金のナナカマド
「(何か裏があるに違いない。)」
ラースは魔女の肩で、考えていた。
不自然過ぎるすべてが、まるで誰かの手によって
仕組まれているような気がしてならなかった。
「(・・・預言者が自ら動いているのか?
それならなぜ聖獣バロンは魔女に攻撃をしなかった?
だが、腑に落ちないのは・・・
なぜ魔女は勇者を“連れていく”と言った?
自分の首を落とすかもしれない者に剣を与えるだけでなく
勇者に戦い方を教えるなど・・・)」
ひとつも問題は解決していないのに
魔女と勇者(仮)ディオはすでに打ち解けているようだ。
「(まったく・・・調子のいいことだ。)」
ラースは、両者どちらへともなく
皮肉の言葉をのむ代わりに
ため息ついでに祠への一本道を見た。
「(魔女の家に戻ったときには
もう、あの魔女じゃなかった・・・)」
いつもどおり、戻されたはずだった。
どこからいつもどおりじゃなくなったのか
どこまでいつもどおりだったのか、思い出していた。
この100数年のことだ。
“勇者”がどういうものかを知っている。
幾度となく、魔女の行く手を阻み
“勇者”と言われる者たちは、皆狂信者のようだった。
手折られることを望むように魔女に挑み
しまいには、戦いの中で自我を喪失し
闇に心を食い荒らされ、孤独に死んでいった。
「(聖獣バロンがいたとして
その戦いを有利に進められたのは
幾ばくもいなかった・・・。
最期はみな、ー)」
そこまで思って、首を小さく振った。
同情するか?ー 否。
「(勇者は望んで、魔女を倒しにやってくる)」
預言者に言い含められているのか知らないが
皆、一様に魔女を殺すことを目的にしたような口ぶりだった。
“魔女さえいなければ”
圧倒的な力の差の前に、“勇者”らは倒れていった。
ラースが見てきたのは、そんな景色ばかりだった。
“勇者”の外見が変わっただけで
その中身は何も変わらない。
「(こいつだっておんなじだ。
どうせ、魔女を監視するために来たのだ。
こちらが隙を見せれば、攻撃を仕掛けてくるだろう。)」
警戒心と共にそう、思っていた。
だが、払拭できない思いもまた、有る。
「(魔女の勇者とは・・・)」
勇者として出会う前の、農民だという
青年にも満たない少年の面影を残した男が
屈託のない笑顔で言う。
訛ってたくせに、今ではネズミの自分でも
理解できる言語で話す。
ディオのすべてが、眩し過ぎて直視できない。
ラースは自分の小さな手を見た。
ちっちゃい・・・じゃない、
暗がりに覆われたままの鮮烈な時間が
引きずり出されそうで
ぎゅっと、握りつぶすように手を閉じた。
思い出したくもなかった。
*
「いや〜、4時間かかると思ったけど
ディオ、足速いんだね!
2時間もかかってないよ!!」
魔女が嬉しそうに言った。
「そんなっ!とんでもないです!
魔女さまとラースさんの指導がいいから!!」
ディオのまわりだけフィルターでもかかっているのか
森までキラキラして見えた。
予定を大きく上方修正し、祠の近くまで来れたのは
ディオがそれだけ優秀であることの証明だった。
魔女はこっそりラースに聞く。
「不死人何体倒してた?」
「127体です。」
恐るべし勇者補正、軽くノルマ達成。
「(ふ〜ん・・・てことは)」
祠を目の端に置きつつも、可能性への扉を思う。
「(・・・時間短縮できそうだな。
祠はディオに任せられるのでは・・・?)」
魔女は当初から効率重視で作戦を立てていた。
ディオがもう強いのは折り紙付きだ。
不死人なんてもう、敵じゃなかった。
「(むしろ、中程度のボスなら余裕な感じ)」
もちろん、魔女にとって誤算がないわけじゃない。
「(はて、問題はディオが“勇者”なんだよな〜。
これをどう取るか・・・)」
ゲームではあり得なかった思わぬ事態。
サブイベントでも発生しない勇者と魔女の組み合わせ。
「(友好的なのはそうなんだけど
突然、態度が敵対するやつもいたしな・・・。
騙されるのはこのゲームの通過儀礼みたいなもんだし
う〜ん・・・。)」
分かってたって、騙されるのは嫌だが
2時間、一緒にいてなんとなく感じていたことだった。
「(ディオなら、やってくれそう。
もしダメでもー。)」
ダメ元で、魔女はディオに声をかけた。
「ディオ〜、祠に行って
ナナカマド、取ってきてくれる?」
そこに打算は特になかった。
それにギョッとしたのは、ラースだ。
「魔女っっ!なんてことを言うんだ!」
魔女はけろり、としている。
ディオは魔女をまっすぐ見ていた。
まっすぐ、魔女を見たまま
「はい、取ってきます。」
言って緑濃のマントを翻し、祠へ走っていった。
「あ!ディオ、待て!!おいっ!!」
ラースは魔女の肩から呼んだが、ディオの姿はすでになかった。
魔女はくるり、と踵を返し
森の中を見た。
「魔女、どういうつもりだ。
ディオを信じるのか?! 勇者だぞ?!
あいつが金のナナカマドがどこにあるか
知ってるというのか?! 金だぞ!?
普通のじゃない!!」
色々語弊がありそうな言葉だが
「ん〜?いいよ。」
魔女は歩き出した。
「何がいいのだ?! 解呪に必要になる
金のナナカマドだぞ!?あんな、ーっ・・・
会ってまだ信頼関係もないような、」
ラースは言いながら、ちょっとだけ心がざわつく。
魔女はしゃがんで、何かを拾い上げポケットに入れた。
そしてまた歩き出した。
「魔女!!聞いているのか?!
(神話上のものだっていうのに
魔女本人が行くでもなく!!)」
なんだか無性に腹が立ったからか
声を荒げていた。
魔女は、表情を変えずに言った。
「裏切られるなら、それまでなんだよ。
けどさぁ最初から疑いたくないっていうか〜ぁ。
ーへへ。まぁ、私魔女だしね。
裏切られても仕方ないかな〜って。」
しゃがんだ魔女はまた何かを手にした。
「もし、・・・」
ラースの声が消え入りそうだった。
「そんとき考える〜。」
魔女は笑って、手にした花をラースに向けた。
五月の薔薇だった。
*
ディオは心臓が飛び出るかと思いながら走る。
走って、走って、気付けば祠の前にいた。
「ーっはぁ」
息を大きくひとつつけば、涙がこぼれそうだった。
嬉しさとも違う、興奮とも違う感情だ。
浮き足だった心臓の所在が、耳の奥でこだました。
「(信用されてないと思ってた。
だって、俺は勇者だから
魔女は絶対、俺を信じてないだろうから。
わかってる。信じてくれないのも
足手まといになるのも、わかってるんだ。
でも、俺はあんたらと行きたいんだ。
ー 計算高いって思われたっていいよ。
俺、我慢は得意だし・・・
なんて言ったって、勇者の頃の記憶もあるから)」
言ったところで不利になることは言わないでいた。
「(使い魔のネズミにも警戒されてたし。)」
冷静に見ていた。
祠にあるナナカマドを持っていけば
魔女はきっと喜んでくれるだろう。
信用度も上がるかもしれない、ディオは思う。
だが、2時間の間でディオは気付く。
「(この魔女さまって、あの魔女、じゃないよな)」
彼自身まだ確信はなかったが
確かで、妙な感覚があった。
「(あったかさは一緒だ。
あのときと触れた光・・・。)」
思い出して、熱っぽくなった鼻をすすった。
「よし、行くか」
ディオは剣の柄を握りしめた。
祠は正面から入れない。
五月祭の日だけ、正面が開く。
だから、ディオは祠の横手に回った。
「確か、この辺に・・・」
枯れ草で覆われた地面を足でなぞり退かすと
一部分だけこすれて白くなっている岩場が出てきた。
「(・・・これ知ってるなら
もはや鍵の意味ないんだよな・・・)」
祠のセキュリティ、ガバガバ。
ディオはその岩場を足で押し込んだ。
重い岩扉が引きずられるような音を立て
ゆっくりと開くのをディオは目にしながら
祠前の焚き木をひとつ、手にして松明にした。
祠の岩扉に飾ってあったナナカマドを
もぎ取り、ひと粒口に含んで、飲み下した。
ここへ来る前、魔女と話をした時のことだ。
『祠の岩扉のナナカマドってね〜。
飲むと、雷避けになるんだよ〜。
すごくな〜い?美味しいのかな〜? 』
知らなかったから、ディオは無我夢中で聞いた。
「(美味しくはないですよ)」
今、ここに魔女がいたら絶対言っていた。
だからかもしれない。
余計に、胸が高鳴った。
「(魔女さまの思いに応えたい。)」
だから、ディオは
魔女と話したことや励まされたことも
魔女からもらったおにぎりも水筒の不味いお茶も
これから起きることも
「(いつか、絶対言う)」
全部覚えておくつもりだ。
「祠は二度目だからな。」
*
祠の中は祭前だからか、奥までの祭壇まで暗い。
だが、ディオは脇目も振らず突っ走った。
「っ(知ってるんだ、ここは ー)」
ピリピリとした空気に落ちる光の筋が
自分を狙っていることに気づき、ディオは避けた。
ドーンっ!!
「っ!!」
雷だ。
「(一度目は、雷に当たってしばらく動けなかった。
ーっけど今はっ!! )」
もうひと粒、ナナカマドを口に放り投げる。
痺れるような空気がディオの行く先を阻む。
「はぁっ!あっぶね。」
壁に背を一旦預け、タイミングをみてまた走り出した。
祭壇への道が青白く照らされると同時に雷鳴が轟く。
魔女が岩扉のナナカマドのことを教えてくれなければ
きっと雷に当たっていただろう。
“魔女の罠”である雷に、ディオは一度目苦しめられた。
苦しいなんてものじゃなかった。
当たりどころが悪かったら、死んでいた。
しかし、今ディオはいくつ目かのナナカマドを口に含み
飲み下した瞬間の、落雷の焦げた匂いを嗅いでも
自信と嬉しさでいっぱいだった。
「(ここまで一度も雷に当たってない、よしっ
ここを抜けたらっっ!!)」
祭壇を前に、剣に手をかけた。
雷はすでに止んでいたが、ディオは空気の異様な重さと
目前の敵に目を見張る。
「(ー、あいつだ。)」
一度目と同じ
胃を絞られるような吐き気が襲った。
「(ここで俺は腕を折られて、背中は毒で、)」
咄嗟に、腰紐に挟んでいたタオルで口と鼻を覆う。
祭壇を漂う、湿った生臭さに空気の重さを震わす音がする。
カラガラカラガラっーっシューーーっ!
その姿の全容を隠していた、がー
その記憶にディオは怯まなかった。
「(見てろよ、このーっ)」
もう、怖くなかった。
あのときの恐怖に、ディオは松明を投げつけた。
一瞬にして、燃え盛る祭壇に
魔女の声が、ディオの耳の奥で繰り返し響いた。
『そ〜なんだよ〜!!
あいつ、図体でかいじゃん?だから
正面にいるよりも後ろに回り込めば
尻尾攻撃は回避できるよ。
間合い取りすぎると毒吐いてくるから
できる限り後ろから攻撃がいいよ。
え?弱点?う〜ん、火かなぁ?
あえて言うなら、だけどね。あ、でも
祠前の焚き火投げればいいと思う。
だって、あいつね、
投げたものを食べようとするんだよ。」
“貪り大蛇”、と言った。
口を大きく開けたまま貪り大蛇が炎に包まれ
尻尾を高く上げた。
カラガラカラガラっー!!!
「(あれは尻尾の先から出てた音だったのか)」
尻尾を激しく鳴らし、空気を震わせていた。
焦げた匂いが交わる前に
剣を抜き、貪り大蛇の後ろに周りこみ
尻尾を二度ほど斬り上げ攻撃した。
斬られた箇所から、体液を噴き出した。
貪り大蛇は尻尾を上げてさらに威嚇した。
ディオは様子見がてら、貪り大蛇の周りをまわった。
不死人の時より、だいぶ楽な気がした。
「(こいつ、動きがとろいな。)」
不思議だ。
あの特訓のおかげなのか、貪り大蛇の動きが
止まって見えた。
何周か周りを回って貪り大蛇の癖を知る。
大きな口を開き長い舌を突き出し
尻尾を大きく振り上げ、床に叩きつける。
その後、尻尾を左右に振り払うように地面を擦る。
あとはタイミングだった。
尻尾を大きく振り上げた。
「(・・・っ!いまだっーっ!)」
剣の柄を強く握りしめ、ディオは尻尾に剣を振り下ろした。
絹を切り裂くような音と同時に
貪り大蛇は毒を吐く前に、その巨体を床に叩きつけ
息絶えた。
「(前は気付かなかった・・・こいつ)」
すんごいデヴの緑色の蛇だった。
魔女が教えてくれた貪り大蛇の対策のおかげか
それとも、自分がそれだけ強くなったからか。
「(一度目のときは、何度も何度も
隠れたり、石を投げたり逃げたりして・・・)」
どうしようもなかった満身創痍の戦いを
こうもあっという間に片付けたことに
呆気なく、立ち尽くしていた。
貪り大蛇を仕留めて、武者震いしていた。
「ーっぷはっっはははっっ!!」
口と鼻を覆っていたタオルをずり下ろし
笑ってしまった。
「やった、俺、やったんだっ・・・」
ディオ、達成感に感動して
デヴ蛇にキックした。弾力、バイーンっ!
そして、ハッと思い出す。
「魔女さまにナナカマド持ってかなきゃ。」
ディオは腰の短剣を取り出した。
蛇の腹を仰向けにするためにもう一度蹴りあげた。
どっしりとしたデヴ蛇の腹を
ザクザクと手際よく腹を裂いた。
? 祠の岩扉にあったナナカマドでいいじゃんって?
まぁ、イケメン勇者のお気持ちをお聞きよ、諸君。
「(魔女さまにこんなことさせられないよ。
・・・魔女さま、女の子だしね。)」
ディオは知っていた。
預言者から聞いていたからだ。
『虚なる貧弱の大蛇の体の一部は
呪いを解く道具のひとつだ。それは
金のナナカマドという。』
金のナナカマド。
貪り大蛇の左右一対に分かれた内部格納式の半陰茎のこと。
色、形状がご存じナナカマドそのものなので
金(玉もどきの)ナナカマドと呼ばれていた。
秘部、“ティンコ”ともいう。
「命(“玉”違い)取ったぞ!!」
やだ、超お下品。
「魔女さま、喜んでくれるかな?」
ディオは二つで一対の、金のナナカマドを手に入れた。
やだ、雄同士なのに超容赦ない。
魔女はその事実を知らない。
ゲームじゃ、倒したら即入手できてたけど
現実の入手方法は結構、えぐい。
ディオは祭壇を見上げ、言った。
「アンデリダの精霊よ、約束どおり来たぞ」




