新月の予言①
*
一種の勘だ。
禍々しさを色濃く含んだ明確な悪意は
ディオは全身をこわばらせ
ギーズルは無意識に目を逸らさせた。
ラースは、鮮烈に思い出す。
『ー お前が来るとは・・・ラース。』
その声を忘れるはずがなかった。
忘れたかったから
すべてを捨てたのに
その瞬間に一気に過去に引き戻され
背負った罪に
糾弾され、突きつけられる。
岩扉の向こうから冷気が押し寄せる。
立ち上がる冷気がその人影に消えるころ
誰も、反応できなかった、ーが
「かまえろっっ!ーっ」
シャルラッハロートの怒号で我を取り戻すも
冷気は魔法陣を形成し、発動をしていた。
「(っまずいっ!これは転移魔法だ)魔女っ」
ラースは魔女をふりかえる。
「らっラース!!」
魔女はラースに手を伸ばすが
見えない壁に阻まれる。
「?!(何これっ透明な壁?)ラースっこっちに!!」
「危ないっっ魔女さまっっ!」
ディオは魔女を抱きかかえた。
地面をただよう冷気は数多のムカデに形を変える。
「ヒッ!!」
「ギーズル様っ!」
ゾイもギーズルを抱きかかえ、走り出そうとした。
「モ? 」
スージー、出遅れか?
が ー
『新月の夜だ、楽しめ』
声の主を確認する間もなく
魔女、ディオ、ギーズル、ゾイらは
魔法陣に取り込まれ、消えた。
今、祠の穴底には
ラースとシャルラッハロート
そして、牛が
取り残された。
*
ラースは咄嗟に地面に両手をつく。
「(魔女の居場所を確認するのが先だ。
ーっどこだ、どこにいる)」
ムカデがラースに一斉に来るのを
シャルラッハロートは大剣の一振りで
これを蹴散らした。
「?!っ」
ラースにとって思わぬ援護射撃だった。
「魔女はどこだ」
シャルラッハロートにとっては
魔女の行き先が気になっただけらしい。
「待て、魔女の気配を追尾する ー」
ラースの手から伸びた光の筋は
岩扉の向こうへ消えていく。
「ー、王城にいる。全員いる。」
シャルラッハロートは黙って頷き
黒い人影を睨みつけていた。
ラースは一度目を閉じ、呼吸を整えた。
思いはすでに、戦闘に向けていた。
「(この戦闘を回避はできないだろう。
目くらましが通用するタイプじゃない。
・・・やっぱりお前だったか・・・
預言者は、お前だったのか。
そこはお前のいるところじゃない。
・・・お前はそれを選んだのか。)」
静かにそして、振り返った。
その名を、己の口に出すのさえ躊躇した。
過去が今、目の前にいる。
「・・・アルファイ、ここで何を?」
男はラースの問いかけにこたえた。
『何を、だと? ラース。
賢いお前は わかっているんじゃないのか?
あぁ、”今”は魔女の使い魔、だったな。』
ラースは答える気はない。
“賢い”のは事実だし、“魔女の使い魔”なのも事実だ。
それより、状況把握に神経を尖らせていた。
ムカデは消えたのに、冷気は強くなっていくようだ。
地面を這う冷気がじわじわと黒く染まっていくのを
ラースは警戒しつつも、男を見る。
「(声は確かにアルファイルスだ。
反応からしても本人だ。だがローブを着ているし
フードも目深にかぶってるから
顔がわからない・・・)」
ラースは自分の名を侮蔑を込め、呼ばれたことを
意識なく素直に受け止められていた。
とにかく冷静になることに集中している。
アルファイ、とラースが呼んだのは
確かめるためで、そこに他意はない。
『魔法魔術アカデメイアの主席だったお前が
”ネズミ” で ”使い魔” に成り下がるとは
ー 人生はわからないことだらけだ。』
蔑む冷たい声だ。
それら過去にも、ラースは努めて冷静だ。
「何が言いたい」
冷静でいられたのは、ここに魔女がいなくて
よかったと思えたからだ。
無意味な過去を知られたくなかったのかも、しれない。
『情けない、と言えば満足か? 』
「そういうお前はどうなんだ、アルファイ。
ー 預言者なのか?
(言いたいことも、聞きたいこともあるのに
なんで、どうしてこんなことを・・・)」
アルファイはゆっくりと穴底の中心に歩き出した。
『ふ、そうだな。私は今、預言者だ。』
「アルファイ、どうしてお前は預言者なんかになったんだ。」
『? ー やけに口数が多くなったな。
それは使い魔になって、
魔女に御用聞きするようになったからか?
ははっ、久方ぶりの再会だ。
いいだろう、教えてやろう。』
言うとアルファイは
精霊アンデリダを黒魔法で拘束したまま出した。
ぐったりとして、こちらに気付いていない。
「ー! アンデリダの精霊か!!」
『ー なぁラース、私はお前に幻滅したのだ。
あの魔女なんかの使い魔だと?
ー お前はわかってないんだ、世界の秩序を。
あんな下卑た愚かしい見放された魔女の
世界の厄災の根源のっ!!
お前は使い魔に堕ちたのだ。
輝かしい未来が待っていたというのに。
あぁ、嘆かわしいことだ。
その手はもう消すことのできない罪にまみれているのだ。
お前も魔女も見放されたのだ。
ー だが、いい。天の教えに従い
我らはこの秩序を守る。ー 』
言いながら、精霊アンデリダを締め上げると同時に
シャルラッハロートを同様に捕縛した。
「?!っ」
「やめろっっ!!」
ラースの魔法はアルファイの黒魔法の動きを
緩慢にした。
『ふははは、変わってないな。
だが、それは無駄だよ。わかっているだろう?
お前がそうやって守ろうとしたものはすべからく!!
例外なく!!!
死んでいったではないか。魔女の手によって 』
「私が聞きたいのは、なぜ、お前が預言者になったか、だ」
『あぁ、そうだったな。
ラース。私はお前が憎い。
お前は約束を破ったのだ。皆を裏切って
魔女と手を組んだ。それが私に・・・
どれほどの失望を与えたのかわかるか?
いや、絶望だ。・・・
魔女を殺し、お前も殺す。
そうだ、手始めに ー』
アルファイは精霊アンデリダにかけた黒魔法を締め上げる。
「っ!やめっー」
『魔女の使い魔、ラース、ー ここに魔女はいないぞ。
さぁどうする?』
ブチブチブチィィィイイッッッ!!
『?!何っ』
「?!」
捕縛されたシャルラッハロートの黒魔法が
音を立てて、ブチギレた。
え、それって切れるん?
*
「(どういう仕組みかわからんが
今がチャンスだっ!)」
その隙にラースは詠唱を始める。
キラキラとラースの周りに光が舞う。
『ー 遅い』
アルファイは詠唱なしで、ラースに向かって黒炎を投げつけた。
「?!(なんだと?) 」
ラースの詠唱は途中で途切れそうだったが
そこはネズミである。
すばしっこく避けつつ、詠唱を続けた。
『っくっくっく、ラース。
お前は今こんなことを思っているのだろう?
なんで格下の私が詠唱なしで、あのクソ魔女のように
魔法を発動できるのか、と。』
ラースの詠唱が終わる、
アルファイは別の黒魔法を発動していた。
「(発動が早い、これはどう言うことだ)」
『お前はここで死ね。そこのお前もー』
アルファイは毒を発動させ
精霊アンデリダの拘束を解いた。
ラースは瞬間的にアンデリダの精霊を守るため
防御魔法を発動する。
完全なラッキーとしか言いようがない。
「(極めて毒性の強い魔法だ。
少量でも吸い込めば即死だな・・・
こんな強い魔法すら扱えるのか)
・・・シャルラッハロート、ここから動くなよ。」
光り輝くドームはラースとシャルラッハロート、
スージーと精霊アンデリダを包んだ。
毒は光に跳ね返されながら、消滅していったが
精霊アンデリダはぐったりしたまま動かない。
「(くそ、もつか?)」
その精霊アンデリダを背に
ラースはアルファイを睨みあげた。
『へえ・・・
力は衰えてないものだな。
だが、いつまでもつかな。
生きていたらまた会おう、ふふ・・・』
口元だけうっすら歪んだ笑みを浮かべ、背を向けた。
ラースは攻撃できないでいた。
「(くそ、これ以上魔力がもたない。
攻撃はおろか、防御を維持するので精一杯だ。
これでは消耗戦だ。
どうすればいい、ー 考えろ。)」
そんな緊急事態に進み出たのは
シャルラッハロートでした。
「?!シャルラッハロート!」
『?! 』
アルファイが振り返る瞬間、シャルラッハロートは
大剣を頭上から振り下ろしていた。
アルファイは真っ二つになったが
「(手応えがない)」
シャルラッハロートが感じたときには
アルファイは黒い影になって岩扉を抜けていた。
追いかけても意味がないことを知っていた。
「・・・分身か。本体は別にいる。」
つぶやくと、ラースがなんかわめいている。
「おいっ!シャルラッハロート!!
お前っなぜ動いた!毒を吸い込んだらっ」
ところがシャルラッハロートの体は
毒の中でも淡く光っていて、その光に守られている。
「俺に毒は効かない。」
「?、な、なぜ・・・」
シャルラッハロートは大剣を握りなおし
大きく振り上げ、地面に突き刺した。
「!!なっっ」
爆風が大剣から発生し、毒を消し去る。
一瞬の出来事だ。
ラースの防御魔法も、ここで途切れた。
「お、お前は、何者なんだ・・・
騎士じゃないのか・・・」
背に大剣を納め、シャルラッハロートは言った。
「俺は勇者だ。」
あ、はい。そうですね。
ラースは精霊アンデリダを見ながら
「(この質問は聞くだけ無駄だ)
そうだったな。ふぅーやれやれだ。
向こうにも勇者がいることだし
なんとかなるだろうが、彼はまだ勇者というには
経験がないからな・・・。」
魔女の追尾を行うことにしたが
「ンモォォ〜〜ッ」(意訳:連れてけよ〜)
スージーが同行を主張してる。
「じゃんけんで決めるか」
シャルラッハロートはそう言って、
手を組み、中を覗き込んでいる。
「・・・何してるんだ・・・?」
「勝ちたいからな」
「??」
おネズミさま、意味がわからない。
「最初はグーだ。」
シャルラッハロートは組んだ手をはずした。
「・・・勝ったらどうする」
とりあえずラースは聞いた。
「牛を運ばなくていい」
おネズミさま、戦々恐々。
「負けたら?」
シャルラッハロートは真顔だ。
「牛を運ぶ」
ですよね。シンプルが一番です。
ラースは、ひらめいた。
「あれもだ」
ラース、勝機あり?
*
「シャルラッハロート。
お前は騎士だと思っていた。」
「俺は騎士じゃない」
「ンモォォ〜〜ォ」(意訳:ワイは牛)
「おい、シャルラッハロート、右だ。
そっちは左だ、戻れ。」
「む、ー」
おネズミさま、余裕の勝利を収め
シャルラッハロートの背に、いや
スージーの上、じゃなくもっと上の
精霊アンデリダの頭の上に仰臥遊ばす。
手にチョコチップクッキーなんて持っちゃって
お大尽ね。
仰臥とは・・・仰向け大の字寝。もしくは
ヘソ天(へそを天に向ける寝方)。
なかなかバランス感覚も優れていらっしゃるようで。
「そういえば、なぜ勇者になろうと思ったんだ?」
「約束したからだ」
「? 誰と」
「それは言えない。」
「(“言いたくない”、ではなく“言えない”、か。
誓約でも結んだか?)・・・では
勇者の前は騎士だったのか?」
「いや、違う」
「あ、そのまままっすぐだぞ。
ランプが光ってるところを目指せ」
「うむ」
シャルラッハロートに運ばれながら
ラースは、魔女の気配をたどりつつ
「(・・・魔女らは今どのあたりか・・・。)」
そんなことを思っていた。
「俺は」
「ん?なんだ、シャルラッハロート。
どうした。何か拾ったか? 」
シャルラッハロートは立ち止まった。
「俺は“聖獣 バロン“ だった。」
「?!?!は???」
おネズミさま、驚きすぎて
すべての階層を、順当に転げ落ちる。
転がりネズミ、コロコロチュー。
*
シャルラッハロート情報:穴覗けば勝てるって
ディオが言ってたのに。
ラース情報:じゃんけんは心理戦。
ギーズル情報:ムカデとか無理。
見た目も攻撃も、凶悪すぎる。
ゾイ情報:ギーズル様をお姫さま抱っこして運ぶのは
日課ですが、僕は女の子が大好きです。
勘違いしないでくださいね。
ディオ情報:スージー無事かなぁ?




