プロローグ:魔女(153歳)という世界線 ②
「何してるんです、魔女。」
不信感たっぷりの声色だ。
「へ」
振り返り、声はすれども誰もいない。
無防備にも小脇に抱えた瓶の蓋に手をかけたままだ。さらに付け加えるなら、腰に負荷をかけない為、若干肩幅より広めに足を開いて踏ん張ってもいた。スクワットスタイルである。
「あ、あの、蓋を開けようと・・・」
「蓋?」
声の主がどこにいるのかわからないが、律儀に答える。
「こ、この瓶の蓋を開けようってして」
蓋を持ち、瓶ごと持ち上げた。
「この瓶、なんだけど・・・。」
「?なぜ?」
「えっとこの中の妖精を出してあげようと」
言葉のラリーが続く。
「妖精を薬にするのでは?」
「えっと・・・(どうしよう、なんて言えば・・・。)あの、助けるって約束しちゃったし」
「助ける約束?あなたが?」
不信感の声は、非難めいた声色になった。
「う、うん(え?なんか変なこと言った?)」
「・・・」
声の主から言葉は返ってこなかった。しばらく静かになって、ものすごく居心地悪くなる。
「(なんか対応間違ったかなぁ、私がゲームの最強最悪の魔女ならさぁ、もう少し威厳あるような態度とかそういう言葉にした方がよかったかな・・・。でもなぁ、ゲームで喋ってるとこ見たことないし、いつも黒いもやの中から現れては消えるっていうだけの魔女・・・私が魔女ってどうなの。配役ミスじゃない?)」
人生初めての悪役になったがいきなりなれるものでもなく、かと言って、153歳の魔女に何を求められているのかすら想像もできず、腰も痛いのでその姿勢のままステイしてた。
答えはため息に次いで言葉で返ってきた。
「はぁ、蓋は回すんじゃない、魔法で開けるんですよ。」
優しく言ってくれたようには感じなかった。
『マジでわかんないの?煽ってんの?』と、でも言いたそうな。
「(ま、魔法?ーえ、私、使えるの?え?)」
魔女なんだから使えるに決まってはいるが、どうやって魔法を使うのかわかってない。
だからこそ、こんな格好して蓋を開けようというパワープレイをしてるのに、『魔法で開けろ』ときた。
こちとら最強最悪の魔女の大股だぜ?奥義撃つ体勢じゃん。蓋飛ばすぞ。
「(まずい、魔法なんて知らん。ていうか、誰よ)」
瓶を見つめる。
「(待て待て待て、魔法ってなんだ。私は今153歳の腰に違和感を感じてる魔女だけど、魔法っぽいのは頭を治したあの光ぐらいだったし。ー、あれ魔法ってこと?え、わからん。だって勝手に手が光っただけだし、あの時、)」
何かを思い出しそうだった、のに
「どうしたのですか。」
冷静な声が思いの外近かったのと、声の主の正体が・・・。
「ね、ネズミだぁ」
心の中だけで言ったつもりが、声に出ていたらしい。言われた方は事実、ネズミではあるけれどもう少し言い方ってもんがあるのではないのか?というお気持ちが見た目に現れた。
仁王立ちしたおネズミさまが腕組みしてこちらを睨み上げている。
「(あらやだ、かわいい。)」
おネズミさま、ネズミというには絶妙にでかい。
手足短いくせに偉そうに腕組みし、苛立ち紛れに小さな足をトントン片方だけ鳴らした。
「(うわ、モッフモフじゃん。・・・ていうかこのネズミ・・・。)」
薄暗い部屋で、自分以外の生命体に少し安堵しつつ、ネズミが喋っているという現実に早くも順応。さらにはこの153歳魔女は、このネズミの正体を思い出していた。
「ラースっ!!」
「なっ?!」
「思い出したっっラースじゃんっ!!!!」
偉そうに腕組みしたおネズミさまは、名前を呼ばれた衝撃に一瞬硬直したように見えた。
*
ラース。魔女の使い魔のネズミのラース。
ゲームの中で唯一登場するシーンがある。
魔法陣を描いているのだ。一見すると地面を駆け回ってるだけのネズミと思いきや、モンスターを召喚するための魔法陣を作成している。
そして魔法陣が出来上がると、鼻をヒクヒクさせ月のない夜空を見上げる・・・と、そこまでがラースの登場シーンである。ラースの描写は少ない。
だが、今腰に違和感を持つ魔女は知っている。
「(ラースはこのゲームの中で、いや、魔女にとっては超重要なんだ)」
ゲームには原作となる本があった。本とは言っても、設定集の類いで殺傷能力のある厚さと角はない。
ほとんどが絵が中心の設定内容で、ゲーム内で語られることのないサブクエストの理由、アイテムの由来や武器の説明などだが、多岐に渡って描かれていた。その中に当然“魔女の使い魔、ネズミのラース”についての記述もあった。
『魔女が死んだと見せかけていなくなる側には、いつもラースがいた。』
そんなことを思い出した。ひょっとすると、現在の状況なんかも教えてくれるかもしれない、という淡い期待も込めー。
じっとラースを見つめる。
「(魔女が死なない理由は、ラースにある・・・。使い魔って何すんだろ。)」
呆気に取られたラースは、目をぱちくりさせた後正気に戻り、咳払いをひとつ。
「コホン、失礼。ー、で?」
何かわからんが、聞かれる。
「“で”って?」
「だから、その瓶の蓋を開けるのでしょう?」
「あ、そ、そうなんだけど(開けられたらこんなに困ってないっていう)」
「私にやれと?」
棘のある嫌そうな声。睨みつけられる。
「え(そ、そういうわけじゃないけど開けてくれるならラッキー)、じゃ、じゃあおねが〜い。」
153歳、目一杯のおねだりポーズ。ネズミ、これに一切答えず諦めたように魔女に背を向けた。
「わかりました、瓶を机へ」
「う、うん、わかった」
意外にすんなりやってくれるのが優しさ由来じゃないことは、空気から伝わる。
「・・・まったくなんだっていうんだ。せっかく捕まえたものを・・・」
ほらね、文句垂れてるし、聞こえてる。
何やらブツブツ言いながらもラースは机の上の瓶に向かった。
淡々と蓋を魔法で開ける。次々に開く蓋から解き放たれる妖精たちは
『ケッ!さっさと開けろよ、この極悪魔女!!』
出た、手のひら返し。
『お前なんか、デベソッ!!』
見たのか?
『アホーーーーーーーー!!』
最終的にはどうしようもないことを言って、いなくなった。
「・・・悪口じゃん。(私、デベソじゃないんですけど。)」
それでもラースは、見て見ぬふりだ。
*
「あ、あのさ」
こうなった以上“話しをできるのはネズミ”以外、いないのだから仕方ない。話しかけた。
「?」
「腰がすごく痛いんだけど、魔法でこれもチャチャっと治せないかな?」
図々しいのは百も承知、二百も合点。腰の話はついでで、本題は“魔法”の話、という魔女の思惑は当然通じない。
お気楽な魔女の言葉に、ラースの鼻からは、やれやれため息だ。
「魔女。私には無理ですよ。それに、治癒はあなたの領域ではないでしょう?」
「え」
「お分かりでしょうが、治癒には妖精を潰した粉が必要なんですよ。」
「あ、ああ、そ、そうだったね。(さっき粉じゃない方で頭治したんだけど・・・)」
ラースの表情は(ネズミだから)読み取れないが、その態度は(ネズミだからと言って)好ましいものではない。現に、腰に違和感を持つ153歳の魔女にだって(ネズミだけど)手は貸してくれそうもない。それどころか ー
「瓶の蓋を開けて、妖精を逃せだなんて愚かなことを・・・。」
お小言に滲む蔑みが『ほら、見ろ。言わんこっちゃない』に変換された。
咄嗟の判断だったとはいえ、妖精は逃してしかるべきだった。魔女だって何にも知らずに、お気楽発言してるわけじゃない。ラースとの会話で、できるだけ情報を集めようとしてる。
「(治癒は、魔女の領域じゃないって?え、だってあの光・・・。あの光は聖職士の使う固有技なんだけど・・・。あれって祈祷術でえっと・・・)」
わからないことだらけだが、さっきから立ちっぱなしで座りたい。喉も乾いてる。蓋も開けたことだし、座って頭も整理したいし、ご機嫌斜めなおネズミさまとお近づきになりたい(懐柔したい)。
「じゃ、じゃあ、どうやって腰を治せばいいの?」
またしても、ラースは目をぱちくりさせた。
「ご存知じゃないと?・・・あなた、魔女でしょう?」
おネズミさま、訝しんでいらっしゃる。
「そ、そうなんだけどさ〜。久しぶりじゃん?妖精使わないのって。年だし、忘れちゃったよ〜ぉ。あ〜やだやだ。年なんて取りたくないよね〜。あ〜、なんでかな〜、最近物忘れ多いんだよな〜。」
棒読みの取ってつけた嘘だが、否定も肯定もせず、ラースは腰に手を当てため息をついた。ラースの腹が、ため息を吐いて上下に小さく揺れた。ぽよん。
「薬草を煎じて飲めばいいんです」
「え、煎じて、って、つまり薬草を水に入れて、火にかけて煮詰めて、成分を水中に濃く抽出するっていう」
コクン、とラースは頷いた。魔女は部屋を見回した。
「(この部屋の汚さから)ど、どうやって(茶を煮出せって)コップとか(探したり)・・・」
ラースが笑ったように見えた。
「さあ?ここはあなたの家でしょう?ご自分でどうぞお探しください。」
(物理的にも心理的にも)お先、真っ暗。だが、この腰に違和感を持つ魔女は負けなかった。ここで引けば、もっと腰はしんどくなるし、情報も引き出せない。
「私、おばあちゃんだよ!!153歳で腰も痛いんですけど!!!」
「?おばあちゃん?」
「そうだよ!!ご老人には優しくって、習わなかった?!」
いよいよラースは不機嫌を隠そうともせずに言い放った。
「魔女・・・挙動がおかしいとは思っていたが、とうとう頭までおかしくなったか。」
「なっ?」
「魔女に年齢は無意味だ。それに、見た目も自由自在に変化できるではないか。」
「え、そ、そうなの?(だってゲームの中じゃ老婆だったし、さっきの手だってシワシワで)」
咄嗟に手をみた。
ピッチピチのツルツルお手てじゃ〜ん(10代感)。
「はぁ?!(な、何が起きた?!)」
手の甲とひらを交互に見る。確かにピチピチだ。
老婆の薄い皮膚に浮き出た血管も、節立った関節もない。
部屋に反響するような声が響いた。
『妖精のおかげさ、魔女。』
「誰だ!」
ラースが暗がりに向かって叫ぶ。
魔女も即座に立ち上がって同じ方向を見る、ーが、おいおい大丈夫か?魔女の腰は・・・。
「?!(あれ?腰、痛くない・・・?)」
腰の違和感は見事に消えていた。ヨカッタネ。
『ずっと放置されてたから、忘れられてると思っていたよ』
「は??」
その声に反応したラースが、警戒した。
「真実の鏡、アイスクラピウスか!!姿をあらわせ!!」
「え、誰・・・」
展開の早さと、それ知らない情報、で、魔女、ポカーン。
『私はお前を永いこと待っていた、っていうのに薄情だな』
「(私を待っていた、ってどういうこと・・・?)」
世の中には、美魔女と呼ばれる女性たちがいる。彼女たちが使っているのは魔法ではない。美容と健康を意識した生活に根ざした外面と内面の努力の賜物だ。“年齢の割に”とか失礼だし、外科的なアレをしてるからとか侮ってはいけない。
では、153歳の魔女の世界線はどうかって?
ー それは、これからはじまる物語。




