫉妬と下心
「ちょっと水で洗ってくる」
そう言って幸果は席を立ち、近くのトイレへ駆け込んだ。
「「…………」」
そうなると必然的に、その場には男二人だけが残される。
しかも初対面。
王塚魔人は、少し気まずそうに頭をかいていた。
「お兄ちゃん、ここ座んなよ。空いてるよ!」
「お、おう」
ポメッコに促されるまま、ベンチへ腰を下ろす。
初対面でも物怖じせず接するのは、人見知りをしないポメッコらしい振る舞いだ。
「花守と二人暮らしか……。お前、太郎だっけ? いつから一緒に住んでんの?」
「一か月くらい前! 幸果ちゃんが拾ってくれたの!」
「拾った? ……まあいいや。ていうか一か月って、結構前じゃねぇか」
自分の知らない間に、そんなことになっていたなんて。
一人暮らしにも驚いたけど、その上子どもの面倒まで見ているとは。
あいつも大変なんだな、と幸果に同情の念を抱く。
「ふふーん、羨ましいでしょぉ?」
「べ、別に? ガキに嫉妬するほど子どもじゃねぇんだわ」
「またまたー。強がっちゃってぃ」
なんて憎たらしいガキなんだ。煽るようなニヤニヤ顔が腹立たしい。
……ああ、羨ましいとも。好きな女子と一つ屋根の下なんて、男の夢だろ。
何度妄想したかもわからない。
こっちは中学の入学式から好きだったっていうのに。
それなのに、ぽっと出のチビが同棲だなんて。いったい何の冗談だ。
「お前、花守に迷惑かけてねぇだろうな? ちゃんと自分のことは自分でやらなきゃダメだぞ」
「……かけてないもーん」
「なんだ今の間は」
不安だ。ものすごく不安だ。絶対何かやらかしてるだろ、こいつ。
今度家事でも手伝いに行ってやろうかな。
あとでこのガキからそれとなく住所を聞き出そう。
「お兄ちゃん、幸果ちゃんのこと好きでしょ?」
「……は?」
あまりにも不意打ちな質問に、心臓が跳ねた。
「は、はぁ!? ば、馬鹿野郎! んなわけねぇだろ!」
「またまたー。強がっちゃってぃ。バレバレだーい!」
「このガキ……。それ絶対花守に言うなよ!?」
「どうしよっかなぁ」
「あのなぁ、あんま大人舐めんなよ?」
「僕ね僕ね! この前、幸果ちゃんの手作り料理食べたの!」
「話を聞けよ!」
悪戯っぽく笑ってそっぽを向くちびすけ。
なんて生意気なガキンチョだ。親の顔が見てみたい。
いやでも、このまま揶揄われ続けるのはごめんだ。
どうにかして話題を変えないと。
「……そういえば、さっき言ってた異世界から来たって話――」
「この前なんて一緒にお風呂入ったんだから!」
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
頭の中が真っ白になった。
い、今なんて言った? 一緒にお風呂!?
それは……絶対ダメだろ!
「ちょっと待て! それはさすがにダメだ! お前、何考えてんだ!」
「えー、なんでダメなのぉ?」
王塚魔人の頭は完全に沸騰していた。顔はリンゴのように真っ赤っか。
他方、ポメッコには何をそんなに怒っているのかさっぱりわからない。
シャワーの使い方を教えてもらっただけなんだけどなぁ。
「このエロガキが! 花守になんてことさせてんだ!」
ついに大人気なくキレ散らかし、ポメッコの肩を強く揺さぶる。
しかし、しばらくしてふと動きを止めた。
何かを思いついたように、じっとポメッコの顔を見つめる。
「……ちなみに、どんな体つきだった?」
下心全開である。
「あいつ、服の上からだと胸小さく見えるじゃん? でも脱いだら意外とあるタイプだったりすんの?」
「いや、そんなこと言われても……ん?」
「おいどうした!? 早く答えてくれよ!」
再び肩を勢いよく揺さぶる。
すると、さっきまで余裕そうだったポメッコが、急に顔をしかめた。
「ワーん! このおニイちゃん怖イよー! 助ケテー!」
わかりやすい嘘泣きだった。しかも棒読みである。
「はぁ!? なんだよ急に! 嘘泣きはやめ――」
「王塚ぁぁぁぁー!」
まさにグッドタイミング。
ポメッコの視線の先には、血相を変えてこちらへ駆けてくる幸果の姿が。
どうやら彼女の姿にいち早く気づいていたらしい。
「は、花守!?」
そして、最悪のタイミングでもあった。
幸果の目には、王塚がポメッコの肩を押さえつけている場面だけが映っていたのだから。
「ち、違うんだ花守! これにはいろいろ事情があって――」
弁明を聞くより早く、幸果はポメッコを抱き寄せて、王塚から引き離した。
「何やってんの王塚君! 確かに生意気だけど、こんな小さい子をいじめるなんてありえない!」
「エーン、幸果ちゃぁん! 怖かっタよー!」
「大丈夫? 痛いところない?」
こんなに泣いて可哀想に。さぞ怖い思いをしたのだろう。
いつもなら絶対しないけど、今だけは優しくポメッコの頭を撫でてやった。
「ち、違うんだよ花守! これには深いわけがあって!」
「あぁん?」
幸果はストーカーを見るような目で王塚を睨みつける。
「……そのツラ、二度と見せんなよ?」
「ひいぃぃっ!」
王塚は悲鳴を上げ、顔を真っ青にした。
「さ、あんなやつ放っといて、次のアトラクション行こ」
「うん!」
そうして、二人は手をつなぎながら去っていく。
その場に取り残された王塚魔人は、もはや見る影もなく燃え尽きていた。
膝から崩れ落ち、全身真っ白になっている。
そんな哀れな彼へポメッコは振り返り、挑発するような憎たらしい笑みを浮かべた。
「魔人ー、まだか――って、おい! どうした魔人!?」
心配して戻ってきた同級生たちの声も、もはや王塚には届かない。
好きな女の子に「二度と顔を見せるな」と言われてしまった。
――もう、この世の終わりだ。
「どうした、しっかりしろ魔人! 魔人ぉぉー!」




