プロローグ:魔女(153歳)という世界線 ①
「この瓶の中のって、妖精・・・だよね」
薄羽をパタパタさせて光を発してるのは
今まで見たことないし知らなかったけど、ゲームではみたことのあるやつ。
ファンタジーお馴染みのちっさい人間ぽいやつに羽ついたやつ。そう、妖精だ。
「本当にいるんだ・・・」
現実なのに、ちっとも現実味のない状況も、夢オチならいいのにな〜って、ぎゅっと目を閉じて開けても、変わり映えがないこの部屋も、腰が痛いのも、相変わらずカビ臭いのも、立ちっぱなしなのも、瓶の中に入ってるのが妖精なのも全部。
「これは現実で、ここはゲームの世界ってこと・・・」
どれだけ時間を要したかわからないが、5回は確認したし上記の文言も5回言ってる。念の為に申し上げておくと、混乱という恐怖に打ち勝つために自己暗示かけてるというのも多分にある。
その割に、6回目で確認を止めたのは、なんかもう疲れたからだ。だいぶんいい加減な性格だ。と、言うよりは
体の軋みもさることながら腰の痛みに耐えかねた。何かに寄りかかるか座りたい。
「(とりあえず座りたい、休みたい、喉乾いた。)」
倒れた丸椅子に手を伸ばし、元に戻して机に両手をついてそっと座る。
「いだだだっ」
腰の痛みで身がすくむようだったが、ようやく座れた。
「はぁ〜。すごく疲れた」
疲れが押し寄せるようだった。だが考えなければならないことがあった。
「(ゲームなら・・・そうだとしたら、これはー)」
気力を振り絞るようにして息を吐くと、喉がすごく渇いてることを感じた。
机の上の光る瓶をまた見る。
「(ここがあのゲームの世界なら・・・)」
焦燥感よりも興奮した緊張感が襲う。
*
キングダム〜真実の愛物語〜
ゲームタイトルの微妙さは置いといて
このゲームは発売より5年経ったにも関わらず
そのやりこみ要素により界隈付近では根深い人気を誇る。
ゲームの舞台は3つの国にまたがり、時代を超えて進んでいく。
5月の森のエレーミナルス王国、
賢者の砦のドノヴァッテン魔法王国、
そして、北の要塞のシーガピオン王海国。
物語はお姫さまが魔女に呪いをかけられた後から始まり
プレイヤーは男の主人公になってお姫さまの呪いを解いて救うー、という
ロマンス満載の恋愛ゲームの様相を呈していると思いきや
「いわゆる“死にゲー(ム)”なんだよね・・・」
死にゲー(ム)とは:「死に覚えゲーム」の略称。
その名の通りこちらが敵と戦っては繰り返し死に続け
敵の動きのパターン等を覚えながら攻略し、進んでいく
「しかも・・・」
レベルがついにカンストを迎え、どんな敵でもワンパン(チ)かと思いきや
敵も同様に強くなる愛情仕様はこのゲームのお決まりで
雑魚敵であろうが1発攻撃を喰らえば致命傷を負う。
雑魚も一緒に強くなってくなんて、“俺だけ強えぇ”できないじゃん!!!
こんなストレスまみれのゲームをやるなんて
頭でもおかしくなったのか、と言われかねないが
それでも根深い人気を支えるのには理由が3つある。
1、高難易度のゲームをクリアする達成感
実質、プレイヤーの大半はこれに属するだろう。
高難易度だけあって、プレイスキルも磨く必要がある。
プレイヤーの選ぶ職業によって、使える技も使えるアイテムも変える必要がある。
何せ“死にゲー”だ。
何度も死ぬことを繰り返しながら、自分の技を磨き、敵の弱点や癖を見抜き、ついぞ倒した時の達成感たるもの、言い尽くせない感動がそこにはある。
自慢したっていいが、多分誰も理解してくれない。だが、それがいとおかしかな(要約:超エモい)、で良い。
2、フィールド(舞台)の自由度とクエストの多彩さ
3つの舞台はどこから始めてもいい。
だが、これもまたゲームの罠だ。
行く先々でおよそ雑魚とは思えない敵と対峙した時、当然逃げ回ることになる。
隠れるのも手だが、初心者ほど逃げの一手だろう。
どこまでも追いかけてくる雑魚敵と、増える新たな敵が一斉にプレイヤーをこれでもかというほど袋叩きにする。
そのオーバーキル具合にー。
「あ、やっぱ無理だこれ」
と、死と引き換えの“気づき”を与えてくれ、レベル上げを余儀なくされた上
やっぱりどこのフィールドにいようとも死にながら進める必要があるのだ。
だが、注意して欲しい。
猛者の中には
『レベルなんて上げないぜ!初期ステ(ータス)でクリアするんだい!』
とか
『俺はこの“持たざる者”(通称“裸族”・固有技なし・武器なし)で行くぜ。』
と、いう変態的かつ、チャレンジ精神を持つ者はどのフィールドでも輝きを放ちながら駆け巡る。
そしてなんと言っても、クエストの多さである。
プレイヤーは戦いの中で発生するクエストを遂行するもしないも自由だ。だが、クエストをどのようにクリアしたかでその後のルート分岐するだけでなく、取得できるアイテムも変化する。
『未だ、試されているのさ、人も時代も』
すべてのクエストをクリアした後ですら、疑いは消えない。
3、ダークファンタジーとキャラクターのメイキング
このゲームは“真実の愛物語”なんて副題がついてるくせに、ロマンスなんてものは存在しない。
かなり高難易度のRPGゲームの武骨仕上げで、死にゲーである観点からもそんな甘ずっぱいものは期待してはいけない。それどころかゲームを続けるうちに
『愛?あぁ、愛ね、それを求めて旅立った人はいるが、その後は知らないね。』
と、副題を記憶の彼方へ葬り去り、いつのまにか
『知ってるよ、私を含め、この世は因縁を理解しない凡夫の集まりだ』
とか言っちゃって、別世界への真理に辿り着けてしまう仕様だ。
さらにこのゲームは、パラレルに時代と次元を交差していくため、歴史上の誰かが何かをしたという史実にダークファンタジー要素を混ぜている。ドラゴンとか魔法とか、ワクワクしてしまうだろう。
歴史通りじゃなくってもいいの!嘘でもいい!騙されたっていい!!お澄ましした歴史の裏に蠢く血と肉の闇深さに考察が捗る。
そしてー
主人公だからって、決まりきったルールはない。
出自は全部で10種類ある。
農民、戦士、聖職士、騎士、放浪旅人、学者、魔法使い、剣士、暗殺者、そして、持たざる者。
色々いるが、スキルも特性も一長一短である。
それだけじゃない。容姿だってある程度の型を選ぶものの、創れるのだ。
君が創る主人公が、このゲームの主人公だ。
「(だからこそー)」
いつのまにか固く結んだ拳に余計に力がこもる。
知っているからこそ、の興奮が込み上げた。
「(やりこみ要素のサブクエストも全ルート周回済み。
分岐するルートも、報酬も武器ももちろん全種類、回収済み。
やってないのはオンラインの協力プレイぐらい。
オンラインは報酬も少なかったし・・・あれはボランティアだから。)」
ゲームの攻略に自信があるのは、周回クリアしたからというだけでなくゲーム攻略すら網羅しているという自負だろう。言い訳がましくもオンラインでの協力プレイ戦闘をしないのは、小心者なりの強がりだ。
「(だって)」
やりこんだ時間、14778時間。
日換算にしておよそ615日。ーと、18時間。
毎日、ログインしてたし。
ゲームのお値段 ー 6400円。
感動、ー プライスレス。
「(3人主人公キャラ作るだけで1週間かけたもんね。
めっちゃタイプのメンズ・・・あれ拝めるのか・・・)」
変な感動して、また拳を握りしめた。
*
少しだけこのゲームのしんどさと対策を思う。
「(“生き残る”って意味なら、いける。アイテムの場所も知ってる。
敵があんまりいない場所も掌握済み。大丈夫、落ち着いてる。)」
だが、不安が腹の底にのしかかっている。
腰の痛みによる不安からではない。不安は、予感を呼んだ。
腰の痛みがヤバイものかもという予感ではない。
腰の痛みから少し離れようか。
「(けど、・・・今、私がいるこの部屋って)」
嫌な予感は握りしめすぎた拳を、ふ、と緩ませた。
手先に血が通う前に、瓶から溢れる光が手に当たった。
枝のような細い指としわしわの手が照らし出された。
「(ファっ!?この手は私の手じゃないっ)」
老婆の手だった。
「!!!!!」
予感は確信に変化した。
「(この場面は、疑いようもない。やっぱり。
ここは“魔女”の家だ、ーってことは、私は“魔女”なの??
“魔女”??ま、魔女ぉ〜〜っ?!ま、ま、ま・・・じょ)」
不安が混乱を招き、嫌な予感が的中した。
「(流行りもとうに過ぎ去った、あのー・・・
異世界転生とかいう・・・
で、あの魔女・・・。)」
そりゃもう、パニックさ。
泡吹いて倒れたい気分に違いない。
*
ゲームの話が途中だったな、諸君。
この『キングダム〜真実の愛物語〜』の中枢を担う話だ。
主人公は3人いる。3人は各自、お姫さまにかけられた呪いを解くために
結局3つの国を時代と次元を超えて、行き来することになる。
呪いの解呪に必要なアイテムを入手するためだったり、3人の行動によってエンディングのルート分岐する。
だが行く先々に倒したはずの敵がリスポーンして待ち構えている。
雑魚敵といえど十分殺傷能力はあるわけで、油断はできない。
そんな敵の頂点に君臨するのが、最強最悪のボスキャラ、魔女だ。
お姫さまに呪いをかけて回り、主人公に数々のモンスターをぶつけてくるのも
理不尽な戦いを用意してくるのも、このゲームの中ではただ一人。
「(神出鬼没の魔女・・・。)」
魔女は主人公のいるところ、どこにでも現れては、主人公を絶望の底へ落とす。
初見で絶対殺すマンだ。しかし自分の身が危うくなると消える。
そしていよいよ、最終局面、というところでも
魔女は死なない。ゆえに、敵も死なない。
そんな最強最悪の“魔女”に、ー 気付けばなっていた、ということだ。
「・・・これって喜んでいいの?・・・だって魔女だよ・・・」
喜べない。敵だもの。倒される側だもの。
しかも、魔女だぜ。最強最悪の称号はまだしも、だ。
100歩譲って若くて美人でお胸ボインならまだしも。
腰に違和感抱えてる老婆だぜ。(公式発表:魔女、153歳)
「私、28歳(推定お胸サイズAカップの平均顔)なんですけど〜〜〜!!」
腰が痛いのも忘れて立ち上がっていた。
「ぃだっっっっ!!!!」
引き攣る痛みが机に両手をつかせた。
「(ひょっとして体中が痛いのって、打ち身じゃなくて153歳だから??)」
本の山に埋もれて痛む体も、腰が痛いのも納得の理由に心が沈む。
「(153歳のご老体なら、しゃーなしとも・・・)」
急な動きで、腰は何度目かの痛みを訴えたが
ぎっくり腰じゃないだけ、まだマシだった。
「(仕事中にやったことあるけど、あれはマジでしんどかった。)」
とりあえず、腰を撫で、慎重に座り直した。
*
瓶同士がぶつかるような音が鳴った。
「ん?ー」
声が聞こえる。息をひそめて耳を澄ます。
「ーさま!大魔女さま、大魔女さまっ!お願いですから、薬にしないで!!」
光る瓶を覗き込む。妖精が瓶の内側から叫んでる。
クルクルと回って、羽をバタつかせ光を放つ。
「大魔女さま!!お願いです!!」
「(妖精が喋ってる!え?さっきから喋ってた??全然聞こえなかった。)え?なんて?薬?
妖精って薬になるの??」
「く、薬にしないでください〜っっここから出して〜っ!」
半べそかいた妖精に胸が痛む。小さくて光ってて可愛いから正義。
「しっしない!わ、わかったっ今出してあげるからね!!」
瓶を持ち上げて、蓋を回そうとも
「あ、あれ、開かない。どうしよ、もう一回、んーっっっ」
蓋はびくともしない。こんな斜めに締められてるような蓋、すぐに開きそうなものなのに接着剤でも貼り付けられたように動かない。
「ん゛〜〜っっっ!!!」
再度力を込めるも蓋は開かない。
こういう時って、なんだったっけ、お湯につけるんだっけ?
輪ゴム巻くんだっけ??
153歳という年のせいで、力もポンコツで蓋が回せないのではないかという考えはチラついたが、脳が否定した。
「(決して153歳を貶してるわけじゃないから!!おばあちゃんの知恵的な開け方があるはず!)」
強調するべきところはそこじゃないが、気持ちだけはオープンマインドだ。
小脇に瓶を抱え、腰の痛みに気をつけて、さぁもう一度、というところ ー。
「何してるんです、魔女。」
落ち着いた声が部屋のどこかからした。




