12話 すべては夏の暑さのせい
人生思いもよらないことが起きるとはよく言ったものだ。
まさか八歳児のガキンチョが、たった一カ月で数千円稼ぐとは。
「……エグいねこれ」
ポメッコが開設したミーチューブページ。それを眺めながら、幸果は手を震わせていた。
ポメッコチャンネル、登録者数千人。視聴者数一万人。広告収入額、五千円。
収入を得られる規定ラインを一ヶ月で超えたことにも驚きだが、まさか初っ端から五千円も叩き出すとは。
まあ、幸果の月の給料に比べれば屁でもない額だけれど。
「うーん……」
ただ、それはそれだ。実際にポメッコは有言実行して、宣言通りミーチューバーと名乗れるくらいになったのだ。
それに比べて、幸果の小説はあまり調子がよろしくない。いや、調子がよかった時なんてないのだけど。
最近は今までと比べて、PV数の伸びが芳しくないのだ。なんなら、以前よりも減ってきているくらいである。
「はーい! 今日は最近買った仮面レンジャーの変身バックをレビューするよー!」
幸果が執筆を進める傍らで、ミーチューバー様は昼間から元気いっぱいに動画撮影をしていた。
「これはねぇ、鞄のチャックを開けて変身するんだってー!」
何だその絵面が終わってそうな変身方法は。最近の子供向けコンテンツって、めちゃくちゃ踏み込みがすごいよね。
「あれ……? なんかチャックがつっかえて開けないよぉ」
いやダメだろ。何その致命的な変身アイテム。
「あーん、全然開かないよー!」
「…………」
「あっそうだ! ハサミで切っちゃえばいいんだ! これ素材が革でできてるし——」
「ちょっと待てクソ配信者!」
はさみを持ったポメッコの手を慌てて掴み、幸果は弾かれたように動画の撮影を停止させた。
「もう、せっかくいいところだったのにぃ!」
「あのねぇ! 商品をはさみで切り裂くってどういう神経してんの! そんなの動画に流したら炎上するに決まってるでしょ!」
「えぇー、だって開かないんだもーん」
「開かないんだもーん、じゃない!」
「もう! あれもダメこれもダメって! そんなに言われたらさすがの僕もはらわたが煮え繰り返る思いだよ!」
「そんな言葉どこで覚えたの!?」
やいのやいのと、珍しく言い争ってしまった。普段なら素直に頷くポメッコも、今日はなかなか引き下がらない。
「幸果ちゃんのバーカ! ブース! 鬼ばばあ!」
「てめぇ、女子に絶対言っちゃいけないこと言いやがったな!? このわがまま王子!」
「……なんか悪口がぬるいねぃ。小説家志望ならもっとボキャブラリーをさぁ——」
「うるさい、ガキンチョ!」
お互い、夏の暑さで気が滅入っているのかも。なんせ我が家には、昼間は扇風機もエアコンもつけないというルールがある。節約上、つけるのは夜の就寝時だけと決めているのだ。
「……はあ、もうわかったよぉ。それじゃあ——」
頭をかきながらため息をつくポメッコ。やっとわかってくれたか——
「気晴らしにデートでもしよう!」
「……急だなおい」
さっきの暑いレスバはどこへやら、急に和平を申し出てきたぞ。しかもこれまた、ませたような物言いだ。
「こんな暑い日にどこ行くってのさ……」
「僕、遊園地行きたい!」
「……遊園地」
なんとも感慨深い単語である。遊園地、行ったことないんだよなぁ。まあ、今までの生活を振り返れば当然なんだけどさ。
でも、だからだろうか。それゆえに妙に興味をそそられてしまう。
いや、だがしかしだ——
「でも、今の時期は混んでるだろうし……」
世間的に今は、ちょうど夏休みに突入したあたり。学生の身分を剥奪されて久しい自身の身の上を思えば、関係のないイベントではある。
けれど実際に今は、世の学生たちがちょうど学校という監獄から解き放たれ、本能のままに血を騒がせているシーズンなのだ。
そんな時期に、わざわざ人混みの場に馳せ参じるのは、どうしても二の足を踏んでしまう。絶対体力もたないって……。
「小説だって最近調子悪いんでしょ? 気分転換に外へ出たほうがいいと思うな!」
「それはそうだけどさ……」
たしかに、このままこの蒸し風呂サウナに引きこもっていても書けそうにない。外の方が幾分か涼しいだろうし、たまには外出するのもありかもしれない。
「あと、たまに幸果ちゃんの小説見るけどさ……」
「見るなよ……」
「PV数も減ってきてるし、最近ちょっと埋もれてきてるよね」
「…………」
なんか、急に辛辣なことを言うようになったな。いつもなら、これでもかというほどに肯定してくれるのに。
これも夏の暑さで頭が混乱しているせいなのかな。
「いや、でもさ! 最近熱心に読んでくれるファンができたんだよ? ほら!」
ページを開いたスマホ画面をポメッコに見せつけた。
ユーザーネーム『キラキラレディ』。最近作品を更新するたびにコメントをくれる人だ。『いつも楽しく読ませてもらっていますわ! 今日の話もリューク様の描写が最高すぎて——』などと、熱心に毎回応援のコメントをくれるのである。
というか、このお嬢様口調はキャラ作りなのかな? 失礼ながら、ちょっと鼻につく。
それはさておき、少なからずこの人の応援が最近の幸果のやる気に繋がっていた。
今まで大した成果もなかった幸果にとって、これは大変喜ばしいことだ。
「うーん……。それはすごいことだけど、それと執筆の調子の良し悪しは別問題だよ」
「そうだけど、熱心に読んでくれる人ができただけでも、ある種の成長だと思うし——」
「でもこのまま執筆がうまくいかないと、その人も離れていっちゃうかもよ?」
「っ……たしかに」
痛いところを刺してきたなぁ……。それは、この上ない正論だよ。
「そ、れ、に。ずぅっとお家に引きこもっていても体に悪いよ。たまには体を動かさないと」
「はい……」
あれ……? なんかいつの間にか立場逆転してない? さっきまではこっちが説教する側だったのに。気づけば正座をした自身が、ポメッコから正論をぶつけられているじゃないの。
吐き気がするほどの蒸し暑さに、頭がくらくらしてきた。上手く理性も保てなくなってきた。
たぶん、ポメッコもそうなのかも。
外から届けられる蝉の音が、頭痛がするくらいに鬱陶しい。
「……行こっか、遊園地」
「えっ、いいの!?」
とりあえず、早くこのサウナから脱出したい
……。マジで熱中症で死にそう……。
「やったー! 幸果ちゃんとデートだー!」
「はいはい、早く支度してね」
暑さを忘れるには、頭を動かすのが一番。さっさと遊園地へ行く準備をしよう。場所は近所のテーマパークでいいでしょ。
お金に多少余裕ができた昨今、遊園地に行くのにも、それほど渋ることは無くなった。
これもこのチビのおかげだと思えば、今日くらいこの子に付き合ってあげてもいいか。




