悔過自新
*
賢者が いた。
ひとりその大地を彷徨ううちに
ひとりその天を見上げるたびに
あらわすものが あらわれるものに
不完全な美しさと 脆さを持ち
完全な繰り返しに 混沌をみた。
賢者は、ひとり 空と大地を覆う
この根源的な因果の連環に挑んだ。
すべては 調和し
すべてと 融合し
この世界の 崩壊と再生を
行き来していると 理解する。
そしてそれらは一部にしか過ぎず
肉身に浸る魂がこの世界を超えたとき
天星の数々を通り抜けていく
その法則は理論的な応用となり
魔術へと変化することがわかった。
魔術を発するそのものは
魔法と転じ その源は 魔力と呼ばれた。
それは偶然か 必然か
止められぬ潮流に
ひとの持つ業に
賢者はついぞ 知ることなく終わった。
だが
一人の探求は
いつしかその“力”を持つ者を集め
その地は砦と呼ばれ
王国を築くまでになる。
その王国の過去は
不可思議な力ゆえに
ある者は迫害され
ある者は侮蔑され
ある者は 祝福され 崇められた。
賢者は もう いない。
人間の持つ“力”ではなく
その根底を成す “心”が
世界を覆うひとつの大きな“力”だと
知ったらば
賢者の 理論の土俵に
果たして 地平に立つことができたのか。
「あらゆるものは
調和の源泉である全能の調整者によって
神秘的に表示されている ー」
ドノヴァッテン魔法王国章 ー
伝承として反証し
伝説として辯駁し
力を使役する者が現れる。
彼らはその力を 魔法、といい
与えられた命との隔たりを 核 と呼んだ。
その世界が為る美しき命の脈流を
その世界を統べる源流を
いつしか 人は こう 呼んだ。
ー 神の業 ー
神はその力を 与え給うたか
神にその言葉は 聞こえるか
*
霧深いドノヴァッテンの地は
果たして
地理的状況で霧が発生しているのか
それとも
魔法で霧で囲われているのか
知る術はない。
ただ、その地は古い昔より
賢者が住まう土地として、いつしか統治されてきた。
言い伝えでは ー。
このドノヴァッテンには
賢者以外にもう1人、
そのはじまりを知る者がいた。
“火鑽り女”、と呼ばれた ー。
はじまりの“火”は “火の母”を意味した。
火の母は、王の死に際しこの火を消し
また新しい王が即位する時に、力強い火に代える。
その神聖な儀式を幾人とも 覗いてはならぬ。
その神聖な儀式を知ってはならぬ。
魔法王国ドノヴァッテンー。
王国自体が魔法で維持されている。
*
魔女宅、庭に全員集合。
アイスクラピウスは皆を見回して言う。
「ドノヴァッテンへ行く方法は
ひとつしかない。
到着後、王城内へ通されるだろうが
秘術師がいても無視していい。
“魔女” にいきなり喧嘩をふっかけるほど
あいつらも馬鹿じゃないだろう。
油断はするなよ、姿は見えねど
そこにいる、というのがドノヴァッテンの流儀だ。
魔女 “エラム” という男には
特に気をつけろ。見つかったら逃げておけ。」
なんか不穏。
言うとアイスクラピウスは
アルファイを縛り上げ始めた。
「な、何してるんですか!」
魔女はギョッとする。
「ん?
アルファイは秘術師の裏切り者だ。
引き渡して殺されるのは避けたいだろ?」
「!そ、それはそうですけど、こんな」
縛るのもどうかと思うが
縄が赤いのも魔女的にはいかがなものかと思う。
「(だって、その縄の色とか
なんか・・・それしかなかったの?)」
だよね。
なんのプレイだろうね。
「魔女に楯突くとこうなるという
至極わかりやすい見せしめだよ。
近寄り難いだろ?」
ええ、それはもう、ものすごく。
確かにアルファイを連れ
王国内を歩くのはリスクがある。
HP24だし、ガリガリだし、片腕だ。
「(見せしめって言うけど
アルファイさん・・・
顔色も悪いし
HP20ぐらいしかなさそうだし
もう腕ないし細いし
そこまでする必要あるの?)」
魔女はすでに痛々しいアルファイを見る。
アルファイは静かに縛られていた。
「ふぅ、こんなもんかな。」
アイスクラピウスが縄を引き絞る。
「ーっ」
アルファイの細い体に縄が食い込み
痛みに顔を歪ませた。
「うむ。あとは、二、三発殴っとくか」
「なっ殴る??」
魔女はとうとうアルファイの前に立った。
「やりすぎじゃないですか?!」
「さあ、どうだろう。」
アイスクラピウスはニコリともしない。
「こいつに人生狂わされたやつもいる。
それをたったの二、三発で
清算してやろうっていうんだ。
やりすぎかな?ー ディオ。」
ディオの方を見た。
握り拳を作って、アルファイを見つめている姿に
魔女は何も言うことができない。
「(ディオ・・・)」
昨夜の夕飯時、彼らは一言も交わすこともなく
目すら合わせることもなかった。
ディオが一歩前に出た。
「ー 俺がやります。」
「え」
「俺に殴らせてください」
ディオの心にわだかまりがなくなるわけではない。
怒りがおさまったわけでもない。
「(このままじゃ駄目だ)」
アルファイとは決着をつけねばならなかった。
それは、心の整理だ。
「(結果的に、呪いも解けて
俺は生きて、ここにいる。)」
ディオはわかってる。
頭で理解していることと
心に浮かぶものは違う。
「(じいちゃんもよく言ってた。
“罪を憎んで、人を憎むなよ”
わかってるんだ、・・・
わかってる。)」
けど、
自分を騙したこと。
エレメーラにしたこと。
エレーミナルス王国を陥れようとしたこと。
「(こればっかりは、償わせないとダメだ。
俺のためにも
アルファイのためにも。
そうじゃないと、次に進めないだろ)」
昨夜、アルファイは逃げるみたいに
庭へ出て行った。
みんな気付いてたけど
声なんかかけられなかった。
ディオはアルファイの行動をずっと見てた。
アルファイが魔女に良い感情を抱いてないのは
すぐにわかったが
手伝いも嫌がらず、黙々とやっていた。
「(仏頂面だったけど)」
ゾイとも親しくはないが
ボソボソと会話っぽいのもしていたし
「(嫌そうな顔はしてたけど)」
魔女の作った食べ物も食べてた。
「(梅干しのおにぎり食べて
酸っぱそうな顔してた、ざまあ)」
何より
ラースを膝に乗せていた。
「(動物に好かれるやつは
だいたい良いやつなんだよな・・・)」
だからだ。
「(きっとコイツは良い奴なんだ。
ー きっと)」
顔を見るたびに、ディオは自分に言い聞かせた。
アルファイを見る。
後ろ手にして縛られているが
目はディオを見ている。
青白い肌に、痩せ細った体。
長く伸び切った髪は真っ白で
頬もこけている。
でもその瞳だけは 預言者の時には
知ることのできなかった意志を持っていた。
ディオはこういうとき
自分の直感を信じることにしている。
誰かがそう言ったから、とか
何かのせいにしたりしない。
心は決まった。
*
「アルファイ、歯を食いしばれ」
ディオの右手は握り拳を作る。
つぶやいていた。
「俺をそそのかして、陥れた分 ー」
「ーっ」
アルファイは小さく頷いたように見えた。
ディオは握り拳を振り抜いた。
ッッゴッ!!
細かい血飛沫が流線を描く。
アルファイの後ろに
シャルラッハロートが立っていて
殴られたアルファイを受け止め立たせる。
よろめきながらも、
アルファイに、ディオはまた
握り拳を握り直す。
「エレメーラを閉じ込めて
死の呪いをかけたこと ー」
ッッゴッ!!!
拳を振り抜くほどに、血飛沫は多くなる。
青い芝生の上に落ちる血の色が
残酷なほど冴えて見え
静まり返った庭に響く殴りつける音が
昨夜のキャンプファイヤーでの
笑い声をもかき消した。
ディオは殴った手を開き、
「俺の国を 壊そうとしたこと」
また握り拳を作った。
ッッゴッ!!!!
鈍い音が響いた。
アルファイは口の中を切ったのか
流血し、鼻血も出していた。
両頬はすでに赤黒くなっていた。
三回目、殴られたあと
アルファイは膝から崩れ落ちるように
前のめりに倒れてしまった。
シャルラッハロートはアルファイを軽々と起こして
また立ち上がらせる。
アルファイは視線が定まらない。
顔を軽く振ると吹き出した血が
ローブにボタボタっと落ちた。
ディオは握り拳を見る。
力を込めて、全力で殴った。
痛みで痺れている。
握った手を開いたら、微かに震えてた。
「(これで いい。)」
誰かを殴るということが
本で読むよりも、人から聞いた話よりも
ずっとずっと、心が痛かった。
達成感より、ずっと重い。
*
「ー よし。これで終わり。」
ディオは眉を下げて微笑んだ。
「?」
アルファイはまだ殴られると思っていたので
ディオの笑顔に軋む体をこわばらせた。
「アルファイ。
これでお前と決着つけられたよ。
みんなの分、代表で殴ったし
お前は逃げないで受けたろ?
だからお前もこれからは堂々としろ。」
ディオは薬草を取り出し
アルファイに飲ませようとした。ー が
「ディオ、それをしたら意味がない」
ラースが手を止めた。
「あ、そっか」
「その薬草はお前の手に使え」
ラースはそう言ってアルファイに寄った。
アルファイは気付く。
ディオの斜め後ろで
泣きそうな顔をして自分を見る魔女。
肩が震えている。
そして ー
魔女の言葉がよぎった。
『約束してください。
ラースと仲良くして、
え〜っと、助け合って〜
それで〜、あ。
みんなにも、
“ごめんなさい”してくださいね 』
アルファイは自分のしたことが
到底許されるとは思っていない。
滅びの呪文が自分の心も体も蝕んでいくのを
ずっと見続けていた。
自分だって許さない。
永遠を彷徨う、呪いとなるつもりでいた。
「(いっそ、殺してほしかった)」
殺されていないのが 不思議なくらいだ。
殺された方が、まだ救われたのかもしれないと
ずっと思ってる。
「(どうして 生かした)」
そんな自分の命を ー。
捨てたはずの心を ー
押し殺していた何かが、あふれ出した。
それは涙だ。
きつく縛られている縄に
何度も指を入れては
隙間を作るゾイも
腕のない自分に椅子をひいてくれたギーズルも
ドアがうまく開けられず
部屋へ入れなかった自分をおぶって
ベッドに落としたシャルラッハロートも
何も言わず、そばにいてくれたラースも
食べやすいように一口サイズにして竹串さして
ご飯を用意してくれた魔女も ー。
三発だけ殴って
“終わり”と 言った ディオも。
「(自分がしたことは 許されない)」
自分が言える言葉の 頼りなさに か細さに
ただ 心の底から出てきた言葉は ー
「 す、すまなかった」
アルファイは地べたに座り込んで
頭を地面にこすりつけ
嗚咽した。
「アルファイさんっっ!!」
駆け寄ってきたのは魔女だった。
「アルファイさん!
はっ早く顔あげて!
これ以上怪我したら
とんでもない!!」
タオルを出し
アルファイの頭を持ち上げようとしたが
アルファイは頑なに地面に頭をつけたままだ。
困った魔女は
「しゃ、シャル!持ち上げて!!」
「うむ」
シャルラッハロートの力の前では誰もが無力。
ヒョイ。
軽々と起き上がらせられたアルファイの
頬を涙が流れていた。
鼻水と鼻血がミックスされていたが
誰も気付くまい。
「(こ、こりゃひどい・・・)」
今やHP9ぐらいだ。
魔女は誰にもこの顔を見せちゃいけないと思い
すぐにタオルを広げて
アルファイの顔全部を覆った。
「み、みんな、みんな返事は!」
「?」
魔女は必死な顔だ。
「も〜〜っっっ!
アルファイさん、謝ったでしょう!
返事は?!」
一同、ぽかんとした。
「っプフっ、何なのアンタ」
ギーズルが笑い出した。
「何、って、け、けじめです!!
アルファイさんは謝りました!
ちゃんと返事してあげるべきです!」
「誰に謝ったの?」
ギーズルは意地悪だ。
「みんなです!!みんな!!!」
半ギレ魔女。
ディオは魔女とアルファイの前にしゃがんだ。
殴った手をプラプラさせつつ
「アルファイ、いいよ。
許すよ、もうやんなよ」
言って
わざと無い腕の肩をポン、と軽く叩いて
すぐにその場を立つ。
「あー。・・・俺が隠れてタバコ吸ってたの
誰にも言わなかったから許してやるよ。」
ギーズルだ。
またしても無い腕の肩をポン、と軽く叩き
ギーズルは吸いかけのタバコを吸いつつ
ディオの方へ歩き出した。
「あ、あの〜、アルファイさん。
ギーズル様がタバコ吸ってるのも
内緒にしといてください。
ご存知だと思うんですけど
あの人、ああ見えて祭祀王なんですよ。」
ゾイがこそっと言って無い腕の肩を軽く撫でた。
「ー 早く戻ると良いですね、腕。」
そう言って、ギーズルについてった。
「チョコチップクッキーはうまい。
真心のこもった食い物は特にうまい。
お前は それらを食った。だから許す ー」
シャルラッハロートは
アルファイの両肩を持って立ち上がらせた。
立ち上がったアルファイの顔からタオルが落ちた。
アルファイは顔をくしゃくしゃにして
まだ泣いていた。
無い腕の肩から声がする。
「私はお前を許すという立場にはないが
お前が生きていてくれて よかった」
ラースはアルファイの肩から下りて
魔女の肩に乗る。
「へ、へへ、
よかったですね、アルファイさん。」
情けなさそうに笑う魔女の後ろには
アルファイを許した男たちが立っていた。
「ーーっはっ、」
アルファイはようやく
顔を上げられた。
景色が滲んで見にくいのは
涙のせいじゃない、殴られたからだ。
殴られた頬と鼻の奥が痛い。
何だか殴られたところだけじゃなくて
胸も痛かった。
「(なのに、どうしてこんなにも)」
うまく呼吸ができない。
過呼吸だった。
背中をさすりにきた魔女も
体を支えるディオと
ゴミ袋を口に当てるゾイも
水を取りに行ったギーズルも
知らんふりしてるシャルラッハロートも
肩に爪を立てずに乗るラースも
「(ああ、そうか。きっと、
生かされたのは このためだ。)」
死んでもいいとまだ思うし
これからもそう思うだろう。
だが
誰かのために祈ることは
命のかぎり、続けていく。
アルファイは、赦された。
*
「さて、では ー」
アイスクラピウスが仕切る。
「え、転移魔法じゃないんですか?」
魔女は肩掛けかばんを斜め掛けしながら
ランタンのようなものを持つ
アイスクラピウスに聞く。
中に火種はない。
「あぁ、そうだよ。
ドノヴァッテン魔法王国は
転移魔法では行けないんだ。
言ったろ?方法はひとつだって。
“核”がないと入れないのさ。」
魔女の手を取り、そのままランタンを持たせる。
「?、あっ!」
ランタンは真っ白く光り
青白く光を収束させて、収まった。
「わ〜、綺麗。え、すご〜い」
「ふふ、そうだろ?
このランタンは核で光るんだ。
ラース、アルファイ!
魔女に寄れ!!」
ランタンから空へ向かって大きな光が一筋走った。
魔女の目に映る光は
ランタンに灯され風を呼び
魔女たちを浮かせ、空へと運ぶ。
アイスクラピウスは魔女から手を離し
微笑みながらつぶやいた。
「心配いらないよ。すぐ追いつく。」
風が強くなって周りの風景が見えにくくなってきた。
魔女らは風に乗る。
「!」
「魔女〜!アンタこけないようにね〜」
「はあい!」
「魔女さま!!俺たち、すぐに行きますから
ピンチになったら走って逃げてください!」
「うん、わかったぁ!」
「魔女さま〜?下着お召しになりましたか〜」
「っは履いてますぅ!!」
「魔女!」
「シャル!!台所にチョコチップクッキーあるから!
新作のアーモンドクッキーもあるよ!!!
お腹空いたら、おにぎりも握っといたから!!」
頷くシャルラッハロートを見て
魔女安心。
「(あ、忘れるところだった。)」
青い空にのぼる風と
小さくなる魔女の家、それから
仲間たちに ー
「行ってきまああああっっっす!!!」
挨拶は基本だ。
*
ディオ情報:絶対、手、打撲してる。
後悔はない。
ディオじいちゃん情報:ワシにはわかる。
骨折だな。
アイスクラピウス情報:まずはお茶にするか。
ギーズル情報:み、水でいいです。
ゾイ情報:居残りって実は地獄なんじゃ・・・
シャルラッハロート情報:アーモンドだと?
ラース情報:よかったな、アルファイ。
アルファイ情報:なんか恥ずかしい。




