惨めさと誇り
魔女は静かに歩き出した、
縄に引かれたアルファイは
足を引きずるような音を出しながら歩き出す。
満身創痍ながらも
彼は前を向いていた。
霧の中の城門前は
誰もいないように思われた。
なのに、時々どこかから声だけが聞こえる。
姿なき、ドノヴァッテンの流儀だ。
『みろ、魔女だー、
あれはなんだ、奴隷か?』
『魔女だ』
『魔女にやられたんだろう。
バカなやつだ。』
『魔法使いだったのか』
『あいつは秘術師だ。
ローブの種類が違うだろ?』
『みっともないな』
『どうせ魔女の贄が末路だ、惨めな ー』
『あんな姿になってまで
ここに戻ってくるなんて』
聞こえてくる声はひそめている。
だが魔女は知っている。
ヒソヒソ声の方がよく聞こえる。
その声の種類だって知っている。
嘲りだ。
馬鹿にする、悪意だ。
「(何にも知らないくせに・・・
私だってよく知らないけど
あんたたちよりは知ってる。)」
聞きながら、魔女は耐えた。
だって、仕方ない。
「(これは作戦だから)」
魔女の口は一文字になっていた。
『首の輪を見たか、
あれでは犬だ』
『犬の方がまだマシだよ』
『魔女の犬なんて笑い種だ』
『厚顔無恥なやつだ』
『どうやってここまで来れた』
『見ろよ、核もないぞ』
『消えちまえ 魔力なしが』
『魔女にやられたか、バカめ』
『恥晒しにドノヴァッテンへ戻ってきたか』
そんなわけない、と
魔女の心はいちいち反応する。
そのたびに
「(ー これは 作戦なんだ。)」
次第に魔女の唇が一文字のまま
噛み締められる。
言い返せない状況と
反論してはいけない理由が
魔女の我慢を刺激する。
「(王城の門の前まであと少しだから)」
違うことを考える。
「(王城へ入ったらすぐに
アルファイさんを治療するんだ)」
とか
「(元々強いし腕を治せば、きっと
みんな見直すはずだし)」
とかポジティブな考えをする。
なのに、悪意は
この満身創痍の男をさらに刺し続け
魔女の心ですら、傷付ける。
『あれでよく生きていようと思うな』
『俺なら死にたい』
クスクス
『みろよ、もう死にそうじゃないか』
『死んでしまえ』
クスクス
『あんな姿で何ができるんだ』
『腕もないしな』
ハハハハ
『秘術師のやることは
魔法使いとは言えないからな』
「(耐えて、アルファイさん。
ー 耐えろ、私)」
魔女は奥歯を思い切り噛みしめる。
『生き恥とはまさに あの姿だ。
生きる価値なんかないだろ』
「(作戦なの!わかんないだろうけど!!)」
心の中で大きな声でいう。
言い聞かせる。
心を無にすることは無理だが
まわりの雑音に負けないぐらい
魔女は心で叫ぶ。
「(さ く せ ん だ か ら!!)」
言葉の剣は嘲笑を混ぜ容赦なく貫いていく。
魔女はアルファイ同様
前だけを向いて歩く。
肩に乗るラースもまた、無言だった。
縄が、少しだけ 張った。 ー
『羞恥があればここにいない』
『“核”もない、クズだ』
『生きてる意味がない』
『惨めなものだ』
『どうせ、魔女に泣きついて
生かせてもらったに 違いないだろうよ』
『魔女に命乞いするぐらいなら
自害すればいいものを』
『しがみついて みっともない』
ヒソヒソと話す声は
魔女たちに聞こえるように大きくなる。
反応しないことをいいことに
わざと声を大きくしたのだ。
「ー 生きてる意味がない?
ー 命乞いするぐらいなら死ね?
ー みっともない?
(彼がどんな想いでここに・・・)」
言われたことを
口の中で言っていた。
聞こえる言葉に
口の中が渇ききっていて
自分が汚れていきそうで
惨めになって涙が出そうだった。
「(お前らに なにが わかる)」
ブゥチっっっ
「(さ く せ ん だ け ど ー)」
王城の門を目の前にして振り返った。
「文句があるなら
目の前に出てこいっ弱虫どもが!!!」
魔女は叫んでた。
「お前らみんなっまとめて
ぶっ飛ばしてやる!!!
お前らに勇気があるのか!
この人は、堂々と私に戦いを挑んだ!!!
真正面から戦ったんだ!!
お前らは
こんな姿になってでも、
この場に立つ心があるか!!」
あたりは水を打ったように静かになった。
魔女は止まらない。
「教えてやる!
彼をここに立たせるものは
気高い誇りだ!
それを笑ったやつは
私が片っ端からぶん殴ってやるっっ
私に歯向かい
立ち向かう勇気もないのなら
目を閉じて彼を見るな!!
その減らず口を閉じろ!!
情けないのは口だけの
お前らだっっ!!!!!」
ひとしきり、叫ぶように言い放つ。
姿のない悪意は気配をなくした。
その静けさに、
熱くなった魔女の熱は急激に冷め ー、
「(っは!!や、やばい、
めちゃくちゃキレてしまった)」
しかも、力んでいたから
「(若干、だいぶ、・・・すんごい
縄を引っ張っていたかも・・・)」
そーっと縄をゆるませ
アルファイを横目で薄くみる。
アルファイは黙って下を向いていた。
長い髪が顔を覆い、表情は読み取れなかった。
「(うわ・・・
お、怒らせちゃったかな。
“余計なことすんな”って)」
申し訳ない気持ちで肩の上のラースを見る。
ラースは黙っていた。
「(色々言い過ぎたかも・・・)」
言ったことに後悔はないものの
言い方に気を付けようと、少しだけ反省している。
「(でもさ〜
言われっぱなしってのは
なんか腹が立つんだよな〜。
賢い人は無視するんだろうけどっ
けどギリギリまで我慢したもん。)」
魔女の正当防衛。
自分が言ったことには責任を持つつもりだった。
もし手を出してくる輩がいれば
正拳突きしてやった。
魔法を使ってきたら
“核”だって奪ってやる、ぐらいには腹が立った。
「(別に正義感じゃないけどさー、
事情も知らないくせに
勝手なこと言わないでって
思っちゃったよ。)」
なんとなく言い過ぎたとは思いつつ
いたたまれなくなり
迎えに来た女性を探した。
「あれ?いない・・・」
姿がない。
「ーこちらです、魔女」
声だけだ。
「(これがケトルさんのいう
“ 姿は見えねど、そこにいる” か〜)」
冷静になって今更ながら思う。
魔女は納得し、王城の門を抜け
中門へ歩き出した。
*
実のところアルファイは
姿のない者らの辱めなんて
どうでも良くなる程
不思議な感情で埋め尽くされていた。
「(ここの奴らに何を言われようと
そんなもの、最初からわかっていた)」
下を向く目に映る石畳の隙間から
小さな花が滲む。
「(なんで、
辱めを受けているのに
こんな思いになるのか。
あの魔女にかばわれるなど・・・)」
恥ずかしさもあった。
アルファイの耳に残響がこだまする。
『彼をここに立たせるものは
気高い誇りだ!』
余計に下を向いていた。
「(誇りなんか・・・
ただ・・・)」
どうしようもなく、嬉しい。
「お持ちいただいた“紋章”を
こちらにかざしてください。」
声と同時に、気配もフーッといなくなった。
「わ、消えた!消えたよ!?」
「ー 魔女、紋章を 」
ラースに促された。
「あ、も、紋章、」
肩掛けかばんをゴソゴソしだす。
ゴソゴソしながら思い出す。
「(今北門に行けば・・・
薬壺の欠片が手に入る、んだけどな)」
アイテム回収がちらつく。
「魔女」
ラースが呟くように声をかけた。
「?なに、ラース」
肩掛けかばんの中に紋章が見つからない。
ゴソゴソ・・・。
「先ほどのアレは、威厳があった」
「アレ?」
「“ぶっ飛ばす”なんて
魔女のくせに武力行使なんだな」
「あ、あぁ!あれね!あ〜、
ちょ、ちょっとやり過ぎたかな〜って
思ってたんだけど、へへ。」
本当はあの直後
なんか言って欲しかったけど
今 “威厳” があったなんてラースに言われて
魔女はちょっとうれし恥ずかしだ。
「少しばかり 見直した」
「へ?」
ラースはアルファイの肩に飛び移っていた。
「魔女、あなたの行動には
未だ謎が多いし、語られぬことを含めても
ー それで救われる者もいる。」
「・・・」
魔女は自分が“転生者”であることを
まだ言えていないことを真っ先に思う。
それに ー。
「さぁ紋章を」
ラースは門を見上げた。
「あ、あぁ!うん」
紋章がローブのポケットに
入ったままなことを思い出した。
魔女はポケットから紋章を取り出し、門にかざす。
「(救われるか・・・。)」
言いたいこと言っただけだが
救ったらしい。
言い方、気をつけろって
言われてもおかしくはなかった。
「(そうかぁ〜。てっきり
出しゃばるなって言われると思った。)」
照れくさいし
口元がにやけてるのがバレないように
門を見上げる。
紋章が光り、門が開きはじめた。
「?あれ」
ランタンも一緒に光出す。
「まぶしっ」
眩し過ぎて目を閉じた。
真っ白な光と一緒に魔女たちは
その光に包まれた。
*
目を開けば
もうすでに眩しくはなくて、そこは ー。
『学徒ラース・ヘルヴェルト・スタイン
久しいな、魔女 ー』
「?(誰だろ・・・)」
ひんやりとした空気に眼が冴える。
青紫の石造りでできた美しく荘厳な謁見の間。
「(っ!こ、これは!!
秘石翠でできた王の間だっっ!
ー す、すっっごい広っ)」
キョロキョロしたい気持ちを抑え
玉座を見る。
玉座の後ろには天井まで続く
ドノヴァッテン魔法王国の紋章をあらわした
ステンドグラス。
差し込む光が青と基調としたガラスを通して
まるで王に後光が差しているように見える。
「(うわ〜、すご〜。
かっこい〜)」
謁見の間が光と青に染まって見える。
玉座にいる人は見えるが、姿形はよく見えない。
「(逆光であんまりわからないな)」
魔女は目だけキョロキョロした。
壁際に紋章旗が天井から吊るされている。
でも吊るされている、のではなく
「(あれも魔法で宙に浮いているんだよね。
まじ胸熱だ〜。感動〜。
エレーミナルス王国とはまた違って
まさにファンタジーって感じ。)」
自分が魔女であることは度外視だ。
紋章旗は、青地に金と赤で刺繍された
縦に長いものだった。
魔法王国を表す色だ。
「(オンラインで使う紋章旗だ〜。
何に使うんだっけ。
使ったことないから覚えてないな〜。
あ、あそこの扉の向こうには
月光結晶があるんだよな〜。
取りに行きたいな〜。)」
魔女は荘厳な美しいこの謁見の間で
ただ純粋にゲームとの答え合わせをしていた。
そして、なぜここにいるのかすら
頭からズッポリ抜けている。
王の御前だぜ?
マナーの“マ”の字も魔女の頭にかけらもない。
立ちっぱなし、口半開きの
アホ顔全開である。おのぼりさんだ。
耳元でラースがささやく。
「罠だ、すぐにここから逃げろ」
言うと、ラースは魔女の頬に
“ちゅ”
と触れ、床に降り立った。
「え」
挨拶にしても軽すぎる接吻に聞き返す間もない。
「ー 捕らえよ」
低いしゃがれたような、震えた声。
「?(誰の声?)」
玉座の横に、誰かが立っていた。
「え」
「魔女、アルファイを連れ
急ぎ、西の星見塔へ行け」
「え、だって」
「!!」
ラースの体は宙を浮き
青白い半透明の特殊な檻に入れられた。
「ラースっ」
「今なら多少の魔法が使えるはずだ。
いいかっすぐに行けっ
アカデメイアの地下への鍵をー!」
半透明な檻はラースごと
みるみるうちに小さくなり
目の前で消えていった。
「ラースっ?」
次には
「魔女を捕らえよ!!!」
「!!(やばい)」
罠だと言われりゃ、そりゃもう一目散に
アルファイを背負い
「!!」
思いつく王城内の安(全)置(帯)へ
「(“小書庫”へ!!)」
魔女の足元から魔法陣が浮かび
光に包まれる。
「逃すなっっ!!
魔女に魔法は無意味だっ
攻撃しろっっ」
誰かの声が近付く。
「エラム様!騎士が向かっております!!」
「構わんっっ!魔女を逃してはならん!」
光に吸い込まれながら
魔女はその姿を見る。
「(あいつがエラム・・・)」
アイスクラピウスが言っていた。
“エラムという男に見つかったら逃げろ”、と。
こちらに向かってくるエラムという男は
身なりの良い中年でー
「(・・・?あれ?
・・・なんでだ、この人
私、知ってる・・・?)」
ゲームには出てこないキャラなのに
なんとなく知っているような感覚だ。
嫌な鳥肌が立つ。
感じるままに、魔女とアルファイは
光に消えた。
『魔女よ、解放を』
玉座のつぶやきを、魔女は聞くことはなかった。
*
ここは王城内でも
(ゲーム内でも)敵も人も来ないし
(多分リアルでも)一番安全な
小書庫だ。
初めての魔法らしい魔法を使い
魔女はアルファイを背負って転移した。
「(す、すごいっ・・・
私、こんな魔法使えるんだ)」
一人、感動していた。
「おろせ」
まだ背負ってた。
「あっ、はい」
アルファイを下ろした。
「あ、あの縄を、もう
縄、とりますね!」
アルファイの後ろに回って縄を解く。
首輪も取る。
その辺に捨てるつもりはない。
「(赤い縄と
首輪なんて捨ててあったら
王城、パニックだよ・・・)」
常識人の魔女は
そっと肩掛けかばんにしまう。
肩掛けかばんの蓋に刺繍したクローバーを見る。
「(ラース、肩掛けかばん使ってくれてるかな。)」
魔女宅で、あらかじめ
ラース専用の肩掛けかばんを作り
魔女とおそろいの刺繍を施し手渡した。
色々詰め込んでおいたからパンパンで
ラースは迷惑そうな顔をしていたが受け取ってくれた。
「(あ〜、めちゃんこ心細い。
ドノヴァッテンで一人は辛い。
ゲーム通りならホントまじしんどい。
アルファイさん連れて行けるかな〜。
ラース、無事かな〜。
あんなに小さくされて消えちゃったけど
潰れてたりしないかな。
地下坑道の牢屋に入れられてるのかな?)」
ラースが気掛かりだった。
「西の星見塔へ行くぞ」
小さな声が聞こえた。
縄を解いたものの、怪我だらけの
HP3.7のアルファイをほっとくわけにいかない。
「あ、あのっ
行く前に、(怪我を治して)
(休憩がてら)作戦を立てませんか?」
「・・・」
アルファイは魔女を見る。
魔女もアルファイを見る。
「(魔女と一緒か・・・)」
「(アルファイさんと一緒か〜・・・)」
死にそうな男(HP3.75)と
最悪な魔女(魔法は使える)の
ドノヴァッテン魔法王国、攻略がはじまる。
魔女もアルファイも
すっごく不安。
*
ディオ情報:じいちゃん、強すぎ
人間じゃないだろ。
ディオじいちゃん情報:農家なめんな。
体力おばけ。
ギーズル情報:しーん。
ゾイ情報:ギーズル様がああああっっ
アイスクラピウス情報:安心しろ。
絞め技でイっただけだ。
シャルラッハロート情報:おにぎりだ。




