3分
『魔女、接吻することが
魔法を使えるようになる方法だ。
しかし、一度の接吻で使える時間も限定的だ。
まぁ、今の君なら約3分、と言うところだ。
だが何度でもOKってのがミソでね、お得だろ?』
新しい家に入ってすぐ、新事実のオンパレードだ。
「せっ?!せ・・・って」
くすぐったいような、未経験の未知の世界のお言葉は
どうにもこうにも言いにくい。
でも”せ”から始まる言いにくい言葉ってまだあるよね〜。
例えばセッ、
『接吻だ。ー ご存知かな』
「しっし、ししっ知ってますっ!
(したことないけど、え、でも)あっ」
部屋の中は思った通りのフルオーダーだ。
一瞬、何の話をしていたか忘れるほどで
どこもかしこも綺麗になって、これからの生活に
胸が躍る瞬間でもある。
なのに、嬉しくない事実が、魔女を現実に引き戻す。
『君がこの家を構築し直すために
使い魔のラースが君に接吻をしたんだ』
愕然。
あ、ネズミ逃げた。
「ちょっと待って、ちょっと待って
え、何が、せっp・・・んをぉラースが」
あえて言葉にしようとすると、声が裏返る。
鼻の下に汗を感じる。脇汗だってじわじわくる。
ラースを見る。当然無視される。
「・・・わ、私に?」
おネズミさまに溝を感じる距離を取られ
目を合わせてくれない理由が、ここにしっかり体現されている。
それどころか、立ち昇る不機嫌オーラが目に見えるようだ。
『ラース以外に誰がいるっていうんだ。』
相変わらず声だけのご出演、ありがとうございます。
アイスクラピウスは、ちょっと(ラースにだけ)姿を見せた後
また声だけになったらしい。残念。
そんなことを露にも知らぬ魔女は、1人、立ち尽くしていた。
「ラースが、(わ、私のファーストキスが・・・ね、ネズミ・・・)」
『ああ、ネズミはサルモネラ菌、レプトスピラ菌、ペスト菌、ハンタウイルスなど、多くの病原体を媒介するが、安心していい。ラースは体こそ小汚いネズミだが、病原体を持ってない綺麗なネズミさ。』
違うぞ、そこが問題なんじゃない。
153歳の魔女は、そりゃ長生きしてるから
海千山千、経験・知識も豊富だろうが
中身は28歳の未経験の立派でクリーンな喪女だ。
病原体気にする思考なんてない。
「(男の人とだって手も繋いだことないのに
せ、・・・をネズミと・・・)」
『3分という制約はまぁ、おいおいどうにかなる。
こればかりは君の努力次第だ。』
言われて、ハッとする。
記憶にすらない初めての接吻の喪失感より
“3分の魔法”という“縛り”について思考が勝った。
「!(そ、そうだった。3分って、魔法を使える時間?
・・・短くね?っていうか・・・
私の魔法はカップラーメンか。つまり“3分縛り”。
うーん、“縛りルール”は苦手なんだよなぁ・・・)」
一般的に、ゲームにおける“縛りルール(制限プレイ)”は
通常のプレイでは満足できないプレイヤーが
自ら行動に制限をかけて難易度を上げ
ゲームをより深く、クリエイティブに楽しむための方法だ。
例えば簡単なものだと、装備・アイテムを買ったり売ったりできなかったり
拾ったものしか使えなかったりする。
それでも中々厳しいが、より、修行僧並みのハードさを求めるのならば
一度でも敵の攻撃にあたれば即最初からやり直し、といういわゆる“オワタ式”と呼ばれる格式高い変態たちの嗜みとなる。
ここまで行くと修行じゃない、苦行だ。
“縛りルール(制限プレイ)”に“縛り”はない。
本人が思いつけば、それは新たな楽しみ方と新たな戦略を生む。
高難易度ゲームの一般的理解には、だ。
「(“縛りルール”でしたことあるのはR T Aのみ。
ショートカットとかは得意なんだけど、3分か。
3分・・・で、何ができる・・・
触媒使って武器に付与して敵を倒すと思えばいけなくもない。
でも・・・確か、フィールドの中で
魔法使えないとこなかった?・・・あれ、どこだったっけ。
え、ちょっと3分ってヤバない?短くない?
それで呪いも解けって、これ・・・)」
魔女がかけた呪いなら、解くこともできそうなものだが
いかんせんよくわかってない。ゲームにはない話だ。
「(魔女側の話となると、これはもう完全に別ゲー(ム)だ。
・・・さらに3分っていう“縛り”。でも待てよ?
魔女側なら敵ってほとんどいないんじゃ。
ワンチャン(ス)あり。じゃぁ急がなくても ー)」
かすかな期待が浮かぶ。
『魔女、急かせて申し訳ないが、ひとり目の勇者が
エレーミナルス王国に現れるという予言が出た。』
かすかな期待が消し飛ぶ。
「は?(どこ情報の何情報だっっ)いっいつですか!!
何時何分に到着しますか!!」
おい、勇者は電車じゃねえんだ。
そんな正確にわかるか。
「予言?・・・」
ファンタジーな世界とはいえ、かなりのスピ(リチュアル)具合に
若干引き気味の魔女は、勇者がそんな形で出てくることに驚いてもいた。
・・・お前だって魔女じゃん。存在がスピじゃん。
ずっとダンマリを決め込んでいたおネズミさまが
新しくなった部屋のテーブル上から話し出した。
「預言者が予言するのは決まって新月だ。
さらに、エレーミナルス王国の5月祭は
この新月の前夜から行われる。
5月祭で使用する薔薇は新月の翌日朝 ー
薔薇少女によって摘まれ
春の訪れを森の女神が住まう神殿に捧げる。
だから ー」
「あああっっっ!!思い出したあっ!!」
びっくぅ!!!
おネズミさま、魔女の声にびっくりして背筋がつりそう。
急に大声出されるとドッキンドッキンしちゃうから
もう少し、公共のマナーを学ぼうな、魔女。
「何を思い出したのだ」
ラース、努めて冷静を取り繕うものの語気が強い。
ムカつくよね〜、話途中だったのにね。
魔女は一点を見つめ、何かを確認するように言う。真剣な様に見えて、その実
ゲーム内でのイベントムービーを思い出して喋ってるだけである。
「5月の森、エレーミナルス王国は今
魔女がかけた呪いで、お城には誰も入れないんだよ。
5月祭の前夜、魔女はね、お姫さまに呪いをかけて
新月の夜中からお城にはモンスターがウヨウヨと
って、あれ?今日って新月?え、じゃあ魔女はあれ、どこ?」
魔女はオメーだ、ばか。ここにいるのは誰だ。
ラースの呆れ顔が、物悲しく見える。
「(とうとう頭が・・・)」
「え?あっ魔女は私か!」
もう、何が何だか。落ち着け、深呼吸しろ。
『ふはっ、君は愉快だな、魔女。
予言が届いたのは先月の新月だ。
勇者側も予言されたとて
昨日今日では来れないだろう?準備が必要さ。
忘れ物があるかもしれない。ちなみに
次の新月は、有明の月から数えて2日後だ。
つまり ー』
アイスクラピウスの声に、魔女はようやく落ち着いた。
「2日後ってことですね。ありがとうございます、アイスブレイクさん。ーふぅ、お茶でも飲みましょうか。」
感謝の言葉が、名前を間違うで、ダダ滑り。
アイスブレイクとは:会議などでの緊張感(氷)を
解きほぐし(緩和・落ち着き)
相互理解のための冗談や雑談を
行い、心理的壁をなくすこと。
(冒頭〜10分で行う)
アイスブレイクしてるから、現状あながち間違ってない。
魔女は水の入ったケトルに火をかけ、声だけの人
アイスクラピウスに話しかけた。
「ところで、アイスブレイクさんって
どこから話しているんですか?
脳内に直接語りかけるタイプの人ですか?
なんか事情があって隠れてたり
隠れなきゃいけない理由があるんですか?
(怪しいけど敵対者ですか?とは聞けない・・・)」
『いや?ずっと家にいたさ。』
「?え?」
『君がこの家を再構築してる時に
どうやら巻き込まれた様でね。』
魔女はキョロキョロ。
ラース以外の生命体はどこにも見つけられない。
ラースなんて、ずっと魔女を無視するから
魔女も何となく気が引ける。接吻しちゃったし。
だから、アイスクラピウスと話をしてる。
「え〜?どこだろ。」
『力が戻れば姿を出せるんだが
今は、台所にいるよ』
「台所?」
魔女は台所を見回す。
「(いないじゃん・・・)」
『今、君が火にかけた』
「!!!!これ?!」
思わず火を止め、ケトルを持ち上げた。
『ははは、大丈夫さ。
被害はないから安心して火にかけたまえ』
いやいやいや、安心はしません。危険です。
魔女もそう思うでしょ?!
「ケトルさん!!すぐお湯にできるんですか?!
(この人、チュートリアル教えてくれるタイプの人だ!
絶対友好関係だ!!)」
もうやだ、この魔女。
『もちろんさ。ー ピィィィッッッ!!
ーほらね。』
ホンマ、ファンタジーって何でもありだね。
*
「では、なぜエレーミナルスへ?」
ラースは魔女から距離を起きながらも話しかけた。
魔女は、腕まくりして台所に立っていた。
「ん〜・・・呪いを解くって言うのが一番で〜」
「?!何と?かけた呪いを解くと?!」
そりゃそうだ、ラースからすれば
せっかくかけた呪いなのに、なんで解く?
見損なったぞ!!
お前、最強最悪の魔女じゃなかったのかよ!!
魔女は包丁片手にリズミカルな音を出し始めた。
手が止まる。
「・・・(本物の魔女にそうしろって言われたからって
言わないほうがいいよね。
私が知ってることを言った方がいい。)
あのさ〜、“金枝”ってあるじゃん。」
「!!」
「あれ、欲しいんだよね」
言った後、また包丁を握り直し、切り始めた。
ゲーム内で、繰り返し最後までお世話になるアイテム。
“金枝”のことを魔女は言った。
その言葉ひとつで、多分ラースなら納得してくれるだろう。
そんな思いだ。ラースをじっと見た。
「(・・・ネズミなんだよなぁ・・・。でかめの。
犬に顔ベロベロされたことあるし
猫に鼻噛まれたこともあるし・・・
ーて、ことはネズミとの接吻もノーカン・・・)」
都合よく、接吻を動物との戯れに脳内変換してた。
そんな魔女の脳内を知ってか知らずか
ラースはそれ以上何も聞いてこなかった。
だが、魔女の内心はこうだ。
「(いや〜、呪い、解けるかな〜。
どうやったら解けるのかな〜、
3分でできるかな〜。
呪いかけたこと謝れるなら謝ったほうがいい。
お姫さまの呪いを解いて〜、激おこだったら
謝りつつダッシュで逃げよう。ーあ)」
考え方が、悪いことして謝ったことのない人だ。
魔女が不意に顔を上げ、ラースを見る。
ラースは部屋のあちこちを見回った後
出窓に登っていた。魔女は少し声を張り上げる。
「ラース〜!お風呂のお湯沸いてるから
冷めないうちに入ってきて〜!」
お母さんか。
「は?風呂だと?」
おネズミさまに嫌な予感。
野生の勘が囁くのさ、ってね。




