魔女とネズミ
さあ、物語は途切れることなく命が紡がれるようにして流れてく。
或るときの昔を
もっとも古い物語の話を
語り伝えられる限りの 言の葉にのせて
ー 君たちは皆 魂において 永久に子どもだ
*
「いただきまぁ〜っす!!」
空はすでに一番星を称え、夜の帳が下りていた。
部屋を灯す光も、鼻をくすぐる食べものの匂いも、“あたたさ”を帯びて ー
「(さっきまでの慌ただしさが嘘のようだ)」
ラースは出窓に登って、外をながめていた。多少、感傷的かもしれない。
「(長い間、空を眺める時間もなかったな、こうしているとまるで・・・)」
だいぶ感傷的だ。そう、こんな時だから
「・・・ぇ、ねえっ!ねえってば!!」
ネズミの心臓、破裂しそう。
「っっ!!!!魔女っな、なんだ?」
魔女のパーソナルスペースの無さに驚いて、ラースは自ら距離をとる。だが魔女は主に顔面をラースに近付けてくる。でかいでかい、怖い怖い、こっち来んな。この“妖怪顔でか”魔女。
「もぉ!!早く一緒にご飯食べようよ!」
「は?」
おネズミさまことラースは、自分がご飯を誘われていることに戸惑いを隠せない。しかし、魔女は続ける。
「ほら〜!部屋も綺麗になったし〜、ご飯も作ったしさ〜。
ね?食べようよ。あ、なんか食べられないものあった?」
「ー、いらない」
背中を見せたラースの金色の毛並みが、ランプの光を含んで美しく波打った。魔女はラースに気付かれぬよう、その毛並みに触れる。指先が、くすぐったい。
ラースが出窓に登ったのは、魔女と直接の会話を避けるためだったのに、目ざとい魔女は事あるごとに自分を呼ぶ。鬱陶しかった。でも今は ー。
『なんだ、ラース。お前、名を呼ばれるのがそんなに恥ずかしいのか?』
テーブルから声がした。
「ーっ!何を、」
「え、そうなの?え、名前呼ばれるの、恥ずかしいの?へえ〜。」
ニヤニヤ顔の魔女が、なんかムカつく。“妖怪顔でか”魔女の圧が強い。
「ねえ、ラース〜ぅ」
うざい。
「違う」
「ラースってばあ〜〜」
“妖怪顔でか”魔女のニヤニヤがニヨニヨしててより一層のキモさが苛立ちになる。
「ほっといてくれ、あと近付くな。」
キッパリ切り捨ててやる。
部屋を出ようと出窓を飛び降りた。
「うそうそっっ!ごめんって!悪ふざけしてごめん!!
なんか嬉しくって」
一瞬、ラースは動きを止めてしまった。
「(嬉しいだと?・・・人のことを馬鹿にしておきながら)」
この際だ、今までの鬱憤含めて言い返してやるのもいい、振り返ろうとすると
ヒョイ、と景色が移動した。
「!!!っなに」
持ち上げられ、魔女の両手にちょこん、と乗せられた。
語弊があった、ちょこんではない、いくらか手からはみ出して乗せられた。
重量感もそこそこある。魔女の顔も近い。
「本当にごめんね?でもさ、名前ぐらい呼ぶよ。相棒だもん!」
「!!!!(相棒だと?!)」
“妖怪顔でか”魔女はますますラースに近付いて、にっこり笑う。
今にも頬ずりされそうで、恐怖だ。にも関わらず、魔女は更なる恐怖を用意していたらしい。
「私、てっきりさ〜ラースをお風呂入れてあげたとき
お尻洗ったのをまだ気にしてるのかと思った〜」
おぉっと、おネズミさまが硬直してるぞ。
そっちはもっと触れられたくない話だったか?!
「あの、ほら、ラースって男の子じゃん?ネズミだけどさすがに恥ずかしかったかな〜って」
おい、照れるな、ちょっと目をそらすな、恥じらうな。
ほんと、まじどうにかしろ、この魔女。
『はははっ!これは、おもしろいものが見れたな。だが、そろそろ夕食にしよう。
魔女、せっかくの食事が冷めてしまうぞ?』
「あ、そうでしたそうでした〜、ラースも一緒に、ね?食べよう?」
返事も待たず、魔女はテーブルの上に用意されたラース専用のミニチュア椅子に座らせた。
魔女はラースに目配せして、笑顔になった。
「さぁ、食べよう!!」
ラースはミニチュアのテーブルに乗せられた料理に手を付けられず、じっと見ていた。
『おい、ネズミのラース。フォークとナイフの使い方がわからぬか?』
さっきからこのひと何?誰よ。
ーと、いう疑問を解消するため、それには、話をしばし巻き戻さねばならない。
*
「真実の鏡、アイスクラピウスか!!姿をあらわせ!!」
って、おネズミさまが言ったじゃん?
なんか、二つ名付いててかっこいいじゃん?
で、どうなのよ。横文字の名前長い人。
声は静かに答えた。
『そんなに大きな声を出すな。聞こえているよ、使い魔ラース。』
暗い部屋に今、ー 魔女とネズミと声だけの“何か”。
「(攻撃を仕掛けられるかもーっ)」
ラースの警戒する声ににこの時、魔女は何か武器になるようなものを、と妖精のいなくなった瓶を握りしめもう片方の手で、ラースの尻尾を握りしめた。
「あ」
「っつ!何をしている!離せ!!」
「あ、ごめん!」
緊急時って、動揺してとんでもないもん握りがち。
一瞬の出来事だった。
魔女を覆うような影は、そのまま彼女を優しく丸椅子に座らせた。影は動いた。
『うーん・・・永いことだ。・・・永い間』
指を弾く音。
“パチン”
まばゆい光に包まれた。
「!!」
光の中にあらわれたのは・・・
ー あれ?・・・部屋、きったね。
明るい部屋だと、部屋の中がすんごい汚いの、目立つよね。
「あれ?」
魔女は暗闇から解放されて、光に馴染んだ目を凝らす。
「・・・いなくね?」
「・・・いないな・・・」
取り残され感に、魔女はラースの方を見た。
「あのアイなんとかさんて人、ラースの知り合い?」
「・・・アイスクラピウスだ。知り合いではない。」
名前は知ってるけど、知り合いじゃないってどういう関係かだなんて、多分良好じゃないのは魔女も感ずるところではある。それ以上は聞かないこととしてー
「そっか・・・いないね。」
影も形も見当たらないその人がいたところを、見ていた。
なんか微妙な空気が流れた。
「じゃ、じゃあいないんじゃ仕方ないし、部屋片付けようか!!」
魔女が丸椅子から立ち上がった。
『魔女、 ー』
声と同時に、部屋はまた暗闇に戻ってしまった。
「あ!暗くなっちゃった」
『すまない、久しぶりに起きたものでね。どうにも力が足りないようだ。』
魔女はゲームの中にはこんなNPCは存在していないことを警戒していた。
「(“私を待っていた”ってことは、どれだ?友好、中立、敵対のどれかに属してはいるはず・・・。誰だよ、アイスカフェオレさんて・・・。全然知らないんだけど。友好関係だとしても、この魔女に仲間って・・・ラースだけじゃなかったの?・・・あ〜、喉乾いたな、アイスカフェオレでもいいから何か飲みたい。)」
もう、さっそく思考を手放した。ラースのこと勝手に仲間認定してるね。あと、ー
アイスクラピウス、な。
NPCは元々、ノンプレイヤーキャラクターの意味である。彼らの存在意義は主に「ゲームの進行」「イベント発生」「バランス調整」があり、プレイヤーに対し、イベントやクエストにうまく誘導するためにある。
「(どうしよう、敵対したくないし下手に動けないな・・・。)」
ここでの行動如何で、何らかのイベントが発生するのか、それともゲームが進行するのか判断ができずにいた魔女に、声は思いがけない言葉を投げかけてきた。
『魔女、君もそうだろう?』
「え」
『君も今、力を失って・・・というよりは使えない、かな。』
ドッキーン!魔女の心臓が跳ね上がる。
「どういうことだ、アイスクラピウス。」
ずずい、となぜか魔女の前に躍り出たのはラースだ。
『そのままの意味さ』
「魔女が魔法を使えないというのか?!」
ラースは言った後、魔女に振り返った。何とも情けない魔女が、そこにいた。
「魔女、アイスクラピウスのいうことは本当か?」
「えっと、(どうしよう・・・、う、嘘はダメだ。こういう時はー)・・・ほ、本当、です。」
魔法が使えない、のじゃなく使い方がわからないとも、どうすれば使えるのかとも、言い訳をしなかった。したところで、最強最悪の称号は取り消しだろう。どこが最強やねん、合ってるのは最悪だけじゃねえか、という怒号が聞こえてきそうだ。
「(ここでルート分岐するかもしれないなら、自分に従う、ーこれ、私のルール。)」
「なんてことだ・・・」
声の色が消えたようなラースの言葉に、アイスクラピウスは言った。
『なに、心配ない。お前が魔女の核に眠る力を解放してやればいいのさ』
「!!」
「そんなことできるの!?」
『ああ、もちろんさ。そうだろう?大魔法使いの弟子、ラース。』
「(え?なんつった?大魔法使いの弟子??)」
魔女はラースを見下ろしていた。ネズミのひげが、小さく震えていた。
*
『・・・月のない無為な夜に、倦んだ者がいた。
すべては棄てられ、姿を消した ー 』
ゲームのとあるテキスト文を思い出す。
“倦んだ”とは・・・長く続けて気力がなくなる、または
物事をもてあますような精神的な疲れや無気力な状態を指す。
「(!!ってことは・・・、ラースは・・・)」
テキスト文は、キャラクターを選ぶ際、説明に出てきたものだった。魔女はそろ〜とラースに目をやる。
「(およそ手のひらサイズとは言い難い、魅惑のお腹を持ちつつも、ネズミならではの素早い動き。
そして、大魔法使いの弟子でありながら“すべて”を棄てたというテキスト・・・。これらを併せて、導き出されるのは ー)」
ピコーン!
ひらめき魔女は真剣な眼差しで、ラースに問うた。
「ラースって、“持たざる者”だったの・・・?」
しーん。・・・ら、裸族?
沈黙をおネズミさまご本人がぶち破る。
「は?裸族?なんだ、それは。」
そうだよね〜、何言ってんだろうね。
『ネズミなんだから裸族だろ』
ですよね〜、ネズミは服着てないよね〜。
違うんだ、違う、そういう意味じゃないんだ。
こっちはゲームの内容とかさ、キャラクターの出自とかそういうのを知ってるから言ったのであって、”ネズミ”だから裸族だったのか、という至極もっともな事を言ったのではない。“持たざる者”と正確に言うべきだったことだろうが、言ったところで・・・。
「(くっ!・・・“裸族”で通じるのはゲーム界隈の人間のみだった)」
魔女、赤っ恥。このいたたまれない空気感に
「(“持たざる者”は初期ステータスこそ固有技ないし、武器もなくて最弱だけど、ゲームを進めていく上では最も伸びしろがあるんだよ〜ぉ)」
と、声を大にして言いたいところだ。
しかし、そんな魔女の気落ちを察してか
『ラース、早くしろ。』
と、鶴の一声。しかし
「断る。」
ネズミの一刀両断、お断りだ。魔女はこのやり取りも当然だと思っていた。
「(ラースに当たり前だけど距離取られてるんだよなぁ〜・・・声だけの人も十分怪しいし・・・)」
信じられるのは、自分のことぐらいだ。最強最悪なのに魔法が使えないのは、先々困る。と、いうか魔女はとある懸念点を払拭する必要があった。何としてもここで、魔法を使えるようにしておきたい。
「(だけど・・・私に有利なことって今、ないし・・・う〜ん・・・)」
考えあぐねた。あぐねて、あぐねた結果 ー
「かくれんぼで勝負しよう。」
言うに事欠いて、かくれんぼだった。
「馬鹿にしているのか。」
憤慨ネズミ。
『大変興味深いが、私は見学させてもらおう。』
高みの見物アイスクラピウス。
「ん〜、ラースが隠れていいよ。私が見つけたら、魔法使えるように手伝って欲しい」
憤慨ネズミ、アホらしいと返答拒否の構え。
「もし、私が見つけられなかったら ーう〜ん・・・
何でも望みを叶えてあげるよ!」
「!!!!!」
「何でも?」
「うん。何でもだよ。」
ラースの視線が、魔女を射る。
「二言はないな?」
「約束するよ。ラースこそ、約束守ってよね。」
フン、と鼻息を吐いてラースは腕を組んだ。
相手はネズミだ。隠れようと思えばどこでも隠れるだろう。
だが、ややデカめのネズミなのが、欠点か?
頭隠して、尻、はみでちゃう。
魔女、いけんの?
しくじった〜って顔、してない?




