五月のエレーミナルス王国
*
「逃げろーーーっっ!!」
そりゃもう、大混乱さ。
黒竜の滝ゲロから一同、猛ダッシュで逃げる。
少しだって触れたくない。
だが、伝説の黒竜は
リバースモードだって伝説級。
勢いが違うね。今や湖面だ。
みんな、シャルラッハロートに担がれて避難。
「うわ・・・」
「なんか、キラキラしてません?」
「・・・薬草の匂いがする」
「ドンちゃんの匂いだ」
“説明、求む”という顔して
ラースを見た。
おネズミさまは、シャルラッハロートの肩に乗って
腕を組んだ。
「黒竜の口に、団子玉をあるだけ入れた」
なんとラースは黒竜が炎を吐く直前に
団子玉を口に放り込んでいたのだ。
「!!」
「団子玉?なんですか、それ」
ディオはまた聞きなれない言葉を聞いた。
「魔女が、貪食の大蛇対策に作ったものだ。
詳細な効用はどうだか知らないが
魔女いわく、胸やけにいいとか
胃にいいとか言っていた。」
「?なんでそれを黒竜に飲ませたんですか?」
「・・・」
ラースは答えを躊躇する。
「(“貪食の大蛇”に団子玉を飲ませた後
嘔吐し、“貪食の大蛇”が浄化され
白蛇になったと言えばいいのか・・・?
そこから着想を得て同様に
黒竜に“影の混沌”だけ飲み込ませて
吐かせればいいと思ったなんて
言えるわけがないだろう。
なんの確証もない、思いつきだ。
大体、黒竜に団子玉が効くとは思ってない。)」
おネズミさまの沽券に関わる。
言いたくないマンだ。
説明義務(責任)と事実隠蔽(願望)が交錯する。
どうする、ネズミ!
「(誰か叫んでる?)」
ゾイがキラキラの湖面を覗き込んだ。
「あ」
ゾイ以外は、ラースを囲んで
説明を待っている。
どうなんですか!どうなってるんですか!!
ラースはしばし考え、顔をあげた。
「あの団子玉は、ー」
意を決したらしい。なのに
「あのっっ!!ちょっと」
ゾイが慌てて駆け寄ってきた。
「何よ、ゾイ!」
「黒竜がいません!!」
「え、うそ」
もうラースの説明なんてどうでも良かった。
「あ、いない!」
「じゃあ、魔女さまはどこに!?」
「え、ちょっとあれ、」
「?よく見えないな・・・ん?」
「あーっ!!」
「誰かぁ〜〜ぁ〜、たぁ〜す〜ぅけぇ〜て〜ぇ〜」
柱に黒いゴキブ、違う、魔女がしがみついてる。
湖面にかろうじて当たっていないものの
いつ落ちてもおかしくない微妙な距離感。
「魔女さまっっ!!」
ディオが飛び出す前に
シャルラッハロートが魔女の元へ向かった。
魔女はシャルラッハロートに背負われながら
叫んだ。
「ディオっっ!!!
今すぐっっ!今すぐ神木マルムのとこ行って!!
早くっっ!!!」
「え」
「いいから行って!!早くーぅ!
太陽のぼっちゃう!」
ディオは言われるがまま、神木マルムの元へ走った。
もちろん、全力疾走だ。
エレーミナルスの空に、明けの明星が出ていた。
*
ディオは無我夢中で走った。
何があるのかわからないが
魔女が急げって言うものだから
多分、とても大事なことだ。
「(神木マルムの所か・・・
俺が接ぎ木の生贄になるって
魔女さまは知ってるから
“行け”って言ったのかな・・・
もしそうなら、ー)」
そんなこと思っていたら、神木マルムが見えた。
だが、近付くほどに
吸い込む空気の匂いが変わった。
「(?・・・この香りは)」
心臓が別の意味で激しくなった。
「ーっ(あれは ー)」
朝露を浴びた五月の薔薇が咲き誇る。
しっとりとした森の静けさに
祭壇とその辺り一面が、白く浮き立っている。
その祭壇には ー
「エレメーラ・・・」
エレーミナルス王国 第一王女 エレメーラが
静かに寝かされていた。
ほの暗い森の中、
眠り姫は五月の薔薇に包まれて
淡い光を放っているようだ。
ディオの目には、その人しか映らない。
「(ずっと、ずっとそうだった。
君にもう一度、会いたくて
・・・会いにきたよ、エレメーラ。)」
ゆっくり息を整えながら近付いた。
「(息、してるー、ああ、よかった。)」
心底ホッとして、手を伸ばした。
そっと頬に触れればあたたかい。
「(綿のように柔らかな髪もー)」
胸が熱くなって
「(頬のそばかすもー)」
込み上げる涙をこらえ
「(薄く小さな唇もー)」
微笑んだ。
「(全部、愛おしい。
生きて、ここまで来た。
俺はー)」
眠り姫の頬を撫でた。
「ー 会いたかった。
会いたかったよ、エレメーラ。」
神木マルムの前
森の静けさに二人を邪魔する者は
誰もいない。ー
ふと魔女の言葉を思い出す。
『お姫さまの 呪いを解けるのは 君だよ』
「ーっ」
心臓が掴まれたみたいだ。
ディオは何のことだか分からないほど子供じゃない。
だけど、
それをするほど度胸のある大人じゃない。
ディオは神木マルムを見上げた。
「ー、神木マルムよ
俺は、エレメーラを一生愛すると誓う。
五月の薔薇に、誓う。だから ー
(勇気を、ください)」
眠り姫の唇に重ねた唇は、少し震えていた。
空には もう星は居なかった。
朝露に濡れた五月の薔薇に、陽が差した。
「おはよう、ディオ」
浅葱色の瞳がディオに微笑んだ。
*
「す、すみませ〜ぇん。
本当に、なんていうか〜ぁ
わざとじゃないんですよ〜ぉ」
平謝りの魔女が何したかって?
エレーミナルス王城、半壊す。
(被害内容:黒竜、大暴れ)
「こいつ、祠の地下もぶっ壊して
ゲロまみれよ!!
祭祀どころじゃないわ!!」
ギーズルに激詰められる。
「で、でも〜ぉ
止められなかったし〜ぃ」
「ま、まあ、みんな無事だったし
いいじゃないですか、ね?
ギーズル様もほら、魔法使えるようになったし
いいことだってあったじゃないですか。」
「?それとこれは別よ。
どーすんのよ!!」
魔女が最初に森に入った時
黒竜になって
あんだけ気を使って
動かないようにした意味は
すでに消え失せていた。
「アンデリダの森だって焼いたでしょ」
「ゔ、それは、その〜」
もう言い訳も思いつかない。
「(なんでだ、一度ならず二度までも
黒竜になる必要なんてあったの?
しかも吐くって・・・。)」
吐いたところはしっかり覚えていた。
酔い覚ましにちぎって飲んでいた団子玉は
その後、ラースに全部入れられた団子玉で
強力な吐き気を呼んだ。
「(何個飲んだかわかんないけど
あの吐き気は止められなかった。
でもー・・・)」
ヒリヒリする額を撫でれば
ディオを思い出す。
「(ディオ、うまくいったかな?)」
魔女は小さく微笑んでいた(本人像)
実際は相当ニヤニヤしていた(第三者目線)
「魔女殿。」
「ひゃいっっ?!」
後ろから声をかけられ、魔女は振り返る。
エレーミナルス王だ。王の後ろには
村人たちが大勢立っていた。
「そして、祭祀王ギーズル。
安心しろ、皆無事だ。」
魔女の方を見て、エレーミナルス王は
静かに頷いた。
「・・・だが、祭祀王よ。
私の役目はこの王国の安寧を守ることにある。
どうか接ぎ木の栄誉を
この私に与えたまえ。
そして、魔女。ー
この命ごときでこの王国が、この森が
“呪い”から守られるのであれば、使って欲しい」
「え?」
魔女はきょとんとした。
ギーズルを見る。
知らないフリしてるから
魔女はギーズルをツンツンした。
「もう呪いなんてないですよね?」
「アンタが飲んで、吐いたじゃない」
その事の顛末を、魔女は激詰めされてたのに
エレーミナルス王は二人の前に跪いた。
「あ、あの〜、接ぎ木のことなんですけど〜」
エレーミナルス王は、顔を上げないで答える。
「勇者ではなく、私がその役目を」
「いやいやいやっ!そうじゃなくって〜ぇ
えっと〜ぉ
う〜ん、あの〜」
ラースがいれば説明してもらえるが
今、ラースはここにいない。
だから魔女は精一杯の説明をすることにした。
すっごく不安。
「えっと〜、神木マルムは〜ぁ
接ぎ木はもう必要ないです〜ぅ。
あの〜、私が〜、あ、えっと
私、魔女なんですけど〜ぉ
ディアナさんをこっちに呼んだ時に〜ぃ
こっち助ける代わりに〜ぃ
あっち助けるっていうのをして〜」
「ごほん。魔女、俺が説明する」
あっちこっちという指示語の多さと
意味不明な説明に不安を覚えたギーズルが
説明を買って出た。
「まず、この王国全体にかけられた呪い。
その呪いの解除には
どうしても“磨羯の弓”が必要だった。
だから魔女は、魔法を使って
女神ディアナを次元移動させたんだ。
“磨羯の弓”の等価交換として
神木マルムはこの先
接ぎ木を必要としないことを
魔女と女神ディアナの間で契約を交わした。
それによって、神木マルムは
新しく生まれ変わったんだ。」
エレーミナルス王は顔をあげた。
「何?!神木マルムが?!」
ギーズルは頷いた。
「祭祀の儀はもう終わっている。
神木マルムの魂は不滅であり
この輪廻転生は、エレーミナルス王国の
権威が命ずるままに固く団結する。」
ギーズルの言ってる事の意味はわからんが
魔女は、頭もげそうなくらい縦に振る。
「そうっ!それ!!」
「そ、そうなのか・・・。
神木マルムは生まれ変わったのか・・・
やはり“とき”はめぐったのだな。」
エレーミナルス王は、つぶやいて
魔女に頭を下げた。
「感謝を、ー 魔女」
気付けば、エレーミナルス王の横に
ギーズルもいた。
「私からも感謝を、魔女」
魔女は何だか照れ臭くなって
思わず言った。
「じゃ、じゃあっっ!
気持ちを切り替えてっ
五月祭、しましょうか!ね?!」
王は微笑んで、また魔女を見た。
魔女も、じっとエレーミナルス王を見上げた。
「(この人がエレーミナルスの王さまか〜)」
ギーズルなんかより、ずっと“王様”っぽい。
「うむ、魔女殿、此度の件まことに感謝する。
我ら誠心誠意この先も
聖なる木立、アンデリダの森も
エレーミナルス王国も
守っていくとここに誓おう。」
「はっはいっがんばってください」
「ー だが、コホン。」
王は、咳払いをひとつ。
「ー、では、ー 」
ニヤリ、王は口元を歪め
魔女を見下ろしている。
目は笑っていない。
ゾクリ、魔女は嫌な予感がする。
情けなくも、薄ら笑い。
「さて、魔女殿。
王城が半壊した件だが
我らエレーミナルス王国にとって
およそ建国以来の衝撃である。
王城自体国宝に指定もするほどであるし
アンデリダの森と王城内の木々は
聖域であり、世界の巡礼地でもある。
女神ディアナの承諾なしには切れない。
それが、
黒竜に焼き払われ、
王城内の木々は地下に沈んだと
衛兵二名より報告を受けている。
さらに我が国が魔女殿に与したなどと
預言者らに伝われば、
この王国がどうなるかご存知か。」
え、このおっさん、お、王様何言ってんの。
「?!」
「良くて侵略対象か、悪くて全面戦争だ。
祭祀王、違うか?」
にこやかなエレーミナルス王は
ギーズルに目配せだ。
『わかってるよな?』
ギーズルは腕を組んで、頷いた。
『もちろんだ、補償だ、補償。』
やだ、この二人、こわ〜い。
ディオはいつの間にかその横にいた。
「すいません、今来ました。
何かあったのか?」
ちょっと大人の階段のぼった勇者ディオは
ギーズルに小声で聞いた。
「世界の厄災、魔女の悪事を
並べてんのよ」
意地悪そうにギーズルは笑った。
魔女、ラースがいないから超不安。
「ーと、言うことは〜
(え、つまり・・・)」
エレーミナルス王は高らかに宣言した。
「春を讃えよ!!
女神ディアナよ
この森に 永遠に芽吹く
美しき 魂よ
木立のそばに
命が芽生え
頬を撫でる 風に吹かれ
御身の 胸に 抱かれた
御身の 元に 導かれた
それは見事に芽吹く
女神ディアナの 五月の薔薇だっっ!」
「え?(いきなり??)」
魔女は何が起きてるのかわからないまま
突っ立っていると、エレーミナルス王が
魔女の耳に五月の薔薇をかけ ー
耳元で囁きながら
肩掛けかばんに何かを突っ込んだ。
「“とき” がめぐりました。
魔女殿、あなたを待っている者たちが
ドノヴァッテン魔法王国にいます。
この契約の薔薇を持ち
どうか、お急ぎなさい。
ー さあ」
「え(契約の薔薇?)」
次の瞬間ー、王は怒った風に言う。
すごく雑な棒読みだ。
『魔女めー!!
建国より受け継がれてきた“金枝”を
盗むなぞっ不届者めっっ(棒)』
次々に村人たちも口裏合わせたかのように
『祭祀王を人質なんてずるいぞー(棒)』
『そーだ、ソーダ、ソーダだよー(棒)』
『王城直せー(棒)』『弓も返せー(棒)』
『ありがと〜(小声)』
『人でなしー(棒)』『魔女じゃん(真実)』
『そーだー村のソーダーさんだー(棒)』
『最悪な魔女だーっ(棒)』
『トーマス兄ちゃんが、
またオエー鳥になったぁぁぁ(真実)』
『最高〜っ!(真実)』『また来てね〜(小声)』
『魔女さまー、大好きだぁ(愛)』
『王城、壊しやがってー(真実)』
『鍋のフタ返せ〜(無関係)』
『早く帰ってきて〜!ディオ〜!(姫)』
村人は森の中を叫びながら、
鍬やら熊手やら
シャベルやらを手に
魔女たちを追い立てる。
一揆並みの迫力だが、村人は皆笑っていた。
「なっなに!?なんで!!」
魔女は肩掛けかばんを握りしめながら、
森の中を猛ダッシュ。
「こうでもしなきゃ
うちの国は狙われるってんの。
“金枝”を魔女が盗んだって」
ギーズルが後ろから言う。
「え?」
ゾイが笑いながら言う。
「かばんからはみ出てますよ」
そして、苦笑いのディオもまた、ついてきた。
「俺も“磨羯の弓”を
魔女さまに盗まれたそうです。へへ。」
「ええええ?!うそ〜〜〜!!」
シャルラッハロートも、ついてくる。
「俺は腹が減った」
「な、何でこんなっっ!
言いがかりだ〜ぁ!!」
森の外れまで来た。
魔女はもう、後ろなんて振り返ってない。
こけないように精一杯走ってる。
「(裾が短くて助かった!)」
森の終わりで村人は皆立ち止まり
静かに魔女達に向かってお辞儀した。
『 どうかご無事で 』
振り返っちゃったからこけた。
「っンヴゥっいだっ」
「魔女さま!!鼻血、出てます!!!」
「わ〜、こりゃ痛そうだ。大丈夫ですか〜?」
「ほっんと鈍臭いわね〜」
「ラースさんの転移魔法がありますよ!」
「い゛っだぁ〜いぃ〜ぃ」
「魔女、掴まれ」
シャルラッハロートの手を見て、
魔女、ワナワナ震えながら
鼻血を出しながら空へ向かって叫んだ。
『悪いことしてないのに〜〜〜!!』
魔女と、
イケメンオネエとその従者
そして勇者と、元聖獣の騎士風勇者は
光の中へ消えてった。
あれ?おネズミさまは??
*
水面に浮かぶのは
蜘蛛の糸が幾重にも重ねられ
繭のようなもの。
「ラース、そこ行ってきて」
魔女に言われてきてみたが
ラースの胸は、期待と不安でいっぱいだ。
『あのね、“金のナナカマド”は
(ゲームの中じゃ)
生まれ直しが一度だけできるの。
もし、完全に消化してなくて
うまくいけば ー』
ラースは半信半疑だった。
なのに
『捨てられなかった思い出が』
蜘蛛の糸の中から
蠢く何かを見つけ、走り出す。
『自分をここまで運んだんだ』
「アルファイ!」
万にひとつ、は叶ったようだ。
*
エレーミナルス王国編
〜 おしまい 〜
エレーミナルス王国情報:黒竜のゲロは
その後
聖なる泉になった。
第一部
5月の森エレーミナルス王国編はこれにて終了です。
次回(明日)からは番外編とおまけとなります。
どうぞお楽しみに!




