賢者という者
*
これは、この国の建国にまつわる
たったひとつの男の物語だ。
誰に伝わることもなく
誰が知る話でもないが、
言葉に敗走を許さぬようにここに記される。
男は、智の流れつく元を求め、歩く。
黒く煤けた布を麻ひもで括っただけの粗服をまとっていた。
黒木の杖にすがるように、歩いては立ち止まり
また歩いては 立ち止まる。
長い影が、その男の後ろをに続き
歩みを止めると
まるで杖は男の影を載せているように見えた。
けもの道をかき分けては ゆっくりのぼっていく。
登りつめれば、竜が住むと言われた谷に降りる為の崖に出る。
その切り立つ崖に、男は出た。
しばらく男は空を仰いだが、やがて杖を持ち直した。
ふぅー、と細い息を吐いた。
杖の持つ手が痺れ
長時間の歩行がすでに足腰をも硬くした。
「(今宵はここで ー)」
パキッ ー
振り返れば、一匹の狐が男の後ろを横に駆けていく。
腰の短剣に手を伸ばしたが、男は安堵した。
他人の声が男の安堵を突き刺した。
「そこの者っ、名を申せ!」
上から降る声に男は顔をあげた。
夕暮れに混じる木々の影は、それが誰であるかを隠した。
「 私の 名は ー」
一瞬にして横切る風にあらわになれば
辺りを淡紅の光が満ちた。
男は木々の影にその姿をみた。
幼い少年が居た。
ときはしばしば、運命を用意する。
*
それから永い時間が過ぎた。
その“ひと”は、
かつてのように 光を背負ってやってきた。
自分を導く光を背負い
その中の包括されたすべての理論を 俯瞰し
何にも染まず漂う“ひと”を ただ、焦がれた。
『魔女はくる。相克の力を携えて
そのすべてを 超越し
そのすべてを従えて
私のもとへ
魔女が くる、ときの差異を手にして
彼女が私に向かうこの道を
何人も防いではならない ー』
今宵 その“ひと”は 月の光を背負ってきた。 ー
『変わらないねえ、お前は ー』
『えぇ、魔女さまも お変わりなく』
青黒い顔に微笑を浮かべ、魔女が椅子に腰掛けるのを待ち
その老人は待ちかねたように気忙しく手を擦った。
腰掛け、はぁ、と息を吐いたのち
静かな布ずれと一緒に声がした。
曲がった指先を、机の上でトントン、と小さく叩いた。
『失敗さ。』
『なんと・・・』
『そういうもんさね。』
『それでは火鑽女は ー』
『どうにかするしかないだろう?
・・・ぃひぃっひぃっひぃ、お前、ー
それを知ってたから、あたしを呼んだんだろう?』
『魔女さまにはなんでもお見通しですかのぅ。
・・・さすれば、この老いぼれの
最後のお役目にも力がこもるというもの。』
『何言ってるんだい、 ー。
エレーミナルスに仕掛けたのもアンタだろう』
『さあて、どうであったでしょうか。
エレーミナルスの森は原始の森と呼ばれ
かの森を守るのは、逃げた奴隷・・・
・・・マルムの神木が接ぎ木を拒否したと
耳にしたのははて、止まる前か止まった後か。
魔女さまもお人が悪い・・・
はるか昔の事と笑いますかな?、はははっ』
『落胆したかぃ』
老人は月夜が落ちる影をみる。
「(ー この暗闇が あなたを隠す)」
ちっとも変わらないその美しさが浮かび出る。
『魔女さま、あなたとて、ときがめぐったことを
数え数えるのをもうやめたお方にありましょう。
落胆する老いぼれに
生悟りとは、絵にもなりませぬな。』
静かな、静かな空気に
淡い光が降り積もる。
『偉そうにするよりマシさ・・・
お前だけは世界に希望を抱いただろう』
部屋の隅に一筋の糸を垂らし、蜘蛛が音なく落ちてきていた。
魔女はその蜘蛛をしばし見上げ足を組んだ。
老人も同様に、その蜘蛛を見上げていた。
しわの深く刻まれた口を開く。
『衰えぬは心ばかりにございます。
この老いぼれなぞは、いまだその死に場を求め
この世に酔いどれておるようです。ー』
言いながら、杯を注ぐ。
「(ー どうかこの想いも)」
老人は杯を魔女に向けた。
夜を照らすのは月の光だけ。
魔女は呟いた。
『アンタの 心のかたちは決まったかい』
果実酒の小壺を、老人は骨張る指で撫でた。
『はじめから この願い、変わらずにて』
穏やかな微笑みに、静かな語気を含ませた。
『そうかぃ』
魔女は杯を持ち上げ、老人に微笑んで 一気に飲み干した。
『アンタの願いは叶えるさ。ー だが
まだそのときじゃ、ない。
アンタにゃ山のように貸しがあるんだ、ひひっ。』
意地悪な物言いをした魔女が
今では愛おしい。
目の前の魔女は、ずっとずっと変わらない。
『これはこれは、手厳しい。
あの聖獣すら ー』
杯をドン、と机に置くと同時に
『アンタ・・・
アイスクラピウスに変な入れ知恵したね?』
魔女はため息混じりに、ゆっくり立ち上がる。
怒ったような魔女に
老人は心底嬉しくなる。
だから、わざと答える。
『はあて、何のことだが
覚えにございませんな。
朽ちかけの頭も体もほれ
見えぬ、聞こえぬ、忘る、でございまして
ははぁ、面倒なことですなぁ、人間というものは。』
はしゃぐような声に流れぬ涙が混じる。
「(ときだけを 繰り返し)」
老人の物語の終わりは近い。
『都合のいいこと言うんじゃないよ、ったく。
アンタのおかげでこっちは、
いらん仕事が増えたんだ。』
『ー 魔女さま、人間、というものは
何かを持ち生まれ ー
何かを望んで生き、何かを失いながら生き
ただひたすらに生き、
その果て、何も持たずにいくのです』
果実酒の小壺を抱きかかえ、老人は魔女に微笑んだ。
頼むから気付かないでいてくれと
「(月が 陰るまでそばにいて)」
老人は何度も願った。
『・・・それをみんな知ってたら
こんなことは起きやしないんだよ』
魔女は窓へ向かって歩き出した。
部屋の隅の蜘蛛を見あげた。
蜘蛛は糸を張り始めていた。
魔女の口元に生まれる微笑。見上げる蜘蛛を見て ー
思い出していた。
自分があの娘の呪いを
半分受け持ちたい、と
言った勝ち気な侍女を。
王国を守りたい、と言った抜けた衛兵二人を。
なんか、目が合ったとき頷いた、牛を ー。
愛に向かう、一途な青臭い青年を ー。
そして、やれやれ、と小さな声を出していた。
気付いたか、老人は魔女に片膝をついていた。
『魔女さま。
我らは、死してその道を遺す者。』
振り返れば、老人はなんと小さく、
その命の灯火は残火のよう。
老いしわがれた声は
かつての力強く豁然としたさまではない。
だが、その頃よりも今の方が ー。
『あぁ、そうだったね・・・』
立ち止まって半身を向け
魔女はテーブルの上の香炉に目を向けた。
円形に細工した真鍮で星を囲んでいる香炉だった。
香炉からは、静かに煙がたちのぼり
ゆらゆらと部屋を泳いでいる。
老人はその煙の中にゆっくり立ち上がり
魔女に杯を勧めるために、もう一度小壺を傾けた。
『なんだい、今日は気前がいいね』
口元からこぼれる、星屑のように美しい声が
老人の心すら甘く酔わせていく。
「(ーあと、少しだけ聞かせてほしい)」
魔女の周りに光がぼんやり浮かんでいる。
テーブルの上の星の香炉を魔女は、指差した。
『ーー、星見が動かしているのは、ありゃ何だい』
『あぁまったく、ー あれは“影”ですな。』
興が逸れたような声だ。
『“影の混沌”か。
あぁ、そりゃまた面倒なもんを起こしたねえ』
『差し詰、秘術師が呪いに変えておるのでしょうな。
子供のいたずらには、少々お灸を据えるのも我らの仕事 ー、
魔女さま、これを使えまいか、ー ほれ、これを』
受け取る魔女は呆れ顔だ。
『またアンタは、
んなもん、どこから持ってきたんだい』
『はあ、魔女さま、我ら長いおつきあいにござりましょう。
あなたさまが何をされようとしておるか、ぐらいは
見当がつくものでしてな ー。』
『面倒なことばっかり押し付けてくるもんだねえ。』
『役得にございまするな、魔女さま ー。
智は、因果をたどる連環。
オラクルはあなたに与えられし神の業。
ー 永きにございましたなあ。』
『ふん、さっさと片付けるつもりだね、あんた。
そうはいかないよ。』
『いやはや魔女さま、
老いぼれの願いを叶えてくだされ』
『あんたら みんな・・・
そうやって置いていくんだろ』
魔女の手の上に、老人は手を乗せた。
『ときはめぐるものです。 必ずやまた・・・』
残された時間に
「(ー この想いを 遺していくのだろう)」
老人は魔女の手を握った。
月の光が部屋に降り注ぎ
老人の青黒い顔すら白くした。
濁った目は白く、すでにもう見えているものはない。
見えていない目で、魔女を見た。
彼女のまとう光に群れる蛾に 耐え難き嫉視 ー
そして不意に口を突いて出る言葉。
『ときを噴き起こし、
吹き飛ばす汝の重き 羽ばたきよ・・・
ー 不幸と悲しみの無情な 風よ・・・
汝は風に乗ってやって来た・・・』
魔女は二杯目を飲み干した。
『ー 賢者よ、
お前が欲しかった答えは 手に入りそうかい』
月が陰って部屋が暗くなると同時に
香炉の煙に紛れて魔女は、音なく消えた。 ー
『手に入りそうもございませんなぁ・・・』
蜘蛛の糸に、月光が当たり
キラキラと光ったのを、賢者は見上げたが
その目に映るのは、ー 魔女の面影だけだ。
魔女のいた場所にすら、ほのかに光の跡を残した。
「(ー 結ばぬ故に 流れつく)」
魔女と呼ばれた女に老人は祈る。
*
「だから!お前の名はなんだ!」
「お前が先に名乗れ」
「何だって〜ぇ?!お前は名無しの権兵衛かよ!」
「目上の人間に対し年下が名を名乗るのはマナーだ。
習わなかったのか?」
「〜〜っ!絶対、お前なんかここから先には行かせないからな!」
「なに?
お前、ガキのくせに大人を何だと思ってる。失礼なやつだ」
「はああ??ー無断でここまで入ってきやがったのはそっちだろ!
お前の方が大人気ないじゃないか!」
「(カッチ〜ン)大人気ないだと?無断で入ったわけじゃない。
大体関所なぞどこにもなかった。
ー上等だ、勝負しろ、クソガキ!」
「(イラッ)杖なんか持ちやがって!
へし折ってやる、クソジジイ!」
木の上から仁王立ちで見下ろす子供に、
男は苛立ち紛れに ー
「(ちょっと待て、相手はガキだ。
大人気ないのは認めるが、
なんてこ憎たらしいガキだ。
なんとかギャフンと言わさねば、
だが今の私には体力もないしな・・・)」
男は思う。飯だって最後に食べたのは三日前で
それ以降はどんぐり食べて凌いできたのだ。
木立の女神に感謝だ。
関所が何を意味しているかわからないが、
見上げる男に ー
「(くっそー!!
大人のくせにだせえこと言いやがって。
何だよ、関所って。
俺が子供だからって馬鹿にしてやがる!
でもなぁ、ヘロヘロだけど相手は大人だ。
ー 取っ組み合いになったら負ける・・・)」
子供だって思う。
木の上から飛び蹴りしたら1発ぐらいはあたりそうだ。
相手が避けなければ。
けどこんな高さからジャンプして
足首ぐねったら、折れるかもしんまい。
前回それやって、二週間痛かった。
「(俺は学んだんだ!)」
だからカッコつけることを自粛中。
しばしの静寂が包んだ。ー カラスが遠くで鳴く。
「しょ、勝負はどうする!」
子供は叫ぶ。
「ーっお、俺は大人で、お前は子供だっ
平和的勝負と行こうじゃないか!」
「望むところだ!」
「馬鹿では話にならんぞ!」
「馬鹿にすんな!本だって読めるやい!」
「ほう、何を読んでいる」
「え、ええっと〜、あの、あれだ!
なんかの勇者となんかの勇者が
なんか旅立つ話だっ!!」
「ーほぉ、叙事詩か。お前、なかなかやるな」
「そ、それだけじゃないぞ!!
”ニンニン手裏剣大戦争”だって読んでるんだっ!」
「!そ、それはー!異国の話じゃないか!?」
「へへんっ!すごいだろ!」
「っぐ、お、俺だって読んだことないのに・・・
くそっ!」
「どうだ、すごいだろ!勝負有りだな!」
「お前こそ馬鹿言うな。
どれだけ本を読んだかを勝負しているわけじゃない」
「あん?”ニンニン手裏剣大戦争”読んだことねえくせに!
何だよ、なんの勝負だ!」
男の目が夕闇迫る中にキラリと光る。ー
「 ー “しりとり” だ ー 」
「ゴクッ・・・し、しりとり、だと?」
“しりとり”とは、知の総力戦。
単なる言葉遊びだと侮るなかれ、
そう、しりとりほど
子供から大人まで楽しめる簡単かつ、
その奥行きのあまり大人は知ってる言葉なのに、
子供が知らないと
それは使ったらダメだよルールが適用される。
まさしく知略謀略に優れたゲームかつ
熾烈を極めるほどの、頭脳戦。
「まずルールの確認だ。ーいいな?
じゃんけんに勝った一人が、最初に適当な単語を言う。
言っていい単語は、名詞に限る。」
「名詞?」
「ものの名前だ」
「ほ〜ん、それで?」
「知らない単語だった場合、
相手を納得させられるだけの説明か
もしくはパスを選択する。パスは三回までだ。
説明する所要時間は十秒以内だ。」
「じゅ、十秒って短くね〜か?!」
「言葉を知っているなら十秒もあれば十分だと思うが?」
大人、ずるい。
ー やっぱ大人気ないわ、こいつ。
「そして、“ん”が付いた名詞を発したら、即負けだ。」
「おー、いいぜ、かかってこいよ」
「威勢がいいな、吠え面かくなよ、クソガキが」
「知らねー言葉があったからって
ごねるなよ、クソジジイ。」
互いに 睨み合い ー、しりとり合戦、ここに開幕。
公平なるじゃんけん三回勝負により
先攻:男
後攻:子供(男)
が決まった。
勝負の火蓋がここに切られた ー。
「しりとりの “り”!」
「りんご!」
「ごま」「まめ」「めばちこ」「?めば?ー」
「ッチ、ものもらいのことだ、バカめ」
「っセーよ! “こ”だな、ー、“こおり”」
「りゅうひょう」
「うきわ」
「わし」「わし?わしって飛ぶやつか?」「ああ」
「しいたけ」
「えーっと、け〜、けぇ、けいと!」
「トマト」
・・・・
「とけいっ!」「いぬー」
「ヌゥドゥモンドゥモルシャンシ!」
は?何?
「何?!な、なかなかやるな
それならシュリュィエラーベラバル」
え?何言ってんの?
「!そこでシュリュィエラーベラバルかよ〜!」
え、ヌゥドなんとかと
シュリなんとか、知ってんの??
二人とも???
え?
ーーーー
「また“し” かよ〜ぉ!」
「ギブアップしてもいいんだぞ」
「するかっボケ!!ー “しお”」
「塩は もう言った」
「くそー!まて!まだある!!」
ーーーー
「アイスクリーム」
「むし」
ーーーー
「お、オレンジ!」
「じ?・・・“地獄車”・・・」
「は?じごくぐるま??なんだそれ」
「体技の一種だ」
「へえ〜、どんな?」
「相手と一緒に転がりながら締める技だ」
「すっげえ、かっこいいな!」
ーーーーーー
「もうまた“し”か〜!あ〜、う〜ん」
「(そろそろ万策付きたな..こいつが知ってる言葉で
使える言葉がもう、ない)」
互いに息巻いて始まったしりとり合戦だが
互いに譲らず、互いに思いつく言葉を発し
そして互いに、
「(腹減ったな〜、帰りて〜)」
「(俺は大人なのにここで
何をしているんだ・・・腹も減ったし)」
疲れた。
過度の空腹は思考を鈍くした。
だが同時に空腹は、その知力戦に思わぬミスを提示した。
「う〜ん、し、し、あっ!! しゅりけん!!っっあ?!」
二時間三十八分十九秒に渡る激闘だった。
適度な空腹は集中力を向上させる。
空腹時に胃から分泌される
グレリンという成長ホルモンが
これを可能とする。
成長ホルモンは交感神経を活性化するため
集中力を向上させるのだ。
これが、“空腹のときの方が集中力が上がる”と
言う人がいる現象のひとつだ。
お腹が空いてイライラする人もいる。
飴玉を舐めなさい。
「お前、めっっっちゃすげえな!
俺、もう “し”廻しで死ぬかと思ったぜ。」
「いや、お前こそ、子供だと侮っていたが
なかなかに難しい言葉を知っていた。ー
あそこでまさか
ヌゥドゥモンドゥモルシャンシが出てくるとは」
「ま、まあな!
お、お前だってシュリュィエラーベラバルって
言い返すなんて見事だったぜ!俺、俺はっ
俺は最近シュリュィエラーベラバル覚えたばっかで
シュリュィエラーベラバルの使い方だって
あんま上手くないし。」
「何を言うか、自信を持っていい。
ヌゥドゥモンドゥモルシャンシを知る者は
少なくとも俺の周りにはいない。
大人だって使いこなせない。
何を隠そうヌゥドゥモンドゥモルシャンシの
ヌゥドゥモンドゥモルシャンシたり得る所以こそ
シュリュィエラーベラバルありきだが
それとてシュリュィエラーベラバルの真髄は
ヌゥドゥモンドゥモルシャンシなしには語り得ない。」
なに、ヌゥドゥ・・・
しゅり、・・・シャンシって
言葉自体が長い上に
それが何を指しているのかすら見当もつかない。
だが、子供ははち切れそうなほどの笑みを浮かべ
男に話し出す。
「それにしたって、お前、賢いんだなぁ〜?!
知ってるぜ、俺、お前のこと」
「?ー何を知ってるって?」
「お前みたいな奴のこと!
お前、“賢者”だろっっ?!」
「は?ちっちがっ」
「魔女が言ってたんだ。
知識を与え、知恵を授ける者を
賢者って言うんだって!お前は賢者だ!」
「ーっま魔女だと?!
お前、魔女と何の関係があるんだ、いや
魔女は、魔女はこの世界に存在するのか?!」
「?何言ってるんだよ、魔女はいるぜ?
ー おれんち来るもん」
「!!!!」
運命が男を導く。
男はめまいがした。
自分の求める謎の答えを知るその者はいた。
長い旅路の末、ようやく答えを導ける。
体が小刻みに震えた。
しりとりに勝った。
ずるい手は使ってない。神に誓う。
知らない言葉だって十秒以内に説明し
納得させた。
だが、勝負はこと、子供相手だと難しさを知った。
こちらが勝ち時を感じれば
あちらが悔しさに涙を目に溜める。
決め手は、ん、で終わりそうになった言葉を
”ンデベレ族”という言葉が彼を救い
また相手をも唸らせた。
「“ン” からはじまる言葉なんて知らなかった〜!」
ンデベレ族なんて適当に、そりゃもう超いい加減に
言ってみただけだ。使ったらダメだよルールは吹っ飛んだ。
だが、大人とは、こういうものだろう。
子供を導きながら
ときに ズルさを教える、そんなものだろう。
賢者って言われて悪い気しないし。
「ー けど、俺の言葉はみんな本からだし」
「?本から学ぶことは素晴らしいことだ。
だが、よく“金枝”などという言葉を
知っていたものだ」
「なんでだ?金枝って、
あれはディアナの金枝だろ?」
「ーっ、それを知る子供なんていてたまるか。
大体なんでお前は“金枝”を知るに至った?」
「え、だっておれんちにあるもん、それ。」
「は?」
「魔女が持ってきたんだ、俺に。」
「ま、魔女が?ー」
「あぁ、魔女はたまにしか来ないけど
本も持ってくる。」
「おい、お前、魔女の子供なの、か?」
「ちげーよ、おかんみたいな、もんだってーの。」
「お前の母親はどうした」
「ー、あぁ、うん、死んだ。」
「!ー、それは・・・すまなかったな。」
「いいよ、人は死ぬもんだ。
だろ?賢者」
屈託のない子供の笑顔が、男の心に刺さる。
「・・・あぁ、そうだな。ー 」
男はなんかもう、負けていいやって
本気で思った。
だが、男の運命はまたしても動き出す。
「おい、賢者。
お前、俺との勝負に勝ったんだ。
おれんちに来いよ、
“ニンニン手裏剣大戦争”読ませてやるよ!」
「!!っだが ー」
「その代わり、
シュリュィエラーベラバルをうまく使いてえんだ。
教えてくれよ」
子供の方が、大人だった。
「わかった。・・・じゃあ
お前にはこれをやろう。」
握りしめた拳を突き出し
子供の手に握らす。
「?・・・どんぐり?」
「大事に食え。俺の四日分の食料だ」
それはもう、不可抗力だ。
命を繋ぐどんぐりを手渡した。
手にこんもり乗るどんぐりには
目もくれず、子供は男を下から見上げる。
「そういえばお前、服ボロ切れみてえだな。
なんでそんなきったねえ黒い服着て
杖なんて持ってんの?
なんで靴履いてねえの?」
「こ、これは
(これないと歩けないとは言いたくないし
服はもう着るものがないから
落ちてたやつ着てるだけだし
靴なんて旅して二ヶ月ぐらいで壊れた。)
ご、ゴホンっ、賢者とは、
そういうものだからだ。」
「へえ、でもそのボロ切れもう破れてるし
違うの着た方がいいぜ?
コケたらケツ丸出しになるぜ〜ひひっ。
俺、てっきりジジイだから
杖ついてるんだと思ってた。」
「あのな、俺はまだ二十八だ。」
子供から見たら
「ー おっさんじゃん」
その通り。
先ほども申し述べたが
グレリンの役目は空腹を脳に伝えるとともに
成長ホルモンの分泌を促すことだ。
だが、ー。
空腹時にはしてはならないことがある。
それは ー
「おっさんじゃない、賢者だ!
賢者とは、知に身も心も全てを捧げ
己が生きる道を極めたる者をいうのだ。
見てくれがどうであろうとも、
心は錦を着ているのだっっっ!
賢者とは私のような姿であるべきなのだっっ」
大人の建前。
ヨーテボリ大学のカロリーナ・スキビッカ氏によると
空腹時に分泌されるグレリンは
上昇しすぎると脳が衝動的に働く。
つまり ー
理性的な判断を下す能力に影響を及ぼし
正確な意思決定ができない、ということ。
本心はどうであれ、自分の身なりを肯定し
杖もなんか持つのが賢者っぽい、
と言ってしまった。
「(本当は綺麗な服着たい。
杖だって普段使ってねーし。
足だって痛えよ・・・。
あー、腹減ったなぁ。)」
大人の本音。
ー 以来、彼は 賢者と呼ばれた。 ー
その時、しりとりに負けつつも
初めて会った、人間に興味を抱いたのが ー
半竜の ピコという。
*
ヌゥドゥモンドゥモルシャンシ情報:長い。
(情報不足により説明不可)
シュリュィエラーベラバル情報:長い。
(情報不足により説明不可)
ニンニン手裏剣大戦争情報:
ニャポポン国の寓話集。
エレーミナルス王国書庫にも所蔵。
全上下巻+別巻
別巻だけ、誰も読んだことのない
伝説の本となっている。
勇者ディオも幼少期、読んだ。
ンデベレ族情報:いる。本当に、いる。
ジンバブエ南部の
マタベレランド地方および
南アフリカ共和国北東部の
トランスバール地方に居住する民族。
ジンバブエのンデベレ族は
かつてマタベレ族と呼ばれた。




