東の塔 ③
*
バッチバチのボッコボコに
やりあう喧嘩を期待した諸君。
すまん、女同士のキャットファイトは望めない。
なぜなら ー
「ゔっ」
ニアヴは馬上、美しい顔を崩す。
「へ?」
魔女はぽか〜ん。
あれ、なんだったっけ。
魔女は丸太を片手で握りつぶした後に
『カードは何て言ってたか』
って聞いただけなんだ。な?
と見せかけて、美人の髪の毛を鷲掴みし
馬から引きずり下ろすという魔女の悪役ぶりを
発揮するつもりで・・・
魔女、そうだろ?ー
「(あ!ひょっとしたら
ニアヴさんの見たカードの絵
すんごい変でショックだったのかも!?)」
ない。
それは、ない。
「(じゃあ、やっぱり
カードの効果なのかな・・・。
結局、なんでかわかんなかった)」
だが
「っっ!!」
ニアヴの美しい瞳はみるみるうちに
「んっ〜っ」
涙でいっぱい。あらあらあら〜?
万が一にも変な絵でショック涙、あるか?!
「にっニアヴさん!?
私っ変なこと言いました!?」
変なことは言ってないが
変な絵を引いたのはお前な。
魔女はニアヴに寄る。
「だっ、だって、ゔ、うわ〜ぁぁっんっ!!」
泣き出した。
手綱から手を離し
白馬のたてがみを
引きちぎらんばかりに握りしめ
顔を隠すように泣き伏した。
白馬もほら、我慢してるけど
『ブルルルっっ!!』
(意訳:いと痛し。)
魔女は泣き喚くニアヴに
どうしたらいいのかわからない。
「え、ど、(どうしよう)」
城門前に迎えにきてくれた時は
もっとこう、美人で
クール系で、なんていうかこう、ー
決めつけは良くないけど
「(“うわぁ〜ん”って
泣くもんなの?こんな美人も・・・)」
意外すぎる。
魔女、美人泣かしてはじめて悪役の気分。
「(なんか悪いことしちゃったな・・・)」
白馬が軽く首を振った。
痛いのだろう。
たてがみを引っ張られている白馬を
なだめるように
魔女は鼻筋を撫で回しながら、ニアヴに声をかける。
「に、ニアヴさん!
とりあえず、アンヴァルから降りませんか?
あ、危ないし、ほら!
あの、ね?ーね、ヘムズワスさんもほら!!」
魔女は後ろに立っているヘムズワスを振り返った。
茫然としていたが、気を持ち直したのか
『あ、あぁ、降りるが良いだろう』
ヘムズワスは紳士らしい。
言ったあと、すぐに魔女の横に立ち
馬上のニアヴに手を差し出した。
「どうぞ、お手を ー」
やだん、紳士じゃ〜ん。
だが
泣き虫ニアヴはちら、とヘムズワスを見て
「この方、怒ってらっしゃるわ。
私の所業はきっと許されないわっ!」
そりゃ、魔法でほら、殺そうとしたし
ヘムズワスもね、気まずくはあるわけだし。
いきなり仲良くできるわけない。
「え、大丈夫ですよ。無傷だし。」
魔女はヘムズワスを見る。
そういう問題じゃないんだよねぇ。
どうやらヘムズワスも思ったらしい。
だから、精一杯の紳士の振る舞いで
馬から降りるレディに手ぇ出してやってんだろ。
と、いう気遣いだ。
ヘムズワスは何が悪いのかわかってない。
魔女の囁きが聞こえた。
「“怒ってなんかないよ”って言って。早く」
え、なにそれ
デキる彼氏の所作やんけ。
殺そうとしたのはニアヴだけど
“そんなのちっとも気にしてないぜ、ベイベ”
という態度を取れと?
『・・・(そういう礼儀作法はないが)』
閉口するヘムズワスを魔女が小突く。
「っほら早くっ!」
催促される。
紳士、ヘムズワスは少々困ったような顔をしたが
涙に頬濡らすニアヴに
どこからかハンカチを取り出し
微笑みながら差し出した。
『朝陽のごとく黄金の髪を持つ白馬の女神よ、
真珠の涙は喜びの時まで仕舞うといい。
今はその頬を濡らしてはいけない。
おや、お召し物に少し埃がついている。
お払いしてもよろしいか?
ー さあ、手を』
(意訳:歯が浮きっぱなしでございます)
ニアヴの涙がピタっと止んだ。
悪くなかったらしい。
ヘムズワスの手を取った。
「お〜!!!」
魔女は感嘆の声を上げた。
ニアヴの手を取り、馬から下ろす。
ヘムズワスは魔女を
ちら、と見たもののニアヴにひざまずき
ローブの埃を払った。
それら一連の動きを見て、魔女は嬉しそうだ。
「ヘムズワスさんって
すっごい口が上手ですね〜!
ナンパしてるみた〜い!」
紳士ヘムズワス、イラっとする。
好きでやってねえよ、おめえがやれっつうから
やってんだ。
“紳士たるものナンパなんてするものか”、と
思ったには違いないが
ヘムズワスはアホ面の魔女の言葉にも微笑んだ。
『魔女、君には見えないか?
この気高い淑女に
神々はあらゆる祝福を与えたのだ。』
(意訳:馬鹿なおめえにはこの教養あるお世辞が
わからんだろうな。)
「ひゃい!(お口、チャック!)」
魔女は口をつぐんだ。
ニアヴは赤くなった目をハンカチで軽く抑えた。
「お見苦しい姿を見せしてしまったわ。
魔法隊長 ヘムズワス様」
『どのようなお姿も美しい、お気になさらずに。』
「(ほげえ〜)」
魔女はすっっごく絵になる二人を見て
ほげぇ〜っとしていた。
「(これがナンパじゃないなら
何がナンパになるんだ・・・
二人って付き合ってんの?)」
思考飛躍型だ。
世辞、というものにも格式があることを知らないらしい。
「あ」
魔女ははた、と気付いて
肩掛けかばんをゴソゴソしだし
ニアヴを見て両手で手招きした。
「ニアヴさん!ここ!ここに座ってください!」
「?ー、まぁ。」
「ヘムズワスさんも!お茶、お茶にしませんか?!」
『ー、だが』
帰りたい。紳士ヘムズワスだって暇じゃない。
だが
ニアヴはヘムズワスを見上げ、
恥ずかしそうな顔をしつつも
ハンカチを軽く胸元で握りしめ、ウルウル眼差しで
困惑気味なヘムズワスに言う。
「ー、大変ご迷惑だと存じ上げます。
ですがお茶の時間だけでも
お話をさせていただけませんか。」
紳士は淑女の思いを汲み取った。
『とんでもない、同席させていただく栄光に
感謝を申し上げる。』
これもまた、断らないのが礼儀らしい。
ほんとは帰りたい。魔法隊長だよ。
「(お茶飲むだけなのに栄光?
いちいち大袈裟じゃない?)」
聞きながらも
魔女は魔女宅から持ち出してきた水筒と
クッキーを取り出した。
水筒の口を開けて、カップに紅茶を注いだ。
膝に置いた紅い薔薇は瑞々しく
魔女の黒いローブがことさらその赤さを引き立てた。
紅茶の香りが広がった。
「どうぞ〜。」
ニアヴは俯いたままだったが
タル・ロを取り出し
クッキーの包みの横にそっと 置いた。
「?あ、これ」
魔女がカードを見た。
「(あれ、何だったけ、
このカードの意味・・・えっと〜)」
ニアヴの頬に、涙が伝う。
「え」
ぽたっと音を立て、紫のローブに落ちた。
その涙の音に、魔女は顔を上げニアヴを見た。
顔をくしゃくしゃにして
自分が美人だということも忘れて
肩を大きく震わせ両手で顔を覆った。
「ニアヴさんっど、どうしたの?!
お腹痛いですか?薬草飲みます?
回復茶もありますよ!!
あ、でもすごく不味いです!」
鳴き声を押し殺して、押し殺して、
何かを必死で耐えている。
けれど体はその嗚咽を逃しきれずに
耳まで赤くした。
その泣き方に、ニアヴは体の痛みじゃなく
心の痛みで辛いんだと気付いた。
「ニアヴさん・・・大丈夫ですか?」
魔女はニアヴの背中を優しくさすった。
優しくさすりながら、ー
「大丈夫ですよ〜、・・・」
背中をトントン、と軽くなだめすかした。
カードを見たまま、魔女は話し始めた。
「このカードは、キラキラしてますね。
実は、ニアヴさん、ーあの。
私カードの意味
よく知らないんです。ごめんなさい。
あぁ、あの、教えてくれたんですけど〜
アルファイさんていう人なんですけど〜
真面目で〜、えっと〜勇者で〜
タル・ロのこと詳しくって〜
一生懸命教えてくれたんですけど〜
私、物覚え悪くって、へへ。
私にはよくわからなかったんです。
意味があるってことはわかったんですけど〜
だから、
そうだといいなって思ったんです。
願いがもしあったとしたら、
それが叶うといいなって。
アルファイさんが言ったんですよ〜。
“道はいっぱいあるけど
選ぶのは自分だ”って。
カードって、多分ですけど〜
こういう道もあるよって教えてくれるんだと
思って〜、えっと〜
そうなりますようにって思って、
カードを選びました。
だからこのカードの意味も、ー」
魔女のつたない言葉を聞くニアヴの肩の震えが止まった。
魔女が気付いてニアヴを見ると
その瞳は涙でキラキラと
カードの中の星のように光った。
「魔女、この・・・このカードは 」
言いかけたニアヴに、ヘムズワスがカードを持ち上げ
魔女に見せる。
「え?」
ヘムズワスは
『魔女、このカードは “星”だ。
この絵に描かれている女性は
生命の水のほとりで瓶を開けている。
寛大な行為である象徴だ。
それは新しい希望の出現、そして
それらは実現する、ーと 予知された』
「え?予知??誰が」
「お前だ、魔女。」
魔女はそのカードをまじまじと見た。
カードの図柄は
裸の女性が王冠だけかぶり
小さな池の中で両手に持つ瓶を横にして
中の水をドバドバ流しているようだ。
真顔である。
その女性の頭上にはひとつの大きな星を
取り囲むように、七つの星が瞬いている。
「よ、予知ってそんな大袈裟なこと
私やってませんよ〜。
(カード引いただけだし・・・
裸に王冠で両手に瓶もってさ〜
なんか、ー なんかなぁ・・・)」
やっぱりシュールだった。
どうしてこう、魔女は
酔っ払ってる時や
よくわかってないカードをひいては
予言だ、予知だと言われるのか。
「ん?でもヘムズワスさんも
タル・ロを知ってるんですね?」
『まぁ、嗜み程度には、な。
ニアヴ嬢。お聞かせ願おうか。
なぜあなたは占星術師として
この東塔にいた?そして
あなたは魔女に何を願い
あの紅い薔薇を差し出したのだろうか。』
カードをニアヴに差し出すヘムズワスは
微笑んでいる。
*
震える声で
「私は占星術師ではないのです。
・・・たまたま、居合わせただけ。」
ニアヴはカードを見て
「願いは・・・オシーンをっ
オシーンを返して、と」
また、目に涙を溜めた。
魔女はうっすら思う。
「(お・・・しん?あれ・・
サブイベントで少しだけ
名前が出てきたような・・・)」
だが、なんのサブイベントだったのか
もうさっぱり。なにせ、モブキャラでもない。
名前のみ出演の人だ。
だが、ヘムズワスが反応した。
『これは失礼をした。
あなたはかの国の女王陛下であらせられたか。』
魔女、サブイベント吹っ飛ぶ。
「じょ、女王?!?この国じゃなくて?!
(この国のお姫さまじゃなくて?!)」
唐突な新事実にニアヴを二度見。
「(たっ確かに女王って感じも
しなくはない、っていうか
え??なんでこの国で別の国の
女王がいるの??あれ??)」
ヘムズワスはニアヴに言った。
『オシーン殿下は、ニアヴ女王陛下、
あなたの王配であらせられる。』
ヘムズワスは魔女の膝の上に置かれた紅い薔薇を持ち上げ
香りを嗅いだ。
そして、目線を上げ魔女に言う。
『魔女、ー この紅い薔薇は
“願いを叶える薔薇”と呼ばれているのだよ。』
「は?え、“契約の薔薇”じゃなくて??」
聞いてない、聞いてないよ。
紅白で意味違うなんて、花言葉じゃん。
ちら、とニアヴを見てから
紅い薔薇を魔女に手向ける。
「え?・・・」
魔女は、ポカン、としつつ
「あ、どうも」
受け取る。
『そしてあなたは、この薔薇を受け取った』
「え、それは今ヘムズワスさんが
私に渡したから、ー」
お馬鹿な魔女は、またしても
よく考えもしないで
紅い薔薇を手にした。
ニアヴは涙で目を赤くしていたが
魔女に笑顔だ。
「アイスクラピウス様の仰った通りでした。
魔女が必ずやって来るから、
願いなさいと。
薔薇を用意してくださったのも
あのお方ですのよ、うふふ。
あ、魔女に戦いを挑んだのは
ちょっとした遊戯でしてよ。
だって本当に待ちくたびれてしまって。」
ニアヴさん、遊戯で人殺しちゃなんねえよ。
腕にもの言わす武闘派でした。
確か大暴れしてるのが、もう一人いたような。
あら、ケトルさん。
こんなところまでおいでませ。
「へ?」
あのケトル野朗!!
回復茶に次いで
とことん迷惑なことをやってくれるぜ!!
魔女、まだよくわかってない。
アイスクラピウス = ケトルということに。
「えっと、アイスラテチョイス・・・?」
ちょっと選んでどうする。
『アイスクラピウス様だ、失礼のないように』
魔女の口がパカン、と開いてパクパクした。
「(アイスクラ、クラピウス・・・
・・・アイスクラピウス・・・)」
ようやくじんわり思い出し
「(ケ〜ェ〜トォ〜ォ〜ルゥゥ〜っっ!!)」
なんだかフツフツと来た。
魔女の前にはタル・ロのカード。
ヘムズワスはカードを見ながら思う。
『(この“星” のカードは
世界と結びついた存在だ。
過去を浄化し、未来と周囲を浄化する。
・・・彼女は見返りを求めず行動し
深淵なる力と聖なる力を持ち、案内する。
カードの“7”は、“戦車”だ。決然たる行動は
次の“17”を示す“星”に受け継がれ
世界を改善する力となる。・・・・
タル・ロでは。)』
茶に口をつけた。
「っっゲホッ!ン゛っグフっっ」
飲み下すことを体が拒否し、気管に詰まる最悪の形。
「ゲホッゲホっっ!!」
胸を自分で叩く。「ごほっっ」
魔女め、お茶に毒でも仕込んだか?!「ん゛ん゛っ」
違う!お馴染みの回復茶だぜ!
「(新手の毒かと思った・・・)けふっ!」
アイスクラピウスお手製の回復茶の被害者爆誕。
「な、なんだ、この茶は ー」
ニアヴにあげたお茶が切れちゃったから
別の水筒からお茶だしただけだよ。
わざとじゃないよ。
「(ー あ〜、最悪だあ〜、あ〜)」
魔女は願いを叶えてあげられるのか?
ちょっと待て、ラース忘れてない?
ケトルの狙いは何なのか。
みんなに激マズ回復茶を飲ませることか?!
魔女は回復茶の回し者か??
ニアヴは女王なのに、何でこの塔にいたのか。
オシーンて誰?
ヘムズワスって、何でここにいるんだろうね。
魔法隊長って暇なの?
ん?今、英雄が大暴れしてるはずじゃ・・・。
ここにいたら色々まずいんじゃないですかね。
白馬は塔からどうやって出るのか!?
そもそもどうやって入ったの?
ここ三階だよ??
オーゲルとアルファイはどうなってるの?
アルファイは止められないからね、
傍観してるよね。
ラースは何を決めたんだ〜〜!!
え?もうチョコレート食べ終わった?
決めたのってまさか
チョコチップクッキーかアーモンドクッキーか
ってこと?
牢屋で満喫してんじゃねえか、優雅だな。
魔女の頭はこんがらがっている。
大丈夫、みんなきっとこんがらがってるよ。
*
ニアヴ女王情報:おほほ。平伏すが良い。
女王やぞ。
ヘムズワス情報:紳士であり魔法隊長。
像になるぐらいはえらい。
回復茶飲んだ瞬間
不味さのあまり死を覚悟した。
アルファイ情報:タル・ロの効果がないだと?
それは魔女のせいだ。




