宵闇に預言者
*
酔っ払いとは、脳が麻痺してる状態だ。
アルコールが脳に回ると
理性を司る大脳新皮質が麻痺して
気が大きくなり
自分を客観視する能力が著しく低下する。
では、酔っ払い魔女はどうなるのか ー
抑圧された本能は理性のたがを外し
眠った力を呼び覚まし
『お前たちが忘れても
わたしは忘れない、ー 』
つながれた鎖を引きちぎる獣のように
指で書かれた血の文字に聖人の言葉は
裏切りだけを残した。
『わたしが 魔女だ』
意識か無意識か、魔女は宙に浮かんで
一点、“王の間”の預言者を見た。
預言者が何をしているのか
何をしようとしているのか
魔女にはお見通し。
ギーズルが祭祀をはじめる。
森の女神ディアナに捧げる言葉も
神木マルムを癒す光も
この地上すべての生命を讃え
土に還る生命に安らぎを与え
ギーズルを守るゾイの祈りも
それらすべてはこの日のために
ー めぐったのだ。
『お前のねがいは なんだい』
ちょうど新月をむかえれば
太陽は月と一直線になり、「見る」ことはない。
だが、そこにいる。
預言者アルファイは、魔法陣を展開し始めていた。
『新月はお前のねがいを 聞くだろう』
魔女は両手を広げ
何かを掬い上げ手のひらの上を
ふーっと息を吹きかける。
“王の間”がどんどん暗くなる。
「っはははは、なんと僥倖なことか!
今までになく新月の力が濃く、強い、ー」
魔女がいることに気づかないのか
否、気づけない。
『さあ ねがいを 言いな』
黒いローブの男、預言者アルファイはわらう。
体の周りに真っ黒な霧をまとい
その霧は魔法陣へと向かって広がっていく。
「ー、宇宙よ、応えたまえ」
黒い魔法陣から繰り出されるのは
暗示、もしくは警告めいた絵札。
それらは預言者アルファイを取り巻く。
「お導きを ー
邪悪と相対する力を授けしものよ。
ーっ
選ばれし次なる勇者はーっっ!!!」
予言の力が示すのは、次なる勇者だ。
増大する風に、カードが定まらない。
「?? なっ?なんだ?
(急激に強大な魔力が集まり出してる)」
新月の力ではない。
それは預言者アルファイの力、でもない。
それは ー
「お前だああああっっ!!!」
魔女はわらう。
預言者の顔に、魔女の人差し指、食い込ませて。
笑い上戸、魔女。
*
人差し指を食い込ませたまま
魔女はゲラッゲラ笑い、
「おめでとぉっ!あなたが次の勇者だよ!
うふふっっやったね!!」
「っ」
預言者アルファイは動けない。
魔女の言葉に、ではなく圧倒的な力の差に
何が起きているのか、反応もできず
「(私の喚起魔法を破ったのか?
いや、消し去った?うそだ、
・・・宇宙の開鍵の儀だぞ?
いくら魔女でもそんなことが・・・)」
目の前の魔女はフラフラしながら
「ちょっと待っててね」
預言者アルファイの体を、ツン、と触れた。
体が硬直して動けない。
魔女は“う〜ん” と小さく悩み
「三分だからな〜ぁ」
とかなんとかブツブツ言いつつ
思いついた!とでも言うように
手のひらにポンっと握り拳を叩き
「えいっ!」
何かを引っ張り上げた。
ポンッ!
「うわっ!?」
ディオが現れた。
「魔女さま!?」
「えへへ〜。いえ〜い。
ちゃんとアレ取れた?」
「はっはいっ!これ。」
ディオが見せ、受け取ると
魔女はニコニコしていた。
「あとは〜、えっと〜ぉ
大丈夫かな〜ぁ、うん。
大丈夫そうだね。
ディオ、見てて〜ぇ
ンフフ〜ぅ。」
人差し指をクルン、とまわす。
ボンッッ!!
「ンモォオオオ〜〜」
死闘を勝ち残った漢気溢れる牛こと
スージーは傷だらけになりつつも
姿をあらわした。
「スージー!どうしたんだお前!
こんなに傷だらけになって!」
「ンモォ〜」
(意訳:俺はやってやったぞ)
スージーは鼻水だらけの鼻をディオのマントに
こすりつけた。べっちょり。
魔女はニッコニコでスージーを撫で
「じゃあ、あれ、くれる?スージー。」
スージーは口からポトリ、角を落とした。
べっちょり。
「ありがとぉ〜。ふふっ」
よだれまみれの角は魔女の手から浮いて
ギーズルの前に落とされた。
「雄牛の角、聖なる灰、これでいい?」
魔女の声に、ギーズルは頷いた。
「すべて、仰せのままに。」
まるでそうあるようにギーズルはつぶやいた。
魔女は預言者アルファイの前に降り立って
フラフラし、急に止まる。
「・・・あ、精霊アンデリダ忘れてた。
だめじゃ〜ん忘れちゃ。うふふ。
ギーズルさあ〜ん。」
「なんだよ、今作業中なんだけど」
酔っ払いに絡まれる。めちゃうざい。
「あ、ごめんなさいだけど〜ぉ
王城地下って、この真下ですか〜?」
「・・・いや、もう少しあっち」
魔女、前に横にちょこちょこ移動する。
「違う、後ろだって。
こっちくんなって」
「え、後ろですか〜?えへへ〜」
酔っ払い、千鳥足でその場を回り出す。
いてもたってもいられないディオが
「こっちです!魔女さまっっ!!」
魔女の両脇から手を回し、移動させた。
「わっ!すごぉ〜い、うふっ!うふふふ〜ぅ」
「ここです、ここ!大丈夫ですか??」
さすがのディオも魔女の様子がおかしいことに気付く。
「魔女さま、酔ってます?」
「え〜?酔ってないよ〜。
酔ってませんよぉ〜。
あ、ディオ〜、時間ないから
ちょ〜っとごめんなさいよ〜ぉ」
魔女は、両脇抱えられたまま
ディオと浮く。
「!!!」
「んじゃ、時間も残り三十秒ということで
巻いてまいりま〜す」
魔女は両手を空へ向ける。
ゴオオオオオっっ!!!
「?!」
ディオは自分の頭上
見たことない炎の塊を見る。
「おい、うそだろ・・・」
ギーズル、嫌な予感に大急ぎで移動。
「やばいやばいっ」
ゾイ、ギーズルの祭祀でできたものを
全力で回収。
預言者アルファイは、声を聞く。
『お前の本当の ねがいはなんだ。
思い出すための
チャンスをやろう。』
爆炎の柱が轟音を立てて
王城の天井と床を突き抜けた。
「ぃ〜っひっひっひ〜ぃ!ディオ〜ぉ!
見て見て〜ぇ!て、天井がっヌフっ
ぬっ抜けた〜ぁ〜っはっはっは!
ゆっ床もっ抜けっヒッひ〜ぃっうふふ」
箸が転がってもおかしいお年頃はあるが
天井抜けて笑うのは、世界広しといえども
魔女ぐらいなものだ。しかもやらかしてる。
「(あいつに絶対酒、のませんとこ)」
ギーズルは固く心に誓った。
が
「魔女さまっっ!!」
ディオの声に、ギーズルは見上げた。
ぐったりとした魔女を抱きかかえたディオが
慌てている。
「!!(ここで魔力切れか!?)」
ギーズルの見立ては半分、正しい。
「くそっ!!」
ディオは魔女の頭を抱え、真っ逆さまに落ちていく。
「ディオ!!」
ギーズルは叫ぶ。
「接吻しろ!!」
答えようにも、落ちてる状況が許さない。
「!?(無理だっ!魔女さまは
気を失ってる!!)」
魔女は、三分の魔法使い放題を終了し
同時に酔っ払いからの眠りに落ちた。
「ゾイっ!!来い!」
「はいっ!!」
落ちていくディオと魔女を追いかけて
ギーズルとゾイはぶち抜かれた穴へ飛び降りた。
預言者アルファイは
ようやく体が自由になったことで
息を吐く。
全身から汗が吹き出していた。
「・・・忌々しい魔女め・・・」
震える右腕を左手で抑えた。
「(あともう少しなんだ・・・)」
なのに、魔女の言葉がこびりついて
震える指先は真っ黒に爛れていた。
*
いきなり王城地下通路の天井が
轟音立ててぶち抜かれたから
何事かと思ったら、やっぱりお前か、の
「魔女!」
ラースが駆け寄る。そばにディオがいた。
「なんだ、何があった!」
ディオは説明しづらそうだった。
「酔っ払ったのよ、魔女。」
ギーズルは服についた埃を払いながら言った。
「は?魔女が酔っ払った? 酒でも飲んだか? 」
「酒じゃない。チョコだ。」
「チョコ?」
訝しげな顔をしたラースに、ゾイは見せた。
「これです。ラム酒付けのレーズン入りチョコ。」
「これ?度数がきついのか?」
ラースはひとつかじる。
「いえ、だいぶん弱いと思うんですけど」
ゾイは悪いことしてないのに、なんだか気の毒そうだ。
「(確かに。酔っ払うとは言い難いな。
風味程度じゃないか。・・・うまいな。)」
シャルラッハロートが寄ってきて
「全部いいか?」
「え?、あ、いいですよ。
もう一袋あるんで」
袋の中身を一気に全部食べた。
「!?そっそんなにたくさん食べると
危ないですよ?!」
シャルラッハロートには効かなかった。
「(チョコチップクッキーの方がうまい)」
そんなことを思っていた。
で、魔女を見れば
ぐっすりお眠りあそばしてるわけで。
ボス戦はすぐ目の前なわけで。
「・・・どうしたものか・・・」
ラースは腕組みして考えた。
これでは魔女お得意の作戦会議もままならない。
だが、有能おネズミさまことラースは
彼らを呼んだ。
「この扉の向こうに行く者は
ここに来て欲しい。」
ラースが声をかけると、皆ゾロゾロ集まる。
「よし。
魔女は後でなんとか叩き起こすとして
基礎事項を確認しておく。
魔女は“アンデリダの蜘蛛”と言っていたが
魔女の話では、その魔蜘蛛の特徴は
”蜘蛛”に似た形態を持つものの
一般的な節足動物とは言い難い。
この魔蜘蛛には鋏角対・触肢1対・歩脚4対という
計6対の付属肢(関節肢)がある。」
言いながら、ラースはご丁寧に
魔蜘蛛のイメージ図まで描いた。
「(魔女が家で描いたものより
ずっと私の方が上手だ。)」
画伯ネズミ。
「縦に開く鎌状の顎があるのだが
それより気をつけねばならないのは
口の中の鋏角だ。
毒腺がある。この毒は麻痺が主だ。
そして、鋭い牙が生えている。
頭胸部の前部に目があり
八つの赤黒い目が二列に並んでいる。
ふむ、これらが通常の蜘蛛と言い難いのは
糸を吐く構造の違いだと思う。
普通のクモ類では腹部後端にあるが
この魔蜘蛛の出糸突起は、口の中の鋏角と
腹部後端の2箇所ある。」
もう説明が専門ネズミ。
お前ら、ついてきてるか?!
「毒の話がまだ途中だったが」
ラースは蜘蛛の腹部分を指した。
「ここだ。腹部の中央に毒素の塊である
複数の袋がぶら下がっている。
これは不用意に攻撃して潰せば
酸の毒が撒き散らされるから気をつけたいな。
まとめるぞ。
全身は鎧のように固い外殻と
大量の毛で覆われてる。
頭部が急所だ。
それ以外には全くダメージが通らない。」
ディオ、わからん真顔。
ギーズル、興味ないから半分寝てる。
ゾイ、頷くも目の焦点が合ってない。
シャルラッハロート、魔女しか見てない。
「・・・(こいつら・・・)
ひと通り説明は済んだことだし
何か、質問は?」
ディオはまっすぐ手を上げた。
「俺が先に行きます!!」
「却下だ。それについては後で言う。」
「え、なんで」
「後で言う」
ディオ、ショボーン。
ゾイも手を上げている。
「僕、魔法ちょこっとしか使えないんですけど!」
「後方支援を頼む」
ゾイ、なんか偉そうに腕を組んでるね。
「任せてください!そういうの得意です!」
「他には?」
ギーズルは何も言わないし
シャルラッハロートに至っては聞いてもいない。
誰も、魔蜘蛛のことなんて
興味ないんだっ!誰も聞いてこない。
ラースはため息を吐きつつ、魔女の腹の上に乗った。
「(しっかり寝てるな。・・・)」
なんとなく腹が立った。
「(こっちの準備も努力も無駄にするような
ことをしてくるからな・・・。
精霊アンデリダ、どこにやったんだ。
こいつ・・・)」
無茶苦茶なくせに帳尻合わせしてくるのも
都合よくやってのけるのも
なんとなく腹が立つ。
だけど、ラースはなんとなく知ってもいる。
何事にも一生懸命。
「(だがー)」
正味な話、王城の天井と
床に穴開けたのも魔女だし
アンデリダの森を
そこそこ焼け野原にしたのも魔女だし
祠も穴開けちゃったことだし
「すまんな、魔女。
起きてくれ」
無慈悲ネズミ。
肩掛けかばんから取り出した水筒を
魔女の顔面、垂直方向で、ぶっかけた。
ビチャビチャビチャっっっ!!
「ーっ?!っんぶっっ!うゔぇっ
いだっっ鼻っオヴえっげへっ
いだいっいだっ」
起き上がって、咳き込んだ。
目にも入ったらしい。
鼻に水入ると、痛いよね〜。
魔女、覚醒。
*
ディオ情報:ちぇっ蜘蛛倒したいのにな〜
ラース情報:これで奴の作った紅茶はもうない。
・・・もうないな?
ゾイ情報:魔女さまには次から
ミルクチョコあげようっと。
ギーズル情報:魔女があのことを
覚えてませんように。
シャルラッハロート情報:蜘蛛?
だからどうした。




