魔女の道
大きな、何かが崩れ落ちた。立て続けに大小の木クズが落ちて
後を追うように、砂がパラパラと音を立てていた。
瞬間ラースは、崩れた家の下敷きになったと思った。
「(どうなってるんだ、くそ、ー ここは?
確か天井の内壁が剥がれ落ちてきて・・・
苦しいな、息がままならん。だが手足は動く。
痛みを感じない、ということは ー)」
押し込まれた息苦しさにもがいた。
抱きしめられた窮屈さを
鼻先に煙る砂埃を
庇われた重みの結果を
ラースは、決して忘れることはないだろう。
もがけばもがくほど、近づいた。
瓦解する暗闇に光が降り広がる。
記憶の底に沈められた真実が
有無を言わさず引っ張り上げられる感覚に
叫びたい衝動とともに思い出す、一編の詩だった。
『魔女はくる。相克の力を携えて
そのすべてを 超越し
そのすべてを従えて
私のもとへ
魔女が くる、ときの差異を手にして
彼女が私に向かうこの道を
何人も防いではならない ー』
ー 何かに抗うように、もがいた分だけ。
「!!!!」
さっきまでヘラヘラ笑ってたくせに
魔法を使用禁止にしておいて、自分は道具を使ったくせに
使い魔になってからの時間を思えばなおさら
苛立ちが先立つ感情に、無力さが滲む、本当に ー
ラースはこんなことなら、あのときさっさと
魔女を問い詰めてしまえばよかったと思った。
挙動不審が過ぎた、だから怪しんで見守った。
魔女が腰の痛みに悶えながら
妖精の入った瓶の蓋に手をかけたとき、だ。
嗅覚が他人の流血を知らせた。
思考より理屈より、ー 確かなもの。
「(?なんだ、血か?)」
まだ生あたたかく、鉄のような匂いをかき分けて
ラースはついに呼吸を得たはずなのに
「(ここはどこだ、魔女は ー)」
その感触に覚えがなかった。
だって、精一杯もがいたのだ。
その結果が ー 呼吸を止めざるを得なくても
「(こ、ー?)」
魔女のくちびるに前のめりで突進。
鼻先は確実に、唇に半分入った。
『っちゅぅー』(ネズミだけに)
「(?!)」
ラースは決して、忘れることはないだろう。
脱出を図った末路に魔女に接吻。
でも事故だよ、事故。
こんなん、接吻にならんわ。
すぐに離れたよ、もちろんね。
ネズミだって選ぶ権利あるっちゅーねん。
大丈夫、大丈夫、だあれも見てな ー
『おお、ラース、やったな』
アイスクラピウスの声がする。
「っっ!!(なんてことだっ!これは、こ、これは)」
ラースは咄嗟に魔女から離れた。
下半身はすでに家に押し潰された魔女が
意識もすでに手放しているはずなのに
胸に両腕をしっかり組んだままの姿勢だった。
「(あそこに私がいたのか ー)」
すぐにでも助けに行くべきだったが
最後に残った壁が、魔女を押し潰そうと鈍い音を立て始めた。
「っ魔女!(ッチ、間に合うか?)」
ラースは魔女に防護魔法をかけようと、大地に手を当てる。
「(魔法陣をっ)」
一刻も争うこのタイミングに ー
『ラース、必要ない』
「?!!アイスクラピウス!!」
『ー、魔女が きたのさ。』
ラースは、崩れ落ちていく壁の音を聴きながら
ネズミの自分より何倍もある、人間の男を見上げた。
*
空から光の柱が立った。
大地が一斉に湧き立って、崩れ落ちたすべてを飲み込んだ。
目を凝らすも、跡形がない。
「何が・・・起きてるんだ」
空を抜ける風が止まって、大地を揺らす音すら聞こえない。
光は生き物みたいに四方八方へ伸びては縮んだ。
「(光が、収縮してる、のか?それより魔女はどこへ、 )」
魔女の姿はなかった。
「(魔女の気配はずっと強いまま、・・・こんなことは
初めてだ、・・・アイスクラピウスは何を知っている?)」
ラースはさっきアイスクラピウスが言った言葉を思い出していた。
『魔女が、きたのさ。』
「(どういう意味で言ったんだ?
いつもの魔女ではないことは確かだが・・・。
力の解放についてもどこで知ったんだ。
そもそも何で奴が魔女の家にいたんだ・・・)」
ラースは目の前で起こる事象を見守りつつ、どうにかしてアイスクラピウスと話すきっかけを探していたと言っていい。だが、どこから話し始めてもきっと得たい答えは返ってこないことも知っていた。
平たく言えば、仲良くない男同士の会話って
事務的にかつ、簡潔にしたい。
顔合わせるのだって億劫だ。
「(よりによって、アイスクラピウスなのが問題だ。)」
だが、そう思ってないのがいた。
声が降ってきた。
『照れてたんだな、ラース。
力の解放の方法が接吻だからといって、隠れてコソコソするなんて
お前もなかなか可愛いところがあるじゃないか。』
アイスクラピウスは光の柱を見たまま、腕を組んで言った。
言葉尻だけ聞けば、愉快そうに聞こえる。
大地にほぼゼロ距離のラースに、背の高い男の表情は窺い知れなかった。
ラースからすれば聞くべきことはあるが
まずは“接吻”辺りの話を全力で、拒否したい。
そこは全力で行かせてほしい。
「あれは ー」
否定するより早く、光の柱は急速に小さくなった。
螺旋を描くように光がその中心に集まり出したか、と思うと ー
光は四散し
その中心には、魔女が宙に浮いていた。
「魔女か?!?!」
『ああ、魔女だ。ー 』
ラースの見たところ、外傷も流血も見当たらなかった。
「(自己再生?まさか、ー 妖精の粉を使ってないのに?)」
それだけじゃなかった。
「い、家が、?・・・な、何が」
『おー、いいね。』
魔女の家、新しく綺麗になって爆誕中。
*
魔女はラースを胸に抱き、崩れてくる何かから守るつもりだった。
「(相棒だし、これもきっとイベント分岐に必要だから)」
と、いう抜け目の無さに現実は優しいものではなかった。
頭に降ってきた木材の破片は、まぁいい。
後頭部をガッツリ切っただろうけど
本の角で死ぬよりは、少しは格好がつく。
だが、天井の梁の一部が下半身を押し潰す音が
無惨にも今、最も死に近いことを悟らせた。
「(あ・・・やばい、これは本当に、
・・・死、ぬかも)」
ゲームなら、“GAME OVER”で、“RE TRY”ができる。
だが、現実では死んでしまえばやり直しはできない。
言い換えれば、“来世に期待”だろう。
「(取り返しのつかない要素、ってやつ・・・、それなら)」
痛みは不思議と感じなかった。
潰された衝撃で、一時的に脳が興奮状態で痛覚が麻痺しているのだろう。
魔女は、ラースが傷つかないように
ぎゅっと抱きしめた。
「(ゲームの中でも不遇だったからね・・・ラース。
ごめんね、・・・こんくらいしか、できないや)」
意識が薄れていく。
「(・・・魔法、使いたかったなぁ・・・
夢オチなのかなぁ・・・)」
これでおしまいだと思うと何だか残念にもなった。
最強最悪の名の欲しいままに、魔法を使う。
「(私なら、あぁ・・・ゲームの中で
・・・呪い、解くのに・・・
あれ、私、・・・どうやって)」
ーバチンッ!
「い゛だっ」
頬を叩かれたように、感じた。
黒いローブのフードを目深にかぶった人だった。
『いつまで寝てるんだい!このバカ娘!!』
すんごい口の悪い人だ。
初対面なのにバカ娘って言われる。
「!?だ、誰!」
頬がヒリヒリする。
『さっさと起きて、動くんだよ!!!』
「ちょ、ちょっと待って、え?何が?」
『人の家、ぶっ潰しといて勝手に死ぬだなんて
なんて恩知らずだい!!』
「へ?・・・人の家って、ここはあなたの家?
ーってことは、あなたが魔女?」
近づこうとすると、離れてく。
『うるさいねえ!黙ってさっさと起きるんだ。
ここはあんたの休む所じゃないんだよ!』
『え、でも、私、死んだんじゃ・・・?』
「死んでないよ、首の皮一枚さ。
ったく・・・せっかく呼んだのになんてザマだ。
ーせいぜい、あのドブネズミに感謝するんだね。』
「え、ラースが?ラースが助けてくれたの?」
本当の“魔女”の口元が見えた。
少しだけ、フードから覗く口元が笑ったように見えた。
それは嘲笑うとか、じゃなく微笑みに近いものを浮かべたが
すぐにその小さな変化は消えた。
『はんっ!使い魔を名前なんかで呼んでんのかい?!
そんなんじゃ魔女の格が落ちるってもんだよ!
いいかい?!
お前は魔女となって呪いを解くんだよ。
お前が生きる道はそれしかないんだ。
わかったら、さっさとアタシの家を直しなっ!
適当なことやったらタダじゃおかないよ!
目をほじくり出して、毒沼の犬にくれてやる!!
このウスノロマのバカ娘!!
頭、引っ叩かれる前に手を動かしな!』
うわぁ、ひどい言われよう。こわっ。
メンタル削ってくるわぁ。
捲し立てられるように言われて、ふ、といなくなった。
「(目はほじくらないでほしい。・・・呪いって
お姫さまにかけた呪いのことだよね・・・)」
別の声がした。じわじわと体が熱い。
『おーい、魔女。おかえり。
色々思うところはあるだろうが
魔法が使えるのは3分だ。』
声だけ出演のアイスクラピウスだ。
「へっ?!魔法使えるのが3分?!」
『ラースは童貞だが、ネズミだからな。
ははは、残り1分だ、頑張れ。』
「(童貞とネズミのどこに相関関係が?!)
いっ1分?!っどうやって?!」
『魔女、お前に不可能はないんだ。
お前が望めば、どんなことだってできる。
ー そうだろう?』
優しい声に、耳当たりがいい。
「ーあ、そういえば・・・。」
ちら、とネズミを見た。
ラースと目が合ったが、すぐそらされた。
魔女は心の中で、そっと言った。
「(助けてくれて、ありがと。
・・・“望めば、どんなことだってできる”か。
時間がない、急がないと。)」
体中に力が巡る感覚に、懐かしさがある。
夜が来る前に、家は完成していた。




