香りの記憶
*
魔女の大鍋には何がグツグツ、煮込まれてるんだろね?
てんやわんやの叙任を終えて
ちょっと、ひと呼吸。
大鍋でできたものをみんなに配り終わって
魔女はディオの横に座れば
ラースは魔女の膝の上に鎮座する。
「(ようやくこれにありつける。)」
ずっと叙任された順からチョコチップクッキー食べてて
おネズミさま、羨ましさに小腹も不満のブー。
目の前の大鍋で配られたものの匂いを嗅いだ。
アンデリダの森の、若葉のような香り。
「これはー」
「お茶だよ〜。鍋で煮出した〜」
ラースが口を付ける前にみんな、もう飲んでた。
「(・・・大鍋で薬草やら虫煮込んで
団子玉作ってた後の煮汁だろ、これ・・・)」
複雑な思いが交錯したので
余計な混乱を生む情報は口には出さなかった。
お茶も口につけなかった。なんかこわい。
魔女はチョコチップクッキーを半分に割って
膝上のラースに手渡しながらディオに聞く。
「ねえ、ディオ。スージー、どうするの?」
「大丈夫です、ここなら村も近いし。
祭のときはいつも王城に入ってるんで
賢いから自分で帰れますよ!
それにスージーはめっちゃ強いんで!!」
帰巣本能のある牛。
「(王城に牛?・・・ー?)強いって?」
「スージーは王国内で開かれる闘牛ガチンコ大会で
十連覇してる強い雄牛なんです。」
ディオはスージーの方をみて、自慢げに語った。
スージーは疲れたのか座ってた。
「闘牛?(赤いマントひらひらさせるやつ?)」
「牛と牛が戦うんですよ。
こう、角と角をガチンって。」
ディオは両人差し指を頭の傍から出し、突っ込むふりをした。
「(あ〜、赤いマントひらひらじゃない方か)」
魔女は頷き、お茶を飲む。
「(あ、お茶おいし〜。ゲームの回復アイテムだけど
煮出せばどうにかなるもんだな。ここに来る前に
途中で “森香草” もいでおいてよかった〜。)」
祠の穴底に、なぜかアンデリダの森の香りが漂った。
「雄牛限定なんですけどね、スージーはこの王国の牛を
軒並み、倒してきた猛者です。」
「あ、そういえば・・・」
慣れない叙任なんかやったから
魔女は肩掛けかばんに入れっぱなしだった雄牛の角を
取り出した。
黒光りした大きな角だ。
よく見ると、角自体にたくさんの傷が入っている。
「すごいね・・・
(スージー、あんた、横綱だよ。)」
魔女はスージーを見る。もう少しズームして
スージーの頭を見る。スージーの角は二つ。
「・・・?あれ?・・・
これってスージーの角? 」
ディオに角を見せた。
「違いますね。うちのスージーの角は
白いんで。」
「え(じゃあ、この角、誰の??)」
「俺が沼地に行ったときは
シャルラッハロートがもういて
えーと、なんだったっけ、シャルラッハロート」
ディオがシャルラッハロートに話しかけた。
シャルラッハロートは黙ってお茶をすすりながら
大鍋を見つめていた。
「おい、シャルラッハロート!
この角!!どうやって手に入れたんだよ」
「拾った」
「ブバッ!!」
シャルラッハロートの一言に、お茶を吹き出したのはラースだ。
「げほっ(魔女といい、こいつといい
どういうことだ、拾うのは当たり前なのか?!)
拾ったとは?落ちてたのか?」
咳き込んだが、魔女に背中を小さくトントンされて
落ち着いた。
シャルラッハロートは
「ああ」
魔女をなぜか見てる。そっちじゃねえよ。
ネズミが小さくて認識できてない可能性もある。
魔女もシャルラッハロートを見る。
ん?これはー・・・
ほら、ごらんよ。
見つめ合う二人に何か、こう、雷が落ちるような
恋に落ちる瞬間が訪れ、ー
「チョコチップクッキー、足りなかった!?
もっとあるよ!!食べる??」
「ああ」
違ったね、違ったよ。
訪れたのはチョコチップクッキーのおかわりだった。
魔女が手渡そうとしたチョコチップクッキーを
ヒョイ、と一枚つまみ上げたのはギーズルだ。
「咎の雄牛はスージーよ。」
「?!で、でも、スージーの角は白いしっ」
ギーズルは一口、クッキーをかじって
休んでるスージーを見て、言った。
「祭祀王の言うことが信じられない?
勇者、ディオ。ー」
「っ」
魔女はギーズルとディオの間に流れる
微妙な空気感を察知していた。
「(そういえば、この二人さっきから変だった。
ギーズルはアンデリダの森の祭祀王だし
ディオはエレーミナルス王国の勇者だし
お互いになんか知ってるけど
避けてるみたいな・・・)あ、あの〜」
魔女が間に立とうと、声をかけた、ーのに
「ことあるごとに絡んでくんなよ!!」
思春期みたいなこと言い出したディオ。
「あっら〜〜ぁ?恩人に吐く言葉とは
思えないわ〜ぁ、ねえ、ゾイ。」
今更感を存分に発揮するにわかオネエ。
「はい、ギーズル様。」
従僕、事なかれゾイ。
「ディオとギーズルさんは、その〜
二人はお知り合いですか?」
そこんとこ知りたい魔女です。
「誰がこいつなんかと!」
「ふふっもちろん、しりあい、よね〜ぇ? 」
ギーズルはディオにウィンクした。
イケメン勇者ディオ、全身さぶいぼ立ちまくって
血の気引いて倒れそう。
それを見ていたラースは一言。
「知り合いも何も、祭祀王と勇者は
深い関係があるのは当然だ。」
至極、真っ当なことを言ったはずなのに
ゲラゲラ笑うギーズルに
ディオは頭を抱えて、泣きそうな顔して
「ないから、そんな関係・・・」
魔女を見た。
「?え、えへへ・・・(何が? え? )
ちょ、チョコチップクッキー、食べる?」
それどころじゃねえんだわ。
*
祭祀王、ギーズルはかく語りき。
「神話のひとつ、咎の雄牛の角。
我が国で雄牛は”権力と力”の象徴だ。
沼地を守ったっていうのは少々語弊がある。
本当の話は、って先に言っとくけど
それだって、俺も聞きかじりだからな。
あそこは元々、ドンちゃんの住処だったんだけど
邪悪なものによって
ドンちゃんは毒に侵されて沼地も侵食されていった。
そのうちドンちゃんは苦しみで暴れ始めた。
その暴走を止めたのが、咎の雄牛、つまりは
スージーってわけよ。」
へ〜、と魔女はまるで雑学番組見てる人みたいな反応した。
「スージー、すごいね〜!ね?ディオ!」
体育座りして顔を膝の間に入れてるディオは
魔女のお励ましに、ちょっとだけ反応。
「スージー自体が、呪われてたのか?」
ラースの言葉に、ディオは顔をあげる。
「そんなっ!スージーが呪われてるだなんて!!」
「過去形だ。今はそんなことはない。
ディオ、スージーは
祭の間だけ、いなくならなかったか?」
「・・・それは、その繁殖期だから
きっと他の雌牛のとこに、・・・あ。」
思い当たる節があったらしい。
「トリガーは5月祭だ。
そして、そんな呪いをかけるのはー」
ラースの視線を追っかけて
みんなが一斉に魔女を見る。
「え、? わ、私? 」
「ンモォォ〜〜ッ」(意訳:んだ)
やだ、スージー、お目覚めね。
ラースはスージーを見つつも
魔女の肩にのぼった。
「このエレーミナルス王国の建国神話の歌も
関係してるのだろうな。
確か、
”小さな 5月の薔薇は 三度回るよ”と
はじまる。そうだな?ギーズル。」
ギーズルは声を出さずに
その通りです、というようなジェスチャーをする。
「ふむ、この“三度回る”というのが
エレーミナルス王国のことを表してる。
“時間”と“輪廻”だ。
過去・現在・未来、そして生・死・再生だ。
これらのサイクルが回る、と歌っているんだ。
そして、ここからは完全な推測だが
このエレーミナルス王国の森の女神ディアナは
人間(獣)と神との分離を表し
人間は自然と死すべきもので
それゆえ神の僕であることを放棄し
独立した国であると宣言しているように考えられる。
そして、祭祀王は代々
混沌から秩序を守るための役割を担っている。」
ー ネズミが とうとう学者に見えてきた。
ディオは目をキラキラさせて、質問した。
「ラースさん!すごいです!!けどっ
それとスージーがどう繋がるんですか!!」
それはそう。
「それが咎の雄牛にまさしく繋がる。」
「?」
「口承伝承だからな、あやふやで
だいぶ脚色もされているだろうが
このエレーミナルス王国に逃げてきた男がいた、
今まで四回、天から逃げ出そうとしたが
いずれも失敗し、五回目で成功した。
二つの部分から成る奴隷は雄牛を連れ、森に来た。
人間の女から生まれた者でありながら、神の属性と
超自然的な力を持つ者は、四つの宝を持ってきた。」
ラースはチョコチップクッキーのチョコだけ持ってる。
美味しいものは最後に食べる派かな?
「ラース、全然雄牛出てこないよ?」
もう、脳みそが理解を拒んでる。
ギブ寸前の魔女。なんだ、二つの部分って。
ギーズルの鶴の一声。
「咎の雄牛は”権力と力”の象徴って言っただろ?
天の太陽を支えてたのは、雄牛なんだよ。」
は?
もっとわからん。
「???」
「(ほげ〜)」
魔女のアホ顔を見て、ラースは吹き出した。
口半開き。
「簡単に言う。
スージーは選ばれし牛だと言うことだ」
それなら最初からそう言えよ。
「おぉ〜」
ゾイが拍手したので、魔女も拍手した。
「(わからんけど、スージーがなんかすごいってことは
わかった。選ばれし牛ってお肉が、ってことじゃないよね)」
スージー、やっておしまい。魔女に思い切り突っ込んでおやり。
すると自分が褒められたような気になったディオは
完全に元気を取り戻した。
「スージーは只者じゃないと思ってた!
だって!隣村も含めて、スージーの子供は
全部で八十六頭いるんですよ!!」
絶倫牛、おそるべし。子沢山だね。
「(選ばれし牛という表現は言い過ぎたな)」
ラースは少し反省した。
言いながらも、ラースには気に掛かってる。
先ほど、叙任が終わった後
ディオがラースのところへ来て言ったことだ。
『ラースさん。』
『? なんだ』
『俺は、その、一回死んでます。
預言者に選ばれて
勇者になった頃の記憶があります』
『 ー あぁ、 そうみたいだな』
『だから、次のー、蜘蛛は
俺に倒させてください。』
あえて返事を濁した。
思い出しながら穴を見上げる。
日は暮れたらしい。
時折穴を吹き下ろす風は、少しだけ寂しげな音がする。
5月の薔薇の香りが
ここまで風に乗ってきたように感じた。
懐かしい香りが、ラースに触れる。
そして、また会話を振り返る。
ラースはシャルラッハロートの
マントを留める紋章を見てからディオを見上げた。
『(勇者か、・・・)』
何かが変わり始めていることを
ラースは感じてもいた。
だから、言った。
『”重力に逆らって ここまで来い”』
そう、ディオには聞こえた。
「 !? 」
ラースが魔女を見た。
肩掛けかばんからゴソゴソと
下手くそな花冠を出しては並べていた。
それを見ながら、ラースはつぶやいた。
『大昔、ー 魔女は私に言ったんだよ。
以来私はネズミだが
確固たる信念はあるつもりだ。』
『? 』
『ーーーー、ーーーーー。』
はた、と気付けば
ラースは、シャルラッハロートの前にいた。
喉が渇いたから、そばにあったお茶を飲み干す。
「(?!っしまった、飲んでしまった!)」
鼻から抜ける、スッキリした薬草の香りは
ラースの苦い記憶に触れる。
気を取り直して、
「シャルラッハロート。
お前は預言者に選ばれたのか?」
「いや」
「ではどうして勇者を名乗る?お前は騎士だろう。」
「それは、魔女を」
ゴゴゴゴゴっーーーーォ・・・ズズズッッ
「?!っ」
岩扉が向こう側から開けられる音がした。
*
スージー情報:ムッキムキ。通常の牛よりでかい。
牛界隈ではきっとイケメン。
ディオ情報:スージー、最高。
あれ、マントがなんか臭い。
ギーズル情報:ディオったら照れちゃって。
優しくしてあげたじゃない。
ゾイ情報:そういうこと言うから
誤解が生まれるんですよ!!
シャルラッハロート情報:まだ食べれる。
百枚いける。
ラース情報:感傷に浸ってしまった。
団子玉の煮汁、飲んじゃった。
だいたい魔女のせい。
手に持ってたチョコチップの
チョコがちょこっと溶けた。




