鼠の罪と 願いの多寡
*
「困った・・・」
ラースははじめて、その思いを声に出し
壁にもたれる。
自分の横には魔女が作ってくれた
肩掛けかばんがある。
「(早々にかばんを開けることになるとは・・・)」
肩掛けかばんの蓋に刺繍された
シロツメクサと四つ葉のクローバーが
目に入った。
『これ!ラースのかばんね!!』
嬉しそうな顔してた魔女が目に浮かんだ。
ドノヴァッテン魔法王国へ着けば
ラースが捕まると聞いてから
魔女は自室にこもって何やらしていた。
アイスクラピウスに召集を受ける小一時間ほど前
ラースは魔女に呼ばれた。
ラースが庭を横切れば
ディオ祖父がディオの横っ腹に
蹴りを入れた瞬間だった。
「い゛っっ!?」
腹を抑えて倒れるディオを横目で見つつ
「(右脇腹か、・・・綺麗に決まったな)」
さらにディオ祖父は斧の刃をひっくり返し
ディオの頭上、振り下ろした。
ゲンコツを落とされたより少し大きめの音が
聞こえた。
「(祖父と孫とは思えない所業だが
あれで信頼関係は良好なのだから
もはや師弟関係にあると見える。
こうなったら、あと15分は休憩だ)
ラースはまた別方向から
誰かが倒れる音を聞いた。
これも朝から幾度となく聞いていれば
もう慣れっこだ。
方角からすると、ギーズルかゾイだろう。
「(ギーズルはアイスクラピウスから
体術でも習っているのか・・・?
彼は祭祀王なんだが・・・。ギーズルのやつ
毎回締め技で落とされているな。)」
台所に入り、水を飲んだ後
小さなカゴから魔女お手製の飴を口に運ぶ。
「あ、ラース、いたいた。
ちょっとこっち来て〜」
「?」
魔女が廊下の一番奥にある自室から
顔だけ出して、ラースを呼んだ。
鼻を抜ける飴の香りは、花のようにやさしく
爽やかな味だ。
ちなみにその飴は
アンデリダの草(スージーご愛食)で
できてることは
ラースはミジンコほども知らない。
「(香りも、まぁ悪くはないな)」
思いながら魔女の部屋へ行った、
「なんだ?」
ラースは魔女のベッドに駆け上った。
魔女はすでにベッドの上で何やら広げている。
「?ー、魔女、これは」
「んー?だって捕まるって分かってて
丸腰で行くお間抜けさんはいないでしょ?」
何やらチクチク縫っていた。
ラースはしばし、縫っているものを見ていたが
ふとベッドの上に広げられているものを見渡した。
「ー?なぜサンザシが?」
「あー、それね〜、なんか役立つかな〜って
ふぅっ、できた!」
「?」
魔女は糸の始末を終え、
縫っていた場所を軽く伸ばして
ラースに向けた。
「はい、これ」
魔女はラースに手渡して微笑んだ。
肩掛けかばん(ラースサイズ)だった。
「は?なんだ、これはーっ」
「ん?だって必要でしょ?」
小さな肩掛けかばんだった。
かばんのかぶせ部分には
魔女がチクチク縫っていた刺繍があった。
「シロツメクサ?」
「おっ!?わかった?
良かった〜ぁ。しかも〜
四つ葉のクローバー付きで〜す。
出現率十万分の一なんだって!
激レアじゃん。
なんかぁ、聞いたらさ
葉っぱの一枚、一枚に
意味あるらしいんだけど〜
忘れちゃったから
まとめて四つ葉にしたんだあ〜。
意味、知ってる?」
「ー、」
知ってる、とは言えなかった。
「(“幸運”、・・・“約束”・・・)」
今の自分が口にしていい言葉に思えなかった。
魔女はタオルを畳み始めた。
手際よく畳むと
次は小袋に分けられている飴玉とクッキーを
畳まれたタオルのそばに置く。
それら荷物をかばんに入るように小さくし始めた。
「ラースを守ってもらえるように〜」
詰め込みながら歌うように口ずさむ。
「あ、これこれ〜、これ見て〜。」
2つほどの小袋を手の上に置いてみせる。
「それは?」
「えへへ。お助けグッズだよ〜」
「?お助け?」
「うん、捕まったらさ、
心細くなっちゃうかもしれないけど
これがあれば何とかなるよ。
あ、こっちの青い袋はね
ケトルさんからだよ。」
「アイスクラピウスが?」
ラースが青い袋を手にしようとした。
魔女の手が覆い被さる。
「青いのは、ピンチになった時だけ
開けていいの。
だけど私の袋、こっちは
いつでも開けていいよ。」
魔女はラースの目を覗き込む。
「・・・わかった」
かばんにサンザシをポイっと入れた。
「ここにサンザシも入れとくね。
ねえラース。あの〜・・・
ドノヴァッテンには
絶対行かなきゃいけないの?
私だけ行くとか、
ラースはお家でお留守番とかさ〜」
「いずれ、行かねばならなかった。
早いか遅いか、だけだ。」
ラースは肩掛けかばんを見ていた。
「禁書、どうしたの」
刺繍のシロツメクサが、偏光でキラキラしていた。
「あなたを倒すために盗んだ。」
魔女は顔を上げた。
「・・・ラースが?」
「ああ。だがそもそもの話、
最強の魔女に禁書なんて意味はなかった。
その禁書自体、あなたの魔法なのだ。
だから禁書なんだ、皮肉なものだな。」
「そんな、ー、だって」
ラースは魔女を見上げる。
「知ってのとおり、禁書には“贄”がいる。
私は“贄”を用意した。
・・・私は生きた人間を、贄にしたのだ。」
魔女の目が動揺に震えた。
「魔女、だから私は・・・
このようなものを用意してもらうほど
かわいそうなヤツじゃ、ないんだ」
魔女は何も言わずに
シロツメクサの四つ葉刺繍入りの
肩掛けかばんに荷物を入れ始めた。
口が真一文字になっていた。
ラースは肩掛けかばんに目をやったものの
その心遣いに、
やんわり拒否を示したつもりだった。
「魔女、聞いているのか。ー これらは」
黙々としまい込んでいる手は止めずに
目も合わせない。
聞こえていないわけじゃない。
聞きたくない、とも言ってない。
その罪の重さを無視してるわけじゃない。
知らないふりだって、しない。
ゲーム画面の向こう側で
救いのないエンディングを迎える主人公に
語りかけてた。
「ねえ、私がいたらそっちじゃないよって
教えてあげられるのにな〜
どっちもだめなら、違うことすればいいのに
選択肢がないってずるいよね・・・
ぐすん・・・」
鼻の奥がツン、とした感覚を覚えてる。
ここがゲームの世界だろうが
そうじゃなかろうが関係なかった。
「(ラースはずっと
その罪の中にいたはずだ。
だって眠る前、ぶつぶつなんか言って
お祈りしてるの、知ってるんだ
世界は平等じゃないんだ。だったら
味方がいたって いいじゃんか。
ゲームの中のNPCたちもみんな孤独で
世界に絶望して人を裏切って
裏切られて、とうとう戦う意味さえ失う。
けど壊れてく世界の中でも
こんな世界でも
確かに、意志はあるんだ・・・)」
そう思ったら
「いいの!ラースのことをっっ
心配する人がいたっていいでしょ!!」
ものすごくものすごく
恥ずかしかったから
怒ってるみたいな言い方しちゃった。
「ーっ」
かばんに入れようとしたタオルを
ぎゅっと握りしめていた。
「ラースが悪いことしたのはわかってる。
じゃあ
ごめんなさいって言ってきて。
ちゃんと反省してますって、
償ってくればいいよ。
2度とやりませんって。
私は反省してる人を知らんぷりはしない。
だからこれ、持って行って。」
タオルをグイッと押し込んだ魔女の顔が上がった。
魔女がすごく怒っているように見えた。
ラースには不思議な気分だった。
かばんをポンっと叩いて持ち上げ、ラースに向けた。
「んっ!ほら、早く」
魔女の差し出す肩掛けかばん(小)を
ラースは手に取った、
同時にラースは持ち上げられて
魔女の胸に抱きしめられていた。
「ラース、ごめんね、
私のせいで、牢屋なんて行くことになって
本当に、ー ごめんなさい。」
「 ー 」
ラースは思い出していた。
かくれんぼした時のことだ。
抱きしめられた窮屈さを
鼻先に煙る砂埃を
庇われた重みの結果を
ラースは、決して忘れることはないだろう。
「(魔女も私も ー)」
今更頭を下げられたって、過去は変えられない。
「(わかって、るさ。 )」
心に湧いてくるその感情を
ラースはなんて表現したらいいのか、
わからない。
今までの数々を口に出すのが億劫な代わりに
「・・・魔女、お前、転生者だろ」
思ってたことを言っていた。
「!!!!えっっ、どっどうして
何?!えっ、ちょっいきなりなにっ
なにが!?え??わっわ」
「(あぁ、助かった・・・)」
慌てふためく魔女の胸からするりと抜け
ラースはかばんを見た。パンパンだ。
少しだけ、ため息をついた。
「魔女、かばんに荷物を入れすぎではないか?」
お優しいおネズミさまは
わざと話の軸をずらしてあげた。
「え、そ、そうかな??
足りないなあって思ってたんだけどっ
えっと、あのっ」
ラースはもうかばんに入れさせまいと
上に乗った。
「もういらない」
「これぐらいは普通だよ。まだ入るよ?
ちょっとどいて」
魔女はラースをどかす。
「かっ、かばんの形が崩れ、ー」
「イケるよ、まだイケるって、これ丈夫だし」
「やめっ」
「チョコレートも入れとこ」
「いっいらんっ遠足じゃないんだぞ!」
「いいじゃ〜ん。
牢屋って寒いでしょ?
毛布も入れとく??」
「私をなんだと思ってる!」
「え〜?ネズミ〜。」
「(イラッ)」
かばんの口の前で、魔女とおネズミさま
荷物を出したり入れたりの大乱闘。
「あたしの前で
イチャイチャすんなっつうの」
おっと〜?
イケメンオネエが乱入だ!
*
「あ、ギーズルさん」
ギーズルは首を揉みつつ
魔女の部屋に入ってきた。
首を右、左とひねっている。
ひねりながら、ちら、とラースを見て
ポケットから取り出した。
「ラース、これを。」
ギーズルはラースに小さな袋を手渡した。
「?」
「次に会った時に
返してくれればいい」
魔女はその小袋をじーっと見て
ギーズルに微笑んだ。
「どんぐり、でしょ〜?」
「はあ?何でどんぐりなんか入れる」
「え、違いますか〜?
だってギーズルさんて森の祭祀王でしょ?
どんぐりとかお守りじゃないんですか?」
「???何で」
魔女はどこかの森に住む
おっきくて不思議な生き物をイメージしてる。
だが、相手はイケメンオネエの祭祀王だ。
「どんぐりより良いもんだよ」
そう言うと、魔女のベッドに腰掛けた。
「あっ!ラースさんいた!!」
ゾイが入ってきた。
腕まくりをして、首にタオルを巻いている。
何か作業をしていたわけじゃない。
修行をしていたのだが、
(トイレ〜とか言って)抜けてきたらしい。
「これ、あの〜、僕が作ったんですけど。
お守りです。」
ゾイは麻の紐でぐるぐる巻きにされたものを
ラースの前にぶら下げた。
「お守り?」
ラースは麻紐に触れた。
「ちょうど本に書いてあって
アイスクラピウス様も
やってみたら良いっておっしゃるので
ちょっと試しに。
うまくできたかどうかわかんないけど」
照れた顔してぶら下げる“お守り”
はラースの両手に乗った。
魔女はじ〜っとそれを見てゾイに向いた。
「あ〜!ゾイさん。ずっる〜い。
それ、私が作ろうとしたやつだ〜」
「え、そうなんですか?
本が開いたまま置いてあったからつい読んで
でも魔女さまが開いてたページって
足が臭くなる呪いですよ。」
「!ち、違うよ!」
ヌイっとシャルラッハロートが割り込んだ。
「!シャル、どうしたの。
お腹すいた?」
「ラース。」
シャルラッハロートは
美しい一本の糸をラースに向けた。
「?ー 糸?」
ラースは糸を受け取り、両手で伸ばした。
「体のどこか一部に巻いておけ」
言って、いなくなった。
じ〜ぃっとみんなその糸を見た。
「何ですかね、この糸。長いですけど。」
魔女はラースの持つ糸の先を持ってみた。
白いような銀のようだが
光具合によって色が変わる。
「糸、なのかな、意図的に、何つって。」
ゾイは考えるのを諦めたようだ。
「これ、糸じゃないな。」
ギーズルは糸をスーッと撫ぜる。
魔女が首を傾げて、その糸を見ていたら
ヒョイっとその糸は宙へ移動した。
「?!」
「ほ〜ぉ。こりゃまた縁起物だな。」
ディオ祖父だ。
「え、ディオのおじいちゃん。
これ何か知ってるんですか?」
ランプの光に糸を透かすようにして覗いた。
一緒に覗き込む人影が増えた。
「古代の護符だな。」
アイスクラピウスが言った。
「護符?!これが?」
「あぁ、これは古代から
今も使われるぐらい
超強力な護符だ。
ははっ、聖獣もネズミを気遣ってるんだな」
魔女はベッドから飛び降りて、たんすの中から小さな箱を取り出し
ガッサガッサと漁りー、
「こうすれば
ラースの首にはちょうどいいかな。」
小さなビーズ玉をとおして首飾りにした。
「ほら、これ見て!何かよくわかんないけど
すごく綺麗でしょ?ラースの目みたい!」
みんなに見せた後、ラースの首に巻いた。
ラースも途中から“いらない”とは言えなくなって
なすがまま。
いつの間にか、魔女の部屋にはみんなが集まっていて
弾けるような笑いで溢れていた。
これから捕まるというのに
ラースは複雑な気分で
足元に転がるお守りを見ていた。
「ら〜すさあ〜ん。」
「?」
顔を上げたら
シャルラッハロートに背負われたディオがいた。
ヘロヘロ勇者ディオだ。
「ディオ、大丈夫か?」
思わずラースはシャルラッハロートの肩に乗る。
「じいちゃんが手加減しないから
もうボコスカやられちゃいました。
けど大丈夫です、俺、丈夫なんで。
俺、あの、俺がラースさんに
あげられるものなんか
何もないんすけど。
ー これ、使ってください」
薬壺だった。
「?なんだこれ」
ギーズルが覗き込むと
魔女も一緒に覗き込んで言う。
「これはね〜、私がディオに
エレーミナルスの王城で
取ってきてもらったんだよ〜。
回復の壺なんだけど便利なんだ〜。
欠片集めて中に入れると
回復の回数が増えるんだよ!!
すごくない?!」
ラースは流石に気が引けた。
「ディオ、これはダメだ。
お前のものだ。」
ディオは笑顔だ。
「あげるわけじゃないですよ。
貸し、です、あと、ー
俺、今からちょっと気を失いますけど
気にしないで」
ニコ、と笑ってシャルラッハロートの背で気絶した。
「ディオ!!大丈夫!?」
魔女も駆け寄る。
「その辺で寝かしとけ。
起きれば元に戻っとるわい」
ディオ祖父は笑った。
「(普通は寝ても
元には戻らないと、思います)」
シャルラッハロートがディオを背負って
部屋を後にしようとした時
ドア前にはアルファイがいた。
「・・・」
シャルラッハロートはわざとドアを開け放つ。
「あ、アルファイさん!どうぞ!入ってください」
魔女が手招きするも
アルファイはやっぱり入ってこなかった。
「アルファイ!!」
ラースは、アルファイの足元へ寄った。
「どうした」
気まずそうなアルファイに、
ラースは後ろの魔女たちを見て
アルファイに駆け上り、肩で言う。
「庭へ ー」
休憩中の雑談の花が咲く魔女の部屋を後にして
ラースとアルファイは庭へ出る。
穏やかな風が庭に吹いていて
時折、花の甘い香りがした。
ラースは薪割り用の切り株に飛び降りた。
洗濯物が風になびく。
アルファイはラースを見下ろしている。
何か、言いたそうだった。
でも言う資格なんてない、という顔をしているのも
ラースにはわかった。
「(変わってないな、本当に。)」
だが、ラースの心には決めていたことがあった。
だから、口にすることにした。
あの日、アルファイにできなかったことだった。
「アルファイ、 お前に頼みがある。」
「 ーっ」
「聞いてくれ。ー 最後まで聞いてほしい。
お前の本意ではないことはわかってる。
だが、ドノヴァッテンへ行ったらー
魔女を、守り、手伝ってやってほしい。
あれでも、私の主なんだ」
「!な、何を言う、」
ラースに考えがないわけではない。
それが、アルファイのためでもあるし
魔女の呪いを解くための理由でもあった。
「(本人は嫌がるだろうが・・・)」
風が少し強くなった。
「私が捕まってしまえば、魔力は封じられ
魔女の呼び出しには応えられなくなる。
その時、そばにいられるのはお前だけなんだ。」
「なぜ、ーなぜ私を」
風の中、負けないように
ラースははっきり言う。
「アルファイ、お前に 頼みたいんだ。」
「ーっ私がその約束を守るとでも思うのか」
少しだけ、沈黙して
「あぁ。守るさ、ー お前なら」
ラースはアルファイを見上げた。
「な、んで」
言い返そうと思うけど
喉のもっと奥が握りつぶされたように声が出ない。
金色の毛並みが、風にそっと揺れるのを
アルファイはただどうしようもなく
立ち尽くして見ている。
だだ、ぼうっと
「(きっと、あぁ、思い出していたのだ。
旅立ちを決めた あの日の姿だと。)」
アルファイは思った。
ラースの目が日差しの中で、美しく反射した。
「信じてるんだよ、アルファイ。
お前を信じる。」
風の一団が庭を抜けた。
「あっ!」
ラースの短い声に、洗濯物が風にあおられ
飛ばされた一枚が空へ舞い上がる。
アルファイは片腕を伸ばすと
しっかり掴み取り、手に握りしめた。
「ああ、ならば
私は私の目的を往こう。」
与えられたるものを受けよ。
そして
与えられたるものを活かせ。
ラースとアルファイの師が
言っていた言葉だった。
*
ラース情報:お守りって
何個も持ってて良いのか?
アルファイ情報:私はラースのために
毎秒祈ってるが何か?
オーゲル情報:早く行こうぜ!
ディオ情報:右脇腹に蹴りが入ると
ジワジワ効いてきます。
ディオ祖父情報:それを
ボディーブローといふ。




