縁有る処に帰る心
*
オーゲルは皮膚を伝うヒリつく空気に
小さく身震いをした。恐怖ではなかった。
無意識にオーゲルは込み上げる衝動を抑えるために笑う。
久しく感じることのなかった緊張感を思い出させ
オーゲルに剣を振るわせた、のは ー
目の前の魔法使いだろう。
「どうした、女がいないとやる気も出ないか?」
言いながらも剣を振る。
剣が砕いた石壁の欠片と砂煙が辺りを覆う中
なんの躊躇も力加減もせずに振る剣は
オーゲルを饒舌にさせた。
「ふははっ逃げっぱなしじゃ
勝負がつかねえぞっ」
剣には何の手応えもないが、それが嬉しくてたまらない。
「(もっと逃げろ、もっと本気出せ。)」
脳筋、テンションぶち上げ過ぎ。
「はぁ・・・ゴリラかよ。
な〜んで、俺様のような天才が
オメーみてーな脳筋ゴリラを
相手にしなきゃなんねーんだ・・・」
トゥリウスはローブをひらり、と翻しては
オーゲルの剣をかわしていた。
自称天才、テンションダダ下がり。
オーゲルの剣は遅いわけでも軽いわけでもない。
振りおろす重い一撃は
容赦なくトゥリウスの影を捉えていたが
その度にトゥリウスは、影を剣に残したまま
妙なことにすり抜けていた。
「(なんて野朗だ)」
オーゲルはその動きに舌を巻く。
「(自称天才ってのは飾りじゃねえってか。
この動きは魔法だけじゃねえ。・・・へへ
おもしれえ野郎だ。
こりゃちょっと本気出さねえと
埒があかねえわな)」
剣を振るうほどにオーゲルの動きは良くなっていく。
ちょっとの油断だ。
オーゲルの一撃がトゥリウスの前髪をかすった。
「ぉわっっっぶねーーっ!!
殺す気かよ!!」
脳筋、殺す気マン。
「殺されたくなきゃ本気で来い、魔女の弟子だろ?
それともここで死んでエフェラルを安心させるか?」
かすった前髪はオーゲルの剣によっていくらか落ちた。
オーゲルはなおも剣を振る。
「あれは不可抗力だっっつうの!!!」
トゥリウスはオーゲルの剣の隙の無さに辟易していた。
正直言えば自分の黒剣を振る余裕はない。
逃げの一手でオーゲルは斬り伏せる。
「(っチッ、ダセェな、俺)」
次はどうするか、なんてことを考えつつも口は動く。
隙を狙う、ー つもりだ。
「それに俺が死のうが生きようが
エフェラルは興味ねえよ。
あいつが興味あんのは魔女だけだ。
弟子候補に上がってたのになれなくて
歯茎から血が出るほど噛み締めてんだろな。
ざまあねえよ、三大魔法公の名前が泣くね。
俺は不可抗力だったけど天才だから
弟子になれたしな。
クソがつくほど変態のエフェラルは
大方、この100年間夜も眠れず
魔女の捕まえ方をイメトレしてたんじゃねえか?
人のことを気にする余裕があんなら ー」
オーゲルの振り抜く剣にしゃがみ込み
トゥリウスの影は、オーゲルの懐に入った。
「自分が猫しか相手してくんねーことを気にしろ。
あとオメーんちのバカ猫が節操ねえのも
気にしろ。」
オーゲルの眉がピクリ、と反応した。
「おい、猫の話を出すな。
バカ猫じゃねえ。」
おやおやおや〜?悪口かな〜?
なんかあるね。猫を介してこの二人、なんかあるね。
それより問題発言の撤回を求めたい。
人んちの猫、バカ猫っていうなよ。
バカって言う人がバカなんですぅ〜。
「あん?バカ猫じゃねーか。
その猫ですら、他所で子供こさえてるっつーのに
お前ときたら俺がいねえ間も一人かよ。
女の口説き方も知らねえんだろ。
あー、かわいそっ」
トゥリウスは自分のことは棚に上げっぱなしで
オーゲルに女性の口説き方を知らないとか言う。
お前が言うなよ、お前が。
トゥリウスよ、お前の発言は
ブーメランとなり
お前の心をえぐることがわからんのか?!
「ほお、万年発情期のお前が言うのか。
万年自家発電の お ま え が。」
ほら、脳筋だって
額に青筋立てて怒っちゃう。
そりゃ確かにトゥリウスは万年発情期だけど
なんでオーゲルん家の猫の事情を知ってんのさ。
・・・絶対なんかあるよ、この二人。
ほんの、チリ、とした埃が二人の空気に混じる。
「そこまでだ。」
影に剣を貫いたオーゲルは
あらわれた懐かしきその姿に
「ーっ」
全身の力が抜けた。
「まじか」
剣の上に乗ったトゥリウスは
その変わらぬ笑顔に
「まじか・・・」
顔をひきつらせ、二度同じことを言う。
「久しいな、二人とも」
「あ、アイスクラピウス、
どこにいたんだ、お前。」
オーゲルはその場に膝をついて座り込んでしまう。
握っていた剣は力なく手からすり抜けて床に落ちた。
肩を落とし、両腕ともうなだれた。
「魔女の家にいた。」
「魔女の家?」
アイスクラピウスは落ちた剣を拾い
剣身の刃に指を沿わせた。
トゥリウスは額に滲んだ汗を手の甲で拭いながら
「そういうことか・・・」
一人納得し、そのまま髪をかき上げた。
かき上げた髪が額をあらわにすれば傷痕が残っていた。
アイスクラピウスは、トゥリウスの額をちら、と見たが
目が合うと静かに微笑んだ。
「その様子だと
十分な休養を取れたようだな、トゥリウス」
「・・・まあ、ぼちぼち・・・」
「結構。ではオーゲル。」
オーゲルに目を向けた。
「オーゲル、・・・どうした」
アイスクラピウスはオーゲルの前に立つ。
「お、俺はお前をずっと探してた。
魔女にだって聞いて ー
それこそっあの日からだ、あの、
あの戦いでお前が“消失”してからっ
ー お前はこの世界から消えたのだと
この世界から、」
言いたいことがあるのに
うまく言えないでいるオーゲルに
「オーゲル。」
アイスクラピウスは笑顔のまま発言を制止した。
オーゲルに向ける眼差しは静かで
形の良い薄い唇が、そっと開いた。
「老けたな、オーゲル」
お、おう・・・。
「?!なっっ」
本日トゥリウスに続き、”老けたな”発言。
ていうか、百年ぶりぐらいなのに
開口一番言うこと、それ?
別場所で若干十七歳の片腕勇者も
老け顔って言われてることを思うと
シンクロ感は否めない。
「っっブフッッ!!!」
トゥリウスは吹き出した。
「アイスクラピウス!!
お前、んなこと言いにわざわざ来たのか!」
オーゲルは片膝に手を立て、立ち上がる。
おこだよ、脳筋。
頭をぐしゃぐしゃ、とかき混ぜるようにして
息を吐いた。
「いいや、オーゲル。
お前を治しに来たのだ、俺は。」
アイスクラピウスはオーゲルに剣を手渡す。
手渡された剣を鞘に戻しながらも
「〜〜〜っっ!良い加減にしろ。
俺のどこが」
アイスクラピウスはオーゲルの頬に手を当てた。
やだ、それ、何の展開?
おっと、薄い本にしようとか思わないように。
諸君、冷静になれ。
おっぱいは少しも出てないぞ。
「お前は相変わらずまっすぐだ。
こっちが不安になってしまう。
眠れているのか?・・・
どれ、見せてみろ。・・・
怒り、悲しみ、憎しみに恐れか・・・
・・・強い失望・・・
お前はずっと
そんな感情に埋もれていたのか。
もう、いい。
もう、終わりだ、オーゲル」
「終わりだとっ?都合のいいことを言うなっ
誰がこの責任を取るっていうんだ。
俺はずっとここでお前たちのいないこの国でっ」
オーゲルはアイスクラピウスの手を払いのけ
睨みつける。
「待て待て待て」
トゥリウスが二人の間に立つ。
「ちょっと待て、オーゲル。」
オーゲルはアイスクラピウスを睨んだまま言う。
「お前もお前だ、トゥリウス。
生きてる連絡ぐらい入れるのが義理だ。」
トゥリウスは天を仰ぎ息を吐くと
顔を戻した。
「いいか、脳筋。
バカなオメーに分かりやすく教えてやるから
まずは落ち着け。」
「・・・フンヌーっっ」
鼻息だけで答えるオーゲルに
トゥリウスは説明を始めた。
「まず色々タイミング良すぎだろ。
考えてみろ。
俺は自分の意思で王国に戻ったんじゃない。
知らねえ土地に飛ばされ百年放置されて今日、
魔女の転移魔法で飛ばされた。
そして、勇者があらわれ
魔女がこの王国に百年ぶりに戻ってきた。
タイミングよくだ。そんで奇跡にも
さらにタイミングよく
医術神も戻ってきたときたもんだ。
ここまでくりゃ、タイミングの話じゃねえだろ。」
「ー・・・だが」
「わかんねえフリはもうやめろよ、英雄!!!
このドノヴァッテン魔法王国に伝わる
結界と五枚の護符の役目を知らねえとは
言わせねえぞ!!
お前はその守護者だろうがッッッ」
トゥリウスが言うと同時に
「!!」
アイスクラピウスの指先が
オーゲルを捕らえるのはほぼ、同時だった。
「?!なっ何っ」
「ー、ふむ。
トゥリウスは魔女の弟子だったな。
・・・護符は残り二枚だ。」
アイスクラピウスの手は、直接オーゲルには触れられてはいないが
オーゲルの首は何かに縛られ
両手も両足も縛られているみたいに動かせなかった。
目を細めると、なんというか
触手的なウニョウニョがオーゲルを捕らえている。
ウニョまみれの脳筋、薄い本になるか?
「離せっアイスクラピウス!!
俺は健康だっっっ」
わめく脳筋見てトゥリウスは
さっきまで戦ってた(戯れあってた、とも言うが)のに
なんだか一気に同情めいた気持ちになった。
「(うわ・・・なんだよ、あのウネウネ。
相変わらず容赦がねえよ、こいつ・・・)」
触手に捕まると、何をどうしようとも
無抵抗にクソまずい茶を飲ませられるのは有名な話だった。
アイスクラピウスは微笑み、目線だけトゥリウスを見て
首を傾げた。
「何か質問かな?ー トゥリウス。」
「あー、んー・・・、魔女の家はどうだった」
「改築前の居心地は良くなかったが
睡眠不足だったからな。
静かに眠らせてもらっていた。
あぁ、今は至極居心地のいい場所だよ」
「?改築?」
「ふふ・・・かくれんぼのおかげさ。」
「かくれんぼ?」
頭の上にハテナマークが出てるトゥリウスに微笑みつつ
アイスクラピウスはオーゲルの背に回り
肩から手を当て、腰まで撫でるように動かした。
や〜だ〜、やらし〜。
手つきがもうそれじゃん。
「ん゛ぁっっ」
ほら〜、やっぱり〜。
「ゔっっ」
え、なんか出た?
オーゲルは苦悶の表情を浮かべ
「んはぁっっ」
時折聞いてはいけないような声をあげる。
脳筋、薄い本になっちゃうの?
あれ、なんかすんごい恍惚とした顔してない?
え?体の内側からスッキリした?
あ、そう。・・・ふ〜ん。へ〜。
「よし、次だ。
オーゲル、口を開けろ。」
「やっやだっっ!やめろっ」
「子供みたいなことを言うな、すぐ終わる。」
「そっそれ、な、な」
「(俺の茶を)飲み干せ。
飲んだら(確認するから)
口を開けて舌を出せ。
一滴も残さず味わって飲めよ。」
諸君、茶だぞ。茶を飲ませただけだぞ。
アイスクラピウスがトゥリウスに向いた。
「次はお前な」
トゥリウスが気づく前には
すでに足首は触手がガッチリキャッチ。
逃げ道はない。
*
男の苦しげな声をBGMに
トゥリウスはすぐさま一点を見つめ、地面に手を置いた。
ただ見つめていただけではなかった。
足首辺りを握るウネウネはあえて見ない。
トゥリウスは魔女を探し始めている。
「・・・師匠はどこだ。
まだ北塔か?はぁ?!
なんだ、?!なんだありゃぁ??
あ?!よく見えねえ
くそっ!エフェラルのやろう!!」
“阻害”によって全部は見ることができなかった。
だが、その場面 ー
ちょうど魔女がエフェラルに組み敷かれている状況を見たらしい。
金的蹴り上げられる瞬間だったらまた
状況は変わっていただろう。
アイスクラピウスは、オーゲルの口に
何やら筒のようなものを突っ込んだまま笑顔で振り返った。
あれ?脳筋、息してる?
なんか筒、デカくね?
「ラースたちが先ほど向かった。時期間に合う」
「アイスクラピウス!それよりっあれは
あれは何だっ!“核”は魔女だがあの魔女じゃねえ!
あれは誰だ!知ってるんだろう!?」
トゥリウスは明らかに焦った顔をしているが
アイスクラピウスはその表情を見て嬉しそうに笑う。
「ふふ、ーあぁ、あの魔女は我らの知る魔女じゃないな。
転生してきたらしい。
元の魔女も、まぁ、時々現れるがそれも時間の問題だ。」
「な、何だって ー、じゃああれは
師匠じゃねえのかよ・・・」
「いや・・・魔女は魔女さ。
お前の師匠だ。」
ぬぽん。
アイスクラピウスは筒状のものを
オーゲルの口から抜いた。
それと同時にオーゲルは体を地面に勢いよく倒れた。
アイスクラピウスはゆっくりとトゥリウスに向かって歩き出した。
「さあて、トゥリウス・・・。」
「ひ、あ、あのっ俺は、」
トゥリウスは身構えながらも、アイスクラピウスを見ている。
アイスクラピウスはトゥリウスの額に触れた。
触れた指先のあたたかさにトゥリウスは目を閉じていた。
アイスクラピウスの声が聞こえる。
喋ってる声じゃなかった。
直接脳内に話しかけてくるアレだ。
『いいか、“とき”は動き出した。
“影の混沌”を封印できたあのときとは違う。
ときは3度、めぐったんだ。ー。
今、護符は二枚残すのみ。
それはつまり
シーガピオンの封も同時に破られることを意味する。
結界の意味はもうないだろう。
火鑽女の力はもう効いていないのだ。
ーつまり』
「やめろ ー、」
オーゲルの低い声だ。
脳内に聞こえていたのはトゥリウスだけじゃなかった。
アイスクラピウスはやや呆れたような表情になりつつも
小さなため息をついた。
「これを見ろ」
アイスクラピウスの手のひらの上に、炎が上がる。
その炎は握り締めれば消えてしまいそうな、かぼそい炎。
次にアイスクラピウスは微笑み、手のひらの炎は強い炎になった。
「!?っ」
「どうやらあの転生してきた魔女は
我らの“呪い”も解こうとしているらしくてな。
たいしたものだ。
さぁ、健康診断は終わりだ、オーゲル。
肉の食い過ぎだ、野菜を食え。」
「アイスクラピウス!!
お前、力が戻ったのか?!」
オーゲルの言葉に黙って頷き、目はトゥリウスをみる。
「魔法使いトゥリウス。
魔女がお前を助けたのは偶然じゃない。
必然だ。
かわいいお前を守ってくれた恩義を返せ。」
アイスクラピウスはオーゲルのそばにしゃがんだ。
「オーゲル。
あの片腕の勇者は
まだ独り立ちには程遠い。
お前はあの勇者を導かねばならない。
何よりあの鎌を持ってるんだ。」
オーゲルは立ち上がった。
アイスクラピウスも立ち上がり
腰に手を当て、笑顔だが ー
「お前ら。
弟子たちがピンチだぞ。
猫の話で揉めてる場合じゃないだろう。」
「!っ」
二人は顔を合わせてしまった。
事実・・・猫の話と
独身であることを暴露して
なんか余計に寂しくなっただけだった上に
オーゲルなんて恥ずかしい声まで出して
すんごい気持ちよくなっちゃった顔を
トゥリウスに見られてドン引きされちゃった。
「アイスクラピウス、あの魔女は
俺らの知ってる魔女じゃない。」
オーゲルはまだ懐疑的だ。
「いや、あの魔女じゃないが
魔女であるに違いない。
遠い次元を超え、繰り返しの転生をしてきたのだ。
彼女は本物の魔女だ。
記憶もいずれ戻る。」
「それは、ー」
アイスクラピウスが柏手を打つ。
「時間がない、ー さっさと行け。
私はまだやらねばならないことがあるから
失礼するよ。」
アイスクラピウスは彼らを背に、研究棟地下への階段を降り始めた。
オーゲルとトゥリウスは動き出す。
「おい」
トゥリウスが転送魔法を展開し始めながら
オーゲルに向かって何かを投げてきた。
顔面に向かってきた何かをオーゲルは片手で握る。
「!おいっ?」
「今回だけ特別サービスだ。
星見塔まで連れてってやる。」
オーゲルは握った手のひらの中を確認した。
「これは ー」
「オメーは核がねえだろ、英雄のくせに」
「なんでまだこんなもん持ってたんだ」
オーゲルの口元はかすかに笑っていた。
「あぁ?あたりめぇだろ。
俺は北塔の主なんだから」
トゥリウスの魔法陣は空へ向かって広がり始めた。
しばし、2人の男は無言になった。
口火を切ったのはオーゲルだ。
「ライラ(メス猫)とモルラ(子猫)は」
トゥリウスは鼻っ柱を軽く掻き
「元気だ。シーラ(オス猫)は」
素っ気なく答えつつ、オーゲルに聞く。
「問題ない。」
オーゲルもまた素っ気ない。
「そうか」
トゥリウスの咳払いがひとつ。
「ごほんっあ、あのー・・・なんだ、その
時々は、子猫を見にきてもいい」
「そうか」
オーゲルはそっぽ向いたまま
眉を下げて笑った。
*
シーラ情報:オーゲルの飼い猫のオス。
猫界隈ではイケ猫。
ライラ情報:トゥリウスの飼い猫のメス。
猫界隈では清楚猫。
シーラとの間に子猫発生。
名をモルラという。
オーゲル情報:まさかうちの猫が、という気持ちがある。
だがうちの猫なら、という自信もある。
トゥリウス情報:うちの猫を孕ませた野朗猫を
とっ捕まえたら
オーゲルんちの猫だった。
でも生まれてきた子猫みたら
もう全部許した。
アイスクラピウス情報:猫で喧嘩した二人を
仲裁したのは私だ。
モルラ情報:にゃ〜ん




