星見の人喰い①
*
『魔女はん、ちょいとごめんやで』
「?、あ」
ポスン。
魔女の頭に乗ったミケラは
アグリッパの位置を確認しはじめた。
『どれどれ・・・あらぁ〜
魔女はん、あかんわ。
兄やんマンイーター見送ったで』
「うん」
『あ、今ちょびっと動いたで、
ちょびっ〜とな、爪の先やで』
「うん」
『あ〜、無理や、諦めて頭かいとるわ』
「うん」
『今ケツ掻いたわ』
「ー、う、ん」
正確に、伝えている。
正直ケツ掻くまでの正確さは求めていない。
魔女と妖精ミケラは
アグリッパの一挙手一投足に
固唾を飲んで見守っていた。
現状、これが八度目の“固唾を飲む”だ。
マンイーターの見送りは
八度目に到達した。マジかよ。
つまり、
マンイーターは八度、往復したのだ。
マンイーターも生真面目ね。
疲れたら座ってもいいのよ。
「(た、タイミングが合わないだけ。
本人だって言ってたじゃん、
自分のタイミングで行かせろって。
バンジージャンプ飛ぶくらいの気持ちで
あそこにいるんだから・・・)」
魔女はアグリッパの動きを忍耐強く見守っていた。
だが
アグリッパ。
なかなか一歩が踏み出せない。
魔女にはその気持ちがすごくわかる。
彼は鈍臭いのではない、慎重なのだという共感は
魔女のアグリッパに対する評価である。
ー 今の所。
わかるんだけども ー。
「(見えないだけに
この空気だけを見る時間が辛い。
せめて見えたら・・・)」
何にも見えないところを見続けるのは
流石に緊張感が緩んでくるものだ。
「(・・・飽きたな〜。)」
いつのまにか
魔女は動きのあるマンイーターの方を見ていた。
「(マンイーターってよく見ると
人間みたいな体してんだな〜・・・。
顔は仮面かぶってるのかな。
・・・羽がコウモリっぽい。)」
こうしている間も、ラースもアルファイも
何か起きてないとは言えない。
焦ってはいないものの
マンイーターに向かうアグリッパが
不憫に思えた。
「(・・・あれが
怖くないはずないんだよね。
私がアクション起こした方が
マッシュ君、動きやすいかな・・・)」
時間にして30分が経過した。
アグリッパの位置は少しも変化してないー、
ように見えているが
ビッミョ〜に、さりげな〜く、
前へジリジリ、ジ〜リジリ移動していた。
焦ったいと
イライラしてはいけない。
世の中、焦らされるのがお好きな方も
いるじゃないか!!
どうだ〜ぃ?ここか〜?
ここが、ええのんか〜?っつって。
ゴホンっ、つ、つまり
諸君らは試されているのだ。
どうだ、ー イライラするだろう?
落ち着きたまえ。
勇気にも種類がある。
これは 地味で知られることのない勇気だ。
牛歩の如く、ではない、
アリのそれより遅いかもしれない。
アグリッパの歩みだ。
「(ここで焦ったら、だめだ。
ゆっくりでも良いから確実に行くんだ)」
走ったらどんなに早くすぐに済むか
アグリッパは分かっている。
だが
彼は、俊敏性よりも確実性を求めた。
マンイーターに自分が見えていないのは
ほぼ確実だった。
だが動けば、
そのわずかな空気の動きを察知する。
それがアグリッパの考えだった。
だから、マンイーターが
自分を通り過ぎてから
歩き出して風が起きても
ギリギリそれを感知しない距離、それを
アグリッパは観測しているのだ。
「(本当は今行けたけど、こ、怖い。
特にめ、目が合いそうで・・・)」
十往復目に差し掛かった。
ちょうど、アグリッパの真正面を
マンイーターはのっそりと
黒い翼をぎしりぎしり軋ませながら通り過ぎた。
回廊の地面に足の爪が引っ掻くような音がする。
歩くスピードと折り返しのタイミングにすら
リズムがあるように感じた。
アグリッパの心は今
最高潮に緊張と恐怖が入り混じっている。
「(いけっ、今だ、今っー!
っっ!あー、また無理だった)」
そんな状況を見かねてか
ミケラは魔女に頭上から声をかけた。
『なあなあ、魔女はん、
あんさん 兄やんのこと
信じとるんか?イライラせえへん?』
「ーん?イライラ?だってマッシュ君は
自分のタイミングで
動こうとしてるだけじゃん?」
『っー、にしたってほれ、アレ見てみい。
すこっしも動いとらんで?
イラッちになるやろ。』
魔女の視線は動くマンイーターから
(多分)アグリッパのいる場所に向かった。
(多分)まだ動いてない。
けど、魔女は怒っている風でも
焦っている風でも、 ない。
魔女は少しだけ微笑んだ。
「ならないよ?
だって、“行く”って言ったんだもん。
無理だって本人が帰ってくるまでは
きっとやろうとしてくれると思う。」
『・・・ふ〜ぅん・・・』
ミケラから返ってきた言葉は
“んなわけあるかい”と言わんばかりの
煽りを含んだものだった。
わざと試すようなことを言う。
『ほんなら、
朝まで待つっちゅーことかいな?
えらい気ぃの長いことですなぁ。』
“お前、阿呆とちゃうか?”
そんな意味を込めて。
だが魔女から返ってきたのは
意外にも肯定的なものだった。
「そうだよ。私は待つよ。
私はマッシュ君に頼んだんだもん。
だから、私はマッシュ君を信じるよ。」
ミケラの心は何かがグッと押し込まれたようだ。
『(魔女のくせに!)
な、いっ行かへんかも知らんよ?!
兄やん、逃げるかも知らんですやん。
もし行っても、
途中であのゴツいモンスターに
あっさりやられてまうかも知らへん。
ほ、ほんなら魔女はんっ
あんさんどないしますのん!』
契約主のことを悪くは言いたくないものの
情けないことにスラスラ言葉が出る自分が嫌だ。
言いながら、ムカついていた。
『(ーっくそっアホくさいのはワイや)』
「行かないってことはないと思うな。
ふふ、だってね、わかってる?
私は魔女だよ?・・・
私の前に来たんだよ?
怖いのにさ。すごいよね。
だから逃げるなら、逃げたっていいんだ。
もし、マンイーターが彼に何かしてきたら
私が行くし彼を助ける。」
魔女は今、まっすぐアグリッパを見ていた。
動かない空気を、じっと見ていた。
「ミケラ君。
私のことを信じられないのは
しょうがないってわかるよ。
私、嫌われてるからさ。でも
アグリッパ君を信じてあげられるのって
ミケラ君じゃないの?」
『!っ』
魔女の言葉に、ミケラは押し込まれたものが
なんであるか知る。
あと魔女がはじめてアグリッパの名前を
ちゃんと言えた!
けど、何か言わなきゃ、とは思ったらしい。
『っ〜〜〜っ!
そっそんなん言われんでもっ
わかっとるわ!!
そないなことっっ!!』
魔女に何を期待していたのだろうか。
鈍臭くて、ノロマな契約主を
否定して欲しかったのか?
いや、笑って欲しかったのかも。
しょうがないって諦めて欲しかった?
「(違う、そんなん違う)」
ミケラは魔女の頭の上で悶えた。
『あ〜ぁあっ!!!
も〜ぉなんやねんっ!!
魔女に言われるようじゃ
あかんわあっ、あかんっ!
まだまだ未熟やなっっ
あー、たまらんわ。たまらんて、もう。
あー恥ずかしっ。』
「え?何が・・・」
魔女はポカン、とする。
ミケラは魔女の頭から飛び立ち
魔女の顔の前に来て、咳払いをひとつ。
『っゴホンっあ、あんなぁ魔女はん。
ほなね、言わせてもらいますけどもぉ
ここらで聞いてほしいんですけどもぉ、
わいはな。
わいは兄やんの守護妖精や。
そんじょそこらの妖精とは違いますねん。
格が違うっちゅーねん。
魔女はんは分かってはるとは思いますけど
守護妖精の契約内容っちゃあ、
もう一生モンですねん。
一生モン言うたかて、
兄やん死んだら
アウトーってなもんじゃなくてな?
子々孫々っちゅーことでっせ?!
ごっつい契約やねん。
人間と契約するぅてことは
命の契約やで?
わかりますう?
どれほどごっついのかわかりますぅ?
ディアナはんておりますやろ?
森を守るごっっつぅ女神や。
ワイは妖精やけど兄やんを守るんや。
わいならそんぐらい出来るいうか
人間とだって絆ぐらい結べるっちゅーかあ?
離れてたってそばにいるよ的なぁ?
会えなかったら震えちゃう的なぁ?
呼ばれて
飛び出て
ジャジャジャジャ~ン的なぁ?
阿呆にすんのも
大概にしてほしいですわ、ホンマ。』
契約主と似るんだろうか、妖精も話が長く
中身にたいして意味がない。
ミケラは何故かプンスカしている。
「(あ、アホにしてないけど・・・)」
魔女は圧倒されて、口半開き。
ミケラは腰に手を当てた。
「うちの兄やんはな、
鈍臭ぁてトンチンカンですけどぉ
・・・』
ミケラが光る。
その瞳は 暗闇に光る星のように瞬いた。
体から発せられる緑の光はまるで、
白銀の雪の中に芽吹く、新芽のよう。
力強く、眩しく息吹く ー
『心根だけはサイッコーのぉ
“おっとこまえ” なんですわ。
このワイがっっ
そんな男前を信じられないわけ
ないですやん!!』
「(あ、アホにはしてない、
けど、そうか・・・)
ふふ、そうだね、
その通りだよね。ミケラ君。」
素直に、良いな、と思って
「(信頼、か ー)」
ラースを思い浮かべてた。
*
ミケラは光りながら魔女の周りを回った。
『ん〜っ
ほんならいっちょ、ええとこ見せな』
「え?」
魔女の前に来て、ミケラはウィンクした。
胸の前に手のひらを置くと濃緑の光が集まった。
ミケラは魔女の目の前でー、
魔法陣を展開した。
「え、それは」
ミケラにまとう らせんの風。
魔女はミケラを見上げた。
「な?え?
それ、魔法陣だよ・・・?
(妖精って魔法使えるの??)
ど、どうしたの、ミケラ、く、ん?」
ミケラの魔法陣は緑の光だった。
『兄やんはな
自分のタイミング言いますやろ?
それじゃあかんねん。
背中、押したるのも
守護妖精の仕事なんですわ』
「!」
蝶が羽を広げるが如く優雅に、羽ばたいた。
ミケラは空を舞う。
「ま、待って」
魔女の声はミケラの背を追った。
『ほな行きまっせ〜!!』
ミケラの詠唱がはじまる。
ー 四界をめぐる 立ち起こせ
四界に 疾れ 産み出でろ
地と天 夜と昼 闇と光
我は何人もかつて目にし
目にせぬ者なり
汝は 理を超え
その風となり 我をはこべ ー
風がミケラの手の中で、
轟々と回転しながら強い風になっていた。
ミケラの羽は暗闇を刎ねる。
風に起こされた気流は、より高くミケラを運ぶ。
星の回廊を、風の塊が巻き上がった。
ミケラの輝く光は
マンイーターの黒い眼に止まる。
ミケラは緑の光を発して
マンイーターの脇腹横をすり抜ける。
『?!っ』
マンイーターをかすったミケラは
地面すれすれを低空飛行した。
『兄やん!!モタモタせんと
はよ行きぃっ!!』
『ミケラっ!?』
アグリッパの足元をすくいあげ
回廊中央部に押し込んだ。
押し込まれたアグリッパは
警戒したマンイーターの
両足の間を転がった。
ゴロゴロゴロゴロ〜〜
ミケラはマンイーターの足元から背に回り込み
手にした風の塊を
『ぃよっっっせぇい!!』
掛け声と一緒に
マンイーターの頬に向けて叩きつける。
叩きつけられ、マンイーターはよろめいた。
自分の股ぐらを抜ける風と、
頬に殴りつけられる大きな風、
どちらにマンイータは気が行ったか。
光る緑の羽を、黒い爪が追った。
『(狙いどおりやっ!)』
ミケラは、アグリッパが無事
昇降機に乗ったのを確認した。
瞬間、重い空気の塊が辺りを切り裂いた。
『っっ!!』
ミケラは回廊の天井へ力強く飛び立つ。
マンイーターの黒い翼が
起こした逆風にバランスを失う。
だが、ミケラは飛行を止めることはなかった。
風の乱気流に右左、引っぱられながらも
ミケラは高く、上昇した。
高く高く飛び立って
下を見下ろすころには
アグリッパは昇降機のレバーを引いていた。
『(なんや できるやん。
気張りや、兄やん。)』
瞬きは回廊の天井の暗闇に
ぼんやりとした曖昧な光を与えた。
ふ、とミケラを包む風は止み
黒い風が眼前を遮った。
黒い闇は目の前に、より大きな風を起こし
ミケラの光を飲み込まんとしていた。
光に、黒い手が覆い被さる ー。
『(あー、こら あかん)』
ミケラは目を閉じた。
っっっギャッッッ!!!!
『(ギャ?・・・)』
マンイーターの短く叫ぶ声だった。
覚悟して閉じた目を開けると、
マンイーターがミケラの前から遠のいていく。
『(っ?何、何が起きとるん?!)』
あの短い声は、自分が発したわけではない。
その瞬間 ー
ミケラは目が醒めるような光景を目にした。
マンイーターの前に立ちはだかる
闇になびく黒髪に
光りにふちどられた、その姿は ー
『(何か光った?手?誰やっ)』
ミケラは目を細めた。
『(ーーっっ魔女や!!)』
マンイータを殴った軌跡を、風に乗って
きゅうりが飛んだ。
『は?きゅ、きゅうり・・・?』
マンイーターを殴ったのは
魔女の握り拳じゃなかった。
魔女が握っていたのは ー
ピクルスの瓶。
瓶を握りしめてマンイーターを殴った。
ピクルスの瓶は
クリティカルに命中し
蓋はマンイーターの頬を殴った衝撃に
開き、回廊の底へと落ちていく。
ピクルスの溶液と中身は軌跡を描き
方々、飛び散りながらも
風に乗り、ミケラに ー
降り注ぐ。
ビシャっっっ!!
『ぅぶッ!っっっ!?!』
ビダッ!
『だっっ!!』
遅れて
きゅうりがミケラの頬を引っ叩いて
手に落ちた。
『・・・酸っぃ・・・』
酸っぱさにミケラは包まれた。
*
ミケラ情報:ツンデレ?
ちゃうって!
そういう枠ちゃうから。
アグリッパ情報:趣味のたて笛をするとなぜか
ミケラが絶対いなくなる。
今度、魔法学校でお披露目予定。
ギーズル情報:今日はじめて
アイスクラピウスの技を抜けた。
嬉しくて喜んでたら
四の字固めしてきやがった。
絶対やり返したるわ。
ディオ情報:魔女さまの家の近くに
温泉発見。修行の後に泳ぐぞ、
シャルラッハロート!
勝負だ!
シャルラッハロート情報:犬かき?
するわけなかろう。




