14話 観覧車
コーヒーカップを無事に乗り切ったあとも、二人は園内をあちこち歩き回った。メリーゴーランドにゴーカート。途中にショーにも立ち寄って、気づけば思っていた以上にたくさんのアトラクションを制覇していた。
思っていたよりたくさん回れたんじゃないかな。気づけば幸果も、乗り物酔いに耐性がついていた。今はそこそこ気分も良好だ。
その分、遊び疲れてくたくただけど。
「わぁ……さっきのジェットコースターってあんなに小さかったんだねぇ」
目下には園内の広い敷地内。その片端には、さっき自分たちが乗ったジェットコースターがあった。たしかに、あれほど迫力のあったジェットコースターも、観覧車から見るとなんかちっこく見える。
近くで見るとあれだけ大きかったのに、なんだか不思議な感覚だ。
「そうだねぇ。なんか潰せそう」
「幸果ちゃんこわーい」
目につくものを片っ端から乗り続けて、そろそろ疲れてしまった。幸果の提案により、今は休憩がてら観覧車に乗っている。まあ、ちびすけはまだまだ元気そうだけど。
「ねぇねぇ、幸果ちゃんも見てよ! 人がゴミのようだよ!」
「そんな言葉どこで覚えたの……」
でも、たしかにいい景色だ。人がゴミ……とまでは思わないけど、豆粒みたいだ。
普段は存在感がありすぎる人間も、こうして上から見下ろすだけで、潰せそうに錯覚してしまうのだから、なんだか可笑しくなってくる。
嫌な職場の先輩や日頃から抱いている悩みも、案外大したものじゃないのかもと思えた。
「……ポメッコってさ、王国の王子なんだよね?」
「ん? ほうだお(そうだよ)?」
ポメッコが窓に顔を押し付けながら返事をする。汚いなぁとは思いつつも、かまわず話を続けた。
「……今まで、生まれてきて後悔したことってある?」
「……どうしたのさ。園内の人混みで病んじゃった? 中二病ってやつ?」
「ちげぇよ」
こちらを振り向くなり、ケラケラと笑いながらおちょくってくるちびすけ。この子、最近語彙力上がってきたな。
夜中にパソコンでカチカチと勉強をしているから、その賜物かな。このチビ、意外と勉強熱心なんだよ。
「うーん。生まれてきたことに後悔ねぇ……」
「…………」
「うーん……」
「…………」
「うん、ないね!」
「ないんかい」
あんだけ引っ張ったのに。
「そりぁ、毎日お仕事ばっかで嫌だなぁとは思ってたよ? 普通のお家に生まれてたら、もっと自由で愉快な生活ができてたのかなぁって、考える日もあったさ」
そう言いながら、ポメッコは向かいの席へぴょんと飛び移る。
跳ねた振動で、ゴンドラが軽く揺れた。とりあえず、近くの手すりを軽く握っておく。落下死とか、絶対嫌だ。
「でもねでもね、生まれたことに後悔とかはないよ? だってこの世に誕生しなかったら、こんなに楽しい思いできなかったもん! 幸果ちゃんとも出会えなかったしね!」
「……そっか」
まあ、それはそうかもしれない。楽しい思いができるだけでも、幸せなことだもんね。
「というか幸果ちゃん、さっきから元気ないよぉ? いつもならもっと、ぐわっ! ってくるのに。具合でも悪いの?」
ポメッコは、両手を上げて襲いかかるような素振りで言った。なんだその怪獣みたいな表現は。女の子に向かって失礼な。
「ううん、なんでもない。というか、キミは歳の割に考えが達観しているね」
「そう? まあ、これでも国の王子だからねぃ! そんじょそこらのキッズとは潜り抜けてきた修羅場が違うのさ!」
前髪をさらっとかきあげながらの物言いだ。なんか、ちょっとイラっとした。
逐一見せてくるそのませた動作はいったいなんなのか。毎回鼻につくんですけど。
「修羅場て……。まあでも、なんか説得力あるね」
「そう言う幸果ちゃんは、何でそんなこと聞いてきたの? 何かに浸りたい気分なの? たしかにネットでも、幸果ちゃんくらいの歳の子は妙に黄昏だす習性があるって書いてたなぁ。僕にはまだわかんないけどねぃ」
何を調べてんだこいつは。
「……私は——」
「ん?」
「いや、やっぱ何でもない。……忘れて」
「えぇーずるい! 言いかけて途中でやめるのはひどいよ!」
「ごめんごめん、本当に大したことじゃないから」
生まれてきて後悔——。なんてことは、意外と今まで思ったことがなかった。
借金まみれでバイト三昧、高校をやめて青春を捨てた人生。はっきり言って最悪だ。絶望だ。
でも、世の中には生きたくても生きられない人、生まれた時から病気を持ってる人、自分なんかよりよっぽど辛い人生を歩んでいる人たちだっている。
そう思えば、健康に生きられている自分はよほどマシじゃないかと、ポジティブにそう考えてきた。
「下に降りたら、ソフトクリームでも食べよっか。奢ってあげる」
「え、ほんとに!?」
「初デート記念、ってやつ?」
「は、初デート……!」
何のいいこともない灰色の人生でも、生きてればいつかいいことがある。いつか作家にでもなって、好きなことをしてお金をもらって、お金を貯めて、そのうち何不自由ないスローライフを送ればいい。そう思いながらがむしゃらに生きてきた。
でも、傍に誰もいない生活を送りながら、誰も信じてない夢に向かって一人で突っ走るのは、案外怖くて虚しいものだ。
「ぃやったーい! 幸果ちゃんとの初デートだーい!」
「跳ねるな跳ねるな! ちょ、マジやめて、落ちるから! ちょマジやめ、やめろぉ!」
そんなこと、ポメッコに話せるわけがない。だってダサいじゃん? こんなちびっこに、そんな痛い話をするなんてさ。
今はまあ、普通でいいんだよ。
普通にアイス食べて、この後も普通に遊園地を満喫して、普通にそこそこ楽しんで、普通に帰る。
きっとそれが、生きててよかった、に繋がると思うから。




