鏡
*
『グルルルルゥぅーーーーっっ!!』
飛び上がったアンデリダは
蜘蛛の足を食いちぎる。
ちぎられた足から飛び散る黒い飛沫は
束の間、アルファイの姿を隠した。
『(くそっ!!)』
アルファイは後ろへ逃げる際
足を捨てたと言っていい。
二、三歩後方へ飛び跳ねると
黒い煙を開く勇者の剣筋から覗く
力強い瞳が、ー
「まだだ」
追い詰める。
ディオはそのまま駆け込み
剣を振り上げていた。
『(こいつっ!動きが変わった?
まさか、ー)っく!!』
アルファイは黒炎で剣を薙ぎ
勢いのまま、振り抜こうとした。
『(痕さえ残せればーっ)』
猟犬がアルファイに飛びかかる。
『っチッ!(呪術の炎を!)』
アルファイは横回転しながら
炎の壁を立ち上げた。
ちぎれた蜘蛛の足からは
とめどなく黒い液体が落ち続ける。
その液体の匂いに反応してか
『ヴーっっ』
猟犬はさらに興奮し
急停止した床から砂煙を起こした。
怒涛の絶(対)許(さない)勇者は
砂煙を背にした猟犬から飛び出した。
『!!』
ディオの心は落ち着いていた。
だが、ここに来た意味も
生き返った理由は明確だ。
言葉を投げかける。
「覚えてるか?」
アルファイに向けて連撃を繰り出し
切り掛かりながら、言った。
「お前は俺に嘘を吹き込んで ー」
次々と女神ディアナの弓矢が
炎の壁を切り裂く。
「ここで俺の腕を斬り落とし ー」
アルファイの逃げる先に矢が打ち込まれた。
「俺を蜘蛛に食わせようとした」
まるで思考を見透かされているように
逃げ場所に矢が突き刺さる。
『(ッチ、まずい)』
そうアルファイが思った先 ー
下から猟犬が牙を剥いて突っ込んできた。
だが、アルファイはただ逃げ回っていたわけではない。
『(まずは猟犬だな)』
アルファイは猟犬を黒炎で払う。
このアルファイの殺気に
女神ディアナは歯笛で、猟犬を制する。
高く澄んだ音だった。
『(ステイだっ!アンデリダ!!)』
猟犬は不満そうだったが踏みとどまった。
横から斬りかかろうとするディオに背を向け
『おしゃべりが過ぎるぞ、勇者』
「なっ?!」
蜘蛛の糸をぶっかけてやった。
蜘蛛から吐き出される糸は
ディオを包み込む。
「(ちきしょうっ!もう少しだったのに)」
同時にアルファイは蜘蛛の糸に
振動する気配をたどり
女神ディアナの放った弓にわざと当たる。
『ーっっっ!ふ、』
小さく笑うと、肩を貫く弓矢を握る。
焼け爛れた手からまだなお
焦げた匂いがした。
『ああああああああっ!!』
光る弓矢は、アルファイの体に留まろうとするが
アルファイは力の限り引き抜く。
血飛沫が円を描きながら飛び散った。
『?!弓矢を抜いた?何をしてる!!
ディオっっ!!ディオはーっ』
女神ディアナの目はディオを探す。
ディオを包む、蜘蛛の糸を噛みちぎる猟犬がいた。
もがくディオを見た女神ディアナは
『(無事か、それなら ー)』
風が自分に向かってくるのを感じた。
『?!っ』
アルファイは抜いた弓矢に
黒炎をまとわせ、女神ディアナに放った。
黒い大蛇が口を開け、牙を剥いている。
『!!!』
すんでのところで、弓矢を避けた。
が ー
『女神よ、教えてくれ。
あなたたちは 世界を捨てたのか』
歪んだ笑みを浮かべるアルファイの瞳には
もう何も映してはいなかった。
『(こいつ・・・視界すら捨てたのか)』
女神ディアナの頬を、血が伝う。
*
『(なんだ、様子がおかしいー?)』
女神ディアナが思ったときには
『うっっ』
胸を押さえ、苦しみはじめた。
『女神であろうと、苦しいでしょう。
・・・呪われた血を受ければ
祝福は何も癒しはしない、ふ、ふふ』
女神ディアナの中の血が、沸騰しそうだった。
息もままならぬこの苦痛に
怒りに
『(っ蜘蛛の毒だ、ー)』
女神ディアナは、抗えない黒い力の暴走を感じた。
もたげた首に、黒い蛇が巻き付いていた。
のを、おネズミさま、大号令。
「ゾイっっっ!!
女神に結界を張れっっ!!!
ギーズルっ!!
弓矢はもういいっ祭祀を続けろ!!
シャルラッハロート!
女神ディアナを止めろ!!
ついでに蜘蛛を適度に痛めつけろ!!」
シャルラッハロート、無言の始動。
ラースは、この作戦の穴を知っていた。
この戦いの前、魔女に提案した。
『(磨羯の弓は、おそらく
精霊アンデリダの体に封印されている。
そして、弓は一年の周期の
はじまりを意味する日、つまり
“冬至”にしか開けられない。
“金枝”もない今、
魔女の魔法頼みだというのに
魔法が使えないとすれば
魔女の“血”を使うしかないが ー
・・・リスクがある。)』
なのに、魔女はあっけらかんとしていた。
『いいよ!方法があるなら
それやろう。』
『は?リスクがあると聞こえたか?』
『う〜ん?聞こえてたよ?
けど、ラースが何とかしてくれるんでしょ?』
『〜〜っ!』
と、まぁこんな感じだから
ラースは呆れつつも、作戦通りに動いている。
「(私が言ったこととは言え
非常に危ういことをやってしまった。
リスクを回避する方法はまだないのに
アルファイめ・・・
女神ディアナに呪いを付与するなど
なんてことをしでかすんだ。女神は
魔女の体を依代にしてるんだ。
あれでは“血”が濃くなりすぎて
暴走するに決まってるじゃないか)」
ラースは女神ディアナとディオ、そして
猟犬が戦っている間中、地面を這いずり回って
作戦のための準備に全力疾走だった。
ズドォォオオオオオーーーンっっ・・・
地響きにラースが顔を上げれば
壁にめり込んでいたのは、女神ディアナ。
「(女神ディアナを投げたのは)
シャルラッハロートか。」
作業に戻る。
ドゴォっっ!!!
ラースの顔の前を何か黒い物体が
ものすごい勢いで横切った。
「!!ーっアルファイ・・・。」
三つ巴の戦闘だ。
アルファイに思うところはあれど
ラースは巻き込まれないようにその場を移動した。
暴れる女神ディアナと敵のアルファイの相手は
シャルラッハロートぐらいしか思いつかなかった。
ディオも戦闘に加えてもよかったが
「(あいつはまだ若いからな・・・)」
変に怪我されても困る。
だから
「ディオ!!こっちに来い!」
ラースが呼べば
「はい!!!」
ものすごい良い返事ですぐ来る。
「(女神ディアナの猟犬より
忠実な犬みたいなやつだな)」
おネズミさまはディオの肩に乗る。
「暴走した女神ディアナを止めるぞ」
ラースは鼻を鳴らした。
「?ど、どうやって?」
「こうやって、だ。
ー “真実の鏡よ、こたえろ。” 」
ラースが駆けずり回って
描いた魔法陣が光り始める。
*
『あー、やられちゃった〜』
何度目かのリトライ。
仕事終わりに、ゲームを起動して
死にゲー(ム)繰り返す毎日。
口に、チョコレートを放り込んで
もう一度。
『あれ・・・?
なんか忘れてるかな〜?
おっかしいな〜、不死人って
こんなとこ出てきたかな〜、うーん。
え?!うそうそーっっ!!
逃げろ〜っうわっこいつ、あれ・・・』
ラム酒漬けのレーズンチョコレートが
口の中で溶けて、懐かしさを感じる。
『(こんなの買ったかな・・・)』
思ってるうちに不死人に囲まれた。
フルボッコの絵面に、またかのため息。
『あーぁ・・・』
疲れてリトライをキャンセルした。
『今日はここで終わりにしよ』
画面が暗転し
反射して映った自分の顔にびっくり。
『!!ぶっさ・・・』
それ以上言うと、心が無駄な怪我をするので
止めておくが、しばし顔を見ていた。
『(・・・疲れた顔してんなぁ。
私ってこんな顔してたっけ。
もう少し目が大きかったらな〜
鼻もさ〜、せめてこう・・・)』
画面を鏡代わりにして、まじまじと見た。
『(鏡なんて大嫌い。
欠点しか見えないし
自分の欠点にうんざりするだけだし。
考えてたら、自信がなくなって不安になる。
けどさ、こんなんでもいいって
すっぴんでもいいなって思いたいし
誰かと比べるの、やめたいな。
・・・誰も見てないところで生きたい。
鏡に、映るそのまんまで・・・)』
ー あなたは そのままでも 美しい ー
『?!えっっ??』
びっくりして、周りを見渡すと
部屋にいたはずなのに、何にもない。
画面だけが自分を映している。
『?』
ー ご飯を食べる姿も
失敗しても、頑張る姿も
笑顔のあなたも全部 美しいよ ー
声だけが聞こえる。
どこかで聞いたことのある声で
口の中のラム酒漬けのレーズンが
ちょっと苦くて、酔うには
もうあと何個か食べないと、ー
『ーっじょっっ!!ーっろっっ』
『え?今度は何』
途切れ途切れの声は、
『聞こえるか!?』
『ーーっじょさまっ!!』
誰かが呼んでる。
『(え、何、こわいんだけど・・・)』
おそるおそる画面を覗き込んだ。
『・・・?!』
自分の顔しか映ってない画面から
何かが飛び込んできた。
『ぅぶわっ?!』
顔に何かが張り付いて
息ができない、息ができなくて
「魔女っっっっ!!!」
顔に張り付いてたのは、ラースだった。
「らあーふ・・・?」
そして痛い。
体中が何だか、キシキシしてる。
ベリッとラースを剥がしたディオは笑顔だ。
「魔女さまっっ!!
おかえりなさいっ!」
涙ぐんでるディオを見て
「?っへ、へへ、ただいま〜」
魔女は笑った。
*
「それとー」
ディオはラースを持ったまま
申し訳なさそうな顔をした。
「?え、な、何が」
「ごっ、ごめんなさいっっ!!」
顔を上げれば、なんかモフモフが
「え?(ラーs)」
ぶちゅっ
笑顔の三秒後、魔女覚醒。
「シャルラッハロート!!
魔女は無事戻った!!
やつを追い込め!」
一切の煩悩を排したおネズミさまは
指示を出した。
シャルラッハロートは大剣を抜き
アルファイの足元を大きく抜いた。
『!?(魔女が戻った?!)』
アルファイはゾイの魔法陣に乗る。
「(しめしめ・・・うまく乗ってくれた。
僕、一個しか魔法陣作れないからな)」
ゾイ、ニヤリと魔法陣展開。
ラースは叫んだ。
『まだだっギーズルっっ!!
森の加護で大地を張れっっ!!!』
金色の蔦が魔法陣から伸び
アルファイの足首に絡まる。
『?!っ』
蔦はみるみるうちに
アルファイの腰まで伸び
その蔦は樹木の根のように太くなった。
アルファイは身動きが取れなくなった。
森の加護の光は
アルファイを包んだ。
「まだ油断するなっっ!!」
ラースの声に敏感に反応したのは
シャルラッハロートだ。
「・・・魔女が・・・」
見れば、魔女はラースの敷いた魔法陣の上で
黒い柱に包まれていた。
ラースは魔法陣に寄り、地面に手を付け叫ぶ。
「全員来いっ!!今すぐだっ!!
魔女が暴走するぞ!!!」
え、女神だけじゃなくて
魔女も暴走すんの?
*
”冬”の女神ディアナの力は 最も弱まる。
だが、祭祀王の魔力が祭祀を行い
森がこたえれば
その力は
”春”の女神ディアナと 同等になれる。
それは知識として知っていても
どうこうできる問題じゃない、と思っていた。
魔女が、それを可能にした。ー
最も憎むべき相手が、それを可能とした。
『神はなぜ、我らをお見捨てになったのか』
口の中の血を唾と一緒に吐き出しながら
その言葉すら、アルファイは吐き出した。
喉の奥が閉まる、息が途切れる。
『ぅげほっっー』
地面に濁った血が落ちた。
女神ディアナは光に包まれながら
悲しそうに笑った。
『違う。ー、人間よ。
我らはいつでも お前たちの そばにいるんだ
忘れたのは お前たちなんだ 』
『(自分の信じていたものは、何だったのか。
裏切ったのは、我々だとしたらー)』
アルファイは力なくうつむいた。
ラースの背中を追いかけていた日々に
憧れを抱いたあの頃に
『(私はとんだ道化だ・・・)』
自分が、目指していた彼の姿は
いつから見えなくなったのか。
『これでいい。
これでいいんだ。
ラース、お前が私の最後を討て』
アルファイは口の中で
詠唱をはじめた。
*
山と森の敷布のように伸びたる 緑は
物淋しき森林の
絶え間ない権威をあらわして
せせらぎの川音は
その女神を常に 讃える。
女神ディアナ・ネモレンシス。
元は森の野獣の守護女神であり
かつ逃亡奴隷の守護者だった。
森の神殿にはその昔 ー
神殿の前に二つの像があったとされる。
ひとつは<春>と呼ばれ
ひとつは<冬>と呼ばれた。
人々は<春>の像を崇拝し
<冬>を忌み怖がった。
いつしかその二つの像の頭上には
5月の薔薇の王冠を載せられた。
人々は 祈ったのだ。
”冬”よ、
”春”を復活させる、その”力”を溜め給え。
”春”よ、
”冬”を静かに眠らせる”歌”を歌い給え。
女神ディアナにとって、森も、世界の大地も同じ。
すべては自分の子であるし
すべては ともにある。
逃亡の奴隷は、異邦の野生の人種の人間だった。
決然たる殺意と 死の恐怖を
抱えながら
自分が守るべき木立に立った理由。
ー ”金枝”であった。
そして ー。
三百六十五日、焚き続けられる王城の松明の道、
”王の道”は女神ディアナの火。
永遠の聖火が聖域で守られていることを表し
厳格な純潔性を拘束した。
その火は、”ウェスタ”の火と 呼ばれていた。
その女神を守り、慈しむのは 神木マルム。
*
ギーズル情報:すんげえ疲れたんだけど!!
ディオ情報:多分、ですけど
魔女さまとラースさんは
接吻するとなんか
奇跡が起きるのでは?!
ゾイ情報:え?しめしめって言ったら
もう小狡い判定ですか!?
シャルラッハロート情報:俺の勘に狂いはない。
ラース情報:あいつの力だけは
借りたくなかった。
死ぬほどまずい茶を勧められても
飲まなくちゃいけない。
アイスクラピウス情報:おやおや。
いつでも歓迎だよ。




