五月の薔薇
「あ、・・・まただ。」
空を見上げた魔女の小さなつぶやきに
ラースの耳が反応した。
「? 何が」
「ほら、あれ。」
魔女が空を指差す。
だが、ラースにはいつもの空にしか見えなかった。
「私には何も見えない。」
そう言うと、ラースは作業に戻ってしまった。
「え、見えないの?」
魔女はまだ空を見ていた。
口、口開いてるよ、魔女。
「あなたには何が見えているんだ?」
ラースは忙しい。
言うことにいちいち対応していたら
イライラさせられるだけじゃなくややこしくさせて
最終的にはよくわからない力技で切り抜けてく
この魔女という生き物に関わると
「(どうせロクでもないことだ)」
と、いうことに
おネズミさま、(直感的に)気付いていた。
魔女について、わかったこと。
なんといっても、とろい。
「(その手に持った薔薇はディオが行って
すぐ摘んだものだが、葉を見るにつけ
もうしなびてるんじゃないのか?
ぼーっと見つめてるから声を掛ければ
その目的すら忘れて薔薇を食おうとしたな。)」
さらに思考がとっ散らかってる。
「(魔女本人が急務だという作業中に
“勇者の耳たぶにほくろがある”とか
言い出すし、“回復茶に砂糖を入れたい”とか
“紅茶に牛乳入れれば不味さが半減する”だとか
“なんで魔女は真っ黒な服を着る”のか聞かれても困る。
お前が好んで着てるんじゃないのか。それに ー
アイスクラピウスの茶は飲むもんじゃない。)」
そしてどこまで行っても話の内容が的を得ない。
「(で、空を見上げたと思ったらこれだ。
どうせ“蝶々が飛んでる”とか言うに違いない。)」
ここまでラースが思い至っても
魔女はまだ口を開けてる。口、乾かない?
「(こんなのが最強の魔女・・・
だが・・・)」
今まで魔女と話をしてこなかったから
会話の内容なんて比較のしようがないものの
これだけはわかった。
『こいつ、前までの魔女じゃない、確実に。』
ラースは思い立ったが吉日、とばかりに
「魔女、あなたに何が起きたのだ?
以前の様子とはまるで違う。
・・・約束のことだが、」
ラースにしては攻めた質問をしたつもりだ。
「・・・」
魔女は答えなかった。
まだ空見てる。
「魔女、・・・?魔女? 」
あまりにも答えないので
逆に不安になったラースは魔女を見上げる。
魔女は空を一点、見たまま動かなかった。
ただ、魔女の額がうっすら光っていた。
「(まさか今になって
黒竜の時の衝撃が脳に?)」
すごく真っ当な思考回路のネズミだ。
「やりすぎたか・・・?」
いや、そんなことない。
チョップお見舞いしたれ。
だって、あの魔女だぜ?
*
魔女の視界は空を旋回する
白いフクロウで満たされて
いつしか、意識は混濁するようだった。
空からフクロウの白い羽が雪のように
魔女に向けて落ちてきて
人の形になっていく。
その姿に見覚えがあった。
黒いローブのフードを目深にかぶった
「ー・・・あれ、あ!魔女だ!」
老婆の魔女が、あらわれた。
『・・・あんたもだよ、バカ娘!』
「あ、そうだ。私今魔女だった。」
『お前、勇者を仲間にしたのかい?』
「? ディオのことですか? 」
『・・・名前なんか知らないよ。
さっさと答えな。』
「あ、・・・仲間、だといいんだけど
わかんないです、裏切られるかもしれないし。」
『へえ・・・それとアンタ。
あのドブネズミに約束のこと言ったね?』
「それは、はい、言いましたけどダメでしたか? 」
老婆の魔女の肩に、白いフクロウが乗った。
『いや、悪かないねぇ・・・。悪かない。
好きにしな。
あんたが見てきた無数の分岐は
繰り返された時間の中から生まれたもんさ。』
「(・・・? 何言って、)」
『ようやくここに呼べたんだ、せいぜい楽しみな。』
白いフクロウが羽を広げ老婆の魔女を包み
白い羽が舞い散る。
急な風に、羽が魔女の視界を遮り
「ぶえっっ!は羽、口にはいっ
べっっぶげっっぺっ!!」
羽が口に入ったらしい。
ね、想像どおりでしょ。
*
にょっ、と頭に登ったラースの顔が
魔女に張り付いていた。
「っひぇ!!」
「魔女!!」
はたから見れば、どう見ても
ネズミを顔にくっつけた変な人だが
そこはそれ、魔女だから。
「らっスっあのっい、息できなっ」
「あっああ」
おネズミさまにだって言い分はある。
額が光った魔女の意識を確認するため
最初こそ肩でジャンプしまくった。
「魔女!!分かるか!」
って言ってバヨンバヨンとジャンプして
「大丈夫か!!」
と大きな声で呼びかけて、魔女の反応を確認したけど
口開けたままだったし、まばたきしないし
なんかもう反応なくて怖いし
いよいよヤバい空気だったから
頭に登って、額をペシペシ叩いてみた。
「魔女っ脳震盪か?!なんでそこだけ光る?!
お前、変だぞ!!拾い食いか?!
その辺のもの拾って食ったのか?!
お前、隠れて薔薇食ったんだろう?!」
って言いながら叩いてるうちになんか盛り上がっちゃって
「(あれ、そういえば息してるか?)」
って気になっちゃって、息を確かめるために
ラースは魔女の顔にくっついたのだ。
息しててよかった。
お腹ふにふにしてるから、魔女得だ。
そろりとラースは魔女の肩に戻り
所在なさげに言う。
「急に意識を飛ばしたようだったから
その、」
「あ、ああ、大丈夫だよ〜。
なんかね〜、白いフクロウがいてさ〜」
「白いフクロウ? 」
ラースのヒゲが揺れた。
「それは」
「ああっっ!?」
また魔女が叫んだ。
ビクウッ!!
「なっなんだ!」
魔女は手にしていたものをラースに見せる。
「また失敗しちゃったよぉ〜。
千切れちゃった。」
ラースもまた、魔女の手にしていたものを見て
ため息をついた。
聞きたいことは山ほどあれど、今さらだ。
気を取り直して、と、いうより
「これでは日が暮れる・・・。」
とりあえずは事実を述べた。
魔女はまた空を見上げた。
「また集めなきゃ〜」
ガックリ肩を落としかけたら
「? 」
魔女に瑞々しい香りと影が降る。
「ただいまです、魔女さま!」
イケメン勇者(仮)、ディオが笑顔で
五月の薔薇を束にしてあらわれた。
*
「いいか、魔女」
「はい」
ラースは花を持ったまま、魔女の前に立つ。
「“ディアナ”、とは森の女神を指す。
別名、木立の女神ともいうが、この王国では
森の女神のことをディアナと言う。
ーここまでわかるか?」
「うんうん、大丈夫。」
「ディアナにとっての聖域は
事実どこの木立も聖域で聖なるものだ。
中でも、神木マルムは別格とも言える。」
「別格?」
「あぁ、ディアナが森の女神であるならば
マルムは森の王だ。」
魔女は首を傾げた。
「?え、木が王さまなの? 」
ディオが続けた。
「化身です。えっと
ディアナの根差す大地と
契約者のことなんですけど」
魔女、すでに頭から煙出てませんか?
ラースはクスッと笑った。
「ディアナの木立を守る代理人、
と言った方がわかりやすいか。」
「ーあぁ、そういうことね。管理人さんね。」
違うけど、おネズミさま、スルー。
鼻先をヒクヒクさせて
何かをうかがっているようだ。
「森の遺跡というのは
本来の目的はディアナへの儀礼が
行われていたと考えられる。」
「うんうん。」
「その儀礼は、5月祭では
薔薇少女が行うものだ。」
ディオが口を挟んだ。
「毎年、祭ではパイ出るんですよ。
村の婦人会で各々作ってくるし
魔女さまにもぜひ食べてもらいたいです!
あ、俺のじいちゃんも唐揚げ作るんですけど
ばあちゃん射止めたくらい上手いんで
絶対食べてほしいな。」
「お〜!唐揚げ大好き〜。」
魔女、よだれ出そう。
「魔女!!」
おネズミさま、ご立腹。
「はあいっっっ!」
「その薔薇少女が
森の遺跡で儀礼を行うために
あなたは必要なものを作っているんだろう!!」
「ひゃいっ!」
魔女、返事するだけなのに舌噛んだ。
ディオ、目を丸くして魔女を見る。
「魔女さま、薔薇少女になるんですか?!」
「いや・・・」
魔女、噛んだ舌がヒリヒリして
喋りにくい。
ラースはディオに花を向け、呆れつつも言った。
「儀礼で必要なのは
清い乙女の摘んだ5月の薔薇で
編まれた花冠が二つ。」
「・・・ああ、そうですけど何か問題が?」
ラースがじーっと魔女をみる。ジト目ネズミ。
「魔女は御年153歳であらせられるが
清き乙女と言えなくもない。
だが、花冠に関しては問題大アリだ。」
花冠の成り損ない、ざっと九つ目。
「(ひどい・・・153歳って言わなくて良くない?
清き乙女なのはそう、でもなんか恥ずかしい。
ディオの前で言わなくてもいいじゃん。)」
色々、乙女の心は複雑ね。
魔女の手はもう、薔薇の茎の汁で
ベドベドよ。
*
「(花冠って、どうやって編むんだっけ。
そんな自然派生活してなかったから
覚えてないよ。)」
魔女の隣で、ディオは花冠を編み始めた。
「ー うまっ・・・ディオ上手だね。」
負け惜しみではなく、事実を正直に述べた。
「へへ、ー 昔よく編んでたんですよ。
俺も教えてもらったんですけど」
言いながら、どんどん綺麗な輪っかに仕上がっていく。
一方、
「(私の手にいる五月の薔薇よ、すまん。
私なんかに編まれ、っていうか
編み損なわれて茎がクタクタだ・・・)」
魔女は膝の上の花冠的なものをそっと撫でた。
「はい」
ディオはそう言って、魔女の頭に出来上がった花冠を乗せた。
もぉ、こういうことするからイケメンってずるいわぁ。
めちゃくちゃいい笑顔で。ー 歯も白いし。
「似合ってますよ。」
さらりとそういうことも言えちゃうのは
やはりイケメンの成せる技。
「(はっ恥ずかしい、なんだ?この空気。
こ、これってなんか、なんか)」
おネズミさまだって、黙ってない。
「魔女、あなた、花輪も編めないのか?」
「?」
ラースは小ぶりの花冠をすでに仕上げていた。
「は?(ーなんぞ?! ラースまで・・・。
ここにいる私以外、花冠作れるの?
なんでや・・・逆だろ、普通・・・)」
鼻を鳴らし、じっと魔女の手を見た後
ラースはそっと作った花冠を乗せた。
「?」
「手首くらいには入るだろう。」
「え、ー いいの?」
「すぐ捨てるには勿体無い。ー 五月の薔薇だからな」
「五月の薔薇って、そんなにすごいの?」
「ふむ、ーこの王国の、この森にしか咲かない。」
ラースは手首を通した花輪を見て言う。
「契約の薔薇だ。」
「契約の薔薇・・・。」
魔女は手首の薔薇をじっと見ていた。
*
「魔女、早く作れ」
「茎を回すときにコツがいるんです、それ」
魔女の手から湧き立つ5月の薔薇の香りと相まって
イケメン勇者からのご指導と
お小言ネズミのラースによる叱咤のおかげで ー
通算13回目にして、 なんとか形になった。
「っふ〜ぅ、できた。」
「いいですよ!魔女さま!全然良い出来です!」
「ようやくか」
「あ〜、肩凝ったぁ〜。」
壊れないように、花冠をそっと持ち上げながら言った。
実際、ちょっと力を入れたら
花冠はたちどころに崩れるかもしれない恐怖と
魔女は戦っている。
ラースは膝上の薔薇の花びらを両手でくるみ始めた。
「ラース、何してるの?」
「捨ててしまうのはー、勿体無いからな。」
くるみながら、ラースは魔法をかけた。
薔薇の花びらは蕾のような形になって小さくなり
吸い込まれるように肩掛けカバンに入った。
「ほー、ラースさんってすごいっすね!」
ため息まじりにディオはその光景を見ながら感心した。
「ふふっ、ー ほんと、すごいよね?
ラースの魔法って綺麗でしょ?」
魔女も思っていたことだ。
「ーっ!」
ラースはすごく慌てたように手を叩く。
「ここで無駄に時間を潰してしまったからな!?
先を急ぐぞ!」
ラースはすぐに魔女の肩にのぼった。
「(ふふふ、ラース。照れてる。)
んじゃ、まぁ行きましょうか〜ぁ」
魔女は立ち上がり、森の遺跡の方を見た。
「えぇ、ー行きましょう。」
ディオも立ち上がる。
「あ、ーディオ。」
「はい、なんですか」
「祠、どうだった? 」
ディオは思い出したように
腰袋を魔女に差し出した。
「これ、金のナナカマドです!」
「わぁっ!ありがとう!!嬉しい!!」
魔女の笑顔に、ディオもつられた。
ラースは身を乗り出している。
「お前、これをどうやって入手したんだ?」
「?あ、あぁ、えっとーそれは」
言い淀んでいると、魔女は手渡された腰袋から
金のナナカマドを取り出した。
「あれ?二つもあるじゃん!!
ラッキー。ほら、ラース見て〜」
「?・・・金、というか・・・」
おネズミさま、思ってたのと違くてちょっとガッカリ。
魔女は金のナナカマドを手のひらにのせた。
「これ、トゲトゲなんだね〜。チクチクする〜。
(ゲームの中ではもっと光ってたけど)」
魔女、金のナナカマドを触り倒す。サワサワ。
「あ、結構かたいんだ〜。普通よりおっきいね。」
魔女それ、ー・・・。
「あ、そう言えば、岩扉のナナカマド食べた?」
ディオはちょっとだけ魔女のナナカマドに対する
対応に困った顔したが
気を取り直して、正直に言った。
「う〜ん、美味しくなかったですけど
魔女さまのおかげで、雷は回避できました!!」
「え、ほんと?よかった〜。
あいつ、貪り大蛇っていうんだけど
めちゃんこデカくない?」
「あー、デカかったっすね。」
「ふふふ、武器、毒で溶かされなくてよかったね。」
ディオは、頷きながらも
どのタイミングで真実をいうか、迷った。
「あの、魔女さま、ー」
ディオが言いかけた。
「魔女、やめろっ」
ラースの声がかぶって、聞こえなかった。
「? 」
ぱくん。
魔女、ナナカマド食いやがった。
「二個あるし、一個あればいいよね!!
美味しくない、ん゛っ喉にイガイガする〜ぅ。」
知らぬが仏、という言葉を
イケメン勇者(仮)ディオはこの日、はじめて知る。
十八歳の春だった。




