変わらないもの
*
誰かのために祈ることを
馬鹿げた行いだというやつもいるだろう。
取り返しがつかないことをしたけれど
孤独を分け合ったから
暗闇を歩くのは怖くなかったんだ。
捨てられなかった思い出が
自分をここまで運んだんだ。
*
「(間に合ってくれ、頼む)」
ラースは床の魔法陣から立ち上がる黒い柱を見上げつつ
アルファイを気にしていた。
「(アルファイが“影の混沌”に完全にのまれれば
助ける手立てはもうない。ー くそっ
どうにかして、・・・どうか、)」
アルファイの足元から黒い炎が立つ。
「(!!っ、呪術で“影の混沌”を
呼び出すつもりだな。
・・・秘術師の術だ・・・
魔法と違って時間がかかる。これなら、)」
魔女を取り巻く黒い柱から吹く風は
やがてあたりの瓦礫を巻き込んで
轟々と音を立てながら竜巻へと変化した。
ゴォオオオオッッーーーっ
天井を突き抜けた竜巻は
空に向かって真っ暗な雲すら巻き込んだ。
天井の隙間から覗いたアンデリダの森の空は
薄暗く夜明けを迎えようとしていた。
竜巻から雷が放電しはじめた。
大地が震え、轟音に混じり
放電した稲妻は真昼のように辺りを照らした。
音を追うように
数多の雷の弓矢が大地に降り注ぐ。
「(魔女さまは、大丈夫なのか?)」
ディオは不安だ。
さっき、ラースと接吻させたのは
失敗だったのではないか、と一抹の不安を抱く。
“そうしろ”、と言ったのはラースだが
こんな大事になるとは思わなかった。
当のラースは、
魔法陣に体全体床に張り付いている。
張り付きネズミは何してるのかな?
だからディオは、巨大な自然現象をただ
見守るしかできなくて
シャルラッハロートの横で空を見上げた。
しばらくすると
ラースは腹這いのまま説明をはじめた。
「今の状況を説明するぞっ
魔女の“血”で魔力を解放したのは
女神ディアナを“冬至”から呼び、
磨羯の弓を手に入れるためだ。
だが、魔女の“血”は強すぎて
制御を失っている状態で、
“力”の暴走が起きている。ここまでいいか!? 」
「女神ディアナを呼んだだけで
暴走するんですか?」
「ディオ、女神を呼んだのだ。
それは、神と交わるということだ。
神に触れた者は狂うのだ」
「え!?魔女さまは狂っちゃうんですか!?
ど、どうなるんですかっ 魔女さまはっ」
「どうなるかは、お前たち次第だ。」
これがラースの言っていた“リスク”だった。
ラースは張り付きながらも
耳をピクピクっと動かし
シャルラッハロートの反応をみる。
「(聖獣 バロンなら
わかっていた話でもあるか・・・)」
だが、シャルラッハロートは
無言で空を見上げたままだ。
ラースは続ける。
「魔女はこれから“変化”する。
いいか、今から魔女に起こることは
おそらく魔女の意識内のことではない。
暴走してる間は、お前が以前戦った“魔女”と同じだ。」
「は?」
「ー、暴走が何を起因したのか分からない今
我々ができることは、」
「魔女の“力”を削ぐ」
シャルラッハロートが口を開いた。
「そうだ。我々で魔女を止める。」
空に浮かぶ竜巻の塊を見上げた。
先ほどより竜巻は膨らんで
いよいよ稲妻は今明らかな雷となった。
雷は落ちるたびに何かを破裂させるような音を立てた。
皮膚の上がひりついた。
「ーっ」
ディオは瞬きもできなかった。
ディオの記憶の中にいる魔女は
肩をすぼめて、情けない顔をして笑う。
「(そんな、それしか方法がないのか?)
他に方法はないんですか?!」
ディオは剣に手をかけたくない。
「(俺が今持ってるのは
“祭祀の剣”だ。これで魔女さまを
斬れっていうのか?そんなことー)」
心が拒否している。たとえ
ブロードソード(元 木の棒)であっても
嫌だと思った。
「ディオ、私には魔女を制御するだけの魔力がない。
それはギーズルも一緒だ。
今の森の加護の光を維持するだけでもキツイはずだ。」
ディオはギーズルを見た。
両手を広げ、森の加護の光を使役し続けているが
額には雨粒のような汗が吹き出していた。
「時間がない。長期戦なら我々の負けだ。
それにー」
ラースは、アルファイの気配をたどった。
「預言者は捕えられているとはいえ
呪術で“影の混沌”を呼び出そうとしてる。」
「!?かっ影の混沌??
なんですかそれ!!」
はじめて聞く言葉に、ディオは思わず
聞き返した。
「呪いだ」
シャルラッハロートが答えた。
「え?呪いに名前なんかあるんですか?」
風が一段と強くなった。
「ディオ、あとで説明する。
ー みろ」
ラースの言葉に
シャルラッハロートは空を見上げたまま
人差し指を空へ向け ー
「勇者ディオ、我が背に乗れ」
シャルラッハロートは
“聖獣バロン”へと変化した。
「!!!(本当に聖獣だったんだ!)」
ディオは目を丸くした。
聖獣バロンは魔女の天敵。
唯一にして、最大の壁になる、勇者の護り神。
その両眼は紅く、その口からは上下2本ずつ鋭い牙が生え
雄々しい白銀のたてがみは流れるままに肢体を覆い
唸る声は竜巻を巻き起こす。
獰猛なる爪から繰り出される一撃は
大地を引き裂く。
ディオの目の前にはシャルラッハロートではなく
聖獣バロンがいた。
「っっすっげえ!」
ディオ、超興奮。
『行くぞ』
「え、まっ待て、え?
お前、シャルラッハロートだよな?」
『ああ』
「ディオ!さっさと乗れ!!」
おネズミさまの声が下からじゃなく
上から聞こえた。
「?あれ?ラースさん?どこ?」
「ここだ」
聖獣バロンの頭に乗っていた。
聖獣の両耳を持っている。
ディオは聖獣バロンにまたがった。
白銀の聖獣に飛び乗ったディオと
金の毛並みを持つラースは空へ向かった。
*
激しい風に邪魔され
近付くのすら容易ではない。
「ーっどこまで大きくなるんだ」
『力を溜め込んでいる。
何か風を防御できれば・・・』
聖獣バロンは辺りを見まわしたが
空には遮蔽物なんてない。
「僕、できま〜っす」
ゾイの声が聞こえた。
「ちょっと待っててくださ〜い」
全然出番もなくて
実はどっかに逃げたのではないかという噂のゾイ。
ちゃっかりいた。
後方腕組ゾイは、ギーズルを応援しつつも
絶対ケガをしない場所で静かにやり過ごしていた。
・・・だから小狡いって言われるんだと思うの。
聖獣バロンの周りに見えない球体の壁ができた。
彼らに吹き付ける風が一気に止んだ。
『これは便利だな』
「ゾイ、助かる ー」
ディオにはゾイの顔は見えていなかった。
けれど、声には感謝を込めた。
「とんでもないです〜、でも僕〜、
魔力少ないんで〜ぇ!
あんまり期待しないでくださ〜い!」
ディオは “気にすんな” と思いを乗せて頷いた。
そして、ふと思い出した。
「ー ギーズル、無理はするなよ。」
ついでに言ったつもりだ。
「わかってるわ、ダーリン。」
しっかり聞こえてて
後悔した。
「ラースさん、作戦は!」
「あるならもうやってる、と言いたいが
今我々は幸運にも魔女の天敵と共にある。
これを最大の利点として短期決戦に持ち込む。
ー シャルラッハロート。
私とお前は魔女の魔力の穴を作る。
ディオ、お前はその穴を抜け。
一撃で仕留めろ。」
聖獣バロンの耳がピョコ、と動いた。
“可”だ。
「一撃で?」
「私は魔女の使い魔を長年やっている、
こういうタイプの変化で何が出てくるかはー
知っているものだ」
ラースは白銀の獅子の頭上に立つ。
「はじまった」
黒雲は全て黒い球に吸い取られ
一瞬動きを止めた。
空を裂く大きな爆音が
風を伝って振動になり
重力波となって、地上へ向けて落ちていく。
「ぅわっっぶねえ!!」
下にいるギーズルたちは
森の加護の光で守られている。
「(王城、めっちゃくちゃにしてくれて
魔女に関わるとろくなことねえわ)」
ギーズルは心の中で悪態をついたが
「(・・・絶対弁償させてやる。)」
しっかり心に誓った。
黒い球を見つめていた聖獣バロンは
『 くる 』
螺旋状に黒い球が割れていく。
その姿は黒竜。
「あ、あれはー!」
ディオは息をのむ。
見覚えがあるのは当たり前だった。
「(アンデリダの森を焼いたやつだ。
こ、これが、ー )」
黒い煙を轟々と立ち上げた。
苦悶する低い連続した唸り声 ー。
「わかってはいた、が、
意識がないと
純粋な暴力性がある。」
ラースは森に入ったばかりの
変化した魔女を思い出した。
「(あのときの魔女は
自意識で動けていたからな。
殺意も破壊性も感じなかった。
それがこうなるのか)」
激しく風が渦巻いているのに空気が重い。
圧倒的な力はラースの毛並みを逆立てた。
無意識に恐怖心が煽られていた。
だが、ラースはディオに伝えなければならない。
「ディオ、私はお前の剣に魔法を付与する。
とは言っても
一撃分で数十秒しか持たないだろう。
魔法を付与した剣を使って
狙うは ー、黒竜の眉間だ。」
「眉間?」
ラースは自分の額を指差した。
魔女自身がこの黒竜の弱点を教えたのだ。
そしてそれが最大のリスク回避につながっていた。
魔法を使えないだなんて
最強じゃないし
威厳もないし
情けないと思っていた。
「(魔女、あなたはポンコツではないようだ)」
魔女らしくないのに、魔女だ。
「ひと突きしろ。」
ラースの視線は黒竜の眉間を捉える。
ディオも頷いた。
『振り落とされるなよ』
ディオは剣を抜き
白銀の聖獣のたてがみを掴む。
聖獣バロンの鋭い爪が宙を掴んだ。
天を衝く黒竜の咆哮に
聖獣バロンは牙を剥く。
互いの気が空でぶつかりあい弾ける。
弾かれた空気は音を連れ去った ー
聖獣バロンの爪が染まる。
剥き出しの爪は
赤く炎をまとった黒竜の口元を
黒竜の鼻先をかすめるように切った。
黒竜はその“力”を瞬間的に遮った。
同時にあたりの空気を吸い込み始めた。
「(炎を吐くつもりだな)」
ラースは下のアルファイを見た。
黒い炎は今や、アルファイを包もうとしていた。
「(“影の混沌”が・・・、間に合うか?
万にひとつ・・・)」
ゾイのかけた風魔法はすでに効力を失って
聖獣バロンは風に飛ばされぬよう
踏ん張っていた。
「シャルラッハロート、右だ」
ラースは聖獣の右耳を引っ張る。
ぐいーん。
聖獣は素直に右へ移動した。
スージーとアンデリダを運ぶ地下通路で
シャルラッハロートを行きたい方向へ行かせるために
取得した方法だ。
耳引っ張ると、いうこと聞く。
「シャルラッハロート。
お前を勇者と見込んで頼みがある。」
『なんだ』
「ゴニョゴニョ・・・いいか?」
暴風の中、ラースは引っ張った耳元で言った。
「わかった。」
「一発勝負だっっ!!行くぞ!」
ラースは一か八か、賭けに出る。
*
物理攻撃をも防ぐ魔女に対し
瞬間の攻撃力でその防御を破る ー
聖獣バロンは、全身の毛を逆立て
黒竜と対峙した。
黒竜の口から溢れる熱気と陽炎が
ラースの毛並みを撫で付けた。
ディオは熱に目を細めた。
「まだだ、まだ、・・・っっ」
黒竜の吸い込む空気がか細くなり
黒竜の口が 大きく開かれた。
「今だっっっ!!」
ラースは黒竜の口に何かを放り込んで
「シャルラッハロートっ行けえッッッ!!」
すぐに叫ぶ。
『つかまれ』
ディオは聖獣にしがみついた。
シャルラッハロートは黒竜の鼻っ柱を
全力で引っ掻いた。
“魔女への攻撃を可能とする”力”こそが
聖獣バロンの一手。”
っグゥアアアアアアアアアア!!!
黒竜は天に向かって爆炎を上げた。
コバエのように周りをまわる聖獣を追いかけて
炎は止まらない。
迫る炎を避け
「急げっっ!!あそこだっ!!」
直滑降、シャルラッハロートは空を降りる。
風より速く、駆け抜ける。
「シャルラッハロート!!
もう一撃だっ!!」
聖獣は、地面を覆う黒炎を切り裂いた。
その瞬間に見えた姿に
「アルファイっ!!!」
ラースはその名を叫んだ。
「 ー !」
ラースはアルファイと目があった。
久しぶりに、顔を見た気がした。
一瞬だった。
黒炎の主に気付いた黒竜は
ひと思いの爆炎と同時に ー
黒炎に包まれたアルファイを飲み込んだ。
「(アルファイ、まってろ)」
聖獣は次にはまた空へ駆け上がる。
ラースは詠唱をはじめていた。
『 天なる父よ、雷霆パルジャニヤ
至高至大の主こそ
動かざるもの、
動くもの、あらゆるものの
その恵みに、
イロクォイは神聖なる雷を ー! 』
ラースは聖獣の頭上
直接ディオの剣に付与した。
ディオは静かに目を閉じていた。
目を閉じてもわかる、その鮮烈な光。
ディオは感じるその気配に集中した。
握った剣に力がこもり
心がこよりのように研ぎ澄まされていく。
祈っていた。
「(どうか魔女さまが無事で
ここにいるみんなが無事で
・・・また一緒にいられますように)」
渦巻く黒い破壊の暗闇の中をー、
聖獣バロンのふりかざした“力”が
闇を 切りひらく
「うおぉぉりゃあああああっっっ!!」
聖獣バロンから飛び出したディオの持つ
一筋の光が、黒竜の眉間を突き刺した。
*
動きを止めた黒竜は一点を見つめ
動かなくなる。
「やったか・・・?」
「な、なんだ?」
地面に降り立った聖獣から
ラースもディオも見守った。
ラースは、アルファイがいたところを見ていた。
「・・・( “影の混沌” だけ消すことは
できなかったか・・・)」
ギーズルがゾイに背負われてやってきた。
「どうなってんの?
魔女は元に戻んの?」
「わからない・・・」
魔女の暴走が止められればそれでいいはずだ。
なのに、ラースの心には
あの一瞬のアルファイがいて
「(万にひとつ、・・・)」
という思いが消えない。
聖獣バロンは、シャルラッハロートになっていた。
「おい、様子が変だ」
異変を感じる元聖獣。
「?額が光っていますね。」
ディオ、突き刺した額を気にする。
「さっきから動きませんでしたよ」
ゾイ、観察による事実を述べる。
「この黒竜が魔女なの?マジで?」
ギーズル、まだ信じてない。
「魔女さま・・・」
ディオ、やっぱり額が気になる。
みんな、固唾をのんで見守る。
「地震?なんかすっごい音しない?」
「地響き、ですかね?」
「いや、違うな」
「え、ちょっと待て。静かに!!」
音源、発見。
ゴロゴロギュルルゴォギュルルっ
「黒竜だっ!!
黒竜からなんか・・・?
黒竜の腹?え、」
ポタ・・・ポタポタっ・・・
「(なんか落ちてきた・・・よだれ?)」
「え」
グゥオゴロロ〜〜〜っっ
「あ、嫌な既視感」
「に、逃げ」
ヴオエェッッっゔぉお゛ろろrrrrrrっ!
ドヴァーーーーーーっっっっ!!!
(伝説の)黒竜が
滝みたいなゲロ吐いた。
*
ラース情報:アルファイ・・・
シャルラッハロート情報:腹減った。
ディオ情報:聖獣スッゲー!!
スージーと同じくらい
すげー!!!!
ギーズル情報:ヘロヘロ。
ゾイ情報:最初から全力で行かない。
力の配分も大事なんです。




